第三項-2
目を開けると、子供たちが皆、アーサーの顔を覗き込んでいた。ゆっくりと起き上がり、メルサが差し出した紅石のピアスを受け取っては耳に着ける。辺りを見回すと、自分が倒れた場所とは少し違って、奥まっていて影になる所に寝かされていたようだ。
「アーサー、だいじょうぶか?」
「どこかいたい?」
心配そうに口々に問う子供たちを見て、アーサーは優しく目を細める。
「大丈夫。この魔法は少し特殊でね、使うとすごく疲れるんだ」
それだけだよ、と、安心させるように。
『始祖の力』は体力と精神力を大幅に消費するものだ。体力には自信があれど、精神力は人並みかそれ以下だと自認している。元々乱用出来ない力を、六人もの子供たちに使ったのだ。少し考えれば、倒れるのも当然だった。
それ程に、大きな力。故に、恐れられ、利用されそうにもなり、死神の力とも相まって、多くの者に嫌われていった。
「ごめんね……怖いよね、こんな力」
「なんで?」
俯いて、独り言のように呟いた言葉に返ったのは、心底不思議そうなカムラの短い問い。
なんで、とは、何がだろう。顔を上げると、きょとんとアーサーを見るカムラと目が合って、視線を動かせば、アドゥールがにっと口角を上げる。
「おいおい、なんつーカオしてんだよ、アーサー」
「そもそも、アタシたちのがいになることはしないって、アーサーが言ったのよ?」
「ぼくら、知ってるよ。アーサーはやさしいって」
続く言葉を紡ぐレカもクラムも、それぞれの笑みを浮かべている。
ビシッ、と額を弾かれ、はっとして見ると、ヘンリーが右手の指を立てていた。どうやらこの手にやられたらしい。
「両手があるって、べんりだな!」
嬉しそうに頬を染め、満面に笑みを浮かべている。はじめ、あんなにアーサーを警戒していたヘンリーが。
「せっかくだし、これからはなんかイロイロおしえろよ」
「べんきょうとか?」
「えっ、それはヤだ」
自分を囲む笑顔。裏で何を考えているか分からない、大人のようなそれではなく。ただ純粋に、慕う相手に向けられたもの。
そんな子供たちの様子を見ていると、思わず自分の頬も緩んでいることに気付く。
「ありがとう」
やっと、自分の居場所を見付けた。そう、思った。
それからもほとんど毎日、アーサーは子供たちのもとを訪れた。
「つまりはどんな地位の者であれ、この御三家当主と神子の命令には逆らえないっていうことだね」
「今のとうしゅって、だれなの?」
「ルーフィル一族はフランク様、フレスティア一族はメシュティアリカ様、水野一族は
城から持ち出した紙に書き記しながら、子供たちに知識を与える。途中、話半分にふざけ合いをはじめるメルサとアドゥールをたしなめ、居眠りをするヘンリーを起こしながら。与えられる知識を熱心に身に付けようとするクラムとレカは目一杯褒めて、理解に時間を要するカムラには何度でも繰り返し、分かるまで教える。それが日常の光景になっていった。
勿論六人だけではない。同じ路地裏で暮らす他の子供たちにも同様に接していた。
「ねぇアーサー、ここはルーフィルのりょうちなのよね? ほかのヒトたちのりょうちはどのあたりなの?」
勉強の途中で質問を投げかけるのは、ほとんどがレカだ。元貴族の娘だけあって勉強に対する姿勢は見習うものがある。真摯に真面目に取り組むのが当然のような振る舞いだ。
「この間の地図を持ってる? そう、それ。今私たちが居るルーフィルの領地がこの辺り一帯で、城はここ、これは以前言ったね」
「ええ」
「フレスティアは島一つ丸々持っていてね、この島全てが自身の土地。治めているのはこの辺りだよ。水野は――」
地図を広げ始めると、皆興味があるのか集まってくる。何度起こしてもすぐに居眠りをしてしまうヘンリーでさえ、地図を見る時だけは真面目に話を聞くのだ。そして地形や気候などのことを積極的に質問するようになる。これは彼が元騎士の子ということが関係しているのだろう。
それぞれがそれぞれ興味のある分野には真剣に取り組む。個性的な彼らと、アーサーはいつしか自分も同じところに立っていると、そう思うようになっていった。
あらゆる知識の他に、クラムとカムラには魔法を、ヘンリーとアドゥールには体術を、メルサには呪術や奇術を、そしてレカには唄を教えた。
レカの『声』には力がある。アーサーは彼女にそう言った。
「君の強い『声』には逆らえない。だけどそれは、あくまで君自身の強さにも影響するものだ。君より強い相手には通用しないけれど、鍛えることは出来るよ」
使い方は追々教えるから、まずは
そもそもこの世界で、何の力も持たずに生まれるのは神子だけだ。神子は、能力を持たずに生まれた子供に、後付けで与えられる力だという。それ以外の者には全て生まれ持った個々の能力があり、それはこの世界の成り立ちが関係しているのだという。
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