第26話 蒸気機関とスローライフ

「なぁももかん。どこかこの近くに適当な狩場とかないか?」


 俺は朝食を取りながらももかんに尋ねた。ちなみにメニューはコーンフレークの上に目玉焼きを載せたような物。にももかん宅の前の自販機で買ったコーヒーがついている。


「狩場?ふるちんさんは元の世界で猟師だったのですか?」


「いや。モンスターを倒したら金貨になったり、あるいは金に変えられる宝石を落とすのがファンタジーのお約」


「モンスターという表現はされてますが、立派な生き物ですよ?殺したら血と肉と骨と皮と内臓が残るだけじゃないですか。馬鹿じゃないですか?」


 まぁそうだな。ゴブリンだったら錆びた短剣とか落とすかもしれないが、あいつらが金貨でお店で買い物するか?と言ったら答えはNOだ。


「ふるちん君はうちで暮らすにあたってキチンと生活費を収めたいって言ってくれているのよ」


 ガラさんはそう好意的な解釈をしてくれた。


「つまりゴクツブシニートではなく労働と税金の義務を行う、真っ当な国民になってから自らの権利を主張しようというわけですね!それはとても素晴らしい事だと思います!!!」


「もちっとオブラートに包んで言えよお前らっ!!」


「あ~?スイマセ~ン?異世界にはオブラートなんて便利なもんはないもんで~。早くどこかの転生チーター様が持ちこんでくれないかな~」


 こいつ。まぁ俺もオブラートなんて見た事ねぇけどな。


「ともあれ。ふるちんさんが働きたいと言うであれば私は微力ながら御助力致しましょう」


「何か当てがあるのか?」


「軍隊に入ろう。騎士団に入団届を提出し、一般兵として街の歩哨からスタートです」


「なんやねんそれ」


「装備食事寝床お国持ち。定位置勤務昼夜交代が基本です。冒険者と違って安定給ですよ」


「『ここはサルディスの街です』て朝から晩まで言い続けたり、突然街を襲撃したモンスターに瞬殺される仕事じゃんか?!そんなのやだよ!!」


「じゃあ職人ギルドはどうです?各種の職工の親方について、ガラス細工を造ったり、お皿を造ったり、ロープを編んだりするだけで安定収入!!」


「なんで異世界に来て内職しなくちゃいけないんだ!!!」


「じゃあクロイソス王子が進めている真なる意味でのスローライフ計画に参加するのは如何です?」


「真なる意味でのスローライフ計画!!それはいいな!!是非とも参加したい!!!」


「ではまずはこちらに来てください」


 そう言ってももかんは彼女の自宅の庭に案内した。そこにあったのは自動車だった。厳密にはワンボックスカーである。


「なんで中世ヨーロッパ風異世界に自動車があるんだよ?」


「自動車?これはそんなものではありません。後ろに回ってみてください」


 言われた通りに後ろに回ると、何故か暖炉のような物がついている。


「ふるちんさん。貴方の仰るその自動車というのはどのような仕組みで動くのですか?」


「そりゃまぁ。ガソリンを燃やすか。あるいは電気とかじゃね?」


「これは木炭車です。薪を燃やして動かす車です」


「一気に中世っぽくなったあああああああああ!!!!!」


「さて。ここは私の家の庭。つまり私有地です。そのことは大変重要なので確認しておきます」


「重要な事なのか?」


「アニメ制作サイドとテレビ局的に重要です。そして母さん」


「はぁ~い」


 キーホルダーを小指にかけてくるんくるんと回すももかんの母。ガラさんは自動車の鍵を持っていた。


「母さんが木炭車の鍵を持っていることを確認してください。この車は私有地にあり、現在駐車中。尚且つ鍵は母が管理しており、エンジンがかからない状態である事を確認してください」


「何で確認する必要があるんだ?」


「アニメ制作サイドとテレビ局的に重要です。こうして念入りに強調しておかないと深夜枠にもかかわらず『子供が真似したらどうするんだ!』と、抗議する人々がいるのです。ではふるちんさん。自動車の運転席に乗り込んでください」


『この車は現在私有地に駐車中です。鍵はないのでエンジンはかからない状態です』


『この車に燃料は入っていません。動くことはありません』


「なんだこれは?!」


「テロップですよ。万一コミカライズ又はアニメ化した際に下の方に表示してもらうんです。読者及び視聴者に対し私達が道路交通法に違反していないことを強く強調するのが目的ですよ」


