第39話 ようこそ砂漠の街へ

 翌日。

 雲一つない快晴の中、木炭車は砂漠を快走していた。


「さぁ。燃料補給も終わったし先を急ぎましょうか」


「本当に冷却魔法かけなくていいんですか母さん?」


「大丈夫大丈夫。母さん今日は物凄く体調がいいの。やっぱり十年ぶりくらいに思いっきり精気を吸ったのがよかったのね。やっぱり我慢し過ぎはよくないわ。たまには欲求不満を解消しないとね」


「・・・・」


 俺はそんな母娘の和やかな会話をももかんの隣で言葉一つ発せずに聞いていた。

 ていうか話せなかった。

 木炭車は砂に車輪を取られることなく進み、やがて白い壁に周囲を覆われた街に辿り着いた。


「どうやらここが目的地のようですね」


 入り口らしき場所には兵士が立っていた。


「ここはサルディスの街だ。怪しい者は通すわけにはいかん。通行証を見せろ!!」


 砂漠の街の入り口に立つ、兵士は、何故かサルディスの鎧を着ていた。ていうかサルディス兵だった。


「どうしてこんな砂漠の街にサルディス兵がいるのかしら?」


「えぅと。ちょっと待っててください母さん。水鳥監督に確認しますね」


 ももかんはスマートフォンを取り出し、村山アニメーションに電話した。


「すいまーせん。、水鳥監督」


『なぁーにももかんちゃぁーん?』


「なんか砂漠の街の入り口にサルディス兵が立っているんですが?」


『あ、それね?画麻ちゃんに砂漠の住人のデザイン発注したんだけどさ。優先順位としては女王様。一般市民って感じかな。あと砂漠だからラクダも描いてもらってるんだ。とりあえず兵士は間に合わせでサルディス兵置いてあるんだよ。えっと、ワープロソフトを起動して』


 スマートフォン越しにキーボードをたたく音が聞こえた。


「長い砂漠の旅でお疲れになったでしょう。どうぞお通り下さい」


 途端、街の入り口に立つ兵士の口調が優しくなった。なお姿はサルディス兵のまんまである。


『これでいいかな?とりあえず兵士のセリフだけ直しておいたから』


「脚本家でもないのにアニメの登場人物のセリフを直していいんですか?」


「いやいや。実はこれが僕の仕事なんだよな。逆に脚本家さんが納期ギリギリに脚本を送ったりするじゃない?そうするとセリフのおかしい所とか僕らがチェックできなくてそのままアニメ造る羽目になるわけよ。そうすると悪の帝国と戦っていたはずの反乱軍の主人公達が何故か悪役になっていて、子供の時から戦場を渡り歩いてきた百戦錬磨の主人公がポットでモブ兵士に倒されるお話になっていたりするんだよ」


「へぇ。監督さんって大変なお仕事なんですねぇ」


 水鳥監督に修正された脚本のおかげで、ももかん達の木炭車は問題なく砂漠の街に入る事が出来た。車両はゆっくりと前進し、街の一角にある井戸までやってきた。


「すいませーん。井戸を使わせてもらっても宜しいでしょうか?」


 ももかんは井戸を警備しているサルディス兵。もとい画像発注が間に合っていない砂漠の兵士に声をかける。


「砂漠の水は基調品なんだ。それを我々に供給してくれる井戸も当然だ。そんなにここの水が必要なのか?」


「はい。このふるちんさんの為に是非ともお願いします」


 ガラさんは後部座席から、完全に干からびた俺を取り出し、持ち上げた。


「・・・それ。生きてるのか?」


「一応まだ。ですので水をお願いします」


「わかった。では井戸の使用料として金貨二枚を頂くぞ」


 ガラさんは兵士に金貨二枚を渡した。


「確かに受け取った。このお金は新しい井戸を掘る為の資金として大切に使わせてもらうぞ」


 ガラさんは俺にロープをぐるぐると巻き付けると、井戸の中に放り込んだ。


「じゃあ三分ほど経ったら引き上げますか」


「そうね」


 三分経過。


「俺はカップ麺かっ!!!」


 引き上げられた俺はずぶぬれになりなが怒鳴り散らす。


「カップ麺ってなんですか?下等で愚かな異世界人であるこのももかんちゃんに教えてください。優秀なニホンジンのふるちんさぁ~~ん?」


「ああぁん?カップ麺っていうのは乾燥させた調理麺の事だよ!!お湯をかければすぐにたべれるんだっ!!!」


「あ、それ古代バビロニアに同じような物がありますね。英雄王ギルガメッシュの時代です」


「ギル衛門マジで何でも持ってやがるなこん畜生ッ!!!」


 ガラさんにロープを解かれながら俺は悪態をついた。


「まぁまぁ。昨日は結局カレーも食べれませんでしたし。折角ですからこの街の食堂でお食事でもしましょうか?」


 ガラさんの言う事も確かだ。溜まりかねない空腹には逆らえず、俺は食事の誘いを受ける事にした。



 食堂は砂漠の街というだけ砂漠の住人っぽい、男女ともに長袖の上着と足元まで届く長いスカートみたいな民族衣装だった。さらに日よけ目的と思われるやはり布丈の長い帽子を被っている。


