第六項-1

 路地裏の子供たちが領主の城に招かれるのに、そう時間はかからなかった。思うように新しい家臣や兵を見つけることが出来ず、城の立て直しからして困難を極めたのだ。

 城に呼ばれた子供たちは喜んだ。今度は自分たちが、アーサーの役に立つ番だ、と。そして彼らは実際に、城の立て直しにこれでもかというほど重宝された。

 メルサとレカはそれぞれの処世術で町人たちから新しい家臣を選び、ヘンリーは町の者や孤児たちの中から腕に覚えのある者を集めて軍隊を取りまとめた。クラムとアドゥールは領地外で家臣や兵になる者を引き抜いてきた。カムラに至っては、クラムやアドゥールに付いていった筈なのにいつの間にかはぐれてしまったと思えば、悪魔の情報を持っているという人物を見つけて連れ帰った始末だ。相変わらずよくわからない奇跡を引き起こすやつだと、皆呆れつつも笑っていた。

 そうして数ヵ月。正式に城に上げられることになった彼らは、それぞれに名を与えられることになった。

 ヘンリーは元の姓であるラインバックを返上され、レカも貴族であった頃の本来の名であるレティシア・カーティスを名乗ることを許された。クラムはクランメリージェ・ソロモンの名を受け、他の者たちもメルサ・ファラウル、アドゥール・ゲーティ、カムラ=アスランとそれぞれ姓が与えられた。勿論、彼ら以外の孤児たちにも。

 だが皆は互いに、変わらず以前のままに互いを呼んだ。

 城が安定してからは、子供たちはほとんど城の下働きをしていた。以前と変わらず、アーサーや他の大人たちにあらゆる知識や技術を教わりながら。それでもやはり忙しいのだろう、子供たちがアーサーと会える時間は極端に減ってしまっていた。

 そんなある日、クラムは城内の掃除の途中でアーサーの声を聴いた。見ると、一室のドアが僅かにだが開いている。そこから声が漏れて聴こえてきたようだ。

「この街だけを良くしても意味がない。クロトワールで水野家がしているように、島全体を見渡し統率することが出来れば良いが……それは今の地位では困難だ」

 いつになく真剣な声、口調。難しい大人の事情。

「そういえばアーサー様は、以前から言っておられましたね。領主よりも上に立つ存在……王が必要だと」

「ああ、確かに、その意見には俺も賛成だな」

 女性の声、続いて男性の声。いずれも静かで、それでいて真剣だ。

「俺がいくら神子を名乗っても、言うことを聞かない領主は多い。だが圧倒的な力を持った王が立てば、皆従う他なくなるだろ」

 神子……ならばこの声の主は、藤森呉羽か。ではあと三人の人影のうち二つは御三家だろう。消去法でいくと先ほどの女性の声はメシュティアリカ・フレスティアだろうか。

「その王も、世界のことを思ってくれる者でないといけない。僕たちだけで捜すのは、骨が折れないかな?」

「だけってことはないよ。全く、御三家ってみんなヒトに頼るの下手なわけ?」

 最後の声は、先日カムラが連れてきた青年で、確かニノ・ルカルディアと名乗った者だ。その前の声が水野秋良と考えて、恐らく間違いはないだろう。

「おれも居るし、ソロモンたちだってきっと、話せば協力するって言うんじゃない? 白髪しらがくんが守った子供たちは、そういう子らでしょ?」

「ニノ……」

 初めて逢った時から、ニノはクラムを「ソロモン」と呼んだ。ヘンリーを「馬の骨」と呼び、他の者のことも名前では呼ばない。ヒトとの距離感が不思議な青年だ。

 同じように、彼はアーサーたちのことも名前では呼ばない。アーサーは「白髪くん」と呼ばれているようだ。……失礼なような気もするが、アーサー本人が気にしていないなら口出しすることでもないかと思う。

 それに、ニノの言うとおりだ。アーサーが必要だと言ってくれるのなら、自分たち元孤児の皆、持てる力全てを使ってでも助けたいと思っている。

「それに今は、悪魔だってどうにかしなきゃいけないんじゃないの?」

 ストン、と、ニノの声音が落ちる。これが彼にとっての本題らしい。

「ええ。悪魔たちのもたらす災厄は、特に最近目に余るものがあります」

「悪魔は死なない。封印するしかないにしても、その封印の方法を見つけねぇと」

「その為のキーパーソンが、クラム君なんだよね?」

 三人それぞれの言葉に、ニノが「そう」と返す。それから、アーサーもそうだと続けた。肯定するように、アーサーも言葉を繋ぐ。

「そもそも私が死神と契約をしたのは、悪魔対策の為である筈なんだ。死神の力なら悪魔を一時的にでも抑え込むことが出来るらしくてね。……それが、情けない話、その私は今は、自分のことで精一杯だ」

 悪魔──その話も確かに以前、アーサーに聞いた。いつからか世界に現れた悪魔、それらが今、世界中で災厄を振り撒いていると。辺境にあるこの街はまだ無事だが、いつその魔の手が降りかかるかも分からない危険な状態なのだと。その悪魔が強すぎる力を行使するのを制限するため、死神は強い力を持った吸血鬼と契約をし、監視することにしたのだという。

 その吸血鬼というのが、アーサーのことだった。

 納得は出来る。アーサーは強い。ヘンリーがそう言ったから、だけではなく、今ならクラムにも分かる。アーサーは、今ここに居る他の誰よりも強い。

「アーサー様……どうか、お一人で抱え込まないで下さいませ」

 少しキーの高い女性の声──メシュティアリカが言う。静かな、どこかほっとするような、優しい声だ。

「そうだよ。お前一人で何でも解決出来ちまったら、何の為に俺らが居るか分からねぇだろ」

「もっと僕らのことも頼ってほしいな」

 笑いの混じった声、穏やかな温かい声。呉羽も秋良も、アーサーに手を貸すことを惜しまない、といった様子だ。

「…………ありがとう」

 力の抜けたような、アーサーの柔らかい声に、クラムもほっと息を漏らした。

 いつも独りで、自分たちと一緒に居ても、大人と子供の境界線は確かに存在していて。どこまでも孤独だったアーサーに、頼っても良いと言ってくれる相手が現れた。それはとても大きなことだと、子供ながらにそう思わざるを得なかった。

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