第五項-2

 これまでのような外敵ならば、勝てる自信があった。必ず家臣や兵、ドーラーが守ってくれていたし、他の御三家、神子も味方だった筈だから。だけど今回はその限りではない。御三家と神子は完全に敵に回ってしまっている。家臣や兵は三人のもとへ近付くことも出来ず、ドーラーは、例え兄がどうなろうと知ったことではないといった様子で、今もアーサーの背後だけを狙っている。その剣は、アーサーが避ければフランクを裂くものとなるのに。

 振り下ろされた切っ先を、アーサーは自らの剣で受け止めた。

「フランク様を庇おうとは思わないのですね」

「必要ない。元々ただの僕らの傀儡かいらいさ」

 頭上から降ってきたのは、剣ではなかった。だがそれは、剣よりも鋭く冷たい言葉だった。

「っ……」

 思いもしていなかった。いつだって傍で支え、相談にも乗ってくれていた弟が、自分のことをそんな風に思っていたなんて。絶望で動けなくなったフランクをよそに、ドーラーは剣に魔力を纏わせる。

が使えなくなるのなら、僕がその位置に立てば良いだけのこと」

 彼の放つ魔力の「気」を感じ取り、アーサーは全く逆の力を剣に込めた。簡単に相殺され力を失ったドーラーの魔力は霧散する。そのまま剣を横に引けば、魔力の相殺に反応しきれなかったドーラーの肩が大きく裂けた。

「ヒトの心を持たない『化物』は、やはり貴方でしたか」

 ぎり、と思わず奥歯を噛み締めた。両親亡き後、領地を守ってきたのはドーラーだった。名ばかりの領主であるフランクを支え、一度は傾きかけたこの地を見事再建してみせたのはドーラーのカリスマ性と手腕だ。

 一体いつから、彼はこんな風に歪んでしまったのだろう。あるいは、始めからこうだったのか。分からない。分からないが、彼をこのまま生かしておけば、きっとこれからもどんどん弱者が犠牲になっていく。

「っくそ……」

 普段は決して吐くことの無い呟きを搾り出し、アーサーはドーラーの胸を貫いた。

「――――……」

 何かを、彼が言った。誰にも届くことが無いと思われた小さく掠れた囁きは、死神との契約によって通常の吸血鬼よりも更に五感の発達していたアーサーだけが聞き取った。

 剣を引き抜くと同時に崩れ落ちた兄の身体を抱え、その死に顔を見つめる。本当に、何故、こんなことになってしまったのだろうか。何故、こうなってしまうのだろうか。何故、誰もが穏やかに暮らせる世界が無いのだろうか。

「ド……ドーラー……?」

 全身を震わせたまま、だがようやく顔を上げたフランクが、アーサーの背中越しにドーラーを見る。ゆっくりと横たえられたその身体はぐったりとされるがままになっていて、閉じた目は開く気配も無い。

「大丈夫ですよ」

 家臣や兵との戦いを早々に終わらせた他の三人――メシュティアリカ、秋良、呉羽も、一言も発することなくその様子を見ていた。

 改めて立ち上がったアーサーは、切なげに、弱々しく微笑んでいて。

「この後は、私が悪役を引き受けます」

 瞬間、振り返ってフランクを押し倒し首元に剣先を突きつけるまで、半秒もかからなかった。驚きに目を丸くしたフランクが、みるみる顔を青くしていく。

「貴方を殺さなければ、私は領主にはなれないんです」

 形ばかり、名ばかりの領主。いままでドーラーや他の家臣たちがしていたように、上手く扱えば彼が生きているままでも領地をいい方向に持っていくことは出来るかもしれない。だがやはり彼の方が兄だ。そして自分よりも、ドーラーたちと一緒にいた時間の方が長い。

 不安要素は、取り除いておくに越したことは無いのだ。

「ごめんなさい、兄上」

 ぽろりと、一粒の雫がフランクの頬に落ちる。次の瞬間――フランクの首は、胴と切り離されていた。

 生存者は、四人だけ。目撃者は居ない。

「メシュティアリカ様、秋良様、呉羽様。裏からこっそりとお帰り下さい」

「! アーサー様?」

 予定とは違う。この後は、四人で民の前に顔を出し、残虐な領主に裁きを下した新たなルーフィル家当主だと公言する筈だった。低い声を出した秋良に、同じような怪訝な顔をしたメシュティアリカと呉羽もアーサーを見据える。

「これは私一人が起こした反逆です。あなた方は何も知らない。後日改めて当主就任の書簡を受け取って初めて知ることです。私はずっと兄たちがこの地を治めていることに疑問を持っていた。そして今日、領主の座欲しさに反逆を起こしたのです」

 まっすぐ三人に向き直り、新たな『設定』を口にしたアーサーは、揺るがない強い眼をしていた。

 だがそんな眼をされても、納得はいかない。手を伸ばした呉羽がアーサーの胸ぐらを掴み、キッと睨みつける。

「説明しろ!」

「……兄上の思いも、引き継がなければいけなくなりました。そのためには、この場には私以外の生存者が居ては困るんです」

 アーサーが聴いたドーラーの最期の言葉は、ささやかな願いだった。優しさをなくせないアーサーだからこそ、それを叶えたいと思ってしまった。

 そう言われては、三人もそれ以上の反論は出来なくなってしまう。

 一人にして欲しいと言うアーサーをその場に残して立ち去るしかなかった。

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