「確かに砂漠の街っぽいが」


「えぇ。砂漠の街ですよ。食事をしてる人も砂漠の住人達ですから」


「いや。椅子やテーブルの配置がサルディスの食堂と同じだなぁと思って」


「そりゃ同じに決まってますよ。構図だけ一緒で、テーブルや椅子を砂漠っぽい色彩の物に変えただけですから」


 使いまわしかい。店のカウンターにはリザードマンの板前が立っていた。


「おい。寿司屋のリザードマンが立っているぞ。手抜きもいいところだぞ」


「いえ。あれはデザードリザードマンです」


「デザード?おやつか?」


「違いますよ。英語で砂漠という意味です。ちゃんと色が違うじゃないですか」


 客の注文を取る為にオークも歩いている。


「あれもデザードオークか?」


「そうです。ちゃんと色違いじゃないですか」


「あのダークエルフもデザートか?」


「いえ。あれは単に日焼けしただけのエルフです。決してデザインや配色し直すのが面倒だったわけではないのです」


「なぁあんたら。席に座っているのがいいが、とりあえずなんか注文してくれよ」


 オーク。もといデザートオークが声をかけてきた。


「え?注文ってまだメニューも水も出てきてないのに?」


「水?まぁメニューはともかく水は無料じゃねぇ。コップ一杯銅貨一枚だぜ」


 と、デザートオークはカウンターに据え付けられたウォーターサーバーをフットい指で指さした。


「あんたらたぶん水には困らない土地から来たんだろうが、この街では水は貴重でな。雨だって滅多に降らねぇから井戸水だっていつ枯れるかわかりゃしねえぇ。だから水は有料だ。もっとも街の西にあるネイル川まで行けばいつでも大量の水が流れているからそこまで行けば飲み放題だ。汲んだ水を町で売る商売をしたっていいし、ネイル川のほとりで畑を造る事もできる」


「川があって、水がたくさんあるんだろ?なら川のすぐ近くに街を造って住めばいいじゃないか」


「ネイル川は3、4年に一度洪水を起こすんだ。だから川の傍に街を造る事はできないんだ。そういえば、ちょっと前に『川の近くに家を建てれば、いつでも水を汲みに行けて便利なんですよ(ドヤぁ)』って言っていたニホンジンがいたが、あいつは洪水で家ごと流されちまったなぁ。『助けてくれーー!!!』って家の窓から必死に叫んでいたけど、到底無理だったよ」


「それ、何年か前にテレビで見た光景だよ」


「ついでに言うとこのネイル川流域では畑に肥料をまかなくても作物が育つんだ」


「畑に肥料をまかなくても!??それは本当かい?!!!」


「それをニホンジンに教えたら、『金貨も砂糖を撒かないのに作物が育つなんてありええああああああああんんあんあないいいい!!!!』って言いながらウンコと小便を漏らしながら死んじまったよ」


「そいつはかわいそうな事をしたなぁ」


 俺がデザートオークとそんな会話をしていると、ダークエルフもとい日焼けしただけのただのエルフが料理を運んできた。串焼きの肉。なんかチャーハンみたいの。そして一杯銅貨一枚のガラスコップの水である。


「羊肉のケバブ。レンズ豆とパスタのコシャリ。そして水でございます。どうぞごゆっくり」


 日焼けエルフは一礼して去って行った。とりあえず久々の米の飯をスプーンで口に投げ込む。悪くはない。悪くはないのだが。


「これ、なんか脂っこくね?」


「本来はこれにトマトソースがかかっている料理です」


「なんでかかってないんだよ?」


「トマトは大航海時代以後の野菜です。ヨーロッパ人が手に入れたのはさっきの織田信長さんの時代以後なので、中世ヨーロッパにはないんですよ。この玉ねぎはありますがね」


 つまりこのチャーハンは単なる炭水化物のお化けという事である。栄養バランスが悪い事この上ない。


「羊の串焼きはイケるな」


「現実のエジプトは地理的に香辛料が入手しやすい地域でしたからね。お肉料理は中世ヨーロッパより格段に美味しいはずです」


 折角注文した料理だ。残すのももったいない。俺は串焼きの肉をばらし、ご飯と混ぜ、チキンライスとして食べる事にした。



数カ月後。村山アニメーションにて。


「水鳥監督」


「なんだい五郎ちゃん」


「俺らの造ったアニメなんすけど」


「無事納期通りに完成したじゃないか。何も問題ないだろう?」


「いえ。この放送されたシーン見てくださいよぉ」


『長い砂漠の旅でお疲れになったでしょう。どうぞお通り下さい』


「砂漠の街なのにサルディス兵になってますよ。ここ」


「あれ?画麻ちゃん直してくれたんじゃないの?」


「私そんな指示受けてませんよ?」


「どうしよう?」


「どうしようってもう放送済みですよこれ?」


「来週分も納品しちゃってますよね」


「うーんじゃあこのままでいいか」


「いいんですか?」


「そうだなぁBDの売り上げが2000枚越えたら直せばいいんじゃない?」

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