第14話 穏やかな休日を過ごしたい

 はあ。疲れた。

 美術部のゆるキャラが完成してわーいわーいしたあと部活終了時刻になって先生に追い出され、今は帰宅途中だ。

 それにしても集中するのがこんなに疲れるなんて。変に気を張ってしまったのかもしれない。

 もう照以外の人とは別れている。そしてその照は自分のUFOがよほど上手くいったらしくほくほく顔だ。

 そんな顔を見ながら僕たちはコンビニを横切った。

「あ、なんか買っていくか」

 と思ったら引き返してコンビニに直行した。

 自分へのご褒美を買うためだ。今日はとりあえず疲れたし。

「どれにしようかな」

 スイーツの種類が多くて迷ってしまう。いや、アイスという選択肢もなくはないぞ。

「お兄ちゃんまだー?」

 照はもう決めてカゴに入れながら急かしてくる。

「ちょっと待って……これでいっか」

 結局、一番手近にあったプリンアラモードを手に取った。

 まあ、定番だけど美味しいし。

 レジで会計を済ませたのち再び帰路についた。


 夕食、風呂を済ませると至福のひとときは来た。

 買ってきたプリンアラモードにスプーンを差し込み、一口分すくう。

 口に入れると口いっぱいにほのかな甘みが広がった。

 うん、安定の美味しさだ。しかも疲れた体に染み渡る甘みは格別だなあ。

「んー♪」

 照もテーブルの向かい側でアイスを頬張っている。

 あの時よく見てなかったけどアイス買ってたのか。会計も急かしてきた照が急ぎでやってたから見る機会がなかった。

 くう、アイスも美味しそうだな。春の暖かくなってくる時に食べるアイスは、夏とは違った美味しさだろう。

 次買う時はアイスを買おうと心に決め、僕は引き続きプリンを口に運んだ。

「あ、明日休みか」

 ふとカレンダーが目に入ってそんなことが口から漏れた。土曜登校で曜日感覚がずれていてそんな感じは全くなかったけど、そうか明日休みなのか。

「今度こそ休もう」

 先週はなんだかんだでゆっくりできた時間は少なかったからな。明日はしっかりと休息をとらせてもらおう。

「お兄ちゃん何言ってるの?」

 そんな呟きを聞いて照がこんなことを言ってくる。あれ、僕変なこと言ったっけ。

 僕がキョトンとしていると、照ははあとため息をついた。

「明日はバイトでしょ」

「あ、あ!」

 思い出した。春休みに始めたバイトがあるんだった。

 春休みは毎日だったけど学校は始まってから隔週にやることになっていた。明日が隔週の一日ということだ。

「まあいっか。あそこあんまり人来ないし」

 人が来ないというのはイコール忙しくないということだ。つまり疲れない。

 そして給料は普通のコンビニと同じようなものだからこんな割のいい仕事はないだろう。

「じゃあ今日は早く寝なきゃ」

 僕はベッドまで急いで行き、目を瞑った。


 *


 バイトをやる時は一日中だ。

 アラームの力を借りつついつも通りの時間に起きて支度を済ませて照と家を出た。

「そういえば燈さんも今日らしいよ」

 道中で照は口を開いた。名詞が抜け落ちているがバイトが一緒と言いたいのだろう。

「あれ、燈って春休み限定じゃなかったっけ?」

 遊びすぎた分働いているという言い分が頭に残っていたのでてっきり春休みキッカリだと思っていた。

「違うよ。しっかり継続してるらしいよ」

「へー」

 そんなことを話している間に目的のコンビニに到着した。

「おはようございます」

「あ、おはよう二人とも」

 入店すると店長が挨拶を返してくれた。燈はまだ来てないみたいだ。

「じゃあ着替えて来てね」

「「はーい」」

 軽く返事をして僕たちはそれぞれ更衣室に引っ込んだ。

 さっさと店員用の制服に着替える。

 更衣室から出たのは照と同時だった。というかシンクロしていた。

 ああ、こんな兄妹らしいの久々だな。

「行くか」

 僕と照はレジに出た。

 夜勤の人とバトンタッチしてお客さんに備える。

 ……。

 こないな、人が。


 *


 ついに来たと思った客は招かれざる客だった。

「おー、偶然だねえ」

 や、と手を振ってこちらに気安く近づいてくる。

「光くんがここでバイトしてるなんてね」

 もうおわかりだろう。来たのは亘理だった。

「……はあ」

「む、何さその反応。普通よおって挨拶くらいあるでしょ」

「どうせお前特有の情報ルートで僕がここで働いていることを掴んだから来たんだろ」

「なんでわかったの!」

 僕は大きくため息をついた。間のいいことに照は商品の受け取りに行っていた。

「性格が悪すぎるぞ亘理は」

「えー、冷やかしに来たんじゃなくて普通にお客さんとして来たのに」

「絶対冷やかしだろ」

 へらへらと誤魔化す亘理に頷けるわけがない。

