第五項-3

 その夜は、とある貴族が主催の大きなパーティーがあった。領主であるフランクと補佐であるドーラーも呼ばれていたものだ。

 だが二人は最早故人。そして二人が居ないということは、次の領主でありルーフィル家当主は第三子のアーサーということになる。

 そんなことを、かの貴族たちはまだ、知る由もなかった。

 ざわめくダンスホールに、人々が集まっている。あとは領主と補佐である二人が到着すれば、招待した全員が揃うと、主催の者が思う頃。カツン、と靴音を響かせてダンスホールに現れたのは、フランクでもドーラーでもない、アーサーだったことに、その場に居た誰もが驚き言葉を失った。

 つい先程まで賑やかだったダンスホールが、途端にしんと静まり返る。

「歓談を続けてくださっていて構わないのですよ?」

 わざとらしく少し大げさに抑揚をつけ、アーサーが言う。だがそれでも誰も口を開くことは無く。くす、と口端を上げ、またゆっくりと言葉を紡いだ。

「では静かになっているうちに、一つご報告です」

 悪役を引き受ける、と言ったのは自身だ。今ここでを見せるわけにはいかない。悪役ならば悪役らしく、堂々と残忍な者を演じなければ。

「兄たちは今日、私が殺しました。これよりこの地の領主は私です」

 ざわり、とホール内に波が起こる。

 フランクに領主の器が無いことは、多くの者が知っていた。だがそれは、アーサーが知るフランクの姿ではなく、残虐で、身内以外の者の声をまともに聞こうともしない、危険かつ横暴な吸血鬼としての姿だ。ドーラーや他の家臣たちに操られていただけなどという事実は、誰も知らない。

 だけど貴族たちは、フランクが領主で良いと思っていた。自分たち貴族に対しての実害は少ないからだ。そして何より、アーサーのような、異端の、どんな力を持っているかも分からない、未知の危険を潜ませた者が領主になってしまうよりはずっとましだと思っていたから。

 あまりにも突然に、そしてあっさりと、貴族たちの『普通』は砕け散ってしまった。望まぬ者がこの地の領主に――ルーフィルの当主になってしまった。そしてその男は今、こうして目の前で大きな顔をしているのだ。

 なぜ、と誰かが呟いた声が、アーサーの耳に届いた。

「なぜ? では聞きますが、に領主の器があったとお思いですか?」

 淡々とした、温度を感じないアーサーの声に、言葉に、またホール内は多くの音をたてることをやめる。

「私こそが領主の器だ。良いか、今この地は私のものだ。あなた方も勿論、私の手中にある」

 声を高らかに上げる。その場の誰もに聞こえるように。誰ひとりとして、聞き漏らすことのないように。

「従え! 私がルールだ!」

 叫ぶようにアーサーが言った途端、ホール内に緊張が走った。

――『俺がルールだ!』

 かつてフランクも言った言葉。同じ言葉を発することで、暴君のような印象を彼らに覚えさせることが出来る。悪役になるには、これが手っ取り早い方法だと思った。

 崩してはいけない。ここで笑みを崩しては全てが水の泡だ。この地を立て直す為に、今は『強い領主』でなければいけない。

「そうそう。領主の入れ替わりに際して、家臣も減ってしまったのです。皆さんの様子を見て、良さそうなヒトは引き抜かせていただきますね」

 爽やかに笑って言われたアーサーのその発言に、今度は一部の者たちがそわそわとし始める。領主の家臣――特に御三家たるルーフィル当主の家臣、というのは、貴族たちにとって甘美な響きだ。通常の貴族として過ごすのとでは給金も違えば外からの待遇も違う。いつ戦いに駆り出されるか分からない危険と引き換えに、絶対的地位を持つルーフィルを味方に付けられるのだから。

 途端、手の平を返したように貴族たちの一部がアーサーの側に集まり始めた。あからさまな下心を隠しもせず、ダンスに誘う女性、次に自分が主催するパーティーに誘う男性、果ては自らの屋敷に誘う者まで。それらの者を、アーサーは鼻で笑って一蹴した。

「あなた方のような者は私の側には不要です。消えてください」

 ここには求める人材は居ないようだ。踵を返し、アーサーはそのままパーティー会場を後にする。

 やはり自分の側には彼らのような者が欲しい。そう思い浮かべたのは、かの路地裏に住まう少年たちだった。




 一ヶ月も経てば、アーサーが来ない日々にも慣れてきた。そんな路地裏。

「ほんと、クラムはヘンリーにべったりね」

「うん。ぼく、ヘンリーだいすき!」

 生まれた時から一緒だという悪餓鬼二人はともかくとして、クラムがいつもヘンリーの側へ行くのを皆が知っている。呆れたようなレカの言葉にも、クラムは無邪気に笑って返した。まるで興味も無いように装っているヘンリーも、満更でもない様子なのは誰が見ても分かる。

 二人の様子に思わず失笑した後、レカはバタバタと騒がしい足音に気付き振り返った。

「さっき、町で、話してる、やつが、いたん、だけど……!」

 外から戻ってきたメルサが、息を切らしながら途切れ途切れに言う。その背をポンポンと叩きながら、後をアドゥールが引き継いだ。

「りょうしゅになったんだってよ、アーサー!」

 明るいその声に、路地裏にわあっと歓声があがった。

「ほんと? すごい! さっすがアーサー!」

「わあ……!」

「ふん、あれだけ力にがあったらとーぜんだけどな」

 子供たちが皆満面に笑みを浮かべ、ヘンリーまでが自分のことのように得意げな表情をする。

 これでもう、この街は大丈夫。

 そう誰もが確信して、だけどクラムは、まだ何かが心に引っかかっていることに気づかずにいた。

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