第2話 異世界に行く前に

 トラックに跳ねられた者は幸せである。彼は神からチートスキルを貰い、異世界無双できるのだから。 

 ゲーム中に心臓発作を起こしたり、スーパーコンピュータに脳を焼き切られて死んだ者は幸いである。彼はゲーム中のステータスそのままで異世界無双できるのだから。

 その日。俺は風呂に入った。厳密には入ろうとしていた。

 お風呂に入るのだから当然服を脱ぐ。もちろんパンツもだ。

 銭湯と違って浴室内は自分以外には誰もいないのだから、前など隠す必要はない。だから俺はタオルなど持ちこまなかった。

 もし次があれば今度から俺はタオルを必ず持ちこむようにしよう。


「目覚めよ・・・、目覚めるのです・・・。勇者ふるちん」


 小さな女の子の声が聞こえる。深い森の中で俺は目を覚ました。

「こちらです。こっちにくるのですふるちん」


 確かに。俺はふるちんだった。ついさっきまで風呂に入ろうとしていたのだから当然だが。

 声のする方向に向かう。木漏れ日の隙間から抜ける。

 大気の汚染など微塵も感じられない青い空。切り立った崖の向こうには滝。そしてその手前に宙に浮かんだ少女。三角形の帽子をかぶり、マントとローブを身に着け、ロッドを持っている。


「あんたが異世界転生名物女神様ってやつか?」


「馬鹿じゃないですか?どっからどうみても魔法使いの少女じゃないですか」


 まぁそうだな。どうやら俺はこの女の子に召喚されたらしい。


「まぁ言われてみれば確かにそうだな。じゃあさっそくステータスMAXと洗脳奴隷能力と敵瞬殺能力と攻撃無効化魔法と瞬間移動くれよ」


「貴方が手に入れるのはそんなありきたりな能力ではありません」


「ん?じゃあなんだ?何か斬新な能力があるのか?」


「とりあえず異世界に行く前にこちらに来てください」


 少女が杖を振ると俺の前に唐突に扉のような物体が現れた。てか扉じゃねこれ?


「さ、どうぞ。貴方が主人公の物語。それを始める準備をしましょう」


扉を抜けた先は思わず


RPGみたいだな!

とか、

ここは異世界に違い違いない!!

と言いたくなるような場所ではなかった。


 どっかのオフィスの企画会議室のような場所で、長テーブルにパイプ椅子。壁にはホワイトボード。椅子には数人の男女が座っている。


「なんだここは?」


「ここはアニメ制作会社村山アニメーション。略してムラニです」


 ももかんは俺がやって来た場所について説明した。


「やあももかんちゃん遅かったね」


 ホワイトボードに近い席に座っている、太った中年男性が挨拶した。


「いえ。こちらこそ遅くなりました。あ、こちら今回の主人公になりますふるちんさん。自己紹介を」


「え?いや俺はふるちんって名前じゃ」


「いや君はふるちんじゃないか」


 確かに会議室にいる人たちの言う通り。俺はふるちんだった。何しろ風呂場にいたところを召喚されたのだ。


「君、ここには女の子もいるんだよ?この会社のビルから出たら警察来て逮捕されちゃうよ」


「あ、私美術系の学校出てますしそういうの見慣れてますから。あとアルバイトでよく男性の生殖器は描きますので問題ありません。今度参考資料に大きい状態の時見せてください」


