第40話 毒と薬は紙一重

「で、これからどうする?」


 食事も終え、生ぬるいコップの水を飲みながら俺は二人に尋ねる。


「そうですね。じゃあ正面から突入しましょうか」


「おい」


「と、言ってもいきなり喧嘩を売りに行くわけじゃありませんよ。まずは話し合いです。お城の兵隊さんに頼んで、この国の王様に御取次願います。で、交渉して無理なら」


「実力行使、か」



「それでいいわね。じゃ、お会計を済ませてから行きましょ」


 ガラさんは日焼けエルフに食事代を渡した。俺達は王城らしきものがある方向に向かう。


「なんか見慣れた風景に似ているような気がする」


「そりゃあそうですよ。だってここは砂漠の街ですが、サルディスの街の地形に砂漠の道と住居を置いただけです。構図を新しく考えるのが面倒を省くためです。街を上空から見るとほぼサルディスと同じ構造をしているのがわかるはずですよ」


「なんじゃそりゃあ」


「ちなみにほらあれ」


 ももかんがあれ。と道端を指さすと。


「やぁ。またあったね・・・」


 そこには自動販売機転生チーターがいた。


「お前こんなところで何やってんだよ・・・」


「この街は砂漠だからね。ミネラルウォターの売り上げがいいかな?それにしてもエルフの女の子の背中に乗って旅ができると思ったのに。こんな形で別の街に行くとは思わなかったよ・・・」