 目を細めて言うと亘理はむむむ、と膨れて商品を見に行った。

「それ以前にお前の家はここに近くないだろ」

 お客さんが亘理しかいないので頬杖をついて暇暇オーラを出していく。

 一周回って来た何も商品を持っていない亘理が僕の様子を見てニヤニヤしながら近づいてくる。

「そんなに暇なのかい?」

「うるさい。買うものがないならもう帰れよ」

「まあまあ。そんなこと言わずにさ。お客さんが来るまで暇つぶししようよ」

 こいつ、絶対何か企んでいやがるな。

「……何するんだ?」

「僕とじゃんけんして僕が勝ったら光くんが奢――」

「却下」

「ひどい!まだ最後まで言ってないのに!」

「最後まで言わなくてもわかった」

 なんなんだそれ。じゃんけんして勝ったら奢らせるって不公平すぎるだろ。どこぞのガキ大将か。

「とにかく僕は今日は穏やかに過ごしたいんだ」

「……この調子だと光くんは自分を曲げないね。わかったよ、今日は帰るよ」

 と言って亘理はペットボトルを持ってきた。

 これを買ったら帰るのだろう。

「151円です」

「はい」

 ここで亘理が最後の悪あがきと言わんばかりに5000円を差し出してきた。おい、せめて1000円にしてくれよ。まあ渡すのが千円札4枚に増えただけだけど。

「じゃあね。ああ、今日は暇だなあ」

「ありがとうございましたー」

 そう言い残して去っていく亘理に棒読みで見送ってやる。

「お兄ちゃん遅れてごめん、手間取っちゃって……ってお客さんいないねー」

「そうだな」

 なんというタイミングの良さだろう。ちょうど客が消えた時にやってくるなんて。

 ……まあたしかに今日はいつもより客数少ないのが顕著な気がする。

 新生活初めだから家で休養している人が多いのだろう。身にしみてわかっている僕はそう考えた。


 *


 それでもちらほらお客さんが来て難なくさばいたあと、お昼休憩となった。

 ごはんはいつもバイトの時食べているバイト割り弁当だ。

 レンジでチンして温めてから僕たちはランチにした。

 ちなみに僕はロコモコ丼、照はスパゲッティだ。

「それにしても今日は静かだなあ」

「うん、少ないよねお客さん」

「ああ、それはね」

 どこから出てきたのか、僕たちの会話に店長が入ってきた。

「ここの近くに色々と出来たからだよ」

 店長の話だと、もっと行ったところに大型のショッピングモールができたという。

「だから休日はこんな風に少ないんだよね。平日は普通なんだけど」

 なるほど。休日はそっちのショッピングモールで買い物する人が多いからか。平日は手軽にパッパと買えるここに来るのだろう。

「こんにちはー」

 そんな話をしていると、燈が休憩室に入ってきた。

 どうやらお昼からのシフトらしい。

「あ、光に照ちゃんも」

 店長だけでなく僕らの姿を認めると手を振ってきた。僕はそのまま振り返した。

「何話してたんです?」

「いやね、休日の方がお客さんが来ないって」

「たしかにそうですね。私は平日何か買いによくここに来てますけど普通に繁盛してますもん」

 ああ、ここは燈の行きつけのコンビニだったのか。

 それにしても燈のこの言葉を聞いてホッとした。この人の少なさはもうそろそろ潰れるんじゃないかと思わせるくらい深刻だったからだ。

「じゃあ着替えてきます」

 そう言って私服姿だった燈が更衣室に引っ込んだ。

「……ここももうそろそろ搾取対策しなきゃ駄目かな」

「どういうことです?」

「平日と休日のお客さんの比がおかしくなっちゃうから休日もお客さんゲットに動かなきゃな、ってね」

「ああ……」

「でもコンビニってお客さん呼ぶシステムありましたっけ?」

 この疑問は照からだ。コンビニでのバイト中は不思議ちゃんキャラではなく、普通のキャラらしい。

「そこなんだよねえ……」

 ん、なんか見たことあるなこのケース。

 お客さんを呼ぶ、呼ぶ、部員を呼ぶ……。

 あ、美術部のイメージアップ作戦か。

 似たようなケースだけどここでゆるキャラって言ったら一蹴されそうだな。

 だとするとお客さんを呼ぶには何がいいだろう。

「SNSとかで宣伝すればいいんじゃないですか」

「それだ!」

 お客さんを呼ぶ、多くの人に知ってもらう、拡散、と芋づる式に考えて出た結論を言ってみると店長はかなり食いついてきた。

「たしかに現代はネットが全てと言っても過言ではないからね。アイデアありがとう。参考にさせてもらうよ」

「はい、こちらこそ」

 なんか考えるのが上手くなった気がする。そんな気になって僕は心の中で鼻を伸ばした。


 *


 昼休憩も終わってお店に復帰すると一人のお客さんがいた。慌てて位置につく。

 って。見たことあるぞあの人。

「江成さんじゃないですか」

「えっ!あ、光くん……」

