第二項-3

 数日が経った。毎日孤児たちの元を訪れるアーサー。子供たちも、いつからかアーサーが来るのを楽しみに待つようになっていた。アーサーはいつも人数分のパンを持って来て与え、子供たちの様子を眺める。

 子どもが好きなのか、その表情は柔らかく優しい。その温かさに、子供たちはすっかりアーサーが好きになっていた。

 そんなある日、アーサーが訪れるにはまだ早い時間。他の地から流れてきた孤児たちが、ヘンリーたちに絡んできた。

 孤児も、少しでも快適な場所を探して流れることがある。いわゆる縄張り争いなどよくあることで、ここでも例外なく場所を譲れと言う者は後を絶たなかった。

 こんな時、いつも流れ孤児を追い返してくれるメルサとアドゥールは、この日に限って町の情報収集に出ていて留守だった。

「ここはアタシたちのばしょよ! アンタたちになんかわたさないんだから、さっさと行きなさいよ!」

 そう言って最初に流れ孤児に食ってかかったのは、レカだった。他の仲間たちを庇うように前に出て、強気な瞳と言葉を向ける。だが流れ孤児たちも負けてはいなかった。

「おいおい~、場所取りに来て口で追い出されるやつがどこにいるってんだよ?」

「出てってほしけりゃ、オレらにかつんだな」

「うでっぷしでなぁ!」

 馬鹿にしたように、流れ孤児たちは笑って言う。いつもならここでメルサとアドゥールが「じゃあえんりょなく」と出て来て助けてくれる。そもそも元は彼らが見付けた場所なのだ。だが今は二人が居ない。

 振り上げられた流れ孤児の腕を見て、レカはぎゅっと目を閉じた。

「…………?」

 いつまで経っても、覚悟した衝撃は来ない。

「……何だよテメェ」

 聞こえた声に目を開けると、目の前にはクラムがレカを庇うように立っていた。言葉が分からないなりに、不穏な空気だけは感じ取ったのだろう。ふるふると首を横に振り、恐らくは手を出さないよう訴えかけているのだろうか。

 それでもクラムを知らない流れ孤児にそんなことが分かる筈はなく。

「何なんだよ!」

 振り下ろされた腕は、容赦なくクラムに襲いかかった。

「「クラム!!」」

 レカと、もう一人、誰かの声が重なる。次の瞬間。

――ガッ……

 トン、と押されたクラムがレカの腕に倒れ、流れ孤児の拳を受けたのはヘンリーだった。先程レカの声と重なったのもまた、ヘンリーの声。駆け寄ったカムラを含め、レカもクラムも心配そうにヘンリーを見た。

 当のヘンリーは殴られた頬など大して気にも留めない様子で、流れ孤児たちを鋭く睨み上げる。ぐい、と乱暴に胸倉を掴む流れ孤児の手を見て、ヘンリーはマントから出した左手で、自分の服を掴んだその孤児の手首を力一杯握り締めた。

「っ、いででででで!」

 流石は元騎士の子、とでも言うべきか、その力は一般的な子どものそれよりは強い。淡々と静かな怒りを滲ませたヘンリーの睨みなど、もう流れ孤児には見えていなかった。

「はなせ」

「テメェ!」

 手首を強く握られた一人は怯んだものの、抑揚の無い声で言ったヘンリーの言葉には返すことなく、他の三人が一斉に彼に襲いかかる。

 飛び出そうとするクラムをレカが必死で止め、一方のカムラはオロオロと両手をさまよわせるばかり。その間に、右腕の無いヘンリーは明らかに不利な状況の中で袋叩きの状態だった。

「何してるんだ、君たち、やめないか!」

 聞こえた声と共に駆け寄ってきた人物に、レカもカムラも思わずほっと息を吐く。突然現れた大人の姿に不利を察したのか、流れ孤児たちは逃げるように去って行ってしまった。

 緩んだレカの腕から開放されたクラムが、アーサーに並んでヘンリーに駆け寄る。、あちこちに擦り傷や打撲痕を残したヘンリーは、それでも平然を装って起き上がった。

「俺はきしだから、これくらいのケガはどってことない。そんなことより、みんなはケガしてねぇのかよ」

 自分のことより、仲間たちのことを気にかける。そう。一人皆から少し離れ、すぐに喧嘩腰の物言いをするヘンリーだが、それでもこの場所の孤児たちはもう、彼にとっては仲間だった。だから多少自分が怪我をしてでも、守ろうと思ったのだ。

 いつも強気なレカの瞳が潤む。

「バカっ! バカヘンリー! アタシたちはだいじょうぶなんだから、じぶんのしんぱいしなさいよ!」

「へんり、けが、いたいたい」

「ヘンリー、だいじょーぶ?」

 いつも遠巻きの孤児たちさえ、心配した様子でヘンリーに歩み寄っては声をかけた。「みぎてさえあれば、あのていど」と悔しそうなヘンリーだったが、誰もが彼に感謝しているのが見て取れる。

 帰ってきては異変に気付いたメルサとアドゥールも、今あったことを聞いてはヘンリーを心配した。

 そんな様子を見て、アーサーはふと思う。ここの孤児たちは、皆優しくて、絆が強い。世界に王を立てるとするなら、こんな者が良い。誰かのことを思うことが出来、支え合える仲間が居る。こんな王なら、世界をより良いものにしてくれることだろう、と。

 そして同時に、やはり彼らを救いたいと、そう思った。ただの勘だ。だが彼らはきっと、何か大きなことを成し遂げてくれる、と。

 だから、今のままではいけない。自分に出来る、精一杯の手助けがしたい、と。

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