第15話 立ち込める暗雲

 ※諸事情あり前話から一週間飛んでいます。ご了承ください。


「なんだって?」

「だから、今日生徒会が部活の視察に来るっていうリークをしたんだよ」

「ああ、うん。でもそれがどうしたんだよ。うちの部活は人数オーケーなんだろ?」

「実はそうでもないらしいんだよねえ」

 昼休み。僕は亘理からこんな情報を聞いた。

「そうでもないって?」

「四人以上、とはなってるけど学年に二人ずつじゃないと駄目らしい」

「なんだそりゃ」

「だからね、ボーダーラインは二学年で二人ずつ入るっていうこと」

「つまり一人ずつの燈と江成さんだとまずいってことか」

 そんなめんどくさい規定があったのか。四人いればとりあえずオーケーにすればいいものを。

「そう。だからこのままだと目つけられるんじゃないかなあと」

「生徒会に?」

「うん」

「で、結局言いたいのは?」

 僕は亘理に結論を急かした。こういう心配を煽るような言い方するということは何か作戦があるに決まっている。

「よくぞ聞いてくれました!」

 案の定、亘理は待ってましたとばかりに顔を輝かせる。

 そしてニヤリと笑い指を立てた。

「今日は生徒会の視察阻止か目をつけられないようにする」

「具体的には?」

「視察阻止はまあ妨害だよねえ。トラップの糸を張っておくとか。落とし穴とか」

「……生徒会の人をモンスターか何かだと思ってる?」

「いやいやとんでもない。同じ人間なんだから死なない程度のトラップにしておくよ」

 いやいやとんでもあるだろ。なんだよ死なない程度って。捕獲クエストか。

「でも義務感溢れる人だったら無理やりにでも来るかもだぞ」

「わかってるって。今のは第一段階」

 死なない程度のトラップが第一段階とは恐ろしい。

「んー、突破されたあとできることと言えば数を誤魔化すくらいだよね」

「一番それが効果的じゃ?」

「そうなんだけど、ただでさえ人間関係が乏しい僕たちが人の協力を取り付けられるかな?」

「あ、たしかに……」

 適当な二三年生をゲットして美術部にいてもらえばいいと思っていたけどそうか、そこまで行くプロセスが難しいんだ。

 僕、照、亘理は未だにクラスと馴染んでいなかった。まあだいたいが照のせいと言っても過言ではないんだけど。

 しかも先輩関係も燈と江成さん以外皆無。

 僕たちがお願いしても数を誤魔化す用に力を貸してくれる人は限りなく少ないだろう。これは絶望的だ。

 なるほど。だから現実味のあるトラップが第一段階なのか。亘理は頭が切れるなあ。

「じゃあどうする?」

「僕にいい考えがあるんだよ」

「?」


 *


 放課後、僕たちは作戦を決行した。

 ちなみに照は学校のキャラの場合戦力外間違いなしなので作戦のことは話していない。

「本当にこれでいけるのか?」

「うん、九割くらい」

 亘理は僕にグッジョブマークを作った。

 ここは美術室ではない。その隣にある備品室だ。

 ここからだと美術室に直通で行けるし廊下も窺える。今回の作戦には持ってこいの場所なのだ。

 だが一つ欠点を言うとすればかなり暗いということか。

 今回は隠密行動で行かなければいけないので照明などなく真っ暗だ。かろうじて廊下と美術室から入ってくる明かりがほのかに備品室内を照らしている。

「……来たよ」

 そんな亘理の声に僕は廊下を窺った。

 来ているのは三人。ショートでキリッとしたいかにも生徒会長というような女子、そのSPとでもいうようなガタイのいい二人の男子。

「まずはトラップだな」

 廊下にはいくつかのトラップを用意しておいた。これで諦めてくれれば僕たちの出番はなくなる。

「うお!」

「かかった!」

 まず第一のトラップ、足首の高さに糸を張って転ばせるやつが発動した。横並びになっていた三人がともに転倒した。

 だがその後ムクムクと起き上がって糸を引きちぎられた。

「駄目じゃん!」

「まだあるよ」

 お次のトラップはセロハンテープの壁。……一瞬悲鳴が上がったと思ったらまた引きちぎられた。

 次のつるつるワックス地獄もかかった後すぐに対策を立ててきて沈没、ゴキのおもちゃ、蜘蛛のおもちゃともに無視。コンニャクぴとは悲鳴を誘っただけ、ビー玉コロコロは効き目がなかった。

