米軍ヘリコプター

米軍ヘリが不時着した。

とにかくすぐに靴を履き、砂浜まで全力で走る。

ここは砂州、 河口に溜まる砂でできた土地を「すさ」と呼ぶ。

町の半分は砂に覆われ、地面を掘れば全てが砂だ。

海が見えるまで、歩いて五分、走って二分。一面の砂、そして海。

ヘリコプターはどこだろう。

砂を蹴り上げ、走り続けるとまばらに人影が見える。

島は狭いが全員が知り合いではない。

2,3周りを見まわし、クラスメイトを見つけて駆け寄った。

「あれ。」

「アメリカ人だ。」

緑のヘリコプターから迷彩服にヘルメットの兵士が降りてきた。

大柄で、4,5人もいただろうか。

ヘリコプターは小さく見えるのに、こんなに人が乗れるんだ。

プロペラが必要以上に細く長く思える。

あれで飛べるのか。

近寄れるわけもなく誰もが遠まきに様子を伺う。

砂浜だから互いに丸見えなのにおかしな光景だった。


ひとり、酒屋の兄ちゃんがアメリカ兵と談笑している。

腕を組み、片膝を曲げて立ち、やけにリラックスしていた。

遠すぎて聞こえないが、酒屋の兄ちゃん、英語がしゃべれるのか?

会話が途切れる様子もなく、すげぇなと思ったがやはり近づけはしない。

どこからか町の人がヘリに駆け寄りアメリカ兵に何かを手渡した。

布製の幅広ガムテープだ。

アメリカ兵はガムテープを引き伸ばし、長めに切ってヘリに戻った。

あのガムテープ、何に使うんだろうか。

隣にいるクラスメイトとは一言も口を聞けない。

ヘリの故障で不時着したと思っていたがガムテープで修理するのか?

アメリカ兵が酒屋の兄ちゃんにガムテープが欲しいと頼んだのかも。

中の様子が見たくてたまらず、手足を揺らし、頭を低く下げてみる。

だが、体を傾けても入口以外は暗くて見えそうにない。

アメリカ兵がヘリの内部にガムテープをベタベタ貼っている。

一度想像した光景は頭から消せなかった。


ふと気づくと、砂浜に沿った舗装道路に自転車が一台止まっていた。

クラスメイトのきいくんだ。

見知った顔が増えてすこし気が緩む。

「きーくーん、おいでよ!一緒にみよう!」

きいくんは大きく手を振り笑ったが、近づいてはこない。

彼は昨年父親を亡くしている。

日も登らない早朝の漁、港の淵と漁船の隙間に足を踏み外し落下した。

よくある事故だ。

それからきいくんは新聞配達を始め、今日も夕刊を配っている。

ヘリコプターの噂を聞いて寄り道したものの放って加わるわけにはいかないのだ。

「きーくーん。ちょっとだけおいでよー。」

「きーくーん。」

ヘリコプターの不時着なんて今だけなのに。もったいない。

夕刊なんて何時に読んだって一緒じゃないか。

不満に思ったが、きいくんは笑って手を振ると夕刊の配達に戻っていた。


2、30分は経っただろうか、だれもがぼんやりとヘリコプターを眺める。

小学校の先生は勤務中で、ここにいるのは自営業の大人と子どもばかり。

交番もないほんとうに小さな町なのだ。

唐突にアメリカ兵の動きが早まった。

互いに言葉を交わし次々とヘリに乗り込んでいく。

ハッチが閉じようと動き出し誰かが声を張り上げた。

「早く、遠くまで走れー!急げ!遠くに走れー!」

精一杯逃げるが靴にまとわる砂が重い。

次の瞬間、細いプロペラが回りだし一面が爆風に晒された。

運動場に竜巻がおこって軽く騒ぎになったことがあるが

そんなものとは比較にならない。

半ズボンからはみでた素足に砂が突き刺さる。

一粒一粒が区別できる程、鋭く、細かな痛みに耐えて走った。

ヘリコプターの風力はすさまじく、子どもの足では逃げられない。

髪も服も突風に巻き上げられ、砂の痛みで自分がどうなっているのかわからない。

今まで親しんできた柔らかく海水に溶けて崩れる姿、サラサラと心地よい手触り。

砂浜一面の粒が機関銃のように自分を襲う。

目を守ろうと固く瞑っていたが、我慢できずに首を傾け横目に後方を見た。

ヘリコプターは砂浜から50センチ程宙に浮いていた。


バラバラに散ったその場所で、誰もがぼんやりとヘリコプターを見ている。

ヘリの上昇に伴い暴風が収まると野次馬も徐々に落ち着きを取り戻した。

高度はそれ程でもなく手で掴めそうな距離からこぶし大まで遠のく。

離陸時の威力と裏腹に河口向かいの山に向かって静かに飛んでいった。

プロペラは細く長い。けれど、ヘリが飛ぶ姿は重々しく安定感がある。

「ガムテープで修理したように見えないなぁ。」

ほんとすげぇよ。あれで飛ぶんだから。

ヘリが向かう先はわからないが、例え長距離でも不時着するとは思えない。

酒屋の兄ちゃんをつかまえて質問すれば面白い話が聞けただろう。

そんなことも思いつかず、誰とも話さず、足を押さえながら家に帰った。


(終)










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小学3年生 はむ @carucam

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