第25話 真相は夜闇の中に


ももかんはどこでもドアーを使用し、村山アニメーションに移動した。


「次、夕食のシーンなのでご飯の用意お願いしまーす」


「メニューはなんだね。ももかん君?」


「え?パンとスープとソーセージってありますね」


「・・・それだけか?」


「え?原作にはそれだけの描写しかないですけど?」


「それだと少々物足りないだろう」


「いけないんですかマイルズさん?」


「食事風景として少々寂しすぎるだろう」


「でも、中世ですよ?あんまり豪奢すぎる料理。一般家庭でお祭りや、冒険者がクエスト達成した直後でもないのにステーキというのもあれだと思いますが」


「そうだな。よし。この村山アニメーションの入ってる建物一階にコンビニエンストアがあったはずだ。スタッフのみんなに差し入れを買ってくるついでに食事シーンの参考資料を購入してこよう」


「参考資料?」


「中世っぽいファンタジー世界にあっても問題ない料理の資料だよ。コンビニご飯でそれっぽいのを探してくる」



 この世界のどこで缶ジュースが製造されるのか。俺は知らない。ひょっとしたあの自販機転生者のように異世界から来ているのかも知れない。俺はコーラを。ももかんはヤシの実サイダーを。ガラはビールを。それぞれテーブルの上に置き。


 そして今晩の夕食のメニューはベーコンとほうれん草のグラタンだった。


「・・・ちょっと豪華になっちゃいましたね」


「え?中世ヨーロッパって考えたら十分豪華じゃないのか?」


 もっとも俺は中世ヨーロッパの普段の食事なんて知らないのだが。


「ところで魔王マイルズは勇者が現れるまで、10年以上も余裕があるというお話を致しましたね?」


「ああ。油断していて、そこのガラさんと子作りしていたらうっかりクロイソス王子に殴り込みされて死んだんだよな」


「最初から死んでたけどねー。リッチだから」


「実はそれ。真実を隠蔽するためのカバーストーリーなのです。真相は別にあります」


「と、言うと?」


「魔王マイルズは復活した後、自分が倒されてから千年の歳月が経っていることを知りました。そこで情報を探るため、白い全身鎧をまとった人間の剣士をふりをしてこのサルディスの街に潜入する事にしたのです」


「冒険者のふりをする事にしたんだな」


「しかし、街門を守る兵士に、『お前、ちょっと兜を取って顔を見せてみろ』と言われてしまったらそこで終了です」


「一発で骸骨だとバレるからな」


「そこで囮のデコイを用意しました」


「わかった!大量のモンスターだ!!」


「馬鹿じゃないですか。逆に警備が厳しくなって街に入りにくくなりますよ。冒険者がぞろぞろ集まってきますよ。そんな事もわからないんですか?」


「じゃあどうしたんだよ?」


「実は調査を開始する前に母は妊娠していたのです。そこで妊婦である母を囮にします。貴族女性の護衛に雇われた冒険者。という設定にしました。街門の警備兵には『雇主』である母が応対します。大きく膨らんだお腹を見せます。元気に動く私がいるお腹を触らせて、タイミングを見計らって、『とりあえず宿屋を紹介して頂けないでしょうか?』と言えばオーケーですよ」


