第41話 砂上の宴

 俺達はクロイソス王子とセミラミス女王が暗黒のゲームをしている間、別室で待たされることになった。細長いテーブルのある食堂(ダイニングルーム)だ。古代エジプトっぽいメイド(こういう表現をするしかない)が料理を運んでくる。


「母が遊戯に興じている間、不肖娘の私めが皆さまのお相手を務めさせて頂きます」


「娘さん?セミラミス女王の?」


「はい。娘のニトクリスと申します」


「ちょっと待て。なんでニトクリスがセミラミスの娘なんだ?」


「いえ。ふるちんさん。ニトクリスはセミラミスの娘です。第一級の歴史資料ヘロトドスのイーリアスに書いてあります」


「なに!それは本当か!!!」


「残念ながら本当です。嘘だと思うならアマゾネスドットコムで書籍を注文して確認してみてください」


「くっ、本当に書いてあるなら仕方ないな!!」


 ニトクリスの命令で、人間の胸くらいの高さの大きな素焼きの瓶が運ばれてきた。


「では、まずはこれを」


 と、ニトクリスは俺達にストローのような細長い棒を渡した。


「なんだこれは?」


「果実のしぼり汁を溜め、さらにそれを布地で濾した物を井戸水で冷やしたものです。その長筒で宴に参加する者全員で同じ瓶から飲みます」


「なんで同じ瓶から直接ストローで飲むんだ?」


「万一この中に毒が入っていれば全員死んでしまいます。つまりこうすれば特定の人物を狙って殺す事などできない。つまり安心して食事していいという儀式なのです」


「つまり、乾杯の起原は古代エジプトという事ですね?ニトクリスさん」


「はい。ええっと、そこの三角帽子の方?」


「ももかんです。貴方方とよく似た格好の女性が母のガラ。そしてそっちの下男がふるちんさんです」


「おい。下男扱いするな」


「話の進行を速やかにするためです。我慢してください」


「ももかんさんにガラさんに下男さんですね」


「うぉい」


「冗談です。では一緒に頂きましょうか」


 俺達は同じ瓶から果物ジュースをストローで啜った。さて。古代エジプト流の乾杯がおわったところで古代エジプトっぽいメイド達が並べた古代エジプトっぽい宮廷料理を頂くことにした。

 スープは二種類。好きな物を好きなだけよそってくれるそうだ。まるでファミレスのドリンクバーのようだ。

 片方はモロヘイヤスープ。どろどろした青汁に似た野菜スープだ。栄養価が高く、また美容に大変効き目があって体の内部から肌をきれいにしてくれるそうだ。

 もう一つはレモン汁の香りのするヒヨコマメのスープである。俺はこちらの方が好みだった。

 メインディシュらしき巨大な鉄串に刺さった謎の生物の肉。ちょっと心配になったので尋ねる。


「それ、牛ですか?豚ですか?」


 まさか人間という事はないだろうか?帰って来た答えは実に意外なものだった。


「豚?貴方達は豚などをたべるのですかっ!!?」


「え?豚食べないの?」


「豚は不浄な生き物です。そんなものを食べるのは貧民くらいなものですよ。もしかして貴方方の国では豚なぞ常食としているのですか?」


「え?でもこの国なんか古代エジプトっぽいんすけど?」


「いえ。ふるちんさん。実は古代エジプトでも豚は禁忌の食べ物とされ、忌み嫌われていました。これがどういうことかわかりますか?」


「いやももかん。さっぱりわからんぞ」


「つまり古代エジプトで豚は食べられていなかった。即ち豚を食さないというのは6000年以上も長きに渡るエジプトの伝統!そして現在エジプトに住んでいるのはイスラム教徒!!ですから歴史的にイスラム教徒が豚肉を食べないのはファラオの名において正しい行為なのです!!!」


「なんだって!!でもそれが証明されたからってどうだって言うんだ?」


「まだわからないのですか?キリストが産まれたのは2000年前。エジプト文明は6000年前。だからイスラム教徒が豚肉を食べない伝統は三倍正しいのです!!

そしてこうして断言しておけばアラブの石油王がアニメ化のスポンサーになってくれる確率が三倍高くなるのです!!」


「なんていう計算高い行為なんだっ!!!」


 そんな雑談をしている間にもエジプトメイド達は自分達の仕事をこなしていく。


「切り分けれました。どうぞ」


 エジプトなメイドが薄く焼いたパンに挟んだ肉を俺の前に差し出す。


「改めて聞くがこれが牛でも豚でもなければいったい何なんだ?」


「こちら、ハイエナの肉でございます」


「ハイエナ!ハイエナだって?!!食べた途端に攻撃力とスピードが10分間100パーセント上昇しそうな食材を食べるのかっ!!?」


「さすが砂漠の宮殿ですね!でもふるちんさん。ここは残念ながら宮殿です!急いで街の外に走り出て、狩場に向かったとしても現地に辿り着くころには食事によるバフアップの効果が切れているでしょう!」


