第15話 制欲を押さえきれなかった魔王(骨)
「ふるちん。それでもう気づいたと思うかも知れないけど。その時魔王城最深部にいたメイドというのが私よ」
「へぇーん。そうなんすか。ガラさんが・・・ってえええ!!!??」
「それじゃあ次はそっちの説明をさせて貰おうかしら?」
ガラは長い艶髪を弄りながら振り返った。
*
そもそも魔王が予定の千年後ではなく、少し早めに目覚めてしまったのには一人の女盗賊が原因だった。そこそこ育ちは良かったらしいがひねくれもののその娘は遊ぶ金欲しさにアルバイト始める事にした。魔法学科の図書館に目をつけたのだ。
御存知の通り魔法学科の学生のほとんどすべては不勉強である。当然図書館で真面目に勉学に勤しむような生徒など皆無。そこで学生服を入手し、白昼堂々図書館に入り浸る。
そこで本を盗む。のではなく、図書室の本を白紙の本に丸写しして、写本作業を行うのだ。貴重な魔術書や資料を教員の『監視の元』、学校から持ちだし、市内で高く売りさばく。
そんな毎日を繰り返していると、ある日。地図の挿絵がついた本を彼女は見つけた。どうやら千年前の勇者と魔王の戦いが記録された内容であるようだったが。
盗賊である彼女は本能的に嗅ぎ取った。もちろん財宝の芳香である。地図を丸写しして、持ち帰る。アジトにしている安宿で詳細な分析を開始した。どうやら財宝は対岸の岩山の上にありそうだった。
女盗賊が辿り着いたその場所は荒れ果てた廃城であった。流石に千年前に遺棄された物だけあって大変な歳月を感じさせる遺跡である。
女盗賊はさっそく調査を開始した。もちろん考古学的な興味はなく財宝が目当てである。旧魔王魔王城は『まだ』魔物の脅威などなかったので野営をして調査をする程のたっぷりとした時間があった。
その日女盗賊は玉座の間らしき場所で夕飯を造る為に焚火を始めた。焚火の動きが妙な事に彼女は気づいた。風はほんどないはずなのに、椅子の残骸らしき方向から焚火を揺らす風が流れているではないか。
なんとなく気になって、彼女は焚火用の薪を一本持ち、玉座の残骸に向かって歩いて行った。ぐるりと椅子を一回り。
「びぃんご♪」
石床の一つ。その隙間から風が吹き出しているのを女盗賊は発見した。女盗賊は地下を順調に進んでいく。魔王城を守る幹部の魔物は『まだ』いなかったし、雑魚モンスターも存在しなかった。
落とし穴の残骸や壊れた罠は女盗賊の障害にはならなかった。
「金貨の一枚どころか魔法の剣の一本も落ちてないじゃないの」
女盗賊は手つかずの遺跡にも関わらず目ぼしい収穫がない事に苛立っていた。危険は微塵も感じられなかった。ヤバそうなら引き上げればいい。階段を六階か七階ほど降りたところで一際豪勢なフロアに到達した。どうやら最深部らしい。
カギのかかった重厚な扉を発見した。宝物庫のようだ。覚えておこう。
何か。邪教の儀式を行う為の祭壇だろうか。通り過ぎる。
おっと、よく見れば手ごろな大きさの水晶玉がはめ込まれた像があるじゃないか。それなりの値打物のようだ。とりあえずこれを貰って今日のところは退散することにしよう。女盗賊はめ込まれていた宝玉を抜き取った。
「さて、いくらになるかしら?」
「そうだな。貴様の命の半分くらいにはなるだろう」
女盗賊が振り返るよりも早く。
復活を果たした魔王マイルズは彼女の首を掴み、その生命力を吸い上げ始めた。
*
「で、その間抜けな女盗賊で予定より早く復活できたのはいいんだけど、マイルズ様には重大な問題があったのよ」
ガラは話を続ける。
「重大な問題?」
「復活したばかりで魔力がほどんどなかったのよ」
「でもその女盗賊の生命力を奪ったんだろ?」