 そして着々と生徒会は美術室に向かってくる。

「くそ、ここまでやって駄目なんて」

「僕もここまでは予想外だったよ。まさか虫のおもちゃで逃げ帰らないなんて」

 いや、それは舐めすぎだろ。

 というか今帰る時僕たちも大変なんじゃと考えてしまった。なんというか、江成さんあたりがすごいことになりそう。

 そしてこれ以上のトラップは仕掛けていない。

「しょうがないね……光くん、やるよ」

「え、本当にやるのこれ……」

「これも部の存続がかかってるんだ!」

「しょうがない……いちかばちかだ!」

 第一段階は諦め、第二段階に移行する。というか最終段階だ。

 備品室で生徒会が美術室に入ってくるのを待った。

 十秒ほど経って、ガラガラと戸を開く音がした。

「生徒会です。調査をさせていただきます」

「あ、どうぞ」

 そんな問答が聞こえてくる。

「よし、光くん、行くぞ!」

 その合図で僕たちは備品室から美術室に飛び出した。

「え……!」

「なにこれ!」

 僕たちを見た人たちが口々に驚きの声を発した。

 別に僕に驚いているわけではない。外見に驚いているのだ。

「若芽くん」

 そう。僕の外見はこの学校のイメージキャラクターの若芽くんの着ぐるみなのだ。

 今日の対策を考えるうちに美術室を色々見て回っていたところ、隣の備品室でこれを見つけた。

 使えそうだったので即作戦に取り入れた。

「あなたはここの部員ですか」

「そーだよー」

 もちろん声の対策もバッチリだ。ヘリウムガスをあらかじめ吸っていたので高くなっている。これで鼻をつまめば誰かわかるまい。

「そうですか、では何年生?」

「に、二年生だよー」

「本名は?」

「ぼ、ボクは若芽くんだよー」

 質問攻めにあって僕はつっかえつっかえに話した。若芽くんだよー、と言ったのは暗にキャラクターに本名を聞くなと言っている。

 その意図を察したのか生徒会の人はそれ以上は聞いてこなかった。

「そうですか、ではこの部の構成は一年生二人と二年生が二人、三年生が一人ですね。……あれ?一年生が三人と書いてありますが」

「ああ、光くんのこと。彼は今日お休みです」

 ナイスフォロー亘理。って、お前は何も着てないじゃん。

「いや、そして二年生が一人と書いてあるのですが……」

「入部はまだしてないんですよ。仮の部員です」

 ところで、と亘理は話を区切る。

「生徒会長さん、あなた年下好きって本当ですか?」

 いきなり何を聞いてるんだ亘理。

「な、ななな!」

 ってあれ?動揺してる。

 あ、亘理の得意などこから仕入れたのかわからないけど合っている情報か。いやいや、最近こういう光景見てなかったから亘理のこの特徴を忘れてた。

「でもやっぱりBLらしいですよね」

 トドメの一撃。生徒会長がBL好き。よくありそうな話だ。

「はわわわわ……。か、帰ります!」

 動揺に動揺を重ねた結果、逃げるように生徒会長は逃げていった。そのおまけもあとについていく。

「やった……のか」

 とりあえず難は去った感じだ。

 というか、もとから亘理にはその武器があったんだからそれで戦えば良くなかったか?

「うん、頑張ったね光くん」

 振り返って言う亘理の声は震えていた。やはり生徒会長に面と向かって話をするのは緊張したのだろうか。

 そう思ったが違った。亘理は笑いをこらえている。

「な、なんだ」

 ついに堰を切ったように亘理が大笑いし始めた。

 美術部のほかの面々は「あれお兄ちゃん?」「それにしては声が……」「なんで着ぐるみを?」と口々に呟いている。部の存続のためです。

「あはははははは!もう脱いでいいよ光くん」

「お、おう」

 なんだか猛烈に嫌な予感がした。いきなり亘理が大笑いし始めたのが、だ。今のこれは作戦が成功して笑っている感じではない。何かおかしくて笑いが止まらないといった感じだ。

 まあ正直暑かったので着ぐるみをさっさと脱いでしまう。服に細工をされている……感じはなかった。

「で、何がそんなにおかしいんだ?」

 僕がそう聞くと亘理ではなく他のみんなもくすくす笑い始めた。

 あ、声か。僕はまだヘリウムガスが効いていて声が高い。

 胸を叩いて咳き込みあ、あー、と声を確かめてみる。よし、もう治った。

 なのに亘理はまだケタケタ笑っていた。

「なんなんだよ」

 もはや気味悪さまで感じたので少し引く。

「いやー、今まで溜まった退屈を晴らしてくれてありがとう!」

「は?」

 意味がわからなかった。でも退屈を晴らすっていうことはまさか……。

「今日のあれ、実は嘘なんだ」

「え、でも生徒会は来たじゃないか」

「ああ、そっちは本当。嘘は学年に二人ずついないと駄目ってところ」

「は?」

 僕はまた腑抜けた声を出した。

 待てよ。それは今日僕たちが行動を起こした理由じゃないか。それが嘘だってことは……。

「いやー、面白かった!トラップ張るのもかかるのも見てて楽しかったよ。けどなんといっても光くんのあれ。あれは傑作だった!」

「お前……」

 まさか全て仕組んでいたのか?

