第四項-3

 孤児たちは勿論、フランクもドーラーも、その場に居る誰一人として、こんなアーサーの姿は知らない。

「孤児たちは……私は、何処で生きていけるというのですか!!」

 それまでに聞いたことが無い程荒げられたアーサーの叫びに、その場の誰もが驚き言葉を失った。

 やがて、呆然とアーサーを見ていたフランクの顔が、見る間に真っ赤に染まっていった。

「き……貴様、この兄に……領主たる俺に、そんな、そんなことを言っていいと思っているのか!」

「領主ならば、もっと領主らしくなさってください。いちいち小さな虫にも怯えられていては威厳も何もありません」

 ため息をつきながらアーサーが言ったその衝撃の事実に、孤児たちは口をあんぐりと開けてフランクを見る。この地の領主は、そんなヘタレなのか。そんな者に支配されているというのか。

 子供たちの表情が、何とも言えないそれになった。

「何を……おいドーラー……――何でお前まで笑ってる!? さっさとこいつらを黙らせろ!」

 密かに肩を震わせ笑いを堪えているドーラーをたしなめ、フランクは改めて彼に命令をする。だが彼は、今度は白々しくもとても良い笑顔で兄を落ち着かせるように言った。

「まあまあ兄上。僕にいい考えがあります。ここはお任せください」

「う……む」

 意味深に言うなりフランクが頷いたのを確認し、ドーラーはアーサーに向き直った。何を言われるのかと、アーサーは目を細め構える。

「いままで何を言われても、どんな扱いを受けても文句のひとつも言わなかった、僕たちに逆らわなかったお前が、そんなガキどもの為にそこまで言うとはな。正直驚いたよ」

 柔和な、相手の心にまでするりと入り込んでしまいそうな声で、口調で、ドーラーは柔らかく口元を緩めて言う。が、その目は一切笑ってなどいなかった。

「だけど、それで僕たちがお前に従うなんて思ってないだろ? 僕たちとお前の意見は平行線だ」

 分かっている、そんなことは。だからどうすれば良いのかと、ずっと頭を悩ませているのだ。

 にぃ、とドーラ―は気味悪く口元を歪めた。

権力ちからに逆らうというのなら、能力ちからを示せ。その結果次第で、お前は正義にも悪にもなる」

 どこか自信ありげにそれだけ言っては、兄を引き連れ去って行くドーラーの背を見送って、アーサーはただその場に立ち尽くす。心配そうに子供たちが顔を覗き込んでも、彼はじっと同じ方向を見続けていた。

 この短時間で、兄たちとのアーサーのやり取りで、子供たちは確信していた。アーサーは何があっても、自分たちを安易に見捨てることはしないと。何かが起こった時、他の誰か、何かよりも先に、自分が動く人物なのだと。

「アーサー」

 短いヘンリーの呼びかけに、アーサーはようやく彼に視線を向ける。

「なれよ、りょうしゅに」

「!」

 要点だけを告げた、だがはっきりとしたそれに、アーサーは目を見開く。

 騎士の生まれであるヘンリーが、力に逆らうことの意味を知らない筈がない。それは、より強い力が無くては出来ないことで。この小さな少年は、この短時間でそれを的確に判断したということになる。

「ヘンリー……」

「アーサー」

 続くように、レカも口を開いた。

「アタシ、昨日、メシュティアリカ様にお会いしたの」

 貴族の娘らしい言葉遣い。普段は使わないその口調を織り込んだことが、相手の立場の大きさを物語っている。いや、そもそもこの名は以前、アーサーが教えてくれたではないか。

 ――御三家の一画を担う、フレスティア一族の現当主だと。

「アーサーに、とうしゅになるように言ってほしいって言われたの。アーサーがのぞんでなさそうだったからことわったけど……今なら思うわ」

 そっとレカの肩から手を離したアーサーが彼女を見て、レカもしっかりと、アーサーを見据える。

「アタシも、アーサーにとうしゅになってほしい」

 きっとその方が、この地が良い方向に進むのは明確だ。

 二人の兄を退けて――場合によっては殺さなければならなくもなるだろうが――アーサーが領主になれば、この地の孤児たちは少しはましな暮らしが出来るかもしれない。望まぬまま血を奪われ、生活を搾取されることが減るかもしれない。

 アーサーがルーフィルであり吸血鬼である以上、血が必要なのは変わらないだろうが、それでも何かが変わる筈だ。

「……そうだ、アーサーがりょうしゅになればいい」

「ま、あのクソりょうしゅよりはいいな、ぜったい」

「ぼくも、よくわからないけどアーサーがいい」

 少し考えた様子を見せた後、メルサもアドゥールも、カムラも二人に同意した。クラムや他の孤児たちも、アーサーに全幅の信頼を寄せるように同意を示す。

『望む王』の姿を、子供たちは自分に重ねて見てくれている。

 それが、アーサーがずっと揺らいでいた心を固めるのに充分な動機となったことを、当人たちは全く考えもしていなかった。

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