「うあぁ、完璧な作戦だ。兵士達の注意はお前の母ちゃん。ガラさんに向くからマイルズは素通りできるって事か」


「紹介された先は冒険者の多い店。今はスシバートモダチとなっている店舗でした。母は軽い食事を、マイルズは護衛という理由で水以外の注文を断ります」


「これならアンデッドだってばれないし、疑われないな。完璧だ!!」


「そこにウエァス教団の司祭が寄付を求めてきました。『そこな冒険者よ。汝には偉大なる大天使ウエアスへの信仰心が足りません。免罪を求めるがよいでしょう』」


「ウエアス教団?」


「千年前魔王マイルズを倒すのに尽力した司祭がこのウエアス教徒と言われていますね。具体的にはこういう教えがあります」



 その昔。偉大なる神がいたという。


 神は二人の兄弟に、カインとアベルに捧げ物をするように命じた。カインは小麦を。アベルは焼いた羊肉をそれぞれ捧げた。神が受け取ったのは、アベルの羊肉だけであった。


「ああ。なんということだ。小麦なんていくら育てていても無駄だ。もう農業なんてやめてしまおう」


 カインが絶望に打ちひしがれ、その魂が黒く染まりかけた時、彼の前に一人の天使が降臨した。


「御待ちなさいカイン」


「誰だ?お前は?」


「私は熾天使、智天使、座天使、主天使、力天使、能天使、権天使、大天使、天使のうち、下から二番目のくらいに位置する大天使の一人、ウエアスよ」


「なんだ。ただの下っ端じゃないか」


「ブブッブー。残念でしたー。天使の実力はアンタ達人間社会と違って実力とは関係ないのよねー。ラファエルとかウリエルとか、そういう人間と積極的に関わりあいになりたいチョーメジャー天使はあえて下位階級に留まってることが多いのよ。それだと許可なく割と自由に人間界と出入りできるし。だから主天使や力天使よりもアタシみたいな大天使の方が実は凄くて偉かったりするのよ?」


「な、つまりどういうことなんだ?!」


「つまり主天使や能天使をボコって『俺またやっちゃいましたぁ』って言ってる転生チーターが平天使にワンパン一発でやられるのはまぁごく当然な事よねぇケラケラ」


「と、とにかくお前は凄い奴なんだな?」


「で、とりあえずアンタ。農業やってんのよね?」


「ああ。小麦を育てていた。だが、だが神は受け取ってくれなかった。だからもう農業なんてやめてしまおうかと」


「じゃあ、この大天使ウエアス様がほんのちょっとだけアンタに力を貸してあげるわね!!」


 一週間後。


「フォフォフォ。カインの奴。もう一回捧げ物を用意したと言ったが。どうしたのかのう」


「怖気づいて逃げたのです。私の用意した羊ステーキに勝る神への捧げものなどこの世に存在しません」


「それはどうかなアベル?!」


「カインか。何度やっても同じことだぞ」


「それはこのビールを飲んでから言ってもらおうか!!」


「ビール?!ビールだとっ??!!なんだそれは!!??」


「小麦を単に焼いただけの食品。それがパンだ。毎日の糧となる」


「だが、神は俺の羊肉を選んだ!!俺の勝ちだ!!」


「では神よ、羊ステーキとビール。交互に食べて頂きたい」


「ステーキとビールを?」


 偉大なる神は、ステーキとビールを交互に食べた。


「なんと!旨いぞ!!このビールはステーキとよく合う!!」


 ビールを飲んだ神はステーキとビールを交互に見比べ。


「うむ。カインの捧げものはよいな。ではこの勝負はカインの勝」


「お待ちください!」


 アベルが抗議の声をあげた。


「もともと私が勝っていた勝負です!今更やり直すのは困ります!!」


「う、うむ。確かに。アベルの言う事ももっともだな」


「その通り。アベルの言うとおりです」


 意外な人物が賛同した。それはビールを用意したはずのカインであった。


「な、カイン?!!」


「実は私はこのようなものも用意しておりました」


「なんじゃそれは?」


「これはワインというのみのです。ビールを造る製法を真似て、造った飲み物です」


「ほう。ワインとな?」


 神はワインを口にした。


「中々良い味だ!私は気に入ったぞ!!・・・カイン。勝負に勝つならこのワインを出せばよかったではないか?」


「いいえ。前回私が出したのは麦で造ったパンです。そのワインはブドウで出来ています。ワインで出来たブドウを出すのはルール違反です。私は卑怯者にはなりたくなかったのであえて麦で造ったビールを出しました」


「そうか。あいわかった」


「く、負けだ・・っ!!」


 アベルは己の敗北を認めたが。


「いや。これは私のアイデアなどではない。人から教えてもらっただけなのだ。だが、その人の助言がなければ私は憎しみに捕らわれ、アベル。お前を殺してしまっていたかもしれない」


