第13話 初めての共同創作

「さて、どうするかねえ」

 今日は視察で時間を食ってしまったので今日はいったん解散になった。

 そして宿題でデザインと素材の購入を命じられた。

 というわけで現在ホームセンターで悩み中である。

「もふもふ……」

 駄目だ。丸っこい毛皮に包まれた生き物しか思い浮かべられない。

 それを作るとなると……毛皮みたいなのと中に入れる綿が必要だな。

「まあ後は美術室の備品でなんとかなるか」

 その毛皮と綿を買い物カゴに入れて、レジに向かった。

 照と一緒に来たんだけど着いた瞬間にどっか行っちゃったからどこにいるかわからないんだよなあ。

「大丈夫か。子供じゃあるまいし」

 会計を済ませレジ袋を受け取りながらそう結論づける。

 いや、子供でも照なら大丈夫だな。

 その無条件な安心感が僕にはあった。


 そして家に着いて腰を落ち着けたあと。

『迷った助けて』

 照からヘルプの連絡があった。

 あの照が迷うわけ、と一瞬思ったが照も人間なのだ。失態は誰にでもあるだろう。

『今どこだ?』

『ホームセンター』

「はあ?」

 果たしてホームセンターに迷うところなどあっただろえか。僕はてっきり帰り道に迷ったのかと思ったけど。ホームセンターはここから徒歩十分程度かかるので道に迷う可能性は多々ある。

 それが、ホームセンター内ねえ。

 妹の意外な一面を垣間見ながら僕は救出に向かった。


 到着後ほどなく、というか一瞬で照とは合流できた。

 店に入ってすぐのところにいたのだ。

「さては……迷ってないな?」

「ふんだ。お兄ちゃんが勝手に帰っちゃうからだよーだ」

 照は子供のように拗ねていた。

「それは照がいきなりどっかに行っちゃうから」

「そんなの理由になってないよー」

「いや……。帰り道がわからないとかそういうんじゃないんだろ?」

「そんなのあたりまえじゃん!」

 逆に怒られた。なんだよ、心配してやったのに。

「というかそれならそうと早めに言ってくれよ」

「言わなくてもわかるでしょ。可愛い妹なんだから一緒に帰ってやろうって」

「自分でそれ言うのかよ」

 もういいや。これ以上何か言っても全部骨折り損になるだろう。

「で、照は何買ったんだ?」

 話を変えようと僕は照の手のビニール袋に目を向けた。

 照はササッと袋を自分の後ろに隠した。

「それは言ったらつまんないよ。明日のお楽しみ」

「そっか、いいなそれ」

「そうだよ。さ、帰ろう」

 なぜか照が先導して帰路につく。

 なーんだ。本当に道がわからなかったからじゃないんだ。やっぱりあの安心感は間違ってなかった。

「うーん、なんで僕は呼ばれたんだろう」

 このホームセンターへ歩く労力が無駄に感じてきた。

 だって、お説教なら家でもできるじゃん。

 一緒に帰るためだけに呼ばれたのだと思うと少しうーん、という気持ちになった。


 再度家に帰るとデザインをパッパと仕上げてから風呂に入ろうと自分の部屋から浴室へ向かった。

「あ」

 浴室のドアを開けて後悔した。

 目の前には今服を脱いでいる照がいたからだ。

 キャー、妹とイチャラブイベント突入!