 生徒会が来るという情報をリークして、こんな楽しい台本を用意しておいたということなのか?

 あひゃひゃひゃひゃひゃと亘理は笑った。

「今まで退屈だったからね。この機会を逃す手はないなと思って」

 生徒会を追い出すというシナリオに僕はまんまと乗せられていたわけだ。ついでに生徒会長もからかっていたし。

 ここで僕はしっかり亘理のことを再認識した。

 こいつは性格が悪いんだった。

 なら僕の頑張りはなんだったんだと脱力感に襲われた。

「え、お兄ちゃん部のためにやったの?」

 そんな時、照の声が聞こえた。

「すごいじゃん」

「え?」

「だって、部活を守るためにやったんでしょ?」

「そうなの光?」

「ま、まあ」

「光くん、ありがとうね」

 なんだか褒められてるぞ僕。なんだろうこの浮き足立つ感覚は。

 なんかさっき感じた脱力感とか敗北感とかどうでもよくなってくるな。

「光くんは頑張ったよ、声まで変えてね」

「お前には言われたくない」

 便乗してくる亘理を僕はきっと睨んだ。すると亘理はヒューヒューと口笛を吹いた。わざとらしいやつめ。

「でさ、亘理くん」

 燈が亘理に話しかけた。なんだ、説教でもしてくれるのか。

「な、なんです」

「生徒会長の情報って本当なの」

 鼻息荒く燈は亘理に詰め寄った。なんだ気になってたのそっちか。スキャンダル大好きっ子なのか?

「本当ですよ。あの本人の反応を見ても一目瞭然です」

「あの……」

 江成さんが小さく手を上げてみんなの注目を集める。そして注目を浴びてサッと手を下ろした。

「その情報、生徒会長に喧嘩を売っているようなものじゃ?」

「あ、たしかに」

 生徒のトップである生徒会長にスキャンダル投入したら宣戦布告しているのと同じようなものだ。

「そ、そんなわけないじゃないですか……」

 あ、亘理後先考えずにしゃべってたな。

「こ、これで僕はお暇させていただきます」

 亘理は逃げるように出口まで後ずさりして走っていった。

「あ、亘理危ないぞ」

 ここで僕はあることを思い出してすかさず追いかける。

 出口から顔を出して亘理を向くともう終わったあとだった。

 言わんこっちゃなかった。

 亘理は自分で仕掛けたトラップに大々的に引っかかっていた。

「馬鹿だなあ」

「は、早く言ってくれよ!」

「いや、言う前に行っちゃったんだって」

 この時僕の気持ちがスカッとしたことは内緒にしておこう。


 *


「ありがとな照」

「んー?何が?」

 しっかりとトラップを解除してから外に出ての帰り道。僕は照に感謝の言葉を述べていた。

 あの時、照がああ言ってくれてたから丸く収まったけど言ってくれなかったらどうなっていたことか。部員全員の笑い話になっていたかもしれない。

「何かしたっけ?」

 あくまで照は知らないことで通すらしい。いや、あれはやった内に入らないのかもしれない。

「照はいいやつだな」

 それが愛おしくなって僕は照の頭に手をやり撫でてやった。照はくすぐったそうに頭を振った。

 そういえばこんなことするの初めてだ。

「どうしたの」

「いや、なんとなくな」

「なにそれ」

 しばらく帰り道を沈黙で歩いた。

 沈黙を破ったのは照だった。

「……ねえお兄ちゃん」

「ん?」

「お兄ちゃんって、私のことどう思ってるの?」

 いきなりそんな質問が来て面食らった。

「どうって、前遊園地行った時に話しただろ」

「ううん、今の話」

「今っていってもな……」

 僕は照のことをどう思っているんだろう。なんでもできて可愛くて時に優しい。だいたいそんなやつなのかなとは思ってるけど改めて考えるとなんか違う気がする。

 そう、この言葉を一言で表すと。

「出来のいい妹かな」

 結局ここに落ち着く。

 一方照は嬉しさと微妙さが入り交じった変な顔をしていた。

「うーん、まあ、ありがとう、うん」

「模範解答は?」

 何を求めてるのか一向に理解できなかったのでいっそのこと聞いてみる。

 すると照は顔を赤くして顔を逸らした。

「それは内緒」

 小さくそういうとトテトテと家の方角まで走って行ってしまった。

「なんなんだ?」

 呆れ口調でそうは言ってみるものの、これから何かが起こりそうな予感がした。

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