「あくまでそいつは女盗賊。魔術師じゃなかったから、吸い尽くしても全盛期の一割も魔力が回復しないことに魔王マイルズは『食事中』に気づいたわけ」
「あー。なるほどねー」
仮に魔王マイルズの最大HPが∞ポイントだったとする。その女盗賊がHP100しかなければ魔王マイルズのHPは全部吸収しても最大HP∞/現在HP100となる。
つまり駆け出し冒険者の攻撃一発で現在HPが0になってやられてしまうのだ。これでは意味がない。
「そこでマイルズ様は考えた。まず女盗賊から死なない程度に生命力を奪う。それから旧魔王城を駆けずり回って朽ちた骨216本を集めた。その骨を素材としてスケルトンを一体製造する。そしてそのスケルトンに食料と水と持ってこさせる」
「地道に素材採取クエストする魔王ってなんなんだろう?」
「食料と水を女盗賊に与え、もちろん自分で食べれない状態だからお皿とスプーンを用意して溶かして飲みこみやすくして食べやすくする。あ、冷たい床に寝かせると体力なんて回復しないから毛布も用意した。最終的には天蓋付きベッドになってたんじゃないかしら?体力が回復したら生命力を奪う。生命力を魔力に変換。また骨を集めてスケルトンを製造。これを繰り返す。とりあえず女盗賊に逃げられないよう五体のスケルトンを製造するのが魔王最初の課題クエストだったわ」
「只のタワーディフェンスゲームじゃねぇーかこれ!!」
「ある程度防衛力が備わってくると城の出入り口に十分な数のスケルトンがうろつくようになる。こうなってくると逃亡の恐れもないので女盗賊を監視しておく必要もなくなった。女盗賊も女盗賊で時々生命力を吸われるだけで食べて寝るだけの生活なのでたいして不満はなかったわ。むしろそれがいけなかった」
「いやよくないだろ。最後まで人間らしく生きろよ」
「その女盗賊は貴方の言うとおり『最後まで人間らしく生きた』それが問題だったのよ。城の宝物庫に入り、金品を漁り、宝石で身を飾り、ドレスを着た。化粧をして髪を整えた。人間の愛人がそうするかのように」
「いやそいつ魔王に生命力吸われるだけだったんだろ?」
「最初に説明したと思うが元々育ちのいい娘だった。だからその気になれば上品に振る舞えた。そしてマイルズ様は骸骨の魔術師。一般的にはリッチと呼ばれる存在だけど、これってつまりどういうことだと思う?」
「凄く強い魔術系アンデッドモンスターってことだろう?」
「そう。そして骸骨になる前は貴方と同じ人間だったという事。さらにもっと重大なことに」
「もっと重大なことに?」
「魔王マイルズは童貞のままリッチになってしまっていたのよ。千年前、勇者と死闘を繰り広げていた頃は別に構わなかった。そんな事を気にする必要もないくらい忙しかったら。だが今回は違った。勇者が現れるまで十年以上余裕があった。正確な勇者出現時間。なぜそれがわかったのかは私は知らないわ。まぁ魔王様だからそういう能力があったのでしょ。で、最初のうちは城を修復したり、手下の魔物を地道に増やしたりしてたのだけど、自分の眼の前で宝石をあしらったそれなりに肉付きのいい『非常食』がフラフラ歩いている」
「でも魔王マイルズってリッチっていう、骸骨の魔術師だったんだろう?性欲も食欲も睡眠欲もないんじゃないのか?」
「リッチは魔力で骨を動かしている魔物。精神的存在。つまり精神的な欲求は残っていたのよ。食欲と睡眠は肉体に関わるもので皆無だけど、性欲の方はまだ残っていた」
「でもリッチなんだろう?」
「そう。貴方のようにちんちんはない。だからマイルズ様は苦悩なされた。この猛り迫る欲望をどうやって発散すべきであろうかと。そんな中、自分の増やした配下にサキュバスやスライムが混じっていることに気づいた」
