第四項-2

 それからどうやって路地裏へと戻ったか、レカはよく覚えていない。ただその日、アーサーが皆の所へ来ることは無かった。そしてレカ自身も、その日聞いた話を、メシュティアリカに持ちかけられた相談を、皆に話すことはできなかった。

 翌日路地裏を訪れたアーサーは、あくまでいつも通りだった。髪は下ろされ、いつものラフな服装に身を包み、柔和な笑みを浮かべている。そうしていつも通り、孤児たちに知識を与えてくれた。

 きっと、何も変わらないんだ。これからも。そう安心してしまったのは、信じていたかったのは、子供心故だろうか。

「本当に、こんな所に居たのか……アーサー」

「!」

 突然路地裏に響いた、子供たちのはしゃぐ明るいその場に不釣り合いな低い声。振り返ったアーサーが、そこに居た二人の男性の姿を見てはっと目を見張った。

「兄上……!」

 子供たちと目線を合わせるように曲げていた膝を伸ばし、体ごと振り返っては再び口を開く。

「フランク様、ドーラー様も、何故ここへ……?」

 二人の兄の放つ威圧感など意にも介さない様子で、アーサーはただ怪訝な顔を彼らに向ける。そのアーサーの言葉に、レカ以外の子供たち皆が驚愕した。昨日のレカと同じ、アーサーがルーフィルだったということに対しての驚きだ。

 そして驚くと同時に、幼少の折から戦場を見てきたヘンリーは気付いた。アーサーは、フランクやドーラーよりも強い。だが彼らの方が、アーサーに勝る権力があるのだと。

「ラインバック家の者が報告に来たんだよ。白い巻き毛の、お前らしい奴が貧民区でガキ共と一緒に居るのを見たってな」

「ラインバック!?」

 思わずヘンリーが声をあげる。その理由は、他の孤児たちにも分かった。

――『墜ちたモンだな、ラインバックの子』

 先日、身なりの良い複数人の男性がヘンリーをそう呼んだ。捨てられる前まで、ヘンリーが生まれ育ってきた騎士の家だ。ということは、自分がここに居るのを両親に告げ口したのはあの男性たちで、そこからフランクたちの所に情報が流れた、といったところだろう。その間にアーサーがこの場所で目撃されたというのも恐らく本当だ。

 自分のせいで、アーサーが傷付くきっかけを作ってしまったかもしれない。いや、それよりも、アーサーと自分たちが一緒に居たのを両親が知っていたのなら、彼らはつまるところ、領主に――吸血鬼にヘンリーを売ったのだ。実の子を。

 ドクドクと、ヘンリーの血が気味悪く脈打った。

「こんな所でお前は、一体何をしている」

「…………」

「アーサー! お前には、ルーフィル一族としての誇りが無いのか!」

 ドーラーの一言で、決定打が打たれた。やはりアーサーはルーフィルで、吸血鬼なのだ。ヒトの生き血を啜る、いにしえの一族。

「そのガキ共を捕らえろ。今度はそいつらから血を貰う」

 怒りを滲ませた様子でドーラーに向けられたフランクの言葉に、子供たちはビクリと縮み上がってアーサーの陰に隠れる。

 売られた奴隷の一部は、血を提供する為に領主へ献上されると、レカは聞いた覚えがあった。子供……特に女児は好まれるとも。

 仮にもレカは元貴族の娘だ。没落したといえど、かつては奴隷を買い取り扱う立場だったわけで、奴隷売買に関することも、少なからず親からは教わっていた。

 まさか。

 ぞわりとレカの背筋に鳥肌がたつ。まさか、アーサーも吸血鬼なら、ここで、孤児たちと関わっている間にも、吸血衝動が起こることがあったのではないだろうか。もしアーサーが理性の弱い吸血鬼だったなら、自分も含めた孤児たちは、彼に血を吸われていたのだろうか。

 吸血の結果、命を落とした奴隷も少なくないという。そんなことに、自分たちもなっていた可能性があるのだろうか。

 そんなことを考え悩んでいると、大きな手に肩を引き寄せられる。恐る恐る顔を上げると、兄を睨むアーサーの鋭い視線が見えた。

「誇りを失っているのは、兄上たちの方ではないのですか」

「……何?」

 淡々としたアーサーの声に、まず威嚇してくるアドゥールから捕らえようと手を伸ばしていたドーラーも、その様子を笑って見ていたフランクも動きを止める。

「始祖の一族として我々が本当にすべきだったのは何か」

 領主の意識が逸れた、今だ、とメルサがアドゥールの服を引っ張って自分の方へ引き寄せた。

「今現在、弱者から無理矢理血を奪い、搾取し、貧富の差を広げ飢え死にする者が多く居る。大人も子供も問わずだ」

 語気を強くするアーサーの声に、言葉に、皆が耳を傾ける。

「少なくとも始祖たちは、そのようなことは望んでいなかった筈です。この世界は、居場所を失った者を集めて創られた場所だった筈! そんな世界でまで居場所の無い者が存在するなら、その者たちは何処へ行けばいいのですか!」

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