第12話 我思う、ゆえに突撃

「ねえ燈。一つ聞いていい?」

 いつも通りの美術部で僕はふと思ったことがあった。

「んー?」

 手を動かしながら僕に続きを促す。

「あのさ、なんで二年生と三年生は一人ずつしかいないの?」

 ピタ、と燈の動いていた手が止まった。見ると江成さんも固まっている。

 あれ、これタブーだったのかな。

「だ、だから言ったじゃない前いた上級生が多かったから部活は続いてるって」

「ああうん、それは聞いたけどさ。それにしても一人っておかしくない?普通は二人くらいじゃないの?」

 今度こそ燈はカチカチに固まってしまった。

「なんか原因でもあるの?」

 この僕の言葉に今度はギクリ、とした。なんかさっきからの動きがすごいな。

「あのね、ちょっと事情が」

 硬直から立ち直った江成さんが言う。最近はこういう風に会話に参加までできるようになった。この部活内で一番成長してるのは江成さんだと思う。

「事情って?」

 ごめん江成さん。もう少し踏み込ませてください。そのぼかし方はすごい気になっちゃいます。

 ちなみに今美術室にいるのは僕、照、燈、江成さんの四人だ。亘理は珍しく用事があるとか言って帰った。ああ、肝心なときにいないなあいつ。亘理なら知ってそうなのに。

 燈も硬直から立ち直ってギチギチ音を立てそうな動きでこちらを振り返る。

「そこ、聞きたい?」

「うん聞きたい」

 僕の即答にまた燈の時が止まった。そんなに語りたくないストーリーがあるのだろうか。

「なになにー?秘密のお話ー?」

 ここに先ほどまでババババババー、と言って一心不乱に描いていた照が割り込んできた。

 燈。ここまで来たらもう話さざるを得ないだろ。

「……しょうがないか」

 期待のつまった眼差しを向けられて観念したように燈は首を振った。

「……じゃあ話してあげよう。美術部の闇を」

 ゴクリ。

 なんだ、何が話されるんだー!?

「……分散だよ」

「ん?どういうこと?」

 まさか第二美術部があるとか美術部(仮)があるとかそういうことなのか?

「文化部の創作系にはここの他にもたくさんあるの」

「うん、ありそうだったけど」

 たしか運動部より文化部の方が多かった気がする。しかも『何すんのそれ?』と言いたくなる名前の部活まであった。

「私たち美術部の他によく似た部活があるのよ」

 や、やっぱり第二美術部パターンか?

 ドキドキしながら続きを待っていると燈は憎らしげに顔を怖くした。

「その部活は」

 名前を出すこと自体が忌々しいと言わんばかりに。

「漫画研究部よ」

「へ?」

 ここでまさかの名前が出てきた。漫画研究部ってあのガリガリ漫画を描いて夏コミとやらに出すあれのことか?それともただひたすらにお気に入りの漫画を語り合うあのことか?

「その部活は江成さんが一年生のころにできたらしいんだけど」

「ということは?」

「そう。江成さんの同級生はみんな漫画研究部に入っちゃったのよ!私も同じ!」

「で、でも美術部と漫画研究部なんて違いがすぎるんじゃ?」

 やることなすこと全く違うと思う。仮に描く方の漫画研究部だったとしても全然違うのでは?

「そうね、たしかにやることは全く違うわ。でも」

「でも?」

「今の人はそっちの二次元の絵の方が好きなのよ!」

「な……」

「だからみんなそっちの方に行っちゃったのよ!」

 たしかに今や漫画とは誰人の手にも渡る時代。美術の教科でやっている絵と読んでいる漫画の絵。どちらが好きかと言われたら十中八九漫画の方だろう。

「なるほど……」

 美術部は悲しいことに漫画研究部に部員を吸い取られていたらしい。

「……まあ一年生が三人も入ってくれたから一番の懸念だった廃部の危機は脱したけどね」

「存続のためには、四人以上が必要なの」

「それじゃあ来年も大丈夫ですね」

 僕らと燈を合わせたら四人だ。ボーダーラインギリギリだけどセーフだ。

「でも、再来年が危ないじゃん」

「たしかに、一年生が連続で入ってこなかったら……」

 僕に続いて照が縁起でもないことを言う。

「あーやめてやめて!いつもそれだけは考えないようにしてたのに!」

「でも本当にないとは限らないよ?」

「……それは……そうだけど」

 燈が語尾下がり気味で不承不承頷いた。

「私も、思ってたの。何か対策をって」

 このセリフは江成さんのものだ。

「対策、ですか」

「宇宙船を美術室の前に出しとけばー?」

 ここで照は不思議ちゃんキャラ特有宇宙の話題を出てきた。

「宇宙ばっかだな本当に……でもたしかにPR用の何かを展示するのは一理あるかも」

「そうだね……」

 僕もそれがいいと思って賛同したが、燈は顎をテーブルに乗せてはあ、とため息をついた。

「何か問題が?」

「ああ、うんそう問題……」

 燈は気だるげにそう答えた。

「どこらへんに?」

「ああ、違う違う。そのアイディア自体は全然オーケーなの。というか去年とかもその案は出たんだけど」

 へー。やっぱり人が考えることは似るものだなあ。

 ん?でも去年もその案が出たならなんでPR用の何かが展示されてないんだ?