 ――なわけあるか。

「ご、ごめん」

 すぐにバンとドアを閉めて謝った。

『なんで謝るの?』

「は?」

 ドア越しに聞こえてきた言葉の意味がわからなくて変な声を出してしまった。

『別に、兄妹なんだし』

「いやいや、駄目だろ歳が歳だし」

『そっかー』

「つか、そっちの方がいいんじゃないの妹的には」

『んー、別に私はどうでもいいんだけど』

 そんなこともなげに言い切る照になぜかドキドキさせられてからハッと気づく。

「そ、それだって演技なんだろ!」

 そうなのだ。照は裏ではものすごい策略家なのだ。

 これだって僕があわあわするのを見計らってやってるに違いない。

『……それなら、面と向かって試してみる?』

「え?」

 言ってる意味がわからず素っ頓狂な声を出しているとキイ、と向こうからドアノブを掴む音がした。

 まずい。出てくる。

「や、やめろよ!」

 そう叫んで、僕はそこから自分の部屋まで逃げ出した。


「何考えてんだよあいつ……」

 追ってきた気配はないからお風呂に入ったのだろう。

 それにしてもなんであんな唐突にこっちに来ようとしたんだ。僕が演技だって言っちゃったからか。

「たしかに今のはイラッと来る言い方だったかも」

 あたかも全てが演技でできているような言い方だった。

「あいつにもうそういう話はしないようにしよう……」

 体をベッドに投げ出しながらそう決意した。


 *


「というわけで、お披露目大会でーす」

 次の日の部活の時間。

 僕たちは昨日作った各々の力作を持ち寄っていた。

 亘理にも昨日連絡していたのでしっかりと自分の作ったものを持ってきていた。

「面白そうだからね」

 亘理は楽しそうに言った。まさかこの企画考えたのもそれが理由なのか。

「じゃあせーので見せようか」

「わかった」

「はいじゃあ行くよ。……せーの!」

 その掛け声でみんながテーブルの上に自信作を置いていく。

 僕が作ったのは昨日考えた通りのもふもふ動物だ。

 名前は『お団子キャット』。

 顔にもとことんこだわりつぶらな瞳とにゃんにゃん口がいい味を出していると思う。僕の自信作だ。

 他の人たちはその個性がよく溢れているものだった。

 まず、江成さん。

 ふわふわと言っていた江成さんだが、僕の考えるふわふわとは一味違った。

 まず見た目がふわふわしていない。綿とかそんな感じが一切ない。外見はワッフルに顔と手足をつけたようなキャラクターだった。

 だけど見た目に反して触り心地がふわふわだった。それはケーキのスポンジさながらのものだった。

 なるほど。見た目とのギャップを活かしたいい作品だ。もっとも、ただの僕の考えすぎという線もあるのだが。

 次は燈。

 たしか燈は近未来風とか言ってた気がするけど……。

 正直、近未来風っていう概念がよくわかってなかった。

 そんな燈が出したのはシャープなボディラインにクリアな素材を使った、良くいえばクオリティが高そうな、悪くいえば意味がわからないものだった。

 まあ、まあ江成さんに続いていい出来、なのかも。

 その次に目に入ったのは銀一色の物体だった。

 これは照の作品だ。

 まあ、一言でいえばUFOだった。

 よくあるポピュラーな円盤型。表面にアルミホイルを貼り付けていてかなりリアルな仕上がりだ。

 あれ?これゆるキャラを作る企画じゃなかったっけ?

 無理やりにでも顔とか付けていないのできっと趣旨を忘れているのだと思う。

 最後に亘理の作品。

 はっきり言ってパクリだった。

 何にって?あたりまえだろう、ゆるキャラだ。

 シロクマモデルらしく体は白い。大きな目と青の頬はあのキャラクターを彷彿とさせる。

 というか、駄目だろ。これ著作権引っかかるだろ。前に中国のパクリ疑惑のニュースで見たことあるようなやつだぞこれ。

 ……それは置いといて、ひとまず一通り全ての作品を見たわけなんだけど。

「うーん、みんないいセンスしてるわね……」

「個性が、出てる」

「というか溢れ出しすぎのような気も」

「えー、やっぱりこれだよ」

「僕、全員のアイデアを合体させるって言いませんでしたっけ」

 問題なのはみんながものすごいバラバラだと言うこと。

 というかそうじゃん。アイデアを合体させるってことに決めてたのにいつの間にかアイデアバトルみたいになっちゃってたよ。

「コホン。みんなの作品はとてもいいと思います」

 ガヤガヤ騒がしくなったみんなを黙らせるようにわざとらしく咳をして燈が注目を集める。

「でも趣旨は今亘理くんが言ってくれたようにあくまで私たちのアイデアを合体させることよ」

「うんその通り」

 燈も忘れてなかったようで何よりだ。危うく僕が全て統率しなきゃいけなくなるところだったからね。

「そして目下の問題はどう合わせるかなんだけど」

「はーい!UFOに乗せるのがいいと思いまーす」

 ピンと手をまっすぐ伸ばして照が発言する。

 お、たしかにその案いいな。UFOというインパクトの強さを軽減できるし見栄えもよくなる気がする。

 って。まさかこいつはここまで見越してUFOというゆるキャラに一ミリもかすらないものを作ったのか?

「照ちゃんとの組み合わせ方はそれでいいとして、私たちはどうしようか」

「じゃあ、毛皮をそのキャラに付けてくれれば」

 僕もすかさず意見を言っておく。これならキャラクターにもふもふの特徴が付加されていいと思う。

「はい、光のもオーケー。それで亘理くん。それの要素入れるのは諦めて」

 そりゃそうだ。まんまパクリの要素を入れても仕方ない。

 亘理はちぇ、と拗ねていた。おいおい、まさかそれが通るとでも思ったのか。

「というわけで残りは私と江成さんだね」

「私は触感がふわふわにしてほしい」

「了解。これでみんなの希望は全部取り入れられたわね」

 案外すんなりと作るゆるキャラの構成が決まった。

「じゃあ早速作ってみましょうか」

 僕たちはひとまず簡単に模型を作ることにした。


 *


「これはなんとカオスな……」

 僕はできあがったカオス、混沌、ぐちゃぐちゃとしか言い表せないゆるキャラを前に呆然と呟いていた。

 まず毛布のような見た目の毛皮のシャープスタイルな体。それは照の作っていたリアルUFOにまたがっていて触ってみると気持ち悪いくらいにふわふわしている。

 これは、ゆるキャラと呼んでいいのだろうか?