「サキュバスとスライム?」
「精気吸い取るサキュバス。如何様にも姿を変化させることができるスライム。そして例の女盗賊を材料に邪教の神殿において三体合体を行い、魔法陣の上に誕生したのが私。役目は魔王マイルズ様の居室の清掃と体のお世話。それだけのはずだったのだが、想定外の事が起きた」
「想定外の事?」
「ふるちん。貴方、スライムがどうやって増えるか御存知?」
俺は腕を組んで考えた。パンツ一丁で。
「いや。ちょっとわかねぇ」
「スライムというのは単細胞生物というものなの。普通の生き物と違って雄雌の区別はないそうで。そして主に有機物を好んで食べ、際限なく体積を増やしていく。食欲の象徴のような存在。が、時折ある程度のサイズで二体に分裂する事がある」
「細胞分裂ってやつか」
「そしてサキュバス。これは説明を割愛するわね」
「なんでだよっ!!??」
「いやふるちんならサキュバスの生態くらい御存知でしょう?」
「そうですよ。男性冒険者はゴブリンの生態を知らなくても、サキュバスの生態には凄く詳しいんですよ」
ガラも、ももかんも、間接的に『知ってる事ワザワザ聞くんじゃねぇーぞ』という風に告げている。
「く、反論できないのが悔しいぜっ!!」
「そして、サキュバスの能力でマイルズ様の魔力を吸い上げ続けた結果、私は無事御懐妊となったったってわけ。その直後にマイルズ様はクロイソス王子によって倒され、彼の配下五十名の冒険者の捕虜となる」
「配下五十・・・。ゴブリン退治とかで仲間にした連中か」
「幸いだったのはこの時、冒険者の男女比がほぼ半々で拮抗していたことだ。『戦利品』の一つである私を
どう扱うか激しく議論が行われたが、魔王マイルズを倒したクロイソス王子から二つの条件が出され、私は八カ月後出産する事になった」
「条件?」
「一つ目は産まれる子供がきちんとした人間の形であること。怪物であったら母子共々殺す」
「ちなみに産まれた子供というのが私です」
ももかんが手を上げて答える。
「へぇーそうなんだー。て、お前魔王の娘かよっっ!!?」
「一応そういう事になります」
「それでもう一つ条件というのがこれ」
ガラは右手の手甲を胸筋に。左手の手甲を錐体筋に伸ばした。
「な、なにが条件だっていうんだ?!!」
「何を驚いていますのふるちん?このガントレットとブーツ。そしてブレストプレートとタセットがクロイソス王子の出した条件なのよ」
「そ、そのビキニアーマーが?!!」
「母が合成獣キメラというのは説明済みですが、その材料に使われているのはスライムなんです。そしてスライムの体液は酸性。この鎧は極めて炎色反応性の強いアルカリ性金属でできているそうです」
ももかんが説明した言葉はよくわからないものだった。
「何か特殊な鎧なのか?」
「つまり私がスライムとしての力を使うとこの鎧は大爆発を起こして私の四肢は吹き飛ぶという寸法よ」
「その代りに私達母娘はごく普通の人間としてこの街で生活していくことを保障されているというわけです」
「怪物としての力を振るわない証拠としてそのビキニアーマーを着用するってことっか・・・」
なるほど。これは防具ではなく、この鎧は彼女本人の力を強制的に抑え込んでおくための。言わば拘束具のような物なのだ。
「あれ?今、母親とか娘とかって言った?」
「言ったぞ」
「ええ。言いました」
「こちらの若くて美人の方がガラ・プラキディア。私の母です」
「そしてこの知的な少女がももかん。私の娘よ」
母娘は互いに自己紹介をした。
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