第4話 初戦

「ヨーフ様、ちなみにこの世界ってどのくらい大きいんですか?」

先導するヨーフへ私は話を投げかけた。

私たちのいる草原は本当にただっ広く、世界の果てなんて無いんじゃないかと思うくらい広大だった。


「当たり前だが、表の世界と全く同じだ。ちなみに同じだろうと思うが、この星の名も「チキュウ」だぞ」

そうなんですか、と返す私に、彼は続ける。


zお前が来た世界の事を「表」と言うが、吾輩たちから言わせてみれば、こっちが表であって、そっちが裏なんだ。ここにいる人間も動物も植物も、お前たちの世界と同じように生まれ、同じように過ごし、同じように死ぬ。唯一の違いは……」


ヨーフが言葉を言い終えぬまま、そのまま空中で静止する。

草原に点々と存在する木々の内の一本、その陰で何やらうごめく姿があった。


「アレみたいなのがうじゃうじゃいる位かな」


ヨーフが先ほど遮られていた言葉を話し終えると、私は彼の尻尾が指す方法を見る。

蠢いていた物体は、緑色のゼリー状の物体。

目が有って、口が有って……。


「なんですか、アレ」

「見て分からんか」

「分かりません」

「無理もない」


そんな私たちがやり取りをしている間に、先ほどの物体が飛び跳ねながらこっちの方にゆっくりと歩み?寄ってきた。


飛び跳ねた後はカタツムリが這った後のように、粘液っぽいものを、草原の草に残している。


微妙ににやにやしている不快な緑色の生物……。


「スライムというモンスターだよ」

「……早速この世界が魔法世界であると信じてきました」


それまでおとぎ話や小説でしか見たことのない生物?が目の前に現れた。

いや、空飛ぶキツネがいる時点で、疑う事も早速諦めたのだが。


「あれはな、表の世界で邪悪を背負って死んだ者の成れの果てなのだよ。罪を償う為にあんな形になっているのだ。知恵も知識も何にもない、ただの下等な魔物にな」


死後、『罪を償う』という発想はどの宗教にもあるが、目の前にそれの体現が跳ねていた。

私は妙に納得してしまった。

なるほど、日ごろの行いには気を付けよう。


「ちなみに生きている以上、多かれ少なかれ罪は負う。只そこまでひどい行いを行わなかった者は、この世界でも普通に人間として生きていける」

「アレの場合はどうなんですか」

「さあ、そこまでは我輩をもってしても分からん。とにかく、程度の低い邪悪だよ」

「分かりました。じゃあ、次どこに行きます?」


私は珍しいものが見れた、と満足げに踵を返そうとした所で、ヨーフの尻尾が首に絡みつき、締め上げられるような形となった。

長さはヨーフの軽く5倍くらい伸びているので、ある程度変形できるのだ。


「うげっ、絞めてる、絞めてる……」

「どこへ行こうというのかね。アレを倒して吾輩の糧にするのだ」

悪役っぽいセリフを吐きつつ尻尾による締め上げを解除して、ヨーフが言う。


「ヨーフ様、瑞獣なんでしょ」

「そうだ」

「世界を統べる一柱なんでしょ」

「そのとおり」

私は続ける。


「なんで、あんな弱そうな魔物なんか相手にするんです?そんなに強いなら、あんな弱そうな魔物、無視すればいいじゃないですか、逃げてもあの速さじゃ全然追いついてこれないでしょう?」

「それには海より深いわけが有ってだな。吾輩は力を封じられているのだ。下等なモンスターどもを捕食しないと、元の力を取り戻せない」


仮にも瑞獣と自称するキツネは、申し訳なさそうにそう言った。


「要するに、お1人では倒せないから、私に倒せと?」

「倒せないのではない、お前の力を見極めるためだ」

ヨーフはそう言いつつ上空へとび、距離を保つ。


とっさに私は思った。

倒す?

倒すってどうやって?


◇◇◇


「ヨーフ様―、倒すってー、どうやって倒すんですかー」

ある程度高度がある飛び狐に、叫ぶように声をかける。


「お前の腰にぶら下がっているそれは飾りかー」

ヨーフも叫び返してくる。

彼の言葉に自分の腰を見てみると、確かにそれはあった。

言わずもながら、剣である。


茶色い(素材が分からないが)鞘に入ったそれを私は抜いた。


おおっ、なんか本当に冒険者っぽい。

そんな感想を思いつつ、鈍い光を放つその基本剣ノーマルソードを眺めたのち、スライムに向けて構える。


スライムは相変わらず跳ねるばかり、ただし少しずつではあるが、私の方へ向かっている。

これで切れば、倒したって事になるのかな?

そう思いつつ、私は右手に手にした剣をスライムに振り下ろした。


ただ、なんの変哲もない剣とはいえ、鉄の棒なのだ、思いっきり振り下ろすとそれなりに重く感じる。


スライムの頭上めがけて、「切り裂く」より「叩き割る」ような感じで、自重に任せて振るう。


思った通り、スライムはその笑い顔を保ったまま、綺麗に真っ二つになった。


あまりの呆気なさに面を食らったが、これで「倒した」のだろう。


「ヨーフ様―、倒しましたよー」

「油断するなー、お前ごときが一撃で倒せると思うなー」

私たちがやり取りしているさなか、いきなり頭を何かが覆った。


それと判断するまで、数秒とかからなかった。

視界が緑色になり、呼吸ができなくなる。


真っ二つに叩き切ったはずのスライムが、再び一つとなって、私の頭にかぶさったのである。

内側からのぞき込むような形で、スライムの笑みが見て取れた。


「ぐ、ぐるじい……」

声なき声で、必死にスライムを払いのけようとする私だが、手でちぎってもちぎっても、文字通り一握りのスライムが取れるだけで、体積はほとんど減っていない。


意識が遠のいてきた中、「やれやれ……」と空の上から聞こえたとたん、スライムの体に無数の気泡ができるかと思うと、視界に彩が戻り、呼吸が楽になった。


「ごほっごほっ……」

私は久々の空気に触れて、四つん這いになるような形で思いっきりせき込むと、口から無数の緑色の物体を地面に吐き出す。


それらはゆっくりと移動し、互いにくっつきあって、やがて一つの小さい塊となる。


それがスライムと分かるまで時間はかからなかった。


「やれやれ、スライムごときに殺されかけるとは、拍子抜けしたわ」

頭上に空から降りてきたヨーフ様がのる。

彼は私の頭に乗ったまま、吐き出されたスライムめがけて、口から炎を出しそれらを焼き払った。


「ま、この世界に来た奴にそれは酷だったかもしれんな。ハハハハハッ」

ヨーフが眩暈で目がチカチカする私に目もくれず、頭の上で高笑いしていた。


こうして私の初戦は散々な結果で終わった。

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