「カイン・・・」


「アベル・・・!」


 二人はヒシと抱き合いました。喧嘩を辞めた二人は、仲良く農場を経営し、末永く幸せに暮らしました。



「なんか俺の知ってるカインとアベルの話とだいぶ違うんだが?」


「ハッピーエンドだからいいんですよ。それでそのウエアス教のシスターが寄付を求めて参りました。とっとと追っ払うつもりで、『ああ。わかったよ。俺もあんたの神様を信じるよ』と、冒険者に偽装したマイルズは金貨を一枚。シスターに握らせました。するとシスターは、『信心深い貴方に大天使ウエアスの祝福を与えましょう。人間振大天使本人祝福ヘヴンリーセイントブレス』。次の瞬間、魔王マイルズは光と熱となり、私達の世界から消滅しました」


「マジ?」


「実は千年の間に様々な魔法が開発されていたのですが、ウエアス教団の神聖魔法も例外ではありません。探知邪悪ディテクトイーヴィルと探知不死者ディテクトアンデッドです」


「なにそれ?聞いた事ない魔法だな」


「要は人間に危害を加えそうな悪意ある存在。ゲーム的に表現するとカルマ値がマイナス200とか400とかの人間が赤く表示されるようになる魔法ですよ。カルマ値はカルマ値がプラスの人間を殺害したり、人間を下げると二桁で下がります。探知不死者はカルマ値関係なく真っ赤に表示されるようになる魔法ですね」


「じゃあひょっとして街の門番にはわからなかったがウエアス教団には丸わかりだったのか?」


「たまに侵入してきた悪意ある魔物を集団で奇襲攻撃するのが彼らのやり口でして。母が入った宿も腕利きの冒険者でギッシリだったそうですよ」


「ちなみにそれもカバーストーリーよ」


「なんだとっ?!」


 ガラの発言に俺は驚く。


「私が魔王マイルズの性欲処理目的で作成されたスライムオナホである事は話したわね?実はマイルズ様はクロイソス王子に倒されたわけではないのよ」


「どういうことだ?」


「子供が出来た後、マイルズ様との行為は続いた。元々その役目で私は造られたのだから。ただ、問題は私の原材料にサキュバスが使われていた事ね。妊娠中の女性は子宮内の胎児を育てる為に子供の分の栄養を摂取するため、二人分の食事をする。そのことを計算に入れていなかったマイルズ様は不整魔脈性急性骨筋梗塞を発症した」


「ふ・・・なにそれ?」


「ふるちんさん。人間の体には血液が流れていますよね?」


「ああ。それがどうした?」


「それは心臓から送られ、全身に送られます」


「そんなの小学生レベルの常識だよ」


「腕を丸ごと切り落とされたらどうなりますか?」


「出血多量で死ぬよ。そんなの小学生レベルの常識だよ」


「ですが腕を切られなくても人間が『血が足りなくなって』死亡する場合があります。例えば普段運動しない人間が急激に体を動かすと、手足を動かす為に無理に血を送った結果、脳などに送る血や、肺から空気の循環などが間に合わなくなり、人間は死亡します。簡単に言えばこれが心筋梗塞の原理です」


「それがマイルズの死亡とどうつながるんだ?」


「魔王マイルズはリッチ。つまり魔力で動く骸骨の魔物です。魔法というのは本来不安定なものですし、本来心臓も筋肉もない物を魔力で強引で動かし続けているんです。つまり血液の代わりに常に魔力を『骨血管』内に流し続けないと死んでしまいます」


「大概のスケルトンは100年くらい動いてるぞ?」


「ですから、妊娠中の母と交わった際、母が通常想定の二倍。魔王マイルズの魔力を吸い上げてしまったんですよ。一時的に大量の魔力が抜けた結果全身の骨格を動かす為の魔力が不足し、死亡してしまったのです」


「え?でもリッチだからもう死んでるんじゃ?」


「そのリッチが腹上死しちゃったんだから大変だったのに決まってるじゃない」


 二本目のビールをガラは開けた。


「人間の軍勢と戦って戦死。ならまだしも腹上死だからね。このままでは魔王軍の権威は失墜どころの話じゃない。とりあえず悪魔神官を呼んで、魔王マイルズの死亡診断書を一筆書いてもらった」