 真顔で大人しそうな女の子が言わないでくれ。


「なんなら俺のロッカーに予備の着替えがあるからそれを使いなよ」


「五郎君いいのかい?」


「いいっていいって。裸じゃ何かと不便だろうし。風邪ひいちゃうよ」


「じゃあふるちん君。五郎君の言葉に甘えさせてもらいなさい」


「えっと、わかりました」


 俺は五郎とかいう茶髪のやつの着替えを借りる事にした。着替えを済ませ再び会議室に。


「じゃあ改めて。僕はアニメ監督の水鳥。よろしくね」


「製作進行の五郎っす」


「キャラデザの画麻です」


「CG制作の近藤です」


「魔法使いで愚者のももかんです」


「それでそっちが主人公のふるちん君だったね?」


「よろしく。ふるちん君」


「よろしくお願いしますふるちんさん」


「い、いや俺には別に本名が」


「おいおいふるちん。よく考えろよ?お前はまだなろう小説の主人公なんだぜ?月産一万、いや日産一万誕生する主人公の一人に過ぎねぇんだ。そん中からアニメデビュー。少なくともマンガ化を目指そうって言うんだ。だったら『ゴブリンレイパー』だの、『異世界貴族が100万人!』だのと言ったありがちなタイトルじゃいけねぇ。お前はふるちんで行け。最初のインパクトが大事だぜ。そうだろう?」


 五郎はそういうのだが。


「いや。それどっちも結構インパクトありそうなタイトルじゃね?てかゴブリンレイパーはアニメ化済みだよね?」


「ちなみにふるちんさん。資料によればイギリスの貴族の数はだいたい一万人ほどだったそうです。これは城を持たない平貴族も含みます」


「平貴族?」


「ほら。よく異世界ファンタジーアニメに主人公と一緒にくっついて来る女騎士いるじゃないですか。あれですよ」


「あーあれねー」


「異世界ファンタジーは基本中世ヨーロッパを想定しています。スレイヤーズもGATEもそうです。これ、作者公式設定らしいですね。つまりそこから算出すると平均的な異世界ファンタジーにいる貴族は10万人以上の大きな街の中心にでぇえんと城を築く大領主。100人くらいの小さな村にちょっと大きな家を建てて、ゴブリンやらオークやらに攻められて主人公に助けてもらう役目の小さな貴族。そして主人公又は主人公について回る役目の単独行動貴族に分類されるんですよ」