「そもそもなのよ」

 この言葉には江成さんが痛いくらいわかっているというように大きく頷いた。

「どういうものを展示すればいいのか。ここからになるのよ」

「た、たしかに……」

 僕は何かとは言ったが、例えば美術室の前に校長の彫刻が置いてあったらどう思うだろう。

 僕は自分の策の迂闊さを知った。何かといってもその何かで与える印象はかなり変わるのだ。しっかり具体的なビジョンがないと。

「素人でもここに入りたいな、と思えるものってなんなのか、私にはわからないのよねえ」

 これには江成さんもウンウンと頷いた。

 うーん。たしかにパッと見でここに入ってみたいという印象を与えるのは難しいと思う。

 漫画研究部が美術部から部員を吸収してるのも『漫画』という親しみやすくわかりやすいものを取り上げてるからで。

 ん?

 親しみやすい……。わかりやすい……。

 何か出てきそうだけどもうちょっとで出てこない。

「じゃあスパイしましょー」

 そんな僕の思考をよそにポン、と何か閃いたように手を叩き照が提案した。

「スパイってなんの?」

「決まってるじゃん。漫画研究部の人気の秘密をスパイしようってことだよ!」

「なるほど!盗んじゃえってことね!」

「それ、いいかも」

 先輩二人は乗り気になっている。

「スパイってカッコいいよね!」

 照はそっちか。部活のためじゃなくて興味本意ね。理解理解。

「思ったら行動しろって言うしね!」

「レッツゴー!」

 こうして打倒漫画研究部スパイ大作戦が始まったのであった。


 *


「ここが部室か……」

 コソコソと移動をしてたどり着いたのはもちろん漫画研究部の部室だ。ちなみに場所的には部活棟のかなり奥まったところにあった。

「妙に静かだな……」

 部室前にはコピー用紙サイズの美少女画が貼ってあった。これを見た男子高生は一度入ってみたいと思うだろう。

「いや、耳を澄ませてみて」

 燈が口に指を当てて黙り込む。僕たちも同じように身動きせずに静かにした。

 音が聞こえる。カカカ、とかガリガリ、と硬いもので擦っている音だ。

 僕たちは部室のドアの曇りガラスから中の様子を窺った。

 そこはもう仕事場だった。

 椅子に座っている人全員が手を動かしていた。漫画を描いているのだと思われる。ああ、さっきの音はGペンとかが紙に擦れる音だったのか。

「す、すごい……」

 これは真剣そのものだ。さらに耳を澄ますと『背景お願い』とか専門家っぽいセリフも聞こえてきた。

「これはなかなか……」

 燈もこの真剣そのものな空気に感心していた。

 見ると照や江成さんも圧倒されているようだ。

「あんまり参考にはならないな」

 これは好きという思いがしっかりないとできないだろう。僕は踵を返そうとした。

 その時だった。

『はーい今日分終わりー』

 パンパン、と部長らしき人物がそう言っていた。

 部室の中の空気が一気に弛緩するのが見なくてもわかる。

『お茶にしましょ』

 部室の中からわーわー歓声が聞こえた。

「これは?」

「どうやらこれで取り入れてるようね」

 燈は納得顔で結論づけていた。

「どういうこと?」

「入部までのプロセスはこの部室前の絵ね。この上手さなら寄ってくるのはあたりまえね。これで見学者を確保したら次は緩い部活を見せる。こうして部活に入部させた上で厳しい仕事をさせ、今のように飴を適度に与えることで退部されるのも防いでいる」

 おお。いつになく燈が聡明っぽい。

「でも、そんな計算ずくなのかなあ。飴と鞭によるマインドコントロールはよく聞くけど部活っていうのは真剣にやるものなんじゃない?この飴はその息抜きみたいな面が強いと思うんだけど」

