第29話 ドライブの果てにリンゴ村
その日の夕方頃。俺達は目的地と思しき村まで辿り着いた。
「なんだがタンポポに似た、赤い花が咲いているな」
「タンポポではありませんよふるちんさん。あれはガーベラです」
「なにっ!ガーベラ・テトラだとっ!!?どうして異世界にガーベラテトラがあるんだっ!!!??」
「何をそんなに驚いているんですか?ガーベラは単なる植物名ですよ?ですからファンタジー世界にあってもおかしくないんです。ちなみにゼフィランサスもサイサリスもデントロビウムもこの世界にはあります」
「そうか。中世ヨーロッパ風ファンタジー異世界にはゼフィランサスもサイサリスもデントロビウムもあっていいんだな!!」
「ちなみにこの世界では数多くの転生チーター達がまるで大義の旗を掲げ、大剣を振り回す剣鬼に切り裂かれたようにサイサリスの花の前で倒れてたり、まるで騎馬長槍で突かれた女海賊のように腹に風穴を開けてデントロビウムの花の前で朽ちていたりします」
「どうしてなんだろうな?」
「さぁ?」
ガーベラの花畑の向こうには若干背丈の低い木々が見える。
「あっちは林檎畑です」
「林檎ってのは青森みたいに寒い地方の植物だろ?北に向かって進んでるのか?」
「いえ。一応南に向かって進んでいるはずなのですが。とりあえずこの村の先にある丘を越えてみればわかります」
*
俺達が村の先にある丘を越えると、そこは辺り一面の雪景色だった。
「どうなってるんだ?これ?」
「若干標高が高くなっているのもありますけど、何らかの魔術的要素が関わってるらしいですね。一年を通して雪が降りやまないんです。お蔭で周辺地域まで寒くなってしまって。まぁメリットもありますよ。さっきのリンゴみたいな寒い地方でしか育てられない植物が造れますし、ここの雪を夕方採掘して、夜の間中馬車で走らせる。するとサルディスの街でかき氷が食べられるって寸法です」
「かき氷?かき氷だとっ?!!中世ファンタジー世界にかき氷があるのかっ?!!」
「征服王イスカンダルが遠征の際、疲労した兵士達に雪山から取って来た雪に果物の汁をかけて振る舞ったものがアイスクリームの始まりとされています。だからファンタジー世界にアイスがあってもいいんです」
「そうか!征服王イスカンダルは偉大な王なんだな!!!アイスクリームくらい持っていても不思議ではないぜ!!!」
「それでは母さん」
「なにかしら?」
「これを飲んでください」
ももかんはガラさんに皮袋に入った飲み物を渡した。
「ゴキュゴキュ、じゅるじゅる・・・はい。全部のみほした・・・わ・・よ」
ばたん。いきなりガラは雪原に大の字になって倒れた。
「くー・・・・くー・・・・」
「え?なんで?」
「まぁ朝から木炭車で運転して疲労していたのもありますが。ちょっとだけ睡眠導入剤を混ぜたお酒です。この状態で10分ほど待ちます」
「10分?俺時計なんて持ってないぞ?」
「えぇー。ほらネトゲ世界に転移したアニメみたくポンと自分の前の空間押してステータスウィンドウやアイテムウィンドウ出して、ついでに時刻も表示できないんですか?」
「いや。そんな能力持ってないから」
「ちっ。使えない奴ですね」
ももかんはスマートフォンではなく懐中時計を取り出した。
「しかたありません。この懐中時計を使用しましょう」
「お前スマートフォン持ってなかったか?」
「あれは村山アニメーションとの連絡用です。それ以外の目的には使いません」
「いやまぁ確かに中世にはスマートフォンなんてないだろうからな。そこら辺はこだわるんだな」
そして俺達はその場で10分待った。
「そろそろ頃合いですね。ふるちんさん。母さんを起こしてください」
「こうか。・・・うん?なんだこれ!!?」
ガラさんはその全身をカチコチに凍りつかせていた。
「お前の母ちゃん完全に凍り付いてるんですけど?!!!」
「そりゃ凍りますよ。母は人間の姿をしてはいますが、その正体はスライム。体の80パーセント以上は水分なんです。冷たい雪の上で大の字で寝てればカッチカッチに凍っちゃうに決まってるじゃないですか。さて、ふるちんさん。母さんの足を持ってください」
「え?」
「えっ?じゃないですよ。このまま放っておいたら凍死しちゃいますよ。このまま宿屋まで運んで母さんを解凍します」
「あ、ああ。わかった」
俺はガラさんの足を。ももかんは頭を持って運び始めた。
*
俺達は雪原近くのリンゴ村。そこにある一軒の宿屋までやって来た。宿には如何にも中世異世界といった感じの酒場が併設されている。
コチコチに全身を固まらせていたガラさんは暖炉の火で暖められすぐに人肌程度に柔らかくなった。そして彼女は俺達の眼の前で地元名産地酒である林檎酒を飲んでいる。テーブルの上には地元の猟師が仕留めたらしいジビエ肉を使った鍋料理がメインディッシュとして鎮座されていた。