「俺の行く異世界には女騎士枠は当然あるんだろうな?」


「もちろんですよ」


「なら安心だ」


 何を安心しているんだ。俺は。


「ところで近藤さん。スケルトンの3Dモデリングはどれくらいでできますか?」


「もうできてるよ」


「え?仕事早いね近藤君?」


「昨日田辺さんが仕事取って来たばっかじゃん?マジすげぇよ」


「いや。今回の奴じゃないよ。二年くらい前に『俺はオタトモが多い』って商業ラノベやっただろ?」


「あ、あの眼鏡の女の子がメインヒロインのアニメですね?」


「画麻ちゃん。あれ、実は原作で脇役だったんだよねぇ」


「え?でも実際私たくさん描きましたよ?」


「原作読んだ時僕ビビッ!と来ちゃってさ。この子メインで行こう!って」


「結果として売れたからいいじゃん。その子のグッズだけ」


「それでそのオタトモのヒロインの子が、理科室で寝泊まりして生活するっていう設定だから、生活感を出す為に人体骨格模型の3Dモデルを造ったんだよ」


「生活感を出す為に人体模型の3Dモデルってなんなんだよ・・・」


「じゃあそれを丸ごと使いましょう。背景を荒れ地。とりあえずサンプルなのでフリー素材でいいです」


 ももかんはネットのフリー素材の背景を呼び出し、3Dモデルの後ろに重ねた。


「この骨格模型を横に倒して。画麻さん。このオタトモのアニメで学園祭の会がありましたよね?」


「はい」


「じゃあその時の剣と盾を重ねてください」


「わかりました」


 画麻はオタトモ11話の学園祭の回。主人公達がファンタジー演劇をしているシーンで剣と盾を抜き出した。そしてそれを骨格模型の3Dモデルに重ねる。


「できました」


「すげぇ!人体骨格模型が迷宮で行き倒れた冒険者その一になったじゃん!!」


「これなら納期や予算を大幅に圧縮できるな!!」


「この逝き倒れ冒険者を立ち上がらせ剣と盾を持たせれば」


「そのままスケルトン兵の完成だ」


「まだまだ。さらにオタトモ11話で主人公が来ていたダンボールに色を塗った演劇用鎧を持ってきて」


「この青い鎧をどうするんだ?」


「色を茶色。ガムテープの部分を黒く塗れば穴が空いているように見えます。これを着せればエリートスケルトン兵の完成です」


「一挙にモンスターの数が二種類になったぞ!!」


「それだけじゃないです!スケルトンは表情もないし、色も影もつけなくていいからゴブリンやオークの大群を出すよりずっと楽ですね!!!」


「仕上げです。このローブを着たサブヒロインから杖と服を剥ぎ取り」


「そいつ原作だとメインヒロインだったよね!!?ねぇそうだよね??!」


「スケルトンに装備させると」


「大魔王マイルズの完成だ!!」


「すげぇ!オタトモ11話の素材だけで雑魚キャラ2種類とラスボスまで完成しちまっぞ??!」


「オタトモ11話を仕上げるのに1か月半かかったのに今回はまだ一時間もかかってない!!なんて素晴らしいんだ!!!」


 アニメ制作スタッフは皆大いに喜んだ。砂糖をまいて農業を指導受ける異世界民よりも、椅子とテーブルを貰って休憩ができるようになった異世界民よりも、焼肉のたれのかかったご飯を食べる異世界民よりも間違いなく喜んでいる。


「せっかくです。オタトモから使える物をもっと流用しましょう。近藤さん。主人公達が通っていた学校を出してください」


「これかい?」


 コンクリート製の、ガラス窓がはめ込まれたごく普通の高校だ。特に気になる所はない。


「この学校のガラス窓を木枠に、中央の時計を紋章に。屋上に旗を立てます」


「木枠窓に紋章。屋上に旗、っと」


「うわ!現代の学校が中世ヨーロッパ異世界のお城になったぞ!!」


「このお城をさらにコピーペーストしてください」


「主人公達のスタート地点なんだから一か所でいいだろ?」


「いえ。まず城の壁を暗い色調に変更します。次に旗を取り外し、木窓を現代ゾンビ物で使用したバリケードの木板に変えてください」


「壁を暗くして窓を木板に変更っと」


「魔王マイルズの居城の完成です」


「凄い!スタート地点とゴール地点。その両方の二か所が同じ素材で完成したぞっ!!!」


「しかも以前やった仕事の流用だ!!」


「また私何かやっちゃいましたか?」


「ももかんちゃん凄いなぁ!君はただの魔法使いじゃない!!」


「そうだ!君こそ賢者を名乗るにふさわしいよっ!!!」


「いいえ。私は愚者です。愚か者です。愚かなので一杯考えました。考えて、考えて、中世ヨーロッパ的なファンタジー世界の住人ではなく、現代に生きるアニメ制作会社の人々が幸せに慣れる事を考えた。ただそれだけの事なのです」


「なろう小説で俺達を救おうとするなんて、いや。だから君は愚者なのかもしれないな・・・」


「主人公達が街中を歩いているシーンがありましたよね?それも使いましょう。屋根、ガラス窓、いずれも木製に変更。自動車は撤去して代わりに馬車を設置してください」


「了解」


「あ、ここ電柱残ってるよ?異世界ファンタジーに電柱はないよ電柱は」


「すいません消しておきます」


「おい!こんなんでいいのかよ!!」


 俺は思わず抗議の声をあげてしまったが。


「何を言っているのですかふるちんさん。ふるちんさんは単なるなろう小説主人公で終わるつもりですか?それではいけません。せめてマンガ化くらいはなさって頂かないと私の立場がありません。というわけで画麻さん」


