第二項-1
翌日も青年は、孤児たちの居るその場所に足を運んだ。名をアーサーと名乗り、彼らにパンを一つずつ配った。
「大丈夫だよ、悪いものは入れてないから。お食べ」
微笑んでみせると、子供たちは貪るようにパンを食べ始める。メルサとアドゥールに至っては、いつも通り少し遠巻きに居る他の孤児たちばかりか、通りがかった猫にまでパンを分け与えていた。
次からは彼らの分も必要かな、なんて思いながらそんな様子を微笑ましく見つめていて、アーサーは違和感に気付いた。両手でパンを握りしめ勢いよく食べる他の子供たちと打って変わって、片手でパンを持ち食べにくそうにしているヘンリーの姿。その姿を誰にも見せまいとするように、皆から離れた場所にまで行っていた。
食べ終えたメルサやアドゥールに近付き、ヘンリーの様子を示す。
「ねぇ、彼だけど……」
「ヘンリー? いっつもああだよ」
「たべる時だけは、アタシたちからはなれるのよね、ぜったい」
食事途中だったレカまでがそう言って口を挟んだ。メルサの横で、アドゥールも頷く。
「ヘンリーがメシ食べてるとこ、うしろからしか見たことねぇよな」
「ぼく、ちかくにさそおうとおもってまえにいったら、おこられたよ」
続いて言ったカムラは、思い出したのか不思議そうな表情をした。何故だか分からない、といった様子で。
それぞれの言葉を聞いて、アーサーはある『噂』を思い出す。とある騎士の家の噂だ。
そして皆が食べ終えた頃、ふと切り出した。
「君達は、どうして自分が孤児になったか知ってる?」
興味では無く、好奇心でも無く、慎重に、だがはっきりと問う。その問いに、何の疑問も無く答えようとしたカムラを、メルサが顔面に平手を打って止めた。
「なんでそんなこと聞くわけ?」
昨日の、すっかり彼を信頼した様子は何処へやら、警戒心を丸出しにした様子のメルサの表情に、アーサーは一瞬たじろぐ。アドゥールも、レカもヘンリーも、彼と同じように怪訝な顔をしていた。
思い出したくないのか、言いたくないのか。少なくとも、その理由を「知らない」というわけでは無さそうだ。
孤児とはつまり、二親を亡くすか捨てられた子供たちのことだ。昨日のヘンリーの対応が既に物語っていたように、大人への不信感は少なからずある。
警戒心を持たせてしまった、とアーサーは言い訳を考えた。だけど、彼らに嘘をつこうとだけは思えなかった。言うことは決まっている。言い回しを慎重に考えるだけだ。
「ただ、知りたいと思ったんだ。君達のことと……ルーフィルの治めるこの領地の実状とを」
他の孤児たちよりも、明らかに彼らにこそ興味を抱いて近付いた。それは、本能が訴えかけていたかのように。
真摯な瞳と言葉に、少し間を置いたあと、まず口を開いたのはメルサだった。
「俺は、きぞくにほうこうしてるドレイのむすこなんだ。アドゥールもおんなじ。でも、人手があまったとか、きゅうりょうのもんだいだとかで、年のわかいやつからドレイ市場に売られたんだ。俺たちは、たぶん一番さいごだった。でも人数とかお金のもんだいとかなんかで、俺もアドゥールも、誰にも買い取ってもらえなかったんだ。だからすてられた」
「メルサとは生まれた時からいっしょだからな。それに、すてられて一人でなんて生きていけねぇし。だからオレは、メルサといっしょにいるんだ」
続いてアドゥールも言う。孤児になったきっかけはメルサが自分と同じだと言っているから必要ない。ただ、自分が生きる場所は今、ここしか無いのだと。
「ぼく……は……」
「クラムはことばも分からなかったくらいだもの。生まれて間もない時にすてられたはずよ」
何かを言おうとして、だがまだ多くの言葉を操れず、理解もしきれていないクラムの呟きを遮ってレカが続ける。そして次に、自分のことを語った。
「アタシはもともときぞくの子どもだったけど、いえがぼつらくして、食べるのにもこまったからってママとパパにすてられたの」
没落貴族の家。そういったことも、確かに珍しくはない。自分たちが食べていく為に、子供――特に女児は売りに出されることが多いのだが、彼女は売られたわけでは無かったようだ。
「ぼくはね、きづいたらドレイいちばにいたの。それでね、『うれのこったからいらない』ってゆって、いちばのおじさんがぼくをこのちかくにつれてきたの」
更にカムラがそう言った。なるほど、彼はどうも他の子供たちと比べて動きが鈍く言葉も遅そうだ。だから売れなかったのだろう。
他の孤児たちも、それぞれに自分がこの路地裏に居る理由を言う。どれも家の都合で身勝手に捨てられたという話ばかりだが、世間の貧富の差を考えれば捨てた大人を一概に責めることも出来なかった。
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