「くそっ!!日本じゃ絶対に食えない物を食べられているのに、なんだかとってもくやしいぜっ!!」


 一方のガラさんはエジプトメイドに何かお酒のような物を注いでもらっている。食事も他所にかなりの勢いだ。


「ガラさん。それなんですか?」


「これ?地元の地酒でナツメヤシ酒だって。ふるちん君も飲む?」


「いえ。結構です」


 イスラム圏ではアルコールは禁止だからアラブ石油王スポンサー計画は無理だなこりゃ。


「あれは古代エジプトで飲まれていたというナツメヤシ酒ですね!」


「うあぁー。中世ファンタジー世界にぜってぇーねぇー。あんなもん」


 俺はそんな話を聞きながらコフタというレタスの上に鶏肉のつくねが載せられた料理をつまむ。


「なぁニトクリスさん」


「なんですか?」


「確かちょっと前にこの国の軍隊がサルディスに向けて攻め込んだと思うんだが」


「はい。母は。セミラミス女王は威力偵察だと申しております。魔王マイルズの脅威がなくなったので、別に人間の住む隣国に攻め込んでもいいだろうと」


「なるほど。魔王の脅威がなければ別に人間同士で領土争いをしてもいいという判断ですね」


「おいおい。もし負けたらどうするんだよ?」


「あ、砂漠では絶対に負けませんので」


 ニトクリスは自信たっぷりに胸を張って言った。実際、ニトクリスは胸があった。


「我が国のラクダ騎兵は無敵無敗。砂漠における戦において負けたことはありません」


「マジ?」


「実際、私はラクダ騎兵がオークやゴブリンやスライムに敗北したという話を聞いた事がありません」


 ・・・まぁ。俺もねぇけどさ。


「我が国の誇るラクダ騎兵は防衛戰において無敗なのです。ならば他所の土地でどれだけ戦えるか?というのを母は試してみたくなったそうです。はい」


 ももかんはサマック・マシュウィーという料理に手を付けた。なんか焦げた紙っぽいもので、これ紙じゃね?と聞いたら紙じゃなくてパピルスだと言われた。

うぉう。エジプトっぽいぜ。焦げたパピルスを開くとそこには焼き魚が。どうやらエジプト流ホイル焼きらしい。


「このパピルス上質のスクロールになるんじゃないですか?二足羊なんて目じゃないですよ。食材にしちゃっていいんですかねぇ?」


 そりゃそうだろ。古代エジプトのパピルスなんだ。これ以上のスクロールの材料があるかよ。

 サマック・ボルティという料理もあった。こちらは多量の小麦粉をつけて油で揚げた物。とタカをくくっていたが、やはり腹を開くと内部から刻みニンニク、レモン、塩コショウ、パセリ、クミンなどのハーブが溢れ出てきた。

 デザートはオマーリという、パンをナツメヤシのミルクに浸し、ナッツと共に表面がキツネ色になるまでオーブンで焼いたもの。食後のお茶は紫色のカルカデの葉を煮出したお茶に砂糖をたっぷりと溶かしたものだ。

 やはり美容にいいらしく、セミラミス女王のお気に入りらしい。



 別室でカルカデ茶を飲む男女がいた。暗黒のゲームに興じていた砂漠の女帝セミラミスとクロイソス王子である。


「で、貴様は黙って軍を引けというのか。この妾に?」


「そうは言ってはいない。貴殿が今回の奇襲を見事なまでの成功理に収めた。平民に被害もほとんどない」


「では、このままサルディスの王都まで攻め込んでも構わんのだな?」


「いや。その場合貴国は周辺国と『地続き』になる。各国諸侯は我が国の領土を回復するという名目で貴国との戦争を開始するであろうなぁ」


「ふむ。それはあまりよくないなかも知れんな。砂漠では無敗のラクダ騎兵も、草原の上では馬と同程度の力でしかない。サルディス国境の砦を焼け落とした石油火炎びんも、我が国の油田でなければ精製できんしな」


「そこで提案なのだが、これからは国境の町の警備を我が国ではなく、優秀なラクダ騎兵を持つマッシリア帝国にお願いしたいのだが」


「その提案を受けて、何か妾にメリットでもあるのか?」


「まず我が国以外と国境線を接しない。貴国の防衛上有利だ。それに今回の戦争で獲得した領土をそのまま認める。分配だが」


 クロイソス王子はサイコロを投げ、双六の駒を進めた。


「ゲームの勝敗10回。終わった時点での割合で最終的な国境を引き直すというのではいかがだろうか?」


「おい待て。もう4勝4敗になってるじゃないか。もしあと妾が二連続で負けたらどうする?」


「もちろん砂漠側に国境を一割広げる方向で」


「じゃあ駄目だ。悪いがそんな提案は」


 セミラミス女王はサイコロを投げた。怒りが指先まで届いていたのか。勢いあまってテーブルの端から落ちてしまう。


「おっと。拾いますね」


「いや構わん。イカサマダイスにでもすり替えられては敵わんからな」


 セミラミス女王はサイコロを拾おうとして席を立ったが。


「おいすまん。やっぱ取りに来てくれ」


「はい?」


 疑問に思いながらもクロイソス王子も席を立った。床に落ちたサイコロの目は、『6』。


「確認したな?じゃあ6マス進めるからな」


「いやちょっと待ってアンタ今テーブル自分の足で蹴ってサイコロ飛ばしたでしょ?」


「いやいやそんな事しておらんぞ?6マス目は『もう一回サイコロを振る』だからな?だからもう一度振らせてもらうぞ」


「何言ってんのあんた俺の島じゃノーカンだから!!!」


「島だの海だのここは妾の砂漠だからな!!!」

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