キャベツ、ニンジン、豆腐にこんにゃく・・・。
「中世ファンタジー世界に豆腐があっていいのか?」
「大豆はありますからね」
「あ、原材料はあるから豆腐は製造可能か」
「でも、基本的な味覚は平均的な欧米人ですから。納豆はありませんよ」
「そうか。アメリカ人は納豆嫌いだもんな」
「ふるちんさんも焼いたトーストの上に納豆を載せては食べないでしょう?」
「うん?まぁそうだな」
確かに。パンに納豆は合わないだろう。
「あれ?じゃあこの世界にはご飯がないってことか?」
「え?まぁ少なくともサルディス近辺では稲作は行われてはいませんね」
「おいおい鍋料理には米の飯が付きもんだろうが」
俺はももかんに文句を言ったが。
「お米はないかもしれませんが、これならありますよ」
そう言って皿に載せた長い物体を見せた。若干幅広めのそれは。
「あ!うどんか!!!」
「そうです。ヌードルですよ。これは小麦粉製ですから普通に中世ヨーロッパにあります。てかふるちんさん。スパゲティの本場はどこですか?」
「それはもちろんイタリアだ!!」
「イタリアの首都は?」
「それはローマだ!!」
「ロムルス、カエサル、カリギュラ、そしてネロ帝。古代ローマは偉大なる多くの皇帝を輩出してきました」
「そうか!!古代ローマの時代からスバゲッティは存在していたんだな!!じゃあ中世ヨーロッパ風異世界にうどんがあっても何の問題もないんだ!!!」
すべての食はローマに通ず。俺達は豚汁に似た味の肉鍋料理を音をたてながらすする。
「ところで、先ほど私の母が雪の上でカッチコチに凍っていたと思いますが」
「ああ。今は旨そうに酒飲んでるな」
ぷっはあ~。と五本目の瓶を空けている。かなりの酒豪のようだ。
「この酒を飲んで酔っ払っている。という状態が問題なのです」
「どこが問題なんだ?異世界うんぬん以前に普通だろ」
「ふるちんさんは。母さんは今どのような状態ですか?」
「どのような状態って・・・」
頬が紅潮し、時折手足や頭を揺らしながら林檎酒を継ぎ足しては盃を口元に運んでいる。
「あれ?ふるちん君今私のこと酔っているって思ったでしょう?実はそうなのよ~。あ、でも安心して。私大人だから。加減は考えてるから。あと10本は大ジョブ。それまでにはベッドに行くわよ~。あ、折角だからももかんの弟か妹を造る手伝いしてくれるとうれしいんぁ?」
「酔っぱらった状態だな」
「この酩酊状態が極めて問題なのです」
「だからふるちん君。お前がパパになるんだよぉ!!!」
「先に部屋に連れて行くか?」
「いえ。実際あと五本くらいは大丈夫だと思います。ですのでこのまま説明を続けます。母は魔法学科の賢者のスライム花子生と違い、どちらかといえば純粋なスライム人間です。つまり、スライムとしての特性が極めて色濃く残っています」
「スライムとしての特性?」
「魔法学科の賢者のスライムの社員に給料を払わない生はスライム本来の弱点はほぼありません。ただし、母は私達が昼間やった通りスライム本来の弱点、極端に冷却されると全身が凍結するなどの状態異常を起こします。そして現在もそうです」
「いや。単に酔っぱらってるだけだろ?」
「酩酊状態というのはアルコール飲料が肝臓によって分解される際、しきれなかった分が血液中に戻って毒素として体内を循環する事によって引き起こされる減少なんです。それによって頬が紅潮したり、脳に回ったアルコール由来の毒素が意識の混濁を引き起こします。つまり現在母は『毒に侵されている』状態だと考えてください」
「状態異常毒なの?!!これっ!!!!」
「医学的見地から見るとそうなりますね。つまり、『ボーダーーレール』のシーズン2の第一話で吸血鬼が酒場で飲んだくれているシーンがありましたが、あれは医学的見地からすれば彼女は『毒耐性がない』と考えるのが自然です」
「じゃ、じゃあ酒飲んで酔っ払うモンスターはすべて毒に対する耐性がないのかっ!!?」
「生物として考えるのならそれが自然です。そんなわけで母は毒、麻痺、凍結、石化、沈黙といった諸般の状態異常全般に耐性が存在しません。魔法学科の賢者の眠れないというのは、疲れてないから眠れないんです生と違って疲労もします。お腹も空きます。体力気力を回復させたかったら食事をして朝までぐっすり眠るしかないんですよ 」
「そーゆーわけだからー!!おかーさんはねちゃいまーす!!あ、あかちゃんつくりたかったらねているあいだにどーじょー。ばたん」
テーブルに倒れてガラさんは寝息をたて始めた。
「さて。閉めのうどん食べ終えたら母を部屋に運びますか」
「食ってからでいいのか?」
「お鍋冷めちゃいますし」
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