 しかも、全員が全員真剣に取り組んでいたようだし。雑用させたいんだったら今言ったように飴と鞭を使えばいいけど結局自分たちもやるならやる必要なさそうだし。

「そうかなー。……まあもう見るものは見たわ。戻りましょう」

 今度こそ僕たちは踵を返した。


 とは言っても、そのまま一直線に美術室まで舞い戻ったわけではない。

 僕たちは他の部室も見学して吟味していた。

「運動部のは参考にならないけど文化部のは色々と工夫されてるもんなんだなあ」

 部室のドアにPRの紙が貼ってあったり、入りやすいようにドアを開け放してウェルカムオーラを漂わせているなど部によって様々だった。

「私、他の部活見たの初めて」

 江成さんはその様々な工夫の数々を珍しそうに見ていた。

 僕もこれは新鮮だった。初日から美術室に一直線で行ってたからね。それにしても一年生が入ってから少し時間経ってるけどまだ外さないのかな。

 それを燈に尋ねると、なんだそんなことか、とこともなげに教えてくれた。

「二週間くらいは経ってるけどまだまだ部活が決まってない人はいるものよ。それを除いても帰宅部の面々を引き込むという作戦でもあるのかも」

「へえ。まあたしかにまだ二週間なのか。部活に行くの慣れちゃってたからもっと時間経ってると思ってた」

 そうか。僕にとっては一日一日が濃すぎてかなり時間過ぎてると思えたけど実際は全然だったのだ。一年の二十分の一も経ってない。

 そしてこんな生活があと二十回かそれ以上続くと考えると少しだけ気分が憂鬱になるのだった。

 別につまらないとかそういうんじゃないんだけど。


 *


「……で、私たちはどうするっていう話なんだけど」

 美術室に戻ってくると『第一回美術部印象アップ会議』が始まった。

「無難なものだと絵を貼り出すとかそういうのかな」

 そして僕はまだ喉になにか突っかかっていた。比喩的に。

「でもそれだとオリジナリティがねえ」

「絵は、駄目だね」

 いつの間にか書記をしていた江成さんが黒板に『絵を貼る』と書いてすぐに二本線で消した。

「じゃあUFO作りましょう!」

「面白そうではあるけど……かなり時間がかかりそうね」

『UFO』は黒板に書いてから線で消された。

「イメージ的にはそうね、親しみやすさと興味が出そうなものかしら」

 そう、それがもうここまで出かかっているんだけど……。

 親しみやすさ。僕はゆるい系が好きだ。

 興味が出る。何か特徴のある面白さ……。

 あ、出てきた。

「ゆるキャラだ……」

「え、なんて?」

「ゆるキャラだよ。それなら親しみやすいし興味も出るでしょ」

 江成さんは『ゆるキャラ!』と書いた。江成さん的にはかなりストライクだったらしい。

「……うん、それいいかも!」

 そして燈もこれには肯定の意を示した。

「美術部のゆるキャラかー。楽しそう!」

 照も立ち上がってやる気満々だ。

 いつもまるっきり平凡な僕もたまには鋭いことを言うのだ。

 江成さんは『ゆるキャラ!』を二重丸で囲った。

「じゃあ、どういうものにするか決めなきゃねー」

 ところで、なんでイメージアップしようってことになったんだっけ。

 まあいいか、楽しいし。


 それから色んな意見が出された。

『近未来風』『宇宙人風』『もふもふ』『ぐでぐで』『もちもち』『ふわふわ』……。

 黒板にはこんな単語で埋め尽くされていた。

「……これ、決まりそうにない」

 何個目の案かわからない『ぽよんぽよん』という言葉を書きながら江成さんが呟いた。

「たしかに」

 少なくとも数十は言っている意見の数々をまとめるのは難しいとかいう前にほぼ無理だ。

「やっぱり宇宙人風だよ!」

「いいや近未来風だね」

「ゆるキャラなんだからもふもふでしょ」

「ふわふわが、可愛いと思う」

 それ以前に僕たちの価値観の方向性が全然違う。いや、僕と江成さんは少し似てるのかも。

「いや、でももちもちも捨てがたいか……?」

「ぽよんぽよんも取り入れたい……!」

「時代はぐでぐでなのよねえ……」

 そして一人一人が優柔不断でもあった。良さそうなものは何でも取り入れたくなってしまうのである。

 そこでピロンとスマホの通知音がなった。亘理からだ。

 実はこうして話が堂々巡りしていることを亘理に伝えてあった。まあ一応美術部だし。意見は聞いておきたいなとみんなで思ったわけである。

 亘理から送られて来たのは単純なメッセージだった。

『一人一つだけ要望を言ってそれを合体させれば?』

「……なるほど」

「一つに決められないなら合わせちゃえってことね」

 僕たちは一分ほどうーん、と悩みやがてほぼ同時に口が動いた。

「一番はもふもふ」

「宇宙人風は譲れないね」

「近未来風ね」

「ふわふわ」

 というわけで僕たちの作るゆるキャラの方向性が決まった。

 近未来風の宇宙人風でもふもふのふわふわ。

 うん、なんだかカオスなことになりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る