第五項-1

 それからしばらく、アーサーが子供たちの所へ行くことは無かった。その間、彼が何処で何をしているかなんて、誰も知らない。だけど子供たちは皆、純粋にアーサーを信じ、そして待っていた。


 あの路地裏での騒動からおよそひと月。アーサーはフランク、ドーラーの前に立ちふさがっていた。

「腹を括ったってツラだな、アーサー」

 ひく、と口の端を引きつらせて笑いながら、ドーラーが最初に言葉を発する。フランクはその後ろで、真っ青な顔をしていた。

「ききき、貴様! ほ、本気で! こここ、この、兄に! 楯突こうと、い、いうのか!」

 これこそが。思って、アーサーは冷たく目を細める。これこそが、このルーフィルの地の領主の姿だ。なんて情けない。

 何故、これまでずっと悩んでいたのだろう。他者を顧みない傲慢さ。小さな虫、弟にまで怯える脆弱さ。一人では政のひとつもまともにこなせないというのに、民の前では威張り散らす。こんな男に、領主の器など初めから無かったのだ。

「この地を……果てはこの世界を、正しい姿へと導くために」

 握っているのは、ひと振りの剣のみ。に立っているのはアーサーだけ。一方で、領主側はフランク、ドーラーに加え、アーサーが領主になることを望まない家臣や兵たちが揃っていた。

 勿論それは、ルーフィルの城に住まう全員というわけではない。アーサーが領主になることを望んでいた者も、確かに居た。だが眼前に居るのは、恐らくは城のほとんどの者で。

 今の領主が家臣にとって、兵にとってどれだけ『扱いやすい存在』であったかが伺える。

 この圧倒的人数差でも勝利を確信させない程、アーサーと彼らとの純粋な『ちから』には差があった。

「兄上は、『権力ちからに逆らうなら能力ちからを示せ』と、おっしゃいましたね」

 これだけではない。もう一つ、アーサーには勝算がある。

「ヒトとどれだけ信頼し合えるかも、そのヒトの能力の一つです。それがこれから、明らかになることでしょう」

 冷たい視線を向け、冷たい声を放ち、アーサーは兄に向けてそう言い放った。兄たちがどれだけ人数ばかりを集めても、絶対に敵うはずがないという、その自信を持って。

 剣を構えると、家臣や兵たちが一斉に襲いかかってくる。それを軽くいなし、相手の武器を弾き、身体をかわし、華麗な動きで前へ前へと進む。着実に、確実に、兄たちのもとへ。

 あまりにもあっさりとアーサーにすり抜けられた家臣や兵たちは、一度バランスを崩した後、体勢を立て直し再度彼に向かおうとして……振り返った途端、悟った。もう二度と、アーサーには近付くことも出来ない、と。

「っな……に……!?」

 すぐ目の前に迫ったアーサーを目に映す余裕も無く、フランクもドーラーも限界まで目を見開く。

 家臣や兵たちと、アーサーとの間。そこに、フレスティア、水野それぞれの当主と、神子が、立っていた。明らかに、アーサーに味方する形で。

「アーサー様、お待たせ致しました」

「俺ちゃんたちが来てやったぜ」

「こちらは僕たちにお任せ下さい」

 ルーフィルはルーフィル同士で。あとの、御三家の実力には遠く及ばないたちは、他の三人が。事前に役割分担をしっかりとして、この場に臨んだ。

 それでもアーサーと兄たちとでは二対一だが、二人との実力差はヘンリーが見た通り。よほど卑劣な手でも使われない限り、アーサーが負けるなんてことは有り得ない。

「ふ……ふん、お前の弱点なら分かっている。『例の力』を使えば倒れてしまうのだろう?」

「そうですね」

 明らかな強がりを見せるドーラーの言葉にも、あくまでアーサーは冷静に返す。否定はしない。間違った情報では無いからだ。

「ですがあなた方では、私に『始祖の力』を使わせることは出来ません」

 そう言い切るのを待たずして動いたドーラーの剣を、またもアーサーは容易く弾き飛ばした。連射式ボウガンの矢を放つフランクとの間合いを一瞬で詰め、精密な絡繰りの中心に剣を突き立てて破壊する。そのまま兄の鳩尾に肘を入れ、まともに食らったフランクはその場に倒れうずくまった。

 周りに守らせてばかりで傷ついたことのない彼は、あまりに脆く弱い。仮にもルーフィル家当主として、相応の力は持っているというのに、完全なる宝の持ち腐れだ。

 そしてドーラーは――そんな兄を決して助けようとはせず、標的が自分から離れた隙にと剣を取りに行っていた。

「ドーラー様は冷たいお方ですね、フランク様」

 カツ、カツ、と靴音をさせながら、アーサーはうずくまったままのフランクに歩み寄る。一方のフランクは、体勢を変えないままで目線だけをさまよわせ、「何故、ドーラー、何故、」と震える声で呟きを繰り返していた。

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