「はい」


「この紙の左側に街を描いてください」


「街ですか?」


「ももかんちゃん。街って現代風?中世風?それとも江戸時代風?」


「とりあえず中世風でお願いします」


「わかりました」


 サッサッ。と画麻軽く街っぽいのを描き上げる。


「次にこちらの紙に骸骨の画を左向きで書いてください」


「左向き?」


「描き方はこうです。まず頭を描く。そして胴体を覆うように長方形の大きな盾。そして突き出す腕と剣です」


「えっとこうかな?」


 画麻は指示されたとうに描いた。


「こうすることで骸骨の胴体部分の大半が大きな盾に隠れます。すると骨を描く面積が少なくなって漫画家さんの負担がとても少なくなるのです」


「あ、本当です!!とても作業が楽ですね!!」


 さらにこの絵をこちらのコピー機にかけます。ももかんは骸骨剣士の画をコピー機にかけた。


 うぃーんがしゃん



「さらにコピーします」


 うぃーんがしゃん


「さらにコピー」


 うぃーんがしゃん


「仕上げにこちらの紙と合わせて」


 うぃーんがしゃん


「おお!街に向かって進軍する骸骨剣士軍団だぜ!!」


「凄い!たった一体骸骨を描いただけなのに、なんて楽なのかしら!!!」


「おい!いいのかよこれ!!!」


「何を言っているのですかふるちんさん?この方がコミカライズしやすいんですよ!!漫画家さんが楽なんですよ!!これは凄く重要な事なんですよ!!!」


 ももかんはテーブルを叩き、立ち上がる。


「そうだ。皆さんにもう一人紹介しなければならない人がいます」


「もう一人?」


「誰だろう?女騎士かな?」


「入ってきてくださーい」


 ドアを開けて入って来たのは。


「あ、こいつ」


 俺はこの人物に見覚えがあった。

 てかたった今アニメスタッフが造った魔王マイルズじゃね?


「やぁ!よく来てくれたねマイルズ君!!」


「マイルズさんチィース」


「おはようございますマイルズさん」


「宜しくお願いしますマイルズさん」


「あ、おはようございます。・・・なんというか。ネトゲ世界をプレイ中に死亡し、ゲーム世界の魔王となったという設定の私だが、再び社会人に戻ったみたいだな」


「ささ、こっち座って。どーぞどーぞ」


 水鳥はマイルズに椅子に座るように勧めた。


「うむ。では失礼して」


 着席する魔王マイルズ。おい。異世界の魔王が現実世界のアニメ制作会社に来ちゃっていいのか?


「アニメ化にあたって設定ちゃあんと読んだよ。マイルズ君。君さぁ。骸骨魔王だから不老不死なんだってねぇ?」


「うむ。まぁ不死者であるからな」


「食事も睡眠も不要なんだそうで」


「まぁ基本不要だな」


「ウンコもする必要ないんだよな。女の子がうらやましがるよお?」


「まぁ・・・食事をしてないからな」


「というわけで、はいこれ」


 水鳥はマイルズの前にノートパソコンを置いた。


「・・・なんだこれは?」


「なにって、君専用のパソコンだよ。今はデジタル化が進んでるからね。彩色作業もある程度できるんだ。でも、最終的には結局人手がいるから」


「すいません。それじゃあ私お風呂入ってきますね」


 画麻は部屋を後にした。


「俺も帰りまーす」


「自分も帰ります。お疲れさまでした」


 五郎も、そして近藤も会議室から出て行った。


「・・・どういうつもりだ?」


「マイルズ君。君さぁ。24時間トイレも行かず、眠らずに作業できるんだろ?凄いよねぇ完璧だよねぇ。

使い方教えてあげるよ。今晩は徹夜で尽き合ってあげるからさ。放送まで二ヶ月切ってるんだ。僕たちと一緒に頑張ってくれるよね?だって君が活躍するアニメなんだもん?」


「なにいいいいいいいいいい???!!!!!!!!」


「あ、そうだあ!マイルズ君。君魔法で骸骨兵一杯出してよ。とりあえず100体くらい。そうすれば作業効率100倍だよ?」


「それ無理です。監督。一般骸骨は知能が低すぎてケレン味どころか魔王軍副官が話してるシーンに悪魔神官を描いてしまいますよ」


「うーんやっぱマイルズだけが頼りか。がんばろうね。マイルズ君♪ところでももかんちゃん。ふるちん君。君達は」


「さぁーふるちんさん。冒険の旅に出発しますよー」


「そうだな。俺達は世界を救わないとな」


「待ってくれ!私を救ってくれ!!!」


「マイルズ君はムラニの未来を救わなきゃダメなんだよ!!!」

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