第2話 空飛ぶキツネ
「という訳で、約束は守ってもらうわよ」
光に包まれた次の瞬間、私の目の前には白いドレスのような服を着た十歳頭のような見た目の少女がいた。
肩までかかる小麦色の髪、この世の物とは思えない深紅の瞳……。
私はなぜか椅子に座っていた。
……その前にいろいろと突っ込みどころ満載の景色が、一気に私の脳内に入ってきた。
まず私がいるところ。
真夜中に、田んぼの隣にある小道に横たわっていたはず。
月明りもない夜は、漆黒に包まれていたのだが、今は一転して真っ白。
それこそ雪化粧を施されたような……いや、それとは比べ物にならない程真っ白。
世界は三次元であるはずなのだが、それを線びく境界線のようなものも見当たらない。
深い海のど真ん中に放り込まれたかのように、上も下も右も左も分からない。
そこにポツンと、私と目の前の彼女が座るテーブル、椅子、そしてティーセットのようなものだけが、不自然に存在している。
「ここは……」
「言っても無駄だし、今のあなたが理解できるところでもない。私が誰かも、今の貴方が知る必要はない」
目の前にいる彼女は、情報整理ができていない私を傍目に、とっさに浮かんだすべての疑問に回答し、カップを手に取り一口そそると、続ける。
「……死んだのよ、あなたは」
「死んだ……?でも、あの時……」
「死んだ、って過去形にするのも可笑しな話ね。貴方の死は保留されてる。そんな所かしら」
目の前の彼女は、その小麦色の髪を手でくるくるといじる。
私の一番下の弟と同じ位の年頃に見えるが、その態度は大人顔負けの落ち着きようだ。
「保留されてる……」
「契約を結んだんでしょ?だから貴方の死は私が決める事になっている。率直に言うわ、死にたくなければ二つの世界の『魔王』を倒しなさい」
「ちょっと情報が多すぎて頭の整理が……」
「どうせ言ったって無駄よ。せいぜい頑張る事ね」
言うとおり状況理解が全く出来てない私に、目の前の少女がそういうと、私の意識は再び光に包まれた。
◇◇◇
(おい、こんな所で寝ると死ぬぞ)
誰かの声がする……。幼い声だが、中性的な声だ。
声に導かれるように私が目を覚ますと、そこには青い空が広がっていた。
まさか、あのまま寝てしまったのか?
確かに寒いと言っても、運よくそのまま朝を迎える事が出来たのかもしれない。
私は理解した。
この声は私に、道のど真ん中で寝るなと、心配している声だ。
(お、起きたか。こんな所で寝るとは命知らずもいたもんだ)
……確かに仰る通りである。
いくら吹雪いてないとは言え、雪の舞う真冬の屋外で眠ってしまったのだ。
私はゆっくり上半身を起こした。
「ありがとうございます……疲れてて眠ってしまったみたいで」
(うむ。さすがにこんな所で寝てしまうなんて、モンスターにとっては餌が転がってるとしか見えないからな)
モンスター?
クマの事を言っているのか。確かに子供にとってはモンスターだろう。
いや、クマなら大人にとってもモンスターだが。
(うむ。吾輩に感謝するといいぞ。お前を食らう事も出来たのだから)
……子供の戯言が、私の背後からする。
私は振り向くが、そこには誰もいない。
「あれ?」
(ここだ、ここ)
どうも空の方から声がするので、空の方を見上げてみる。
ちょうど逆光で陰になっているのだが、そこには50センチほどの……、そう猫と同じくらいの大きさのものがプカプカと浮かんでいた。
私は思わず日光を手で遮ると、目がなじんできたのか、その影が少しずつはっきりしてきた。
真っ白い四足の動物。
尻尾が二本あり、小さい翼も生えていて、物理学を無視しつつ、パタパタと羽ばたきながら、その場にホバリングしていた。
見た目はキツネのような……。
というか簡潔に言えば、翼の生えたキツネだ。
しめ縄のような首輪をかけ、その真ん中には鈍色の鈴。
なーんだ、本当に疲れているようだな、私は。
心の中で逆に安堵した。
(おいお前、吾輩に助けてもらったのだぞ、礼位したらどうだ)
その謎の生物はそう一言言うと、私の頬に衝撃が走った。
殴られた?方向に首がのけぞり、遅れてじんじんと痛みが沸いてくる。
その痛みに頭が覚めたのか、5秒くらいたってから私は大きな悲鳴を上げる。
◇◇◇
「これでよかったのかしら……」
白いワンピースを着た『ハル』という名の彼女は、誰もいないその純白の空間でそう呟いた。
時はさかのぼる事、ほんの数分前。
久々に主に呼ばれたかと思うと、「人間を一人そっちに送ったから、よろしくね」、とだけ伝言を伝えられて、一人の人間の魂エーテルを投げつけられた。
投げつけられた、というのは比喩ではなく、球状の輝く物体を主からキャッチボールよろしく渡されたのだ。
「これは?」
「うん?魂エーテル」
「いや、分かりますけど」
主の答えに、即答でハルが答える。
「こんなものどうしろというのです?」
「こいつを魔王討伐に使うことにした」
「いいんですか、自分から自分の定めた理ルールをぶっ壊して」
死者の国へは死者しか行けない。
これは世界、もといハルの主が定めた、絶対命令。
破った者に「粛清」を与える死神、それこそハルの役目だった。
「こうでもしなきゃ、暴走は止まらないよ。そのうち『表』にも干渉してくる」
「それもそうですけど、使うなら『継承者』を使うべきでは?」
「私もそれを思ったけど、逆になんの関係もないただの人間を投入してみたかったんだ」
「……とにかく様子見します。断っておきますが、いくら貴方でも、この人間、私の判断次第ですぐ『奈落』に放りこみますよ」
ハルは脅しを兼ねて、あきらめ顔で主に言う。
だが、ハルに『奈落』の入り口を開く事なんてできないことは、彼女も、彼女の主も知っていた。
主はそのまま「好きにしていいから、よろしくね」、とだけ言い残し、立ち去って行った。
主は気まぐれだが、常に思慮深く、世界の捻じれを何よりも嫌った。
その彼女が、世界を捻じらせる『源』をいきなり押しかけてきたのだ。
こんなこと、少なくともハルの記憶があるうちでは一度もなかった。
「こんな特権を、『継承者』でもない人間に与えるとはね」
ハルは渡された魂エーテルを眺めつつ、つぶやいた。
どうせ考えても無駄だ。
そう考えたハルは白い空間を作り出し、魂エーテルを放り込んだ。
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