「あら。自動販売機さんがここにいるってことは」


 ガラさんは自分の胸に手を突っ込んでカギを取り出す。そしてそのカギを自動販売機の反対側にある砂漠の街の住宅の扉に突っ込むと。

 問題なく扉は開いた。

 その内部構造はガラさん宅。つまりももかんの家だった。


「なんで砂漠の街にももかんの家があるんだ?」


「データそのまま流用してるから私の家の場所に私の家があるのは当然じゃないですか。王城に入れなかったら宿に泊まらず今日はここに泊まりましょう」


 いいのか。それで。

 ほぼ道を直進し、王城に辿り着く。その王城は。


「ほぼ外観がサルディス城なんだが」


 色だけ砂漠色だが、外観はほとんどサルディス城だった。


「データ流用ですよ。製作費を浮かす為です」


 城の前には兵士がいた。サルディス兵である。これもデータ流用システムのちょっとした応用って奴さ。


「旅の者か。我が城に何か用があるのか?そうでなければ立ち去るがよかろう」


 サルディス兵もとい砂漠の兵は立ちふさがるように俺達の前に立つ。


「すいません。砂漠の国の王様にお会いしたいのですが」


 ももかんのその願いを兵士はあっさりと潰す。


「それは無理な相談だ。我が国を治めているのは女王だ。男の王と面会する事は不可能だぞ」


「では、その女王様とお会いしたいのですが」


「では、お前達の中にニホンジンはいるか?」


「ニホンジン?」


「女王様はニホンジンとお会いしたいそうだ。ニホンジンならば城に入れてやろう」


 ももかん達は一斉に俺を見た。


「お前はニホンジンか?」


「え?まぁ」


「なるほど。貴様は異世界に来てステータスMAXでそこの女二人を洗脳奴隷にした転生チーターということだな」


「うあぁ。すげぇ風評被害だけど反論できないのが怖いなあ」


「では通るがよい。お前達ニホンジンが三度の飯より大好きな高貴な女王様がお会いになる」



 夕刻。サルディスの王城と同じ構造の玉座の間で、俺達は砂漠の国の女王と会う事になった。


「よくぞ参られた。ニホンというという国から参られた方々よ」


 女王は髪がタールのように黒く。背丈が糸杉のように高く。肌は大理石のようにきめ細やかであり。

 まぁ簡単に言うと、建築資材のような女性であった。


「ヒャア!!想像していた通りのびじんだぜぇ!!!」

「艶々の黒髪だぜぇえ!!!」

「でけぇ乳だぜぇえ!!!おっぱいがいっぱいでそうだぜぇ!!!」

「ちょっ年増じゃねぇのか?」

「ようじょ女王じゃないだとっ!!こんな国いられるかっ!!!俺は帰らせてもらうっ!!!」


 と、こんな感じで俺達以外の連中。すなわち日本から転生チーター達が謁見の間に雪崩れ込んできた。


「其方たちの為に祝宴をもよおそうと思う。まずはこちらの茶を飲んでいただきたい」


 砂漠の国らしく、顔を半透明の布で隠した侍女たちがお茶を運んできた。


「ハハハ!どうせ紅茶だな??」


「いや一応女王の宮殿だからな。砂糖ぐらいはたっぷりと入っているかもしれん」


「そら。呑むがいい。毒など入っておらぬぞ?もっとも、どうせ其方達転生チーターなら毒など効かぬであろうがな」


「当たり前だ。俺達は転生チーターだ。異世界の毒如きで」


 転生チーター達は一斉にお茶を飲み干し。


 ごっくん。


 俺も香り高いこの琥珀色の液体を飲んだ。


「コレハコーヒーダアアアアアアアア!!!!!」


 そう。コーヒーだ。そしてコーヒーを飲んだ転生チーター達の半分がその場に倒れ、動かなくなってしまった。


「あれ?どうなってるの?」


「どうやら貴族が茶を出したから、それは紅茶だ。という思い込みが彼らの命を奪ってしまったようですね。ですがこの異世界では先入観に捕らわれて行けないのです」


「おい。ももかん。コーヒーの本場はブラジルだろう?ブラジルがあるのは南米だ。コロンブスがアメリカ大陸に行かないとコーヒーは手に入らないぞ。中世ヨーロッパにはないはずだ」


「いえ。ふるちんさん。コーヒーの発祥の地は南アフリカのエチオピアです。現在ブラジルでコーヒーの生産量が多いのはブラジルが熱帯雨林のジャングル。つまり雨が多くて、人間がとくに何もしなくても簡単に大量のコーヒーが収穫できるから。という理由に過ぎません」


「だが、アフリカ大陸とヨーロッパは地面で繋がっておる。歩いてコーヒー豆を運ぶことは可能なのだ。半年、一年経ってもコーヒー豆は野菜と違って腐らぬしな。そしてエチオピアにはヤギ飼いの少年がコーヒーの実を与えたところ、自分のヤギがたちどころに元気になったという伝承もある。さらにイスラム教徒は酒を飲まぬが、コーヒーは酒じゃないからオーケー。と、盛んに飲んだのだ」


「ぬぶはあああ!!!!」


 転生チーター達は全身の穴という穴からコーヒーを噴き出しながら息絶えていった。いや。それは最初に倒れた半分だけで、倒れなかった残り半分は微動だにしない。


「なるほど。異世界でもコーヒーが飲めるとはな」


「だがその程度でこの日本人の転生チータ様が倒せると思うなよ?」


「ほほぅ?ならばこれはどうかな?」


 砂漠の女王は不敵な笑みを浮かべ、次なる盃を運んでこさせた。今度の杯にもさっきのコーヒー同様琥珀色の液体が注がれている。


「さぁ。このカフェイン飲料を飲むがいい」


「ふ。何度コーヒーを飲ませようと同じ事だ。俺達には」


「あ、これ気が抜けてるけどコーラじゃね?」


 ぶはあああああああ!!!!


 口に含んだコーラを噴き出しながら、盛大に転生チーター達はぶっ倒れた。


「ば、馬鹿な・・・。なぜ異世界にコーラが・・・」


「はぁはぁ・・・ま、まだまだ・・・。炭酸の入っていないコーラなど。コーラと呼べた代物では・・・!!!」


「大人しく床に這いずり、絨毯にでもなっていればよい物を。では其方の望みを叶えてやろう」


 砂漠の国の女王は、蜜蝋で封をされたガラス瓶を取り出した。


「ああああ!!そ、それはまさかああああああ!!!!!」


「さぁ飲み干すがよい!!!」


 触れもせずに女王は蜜蝋を弾き飛ばす!!!その蝋と覆われたコルク栓は転生チーターの顔面を直撃し、


「ぐえええあああああああああびゅうう!!!!!!!!!」


 彼の頭部を粉々に粉砕した。


「さぁ。お前達にもくれてやるぞ」


 ことことことと、耳障りのよい炭酸の弾ける音が俺の眼の前のグラスに注がれる。もちろん部屋にいた他の転生チーター達にも。

 彼らはコーラを飲んだ。


「これは間違いなくこーらだぁああああああ!!!!!」


 彼らは爽やかな喉の刺激に呼吸器を焼かれ、息絶えた。


「あー確かにこれコーラっすね。しかもかなり冷えてるわー」


「・・・貴様。なんともないのか?」


「でもコーラはおかしくないっすか?アメリカ大陸は大西洋を越えてヨーロッパの海の向こう側っしょ?流石に手に入らないんじゃ??」


「ほう?何が手に入らないと申す??」


「いや。コーラの材料ですよ。だってコーラはアメリカの飲み物なんだから材料は全部アメリカにはずじゃ」


「これはアフリカ西部で採れる木の実でな」


「クリに似てますね」


「コーラナッツという。初期型コーラの材料だ」


「ぐああああああ!!!!!!」


 俺は後方の壁に思いっきり吹き飛ばされた。まるで、何か見えない力によって殴られたような、そんな感じだ。


「はぁはぁ・・・。ば、ばかな・・・。こ、コーラの材料がアフリカにあっただと・・・!!つ、つまり中世のヨーロッパで、即ち異世界でもコーラを製造する事は可能という事か?!!」


