第三項-1

 アーサー、クラムを中心に、ヘンリーの周りに子供たちが集まっている。その中、アーサーはヘンリーの傍らに膝をついた。

「傷を、見せてごらん」

「え、アーサー?」

 マントに手をかけるアーサーの行動に一瞬戸惑ったヘンリーだったが、その真剣な瞳を見るや大人しくされるがままにマントを脱いだ。

「……ん、そんなに深くはないな」

 全身を確認してヘンリーの傷を見るなり独り言のようにそう呟いて、それからアーサーは彼の傷を撫でるように手を動かす。すると、温かい感覚と同時にふっと傷と痛みが消えた。

 ぽかん、と、自分の傷があった筈の場所を見て、アーサーを見て、ヘンリーは声を絞り出す。

「アーサー、まほうつかい、だったのか……」

「…………まあ、ね」

 言いにくそうに、だが確かに、肯定を示す。吸血鬼だとは、ましてルーフィルだなんてことは言えない。彼らは、自分の兄の被害者なのだから。

 一度目を閉じ、次で恐れられ、嫌われるだろうと覚悟してアーサーは目を開ける。

「これからすること、驚くだろうけど……君達の害になるようなことはしないから。それだけ、信じて」

 両耳の、紅い石のピアスを外して、アーサーはそれを地面に置いた。ゆっくりと手を伸ばし、ヘンリーの両頬を包み込む。彼と自分の額を合わせ、再びゆっくりと目を閉じた。

 何が起こるのか。ヘンリーは身構え、他の孤児たちもその様子を凝視する。

「――『守護の許に眠りし力よ、目を醒ませ。癒しの霊よ、我が名の下に命ずる。の者に一切の慈愛と癒しを』」

 ふわりと、温かな風と光がヘンリーを包んだ。風が止み、アーサーが手と顔を離す。途端、孤児たちがざわめき、違和感にヘンリーが自分の身体を見下ろすと、彼の両腕は、しっかりと身体に付いていた。

 戦で失った筈の右腕が、ある。自分の意思で、動く。それだけのことが信じがたく、泣きそうなほどに喜びと安心を生んだ。

 その右腕には立派なリングが嵌っていて。リング自体にも何か強い力があると、ヘンリーは直感で感じた。

「次は……クラム、な」

 どこか弱くも感じられた声に顔を上げると、アーサーの顔には確実に疲れの色が滲んでいる。それなのに彼は手を伸ばし、今度はクラムの両頬を包み込んで額を合わせた。また同じような『何か』をするんだと悟る。

「『知恵の泉、その霊よ。彼の者に無限の恵みを』」

 また、クラムを包むように吹いた風が止むと、彼の額には小さな装飾品のようなものがあった。

「これで、多分……クラムにも……君達と、同じ、くらいの……知恵が、ついた筈、だよ……」

 微笑んで言うアーサーの額には、玉のような汗が噴き出している。どう見たって、疲れ、なんてものではない。明らかに、魔法と思われる『この力』を使った反動だ。

 だが彼は、あくまで優しく微笑んだまま、言葉を続けた。クラムにも魔法の資質があるようだ、と。そう言いつつクラムの首に手をかざすと、今度はそこに首飾りも現れた。

 次にアーサーは、メルサに手を伸ばす。もう誰も、アーサーに対して何の疑いも持ってはいなかった。次はどんな奇跡を見せてくれるのだろうと、ただ期待していた。

 女好きで、だけど仲間内では最年長で面倒見の良い兄貴分のメルサには、誘惑の知恵と大人並みの知識、そして耳飾りを。逃げ足の速いアドゥールには、今まで以上の素早さと足飾りを。姉御肌でしっかり者、時折無謀なところもあるくらいには勇敢なレカには、戦う力と両の手首に腕飾りを。ぼうっとしているようで、時折不思議な奇跡を呼び起こすカムラには、これも資質があった魔法の知識と小さな杖を。

 六人への魔法をかけ終えた頃には、アーサーの顔は色を無くしてしまっていた。何かを言おうと口を開きかけて、だが結局何も言えないままアーサーは目を閉じ、その場に倒れた。

 呆けていた子供たちは、慌ててアーサーの周りに集まる。そしてそれぞれ、顔を見合わせた。

「ねぇ、どこか、あんぜんなばしょにねかせよう? ぼくらみんなでがんばったら、大人のアーサーもはこべるよ、きっと」

 一番にそう言ったのはクラムで。なるほど、アーサーの魔法はすごい、と皆が思った。

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