 ただのキモキャラに見えるのは僕だけだろうか?

「いいんじゃない?」

「さすがはUFO!」

「これは、なかなか」

「オリジナリティがいいね」

 僕だけでした。

 僕はこの四人の目が腐ってるんじゃないかと本気で疑ってしまった。

「モデルはこのくらいにして本番は明日にするわ。各々、必要な材料をまた買ってきてね」

 そして最近思うことが一つ。

 燈はいつからまともになったのだ?

 なんか仕切ってる感じから天然の要素は見えないのだが。

 まあ、そんなことはどうでもいいか。まともならまともで僕が気にしないでよくなるだけだし。

「じゃあみんな解散!」


 帰りの途中。

 僕と照は昨日と同じでホームセンターに来ていた。

 もちろん明日から制作に使う材料を買い揃えるためだ。

 僕はもふもふ要素のある素材を、照はUFOをよりリアルにするためにスプレーなどに手を伸ばしていた。

「って。別にUFOが主役というわけじゃないんだからそこまでこだわらなくても……」

「甘いよお兄ちゃん。あれはね、実はUFOが主人公なんだよ。一見乗っている方が主役に見えるけど本当はUFOが乗っ取ってるっていう構図なんだから」

「そんな設定があったのか……」

 僕は設定ではなく、そこまで想像力豊かな照に感嘆していた。

「それじゃあもうそろそろレジ行くぞ」

「はーい」

 その後買ったものを報告して、その日は終わっていった。


 *


 次の日は土曜日だったが今週は学校があった。

 とはいえ午前授業なのですぐにしがらみからは解放された。

 いつものように照アンド亘理と美術室に行くとその途中で燈と江成さんに会い合流した。

「今日はたっぷり時間あるから完成させよう」

 燈が調達してきた荷物を掲げてそう言った。

 僕たちも荷物を掲げた。

「頑張るぞー!」

「おー?」

 燈の掛け声でみんなが手探りで拳をそれぞれ突き合わせた。疑問形になったのはそうすることがわかっていなかったからだ。

「まずは触感からだね」

「はい、素材」

 ものを作るのには順序がある。まずは全ての基本となる触り心地からだ。これは完成手前で毛皮を被せてしまうので後入れができないからだ。

 型用のビニール袋にスポンジを入れていく。これでふわふわは達成だ。おざなり感は否めないが、これはしょうがない。

 ちなみに大きさは顔二つ分くらいだ。

 次は骨組みを作ってシャープなラインを形成していく。

 僕たちは部位を分担してしっかりと形を作っていく。幸いにも僕たちは手先が器用なので(まあ美術部なんだから普通か)スムーズに仕事は進んでいく。この共同作業感がなんだかワクワクする。

 それでもしっかりと時間をかけ丁寧に丁寧に骨組みを完成させていく。

「上手くいったね」

 これでもう七割は完成したようなものだ。後は毛皮を貼り付けるのとUFOに取り付けるのだけだ。

 ちなみにUFOは照が『もっとクオリティ高く!』ということでただ今照だけ別作業で頑張っている。

「気を抜かないでね」

 しっかりと注意を促しながら、着々と作業をこなす。接着剤が厚くならないように。かといって取れないように。

 程よい緊張感の中、みんなで一緒に何かをするのは楽しいものだと僕は思っていた。


「「できたー!」」

 僕と照はほぼ同時に同じセリフを言った。

 僕の方はゆるキャラ部分が完成し、照の方はUFOが完成したのだ。照は顔のところどころがペンキで汚れていた。

「うん、我ながらモデルよりいい出来だね」

「これは大作」

「まさかここまでになるとはね」

 僕たちに和やかな空気が流れた。

 ああ楽しい。高校が始まって一番に。

「あ、そうだ。僕飲み物も持ってきたんですよ」

 亘理がサラッと袋から缶の飲み物を取り出した。なんだその準備の良さは。

 亘理はみんなに缶の飲み物を渡すと缶を掲げた。僕たちも同じように上げる。

「かんぱーい!」

 そこからは祝宴だった。

 人が感覚を共有するというのはこういうことなんだな、と実感した。


 かくして、美術室前には『もふもふふわふわ近未来風未確認生物』が飾られることになったのである。

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