第七項-1

 また、幾年月が流れる。その場その場で何とか対処してきていた悪魔の災厄が明らかに増悪し、いい加減手に負えなくなってきていた。

 そんなある日、数日自室にこもって新しい魔術の研究を続けていたクラムがふらりと出かけたと思えば、ニノと共にひどくボロボロの姿になって帰ってきた。皆が驚き、ヘンリーは何をしていたのかと問いただす。するとクラムは、嬉々とした輝かしい笑顔でこう言った。

「やっと完成したんだ! ――悪魔を封印する陣が!!」

 元々クラムは、魔法そのものの資質に加え、新たな魔術を生み出す才能もあった。その才に更に努力を重ね、悪魔の災厄に対応する為の魔法陣を次々と造り出していた。そして数年の研究の結果、ついに悪魔を封印する陣を造り出したのだという。

 そもそも悪魔とは、戦闘不能にしたところで死ぬことはない、いわゆる不死の存在だ。それはニノに聞いていた話からも、何よりこれまでの戦いの中で痛いほど思い知らされた。故に、殺せずとも悪魔を封じる術を探す必要があったのだ。

「最近、調子良くてさ。新しい魔法陣が出来てすぐ試したくて。そしたら、序列下位の悪魔だけど、ちゃんと封印出来たんだよ!」

 封印したのは、72の悪魔、その序列最下位のアンドロマリウス。だが序列下位だからといって、いくつもの悪魔の軍団を率いる長であり、決して弱いわけではない。

 クラムの言葉を聞くなり、ヘンリーは彼をきつく抱きしめた。

「一人で無茶すんじゃねえよ。あんまり離れてちゃ、守れねぇだろ……」

「あ……うん、ごめん、ヘンリー」

 強く、どこかすがるようなヘンリーの腕の中、クラムは彼の背にそっと手を回す。そんな様子を呆れたように頬杖をつきながら見ていたニノが、はぁっと大きく息を吐いた。

「イチャついてるとこ悪いんだけどさぁ。おれも居たんだけど」

 ソロモンを一人になんてしない、と、少しむくれた様子でヘンリーを睨む。誰が見ても分かる、というかニノ自身隠しもしていないが、明らかに彼はヘンリーが嫌いだ。理由を聞いた者は居ないが、ニノのクラムに対しての異常なまでの特別扱いから考えると、彼に関係しているのは間違いないだろう。

 二人がどちらからともなく身体を離すと、苦く笑ったメルサがニノの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「じゃ、次の動きを考えようぜ。封印の陣が完成したなら、悪魔との全面戦争も出来るわけだしな」

 迷惑そうに撫でられる手を振り払って乱れた髪を撫で付けるニノを見ながら、メルサはいつもの頼もしい笑みを浮かべる。「迷惑そう」ではあるが、ヘンリーに対してのような「不機嫌そう」な様子は見られない。

「チャラ男はすぐヒトの髪ぐしゃぐしゃにする」

 拗ねたように頬を膨らませてはいるが、満更でもないようだ。迷惑そうに歪めていた表情が保てていない。返すメルサも、悪いな、と軽いものだ。

「まあとにかく、まずはアーサーに相談しましょ」

 これからのことを考えるのにも、まずはアーサーを通さなければ。そう言うレカに皆が賛成し、揃って彼のもとへと向かった。


 報告を済ませこれからのことを大雑把に決めた後、皆がアーサーの部屋を出る際に、メルサだけが呼び止められた。アーサーの護衛も含め部屋周囲の人払いをして、アーサーとメルサが向き合う。

「何、アーサー? 何か用事?」

「……そろそろ話して、メルサ」

「え?」

 いつもと何も変わらない――変わらないと、誰もが思っていた。そのメルサの僅かな変化に気付いたのは、アーサーだけだった。おどけた表情で誤魔化そうとするメルサを鋭い視線で射止め、逃がさない。

「君……何を隠してるんだい?」

 思わず身を竦めたメルサは気付く。彼が怒っていることに。

 少しの沈黙を挟んで、メルサは深いため息をついた。

「ちぇ。いくらアドゥールまで騙せたっつっても、やっぱアーサーの目はごまかせないか」

「…………」

 奇術使い。故に、上手くなりすぎた嘘。メルサのそれを見抜けるのは、今は恐らくはアーサーだけだ。長年隣に居たアドゥールでさえ、今はメルサが本気でついた嘘は見抜けなくなった。それほどのものを、アーサーだけは気付いてしまう。

 どんなに必死で隠していても、彼にだけは見透かされてしまうのだ。

「……もう、時間が無いんだ」

 弱々しく声を落として、メルサは呟く。決して表情を作りはせず、ありのままの感情を全面に見せて、それでもアーサーから目は逸らさずに。

「頼むから、このまま黙って皆と一緒に戦わせてくれよ」

 それが今のメルサにとって、何よりの願いであり、希望だから。

 どうかどうか、他の誰も、気付きませんようにと、心から思いながら、声を、言葉を絞り出した。

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