「白骨死体の死亡診断書ってなんだよっ!!!?」


「暫定で事故死。その場に居合わせていた魔王軍幹部にも死亡を確認してもらったうえで私はすぐに対策を取った。まず妊娠九ヶ月を過ぎた身重の体で速やかに魔王城を出立」


「妊婦が無茶スンナっ!!」


「魔王軍の未来イコールお腹の子供の未来よ。無理もするわ。既にクロイソス王子が冒険者として名を馳せているという情報は掴んでいたから彼と接触する事にした。私は魔王の愛人だ。魔王と会わせてやるからついて来い」


「それマジ?」


「あん時のクロイソス王子と完全に同じ反応ね。でもお腹触らせたら黙ってついて来たわ。で、魔王城の地下の豪華な寝室に転がる白骨死体を見たら状況を察してくれたみたい。それから停戦交渉開始。クロイソス王子が大立ち回りをして魔王軍幹部をなぎ倒し、マイルズ様を倒したって事にするように依頼した」


「へっ?なにそれ?」


「お互いにとってメリットの大有りよ。これだとマイルズ様は腹上死じゃなくてクロイソス王子と戦って死んだんだから紛れもない戦死。他の部族にも最低限の面目が立つ。クロイソス王子は魔王討伐の英雄として帰国でき、その後の国政に弾みがつくってわけ」


「マジかよそれ?」


「というのもカバーストーリーよ」


「じゃあ一体どれが本当なんだよ!!!?」


「さぁ?真実はマイルズ様本人でも聞いてみたらいいんじゃないかしらねぇ」


 ガラは次のビール缶を開けた。



「すいませーん。マイルズさんいますー?」


 ナイトキャップとパジャマ姿のももかんは村山アニメーションにやって来た。地球との時差は12時間あるので時刻は午前9時過ぎである。


 作業場には若干深刻そうな表情のムラニスタッフが集合集合していた。


「困るなぁマイルズ君」


「はぁ。そうは言われましても」


「どうかしたんですか?」


 ももかんはムラニスタッフの発するただならぬ空気を察し、尋ねる。


「マイルズ君が下のコンビニに買い物に行っちゃんだよ」


 水鳥監督が理由を説明する。


「店員さんは普通に骸骨のコスプレした人だと思ってくれたみたいだけど、村山アニメーションで領収書切ってくれってマイルズ君が店員さんに言っちゃってね。コンビニとビルのオーナーさんから苦情が来ちゃったんだ」


「マイルズさん一人でこれだと、骸骨兵たくさん作って貰って製作スタッフに加わってもらうのはやっぱり無理ですねぇ」


 近藤はそう判断した。


「マイルズさんこの世界の金貨持っていたんですか?」


「これ使ったんだよももかんちゃん」


 五郎はそう言って『会社用』とテプラが張られた『NONOCO』と書かれたカードを見せた。


「なんですか。それは?」


「あ、えーと。監督。異世界の人にノノコカードの事。なんて説明すればいいでしょう?」


「え、ノノコカード?ノノコカードはノノコカードじゃないか?」


「だからそれを金貨しか見たことのない異世界の人に説明するんですよ?」


「まさかノノコカードをテーブルの上に100枚並べて数を数えるわけにはいかないからな」


「うーん。どうすればいいんだ?」


 苦悩するムラニスタッフの代わりにマイルズが。ネトゲの最中に心臓発作で死亡して異世界に行った設定の骸骨魔王が助け船を出す事をした。


「ももかんよ。ノノコカードはこの世界の貨幣を封入して持ち運ぶ事ができる魔法の板なのだ。予め入れるべきお金がなければ只の板に過ぎぬが、それでも大変に便利な道具である事には変わりない」


「なるほど。お財布の代わりに使える魔法の道具なのですね。的確な説明どうもありがとうございます」


 ももかんはマイルズに礼を言った。


「とにかく、マイルズ君は僕らの許可なく外を出歩くのは禁止ね」


「はい。わかりました」


「あ、でもイベントとかにはむしろバンバン参加してね。車用意するから」


「しかし折角この世界で給料を頂いてもろくに買い物も出来ないのは困りものですな」


「アマゾネスドットコムで買い物してよ。使い方はわかるでしょ?元々この世界の人間なんだし」


「はぁ」


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