「道路交通法だと?!!」


「魔法学科の落第生様は無差別大量虐殺魔法で罪のない一般市民を殺害する描写は問題なくテレビアニメで放送できるかもしれませんが、自動車やバイクといった乗り物の運転に関して大変視聴者の監視が厳しいんですよ。ですから私達がきちんと日本の道路交通法を遵守しましょう。これは木炭車であってガソリン車ではありませんが一般道を走行する際は日本の法律で運転免許が取得可能な母さんに運転して頂きましょう。さてふるちんさん母さんがも口単車の鍵を持って外にいる事を確認してください」


 俺はももかんに言われたとおり、ガラさんが木炭車の鍵を持って車の外にいる事を確認した。


「確認したぜ。ガラさんは鍵を持って車の外にいるぜ」


「そして車の燃料。即ち薪が車体後部の釜にくべられていないことを確認してください」


 車体後部の釜から煙は出ていない。


「煙は出ていないぜ」


「次にギアがパーキングに。ハンドブレーキがしっかり入っている事を確認してください」


 俺はギアがパーキング。ハンドブレーキングがかかっていることを確認した。


「ギアはパーキングだ。ハンドブレーキングもかかっているみたいだぜ」


「・・・深夜アニメ見てBPOに苦情を入れるのが生き甲斐の皆さんも自分の子供をエンジンのかからない車に乗せてこうやって車の運転の練習させてたりするんでしょうね」


「そんなのどこの家庭でも一緒だろ」


「さて次です。ハンドルを軽く握ってみてください」


「おう」


 俺は絶対に動くことのない木炭車のハンドルを軽く握る。言うなれば自動車オナニーならぬ木炭車オナニーだ。そして後部座席に座るももかんは頬杖をつきながらこう言った。


「歩道が広いではないか。行け」


「おい」


「で、先ほどお話しました真の意味でのスローライフ計画のご説明しますと、これこそがそれなんです。つまり馬車や自動車は確かに便利なものです。しかし車が増えていくと、道路が渋滞していく。道路が混雑していくと人々の心が荒すさんでしまいまいます。そして魔法学科の賢者のFランク生が無免許なのにアメリカ製のキャデラックでフランスの凱旋門やイギリスのビッグベンなどで外国人観光客を次々と跳ね飛ばしていくのです!!」


「なんだって!!!そんな事をしたらEU域外から来た大勢の観光客がたくさん死傷してしまうじゃないかっ!!!」


「そして車を乗り捨てた魔法学科の賢者の不法入国者生は攻撃魔法を乱射し、警官一般市民を問わず大勢の人々を無差別に殺害するのです!!!」


「なんだって!!!そんな事をしたらしたらイギリスやフランスの治安が悪化してしまうじゃないかっ!!!」


「そして魔法学科の賢者の偽造渡航書所持者生はEU域内での審査が簡易な事を利用し、海外逃亡をしてしまうのですっ!!」


「なんだって!!!そんな事をしたら大勢の人々を無差別大量殺人した犯人を警察が捕まえられないじゃないか!!!」


「異世界ではよくあることですよ?」


「そうか!異世界なら仕方ないな!」


「そう言った事態を未然に防ぐため、クロイソス王子がスローライフ計画を進めているのです」


「一体どういう計画なんだ?!どうすれば魔法学科の賢者のイカ臭い釣り漁船で密航者してくる生からのテロ活動からパリ市民を守れるんだヴィヴラフラ?」


「鉄道を建設すればいいんですよ」


「鉄道?鉄道だと?!」


「ほら。自動車だったらわりと簡単に運転できるじゃないですか。でも鉄道の運転の仕方は鉄道会社に入らないと勉強できませんから。鉄道はテロに強いんですよ。さらに大量の人間を一度にたくさん運べるから、一般道の交通渋滞も減らせます」


「鉄道なら魔法学科の賢者の女子トイレの便器を盗む生から人々を守れるのはわかったが、鉄道なんて中世ファンタジーぽくないんじゃないのか?」


「錬金術師がいます」


「そうか!錬金術師は中世ファンタジーだからな!!ものすごくファンタジーな行為だっ!!」


「錬金術師のニーサンは金属の板金鎧になってしまった弟を人間に戻すため、蒸気機関車に乗って旅をします」


「メッサファンタジーだこれえええええええええ!!!!!」


「そもそも蒸気機関自体が古代ギリシャの発明品ですしね。順調に発達した文明世界なら鉄道のあるファンタジー世界もあり得るんですよ。あ、そう言えば鉄道に乗ってお侍さんがゾンビと戦うアニメがありましたね」


「一話が最高潮だったガバネリさんの悪口はやめて差し上げろ」


「コヨーテ・ダンス・ショーも中々ですよ?」

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