第3話 ヨーフ
「で、ここは何ですか?」
あれから数十分、私は状況を必死に把握しようとしていた。
空飛ぶキツネを目撃して、あまつさえそのキツネのフカフカの尻尾にビンタされ、状況が頭の中に少しずつ入ってきた。
第一、自身が置かれている場所が違う。
私は田んぼ道の傍らで寝てたはずなのだが、今のここは見渡す限りの草原。
かじかむ真冬だったはずの世界は、いつの間にかそよ風が涼しく感じられるほどに暖かくなっていた。
そのキツネは自分の事をヨーフと名乗った。
私は色々と聞きたくて、「じゃあヨーフ……」と言葉を発した途端、「様をつけろ」とその二本の尻尾でビンタされた。
白い純白の毛で全体的にフサフサしているので、そんなに痛くは無いのだけど。
「……ヨーフ様。ここはどこなんですか」
「まだ吾輩に対する敬いが少なく感じるのだが、まあいい。何度も尻尾で殴ると毛先の手入れが面倒になる。答えてやろう、吾輩は優しいから特別なのだぞ」
もったいぶらずにはよ話せ、と言いたくなったが、黙ってることにした。
「ここは、死者の世界だ。もっともこの事を知っているのは吾輩と同じ位の存在……「瑞獣」クラスの者しか知らんぞ」
「死者の世界……?」
「お前、見た感じ生の世界から来たようだから、別に隠す必要はない。どうせ記憶を保ったままこの世界に来たのだろう?そうでなければとっくに吾輩の糧にしている所だ」
◇◇◇
それからヨーフは色々と語ってくれた。
私が今いる世界は、数分前まで私がいた世界の裏に位置する世界で、表の世界で死んだ者が、その身にある「罪」を清めるためにやってくる世界だそうだ。
それを知るのは、さっきも言ったようにこの世界を統べる7体の瑞獣くらいしかいないらしく、普通は何の記憶もないまま、この世界で新しく生を受ける。
表の世界で死んだら例外なくこの世界にやってくるのだが、では、ここで死んだ者はどこへ行くのか?
答えは簡単だった。
この世界で死んだら表の世界で又生まれ変わるのだ。
表と裏の世界。
死んだり生まれ変わったりしてサイクルするのが、世界の理ルールだそうだ。
途中何度もこれは夢だと否定しようとしたが、ヨーフにぶたれて痛みがある時点?で少しずつ本当であると感じられてきた。
ヨーフは長い長い時を生き、瑞獣の一端として世界の安定を図ってきたらしい。
「空飛ぶキツネがいる時点で、深くは疑いませんけど、なぜ私のように前世?の記憶がある者がいるんです?」
「それは分からぬ。吾輩もお前の様な存在を目にするのは初めてだからな。生まれたての頃はある程度、表むこうの世界の記憶を持っているてのはあるが、普通は成長の過程と共に薄れていくはずだ」
たしかにヨーフの言う通り、私のいた世界でも、子供が前世の記憶を話すとかいう、所謂転生的な話はよく聞くのだが、子供の戯言だと相場が決まっている。
第一、大人になってもそんな事を抜かす奴を信じるほど、世の中甘くない。
「で、お前さん名は何という」
「クリスティン、ですけど」
「そうか、お前を吾輩の家来にしてくれようぞ」
「何でですか」
「吾輩は伝説のキツネ、ヨーフ様だぞ!ありがたく思うがいい、ははははは」
高笑いするキツネに反論しようとしたが、やるだけ時間の無駄だと思ったので、とりあえず、私は疑問を口にした。
少なくともこの死者の世界とやらに対しては、私よりも詳しいだろうから。
◇◇◇
「魔王、だと?」
私はあの少女に言われた言葉を思い出し、ヨーフに問いかけてみる。
「ええ、それを倒すにはどうすればいいのですか」
「魔王ってのは聞いた事こそあるが、今はおらんぞ」
「今は?」
「大昔、居たようだったが。今は吾輩たち瑞獣がこの世界の長だ」
ヨーフは得意げに笑う。
流石キツネ、なんとも胡散臭い笑みを浮かべる。
「その瑞獣が魔王って事は?」
その質問に、ヨーフの笑みが消え、ムスッとした表情で私を睨む。
「吾輩たちはこの世界の守護者ぞ。小競り合いこそするがこの世を独り占めしたいなんて馬鹿な発想はない」
「守護者……ですか」
「送り込まれる魂エーテルに宿る邪悪を清め、再び表の世界に返す役割を担っているのだ」
だから表の世界の事を知っているのか。
確かに守護者というからには、知らされていて当然だろう。
しかし、エーテルやら邪気やら。私の元いた世界にとっては失笑ものだろう。
「吾輩の言葉が信じられないとは薄々分かっておる。それが正常、世界の理に従っている証拠だ。表の世界では魔物やら魔法やら馬鹿らしいというのであろう?」
図星だった。
いや、キツネがこうして飛んでいる時点で、ある程度は信用もし初めているのだが。
「こっちの世界では逆だ。わし等にとって、『カガク』という物の方が馬鹿らしいからな。そうだ、ちょうどいい」
そういってヨーフは空高く飛んだ。
しばらくきょろきょろしていると、私の隣に降り立って、口を開いた。
「お前にこの世界における現実という物を教えてやろう」
そう言うと、ついてこいと尻尾で手招くような仕草をして、ヨーフはゆっくりと私の前をプカプカと飛び始めた。
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