第一項-3
孤児が宝石を盗んでいった、等の噂が立つ前にと、その日のうちにレカは質屋に宝石を持って行った。だが「子供だけでは買い取れない。親御さんと一緒にまたおいで」とやんわり断られてしまった。
親なんて、居ない。
ダメだったか、と孤児たちが肩を落とす。せっかく手に入れた宝石も、売れなければ、生活の糧にならなければ彼らにとってはただの石ころだ。
どうしようもないなら仕方ない、と、彼らはまた元通りの生活を続けた。
この路地裏の縄張り内で中心となっている六人の中では一番歳上であるメルサと、彼とずっと一緒に過ごしてきたアドゥールが食糧――主にパン等を調達してくる。レカがクラムに言葉を教え、カムラとヘンリーはしょっちゅう町に出た。
そのヘンリーは、身体を隠すように着込んだマントを脱ぐことは決して無く、だが気は短く、いつもぼんやりとしていて何かとドジを踏むカムラをすぐに怒鳴りつける。姉御肌でしっかり者のレカとは気が合わないのか、幾度となく口喧嘩を繰り返した。
この日もまた、同じ光景に周りの者達が呆れ果てていた。
「アンっタはまた! すぐそうやってカムラにどなる!」
「こいつがボケっとしてるからだろ! じゃまなんだよ!」
「ほんと、しんしの『し』の字もないわね!」
「おまえこそ、レディらしさのカケラもないな!」
いつもと同じ口喧嘩。つかみ合いに発展しないのが不思議というか、二人の育ちの良さを物語っているようでもあった。
そんな中、聴こえてきたのは少し低い、押し殺したような笑い声。
気付いた孤児たちが振り返ると、そこには子供たちが見たことも無いような、雪のように真っ白な長いウエービーの髪を耳の後ろで一つに纏め、ラフな格好をした青年が居た。彼の穏やかで優しげな笑みは、随分と好印象だ。
「ああ、ごめんね。賑やかだなと思って」
どう見ても孤児では無い。貧民街の人とも違う。格好は普通の町人だが、纏う雰囲気は上流階級者のそれだと、レカやヘンリーにはすぐに分かった。
だがそんな青年を見て、カムラが小首を傾げた。
「おにーさん、なんでないてるの?」
「は?」
はっきりとした子供の言葉。思わず間抜けな声を出して、それから青年は眉尻を下げ、困ったように苦笑した。涙など、流していない。
きょとんとして青年を見たメルサは、次にカムラを見て笑った。
「いやいや、何言ってんのカムラ」
「どこをどう見てないてるよ?」
同じようにアドゥールもメルサに同意する。一方でじっと青年を見ていたクラムも、相変わらずたどたどしい言葉を音に乗せた。
「……ないてる、よ」
カムラを肯定する言葉を。「そーね」とレカまでが続く。
「オトナのくせに、かくすのヘタよ、オニーサン」
「聞いてやんなよ。オトナにはオトナのじじょーってのがあんだから」
つい先程までレカと喧嘩をしていた筈のヘンリーさえ、彼女に続いた。
曖昧に苦笑を浮かべながら、子供とは怖いな、なんて、青年はぼんやりと思った。幼いほどに、鋭い。
だけど、言えない。良い歳をした大人の自分が、子供たちを相手に、寂しいんだ、なんて。
「お気遣いありがとう。優しい子達だね」
背伸びをした子供たち。だけどやはり子供だ。褒められると素直に喜ぶ。
大人になると皆、この純粋さを無くしてしまうのは、何故だろう。子供の頃の夢も希望も、今は無い。――いや、孤児である彼らにとっては、既に夢や希望なんてものは絶たれてしまっているのかもしれない。
そう思うとやるせない気持ちになって、青年はため息をついた。
「……君たちは、明日もここに居る?」
問えば、僅かに躊躇った様子を見せたメルサやアドゥール、レカとヘンリーの代わりに、カムラとクラムが頷いた。
「いつも、いる」
それを見て、メルサとアドゥールも頷いた。クラムが認めたなら、きっとこの青年は悪いヒトでは無い。
「ここは俺たちのなわばりだから、いつでもここにいるよ」
「たまに出かけてるけどなー」
カラカラと笑う二人の様子を見て、レカも安心した様子だった。ただ一人、ヘンリーだけがまだ気を許していない、とでも言わんばかりにむっつりと顔をしかめている。
「お前ら、かんたんにオトナをしんじていいのかよ。オトナはすぐヒトをうらぎるんだぞ」
強い言葉。経験からものを言っている、という様子のヘンリーのその発言に、その場の皆が押し黙った。
だが少しの間の後、クラムが彼の袖を軽く引く。
「だい、じょうぶ」
確信を持った一言。そのあまりに純粋な瞳に、ヘンリーはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「そ……そうだな。クラムがだいじょうぶっていうなら、たぶんこのオトナはだいじょうぶなんだ」
「クラムのヒトを見る目はたしかだからな」
ダメ押しのようにアドゥールとメルサにまでそう言われては、それ以上は暖簾に腕押しだ。この路地裏のトップ二に従おう。
深い息を吐き出し、ヘンリーはそっぽを向いた。
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