第六項-3
目を覚ましたカムラは、視界に見慣れた天井を見て疑問が浮かんだ。
何をしていたのか、思い出せない。それに、身体が鉛のように重い。
扉が開く音に、カムラはゆっくりと視線を向ける。
「お。やっと目ぇ覚ましたか」
「お兄ちゃん!」
手に料理を乗せた盆を持ったメルサがどこか呆れたように、だが優しく苦笑し、その横を抜けて一人の少女がカムラに駆け寄った。そのままの勢いで彼の腰に手を回してぎゅっと抱きつく。
「おーい、リジー。そいつ一応病み上がりだから。いくら子供ったって吸血鬼の腕力で力一杯抱きしめてやるな」
「も……もっと早く、言ってほしかった、な……」
特に緊急性も感じられないメルサのゆるい忠告に意味など無く、カムラの腰はミシミシと音を立てていた。吸血鬼の身体能力は通常でヒトの倍近くある。いくら少女・リジーが子供だといえど、か細いカムラにとっては立派な凶器だった。
少女がカムラから離れ落ち着くと、メルサが簡単な説明をする。どうやらリジーに血を与えていたカムラは、重度の貧血で倒れてしまったらしい。初めてヒトから直接吸血したリジーに『死なない程度』の加減など分かるはずもなく。まだ大丈夫、大丈夫と言うカムラの言葉のままに血を吸い続け、結局、カムラが倒れ慌てることになったのだという。そこを、メルサと手分けして彼を捜していたアドゥールが見付け、リジーと共に城へと帰ったというわけだ。
「ってことなんだけど……お前、マジで馬鹿だろ」
「あー……可愛かったから、つい」
あはは、と笑うカムラを見て、リジーの大きな瞳が潤む。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返しながら啜り泣き始め。困った様子でカムラは彼女の長い黒髪を撫でた。
見付けた時は服もボロボロで、髪もバサバサだった少女。今は綺麗なワンピースに着替え、ストレートの髪も美しく整えられている。やっぱり可愛いな、なんて思いながら、カムラはリジーに柔らかく微笑みかけた。
「おっ前なぁ……ホンモノの紳士は『可愛かったからつい』じゃ死にかけねぇんだよ……」
呆れ返ったようにメルサは言うが、最早カムラは聞いていないようだ。こんな天然ヒトたらしに捕まって、リジーは災難だな、なんてことを、メルサはぼんやりと思った。
部屋に戻ったメルサは、ふぅ、と息をついた。先日ひと悶着あったヘンリーやクラムといい、今回のカムラといい、世話の焼ける奴らだ。だけど、あれくらいで丁度いい。
ヘンリーの剣術体術も、クラムの魔法も、今では右に出る者など居ないと言える程に強くなった。アドゥールも立派な紳士になってしまったし、レカは文句のつけようもないレディだ──普段仲間たちに接している時の男前っぷりはともかくとして。カムラだって、ぼうっとしているようだが決めるところはきちんと決める男だ。
これ以上彼らの手が離れてしまえば、自分は兄貴分としての役割を失ってしまう。
それは少し、寂しいから。
「口八丁手八丁だけじゃ、守れるモンにも限界あるしな」
もっと、自分も強くならなければ。
これからは、今まで見たことのなかった文献等も見てみよう。もっとヒトとの繋がりを広げてみよう。もしかすると、アーサーも知らなかった新しい呪術や奇術を見つけることも出来るかもしれない。
もう少し、身体も鍛える必要があるかもしれない。
ただ、彼らに関して気になることはもう一つある。誰よりも長く一緒に居るアドゥールのことだ。
外出した時、少なからず彼に好意を抱いて寄ってくる女性は居る。それなのにアドゥールときたら、全ての女性をさらっとあしらってしまうのだ。フォローするこっちの身にもなってくれ、と最初こそ困った様子を見せていたメルサも、その『理由』に気付くなり何も言わなくなった。
以前の短気で暴力的な印象とは打って変わって、アドゥールは模範のような紳士に成長した。勿論女性たちをあしらう時も、彼女らを極力傷つけないよう配慮がされている。
微笑みひとつ、所作ひとつで女性たちを片端から悩殺していきながら、『本命』にだけは全く効果が無いようにさらりと流されてしまう。それどころか、すっかり調子を崩されてしまっているようだ。
一方でメルサ自身は、アドゥールと一緒に居ればその陰に隠れて存在感も薄れるが、一人で歩いていればそれなりにモテる。むしろ、アドゥールに振られた女性たちは揃って、慰めてくれるメルサになびいていくのだ。
勿論そんな移り気な女性にメルサも本気になどなる筈もなく、彼は本命も作らず遊び歩いている。誰にも本気になったことのないメルサには、彼の想いにどう寄り添えば良いかも分からなかった。
「みんなの方が先に大人になってる気ぃすんなぁ……」
皆それぞれに恋愛をして、それぞれに悩んで成長していく。そんな中、自分だけが置いていかれているような、そんな気がしていた。
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