「左様だ」


「う、ぐぅ・・・。あ、アンタは一体・・・!!」


「まぁ最後の一人であるし、褒美に名前くらいは教えてやるか。妾はマッシリアの女帝セミラミス」


「セミラミス!セミラミスだって!!!」


「ほう?妾の名を知っておるのか??」


「世界最古の毒殺女帝!!!そうか!!毒に詳しいなら毒以外の薬物、植物に詳しくても当然!!!つまりコーヒーやコーラくらい余裕で調達できても不思議じゃない!!!!」


「そうか。では納得できたところで死ぬがよい。あれを持ってまいれ」


 侍女が大工道具のような物を持ってきた。


「な、なんだ??」


「これはセメントだ。これを使って妾は建築工事をする事ができるのだ!!!」


「さ、流石は土木の女神セミラミスだな!!!だがその程度で俺は」


「ではこれはどうかな?」


 セミラミスは黒い物を床に(正確には片づけやすいように転生チーターの死体の上に)撒いて、松明の火で炙り始めた。


「これはユーフラテス川のほとりで採取したアスファルトだ。これを使えば道路工事が便利になるのだ!!!」


「ぬぐやあああ!!!!!あ、アスファルトだとおおお!!!!」


「ふるちんさん。残念ながら事実です。ヘロトドスのイーリアスにアスファルトを持ってたって書いてありますので」


「はっはっはっ!!!さぁて。貴様を速やかに葬ったら今度は空飛ぶ空中庭園でも造ってやろうかのう」


 セミラミスは高笑いを続ける。


「やぁ。なんだかたのしそうだな。私も混ぜてくれ」


 ぐにゅ。


 コーラを飲んでくたばった転生チーターの死体を踏みつけ、部屋に入って来たのはクロイソス王子だった。


「あ、あんた・・・掴まっていたんんじゃなかった・・・?」


「え?ああ。最初は牢屋に入っている予定だったんだが、美術さんに発注しようとしたら、格子の中に人がいるシーンは微妙に手間じゃないか?っていう意見があってね。バッサリカットする事にしたんだよ。あと、囚人服のデザインも未発注だ。お蔭で作業工程をだいぶ短縮できたと現場は喜んでいるらしい」


「いや。俺達あんたがさらわれたっていうから助けに来たんだけど?」


「この城の廻りに兵士がたくさんいるから逃走はできないよ。まぁお蔭でこの宮殿を自分の城のように歩き回らせてもらっているんだが」


 確かにこの砂漠の宮殿は、サルディス城のデータを流用しただけのもんだから内部構造ほぼ同じだろうけどさ。


「それじゃあ君では手も足どころか指先一つ動かすことできずにセミラミス女王に敗北しそうだから代わりに私が戦おう。それでいいかな?」


「あ、あんたなら勝てるのか?」


「それ以前に妾は貴様と勝負するなどと言った覚えはないが?」


「では、砂漠の国らしくこれで勝負をつけるとしよう」


 といってクロイソス王子はサイコロを手に取った。


「サイコロ?そうか!!サイコロかっ!!!」


「どうしてサイコロなんでふるちんさん?」


「サイコロの起原は古代エジプト!!そしてゲームの起原は古代エジプトだっ!!!」


「それは本当ですかふるちんさん?!!」


「ああ!!土曜日の朝、芸夢王の再放送で見た事あるから間違いないぜっ!!!」


「なるほど。では6000年の歴史と伝統のある、由緒正しい勝負方法をしてもよい。負けたら大人しく命を差し出すのだな?」


「いや。それでは面白くない。私達は互いに国を治める女王と王子だ。ならば互いの国の領土と、そこに住まう国民。それらを賭けようではないかっ?」


「面白い!!自分の命を賭すより遥かに!!!」


「まさに暗黒の遊戯っ!!!!!」


 二人はゲームに興じる為のテーブルの準備を始めた。邪魔な転生チーターの死体を庭の池に放り投げる。


ちゃぱちゃぱちゃぱ。


 あ。あの池で泳いでるもしかしてワニじゃね?


「おい。ゲームはしたいが腹は減っている。ゲームをしながら食事をする方法はないのか?」


「ならば焼いたパンに肉や野菜を挟んでそれを片手で食べながらゲームをすればよいだろうか?」


「おお!それは素晴らしい考えだな!!ではさっそく召使達に造らせよう」


 セミラミスとクロイソス王子はテーブルを挟んで向き合い、カードやサイコロを置く。


「えっと、俺達は?」


「なんだ。まだいたのか?勝負の邪魔だ。とっとと出て行け」

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