 声をかけるとテンパってあわあわしながら会釈してくれた。

「どうしたんですかここ近いわけじゃないでしょう」

「そ、そうなんだけど……」

 江成さんは何か言おうか躊躇している感じだ。

 しばらくすると意を決したようにこちらに向き直った。

「近所のショッピングモールに来てたんだけど……ちょっと人混みは苦手で、ここまで逃げて来ちゃったの」

 僕が驚いたのは江成さんがこんな長く話せている事だ。

 そしてなるほど、とも思った。ショッピングモールまで来てみたはいいものの、人が多すぎて人見知りの江成さんには耐えられなかった、ということだろう。

「まあここは人いないですし落ち着けますよ」

「うん、そうだね」

 これはあまり知られたくなかったようで、少し照れくさそうに赤くなっていた。

「ああ、大丈夫ですよ誰にも言いませんから」

「いや、そういうこと、じゃなくてね」

「あ、江成さんじゃん」

「こんにちはー!」

 江成さんに気づいた照や燈が声をかけながら江成さんに近寄っていく。

「あ、う、うん」

 いきなり人が増えて戸惑いまたあわあわしている。

「み、みんなここで、バイトしてるの?」

「ああ、はい」

「そ、そうなんだ」

「おーい君たち知り合いだからってお客さんに絡まない」

 三人で一人に群がっているように見えたのだろう。店長からお怒りの言葉が出てきた。とは言っても緩い感じのである。そういえば店長が激怒したところは見たことがない。

「はーい」

 反抗するのも馬鹿らしいので店長に従ってレジまで戻った。今の時間、レジには僕と燈、商品棚に陳列させていくのが照の仕事だ。

「じゃ、じゃあお願いします……」

 江成さんがお買い上げしたのはスナック菓子だった。てっきりスイーツとかそういうのを買うと思ってた。イメージ的に。

「じゃ、じゃあねみんな」

 袋片手に江成さんが手を振って去っていった。


 そこから数人のお客さんが来て今日は終わった。

「もうそろそろ上がりますね」

「はーい、お疲れ様」

「じゃあね二人とも」

 夕方から夜に移行する時間に僕たちは着替えて帰る支度を済ませる。燈はもう少し夜までいるらしい。

「お疲れ様でしたー」

 挨拶をしてコンビニをあとにする。

「それにしても今日は部員の人全員と会っちゃったなあ」

「あれ?亘理くん今日来てないよ?」

「ああ、実は来たんだよ照が商品を受け取ってるあいだに」

「え、そうなんだ。気づかなかったよ」

「本当にタイミングが良すぎたからなあ。亘理が帰ってすぐに照が戻ってきた」

 ほええ、と照は驚きの声を発した。

「まあ今日は思った通り忙しくなかったし、適度に休めた気がするよ」

「良かったね」

「ああ、でも……」

「でも?」

「もう少し平穏な一日が過ごしたかったような」

「なーんだ。今日は何事もなく平穏な一日だったじゃん」

 うーん、そういうことじゃないんだよな。

 現に知り合いとバイト先で二回も会うっていう普通じゃないイベントが発生したし。

「どうしたの?」

「いや、なんでも」

 まあこんなことは話すべきじゃないな。というか言ったとしても『ただの偶然に決まってんじゃん』って一蹴されそうな気がする。

 少なくとも亘理はわざとだったんだよなあ。

「とにかく今日はしっかり働いたなあ」

「お客さんはあまり来てないからそうとも言えないけどね」

「いいだろ細かいことは。とにかく一日中バイト先にいたっていう事実さえあれば」

「まあね。その分のお給料はもらえるんだけど」

 そういえばさ、と照は話を変えるように言った。

「ところでなんで私たちバイトしてるんだっけ?」

「え、だから万が一親のお金がなくなった時のためにこつこつ貯めるっていうことじゃなかったか?」

「でも、今のところそのお金だけでも十分生活できてるじゃん」

「だから万が一のために……」

 言ってて、疑問が生まれてしまう。たしかに、なんで始めたんだっけ。

 照はニヤニヤしながら全てわかってますよという顔で、

「お母さんとお父さんが帰ってきた時に困らせないように、でしょ?」

「いや、それは……」

「お兄ちゃんはいい子だねえ」

「ち、違う。断じてそんな理由はないぞ!」

 だってもう日本に帰ってこなくていいって思ってるし。帰ってきたとしても無下に扱うつもりだし。

「とか言って、結局優しくしちゃうのがお兄ちゃんなんだよねえ。あ、ということはお兄ちゃんのキャラにツンデレ属性追加か!」

「やめろー!」

 ケタケタ笑う照を黙らせようとして追う。それと同じように照も逃げる。

 帰りは追いかけっこのようになった。そして疲れ果てた僕たちはバタンキューで寝たのだった。

 ああ、平穏じゃねえ。

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