第一項-2

「コラー! 待ぁてガキ共ー!!」

 町の中に、中年男性の怒号が響いた。数日に一度、メルサ達の食糧調達の日だ。町の中心地近くのパン屋などを狙って食糧をくすね、複雑に入り組んだ路地を軽い身のこなしで渡り歩いては大人たちを撒いていつもの路地裏へと戻っていく。

 毎度狙う場所を変えるのも、自らの縄張りを特定されないためには忘れない。

「まてって言われてだれがまつかよ!」

 大きな声にならないように、だが隣を走るメルサには聞こえるようにはっきりと、アドゥールが言う。「だよね」と返すメルサは走りながらも口元には弧を描いていた。

 途中で二手に別れ、それぞれ別ルートを通り大人たちを撒いてから合流する。そしてゆっくりと、『戦利品』を確認しながらいつもの路地裏へと戻るのだ。

 路地裏では、仲間たちが待っている。お腹を空かせて、喉をカラカラにして。

「おまたせ~」

「こんかいのは五日はもつぞ」

 路地裏の子供たちに少しずつ分け与え、自分もそれを頬張る。これがまた一段と美味しく感じられるのだ。


 町中の裏路地で、孤児たちはよくゴミを漁る。その中に、彼らにとっての『お宝』があるからだ。残飯、壊れたアンティーク、雑誌……。

 順番にそれらを探しに行くのだが、この日はカムラとヘンリーがその役割を負った。といってもレカとクラムはその限りではない。クラムは言葉も含め、覚えなければいけないことが多い。それを教えるのが、元貴族の娘で学のあるレカの役割だ。

 話が逸れたが、とにかくこの日はカムラとヘンリーが町へ来ていた。

 他の縄張りの孤児が既に来ていた後だったのか、大した成果は無く。家の主や町の住人に見付かり怒鳴られる前にさっさと退散しようと、ヘンリーが言いカムラの袖を引いた。

 途端、カムラがそばにあった木箱を巻き込んで派手な音を立て、盛大に転ぶ。

「何やってんだ!」

 思わずヘンリーは声を上げたが、すぐに気付いた。カムラが倒した木箱が壊れていて、その中身が飛び出している。これは――

「カムラ! をもて!」

「え?」

「いいから早く!」

 転んだ際にカムラが立てた音で、町の住人たちが集まり始めている。言われるまま慌てて木箱の中身を拾い上げたカムラを、ヘンリーは片腕だけで抱え上げた。そのまま子供とは思えない動きで走り去る。

 自分と変わらない背格好の少年を抱えているというのに、俊敏な動きで町の住人たちを撒いていく。

 いくつも回り道をして路地裏に戻ったヘンリーは、皆の前で持って帰った物をカムラに出させた。それは、地図。そして、いくつかの小さな宝石。

「ちずは、もってるとやくにたつ。ほうせきは、うれば金になる」

 淡々とした口調で言ったヘンリーの言葉に、アドゥールが「でも」と返す。

「売るったって、オレらみたいなこぎたない子どもが売ろうとして買ってくれるか?」

「アタシがいるじゃない」

 孤児が売る物を、普通の質屋が受け取ってくれる筈がない。周りの孤児たちも心配そうに見る中、胸を張って言ったのはレカだった。

 そうだ、レカは元貴族の娘なのだ。今は薄汚い布に身を包んでいるが、ここへ訪れた時の小綺麗な服も残っている。それを着れば、十分良い所のお嬢様に見える筈だ。「おつかい」だとでも言えば、宝石を売るくらいは出来るかもしれない。

 あくまで希望論にすぎないが、僅かな光が見えた気がした。

 宝石を売れば金が手に入る。金があれば、盗まずとも食糧が手に入る。当分の間は仲間たちにこれまでのような苦労をかけずに済むかもしれない。

 メルサはぐっとレカの肩を握った。

「たのむ、レカ」

 いつになく真剣な様相からは、彼がどれだけこの路地裏の孤児たちを大切に思っているかを伺える。「とうぜん」とレカは同じく真剣な目を向け、強気な笑みを浮かべて言った。

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