第10話 ダークサイド僕

「はあ……」

「本当にどうしたのお兄ちゃん」

 漆黒の光となった僕はため息が止まらない。まるでしゃっくりのように。

「ああ、原子核融合に突っ込まれたい。それか全ベクトルを操る能力者になって王者に君臨したい」

「なにそれ!デッド・オア・アライブの二極すぎだよ!?」

 ここまで言って僕は不思議ちゃんキャラの照と言うことが似てきたことに気づいた。僕の裏キャラは不思議ちゃんキャラだったのか?

「お兄ちゃん今日は大人しくしてた方がいいと思うよ」

「ああ、そうするよ」

 言ってしまうと僕自身が僕を制御できてない。

 でも一応推理しておくと、精神安定剤によって脳の働きが緩和されている中、衝撃が入ったことによって脳の中の裏の部分が顕著になっているのだと思う。

「ははは……地球の自転でも止まらないかな。僕にも超能力目覚めないかな」

「本当に今日休んだ方がいいんじゃ?」

「駄目だ、僕は行かなければいけない。平穏は日々の努力の積み重ねなんだ」

 あー本当に何言ってるかわからない。

 僕は願望を垂れ流しにしてるのか?

「お兄ちゃんマグネシウム摂らなきゃ」

 そんな僕の発言を数回聞いて、照は不思議ちゃんキャラがこの場合の最適解だと考えたらしい。

「いや、それはいらない」

「ハッ、それならタウリンとか」

「ポケモンかよ、基礎値を上げても意味ないよ」

「じゃあこうだ!」

 照が僕の頬をぷにぷにしてくる。何これ、なんの効果が?

 そしてやばいまた本音が出そうだ。

「……いつもいつも」

「ん?」

「本当に可愛い顔して裏はえげつないよな。しかも美人で才能も兼備してる完璧人間なのに不思議ちゃんキャラになってさ」

「な……」

 主に照は最初の方で赤面した。まあ嘘は言ってないし事実を述べてるだけなんだけど。

「ほ、本当にどうしたのお兄ちゃん」

 動揺した照は不思議ちゃんキャラをやめ、あわあわしている。なんだか新鮮な感じだ。

「なんか、思ったことがそのまま口に出るようになったらしい」

「な、なるほど……」

 照はさらに赤くなった。本音で褒められていると言われて照れくさかったのだろう。

 ううむ、かなり厄介なことになってしまったな。いつも不平不満を心にしまっている僕がなんでもストレートに言ってしまったらヤバいことになるに違いない。

「あんまりしゃべらないように心がけよう」

「そうだね。……褒めるのはいくらでもいいけど」

「ん?」

「まあ頑張ってね」

 なんだか投げやりなニュアンスで言われた。

「なんとか頑張るよ。……できるだけ」

 それを真似して僕も投げやりな口調で言った。

 とは言ったものの……できるかな?

 まあいいかできるだけって言ったし。


 *


「おはよう光くんと照ちゃん」

 教室につくなり亘理が挨拶をしてきたので手を振って答えた。

 まあしゃべらなければオーケーなのだ。こういうジェスチャーだけでやれば。

「おっはよー亘理くん!」

 照はいつもと同じく不思議ちゃんキャラモード突入だ。

「それで光くん」

 僕が話しかけられた。ちょっとやめて僕言葉発したくないんだけど。主に亘理のために。

「昨日の薬どうだった?」

 と思っていたら急に核心に迫ることを言ってきた。なんだこいつ、やっぱり情報収集力が半端じゃないな。

「なんで知ってんの」

 まあ一応確認しておこう。

「え、光くん昨日帰り別れたでしょ?そのあと買ったんでしょ?」

「そうだけど……」

 まだ僕がおかしくなったことは知らないらしい。いや、それでいい。これで知ってたら僕は亘理を訴えようと思っただろう。

「見たところ精力剤のようだったけど」

 とはいえそこまで知れてるのか。いったいどういうツテなんだろう。

 そしてまた来た。

「……亘理」

「ん、なんだい?」

「お前、本当に性格悪いよな」

「え?」

 あー出ちゃった。もう止められない。もう知ーらないっと。

「情報の多さもそうだ。思いっきりプライバシーの侵害だから。訴えられても文句は言えないレベル。最近は落ち着いて来たかもしれないけど犯した罪は消えないからな?」

「な!」

 ズドンと突き出された言葉の矢に貫かれて亘理は俯いた。

 やっぱり僕は自分を制御できないらしい。本能のままに垂れ流してしまう。

 それにしても絶対これ言い過ぎだよな……。亘理が再起不能くらいにボコボコになってなければいいけど。でもメンタル弱そうなんだよな亘理。

 亘理はわなわなと震えてからバッと顔を上げた。

「……カッコいい!」

「……は?」

 亘理の顔は沈むどころかキラッキラとしていた。

「光くん、ついにキャラを手に入れたんだね!」

「ちょっと意味がわからないんだけど」

「だって、君のそれ闇キャラでしょ?」

「そう、なのか?」

 たしかに裏の部分、闇をさらけ出してしまっている感はある。

「いやーいいね、もとのヒーロー属性に闇を足したらダークヒーローだよ!カッコいいでしょ!」

「おお!お兄ちゃんが進化したのか!」

 今まで黙っていた照も会話に参加してくる。あーなんかややこしくなるからやめてほしかった。

「平凡からのレベルアップか。いいなあ僕も進化してみたいよ」

 という僕の思惑に反して亘理と照は僕のキャラ話に夢中だった。

「亘理くんはもうあるじゃん爽やか要注意人物キャラが」

「なにそれ。そんなこと言う照ちゃんだって不思議ちゃんキャラがあるじゃん」

「そう考えてみるとお兄ちゃんのこれは私たちの舞台に上がってきたってこと……!」

「そうか。僕たちはもう上にいたのか。光くんが下にいただけで」

「おい待てい!」

 聞き捨てならなかった。特に亘理に下と言われたところあたりが。

「亘理、お前は僕の下だ。なんたって僕にはヒーロー属性がついてるんだからな」

 亘理が言ってきたことも交えて言うことで対比を際立たせて僕の優位を確固たるものにする。

「たしかに……くそ、僕はまだまだだったんだ」

「ふふん。甘かったね亘理くん。私は遥か上で待ってるよ。なんたって私は宇宙のご加護がついているのだから!」

 そこで朝のチャイムが鳴り、この話はお開きとなった。

 そして僕は今の会話を冷静な客観的視点により見てみた。

 僕が改めて思ったことは一つ。


 なに、これ。


 *


 放課後。僕は重い足取りで照と亘理と共に美術室へと向かっていた。

 昼休みは無言をなんとか貫いて周りに害を撒き散らさないように心がけたけど今からはそうは行かない。

 なぜなら、今日会った人全員に本音をぶちまけてしまっているから。

 燈と江成さん。この二人を前にして無言を貫き通す自信は僕にはなかった。

 そうこう考えているうちに美術室についてしまった。

 ま、いいか。なるようになるだろ。

「こんにちはー」

 軽めの挨拶と共に中に入ると、もう先輩二人はいた。そういえばなんで僕たちより早くここに来れるんだろう。江成さんが僕たちより遅いところは見たことがない。

「おーみんな来たね」

「こん、にちは」

 想定外だったのは江成さんが挨拶を返してくれたことか。

「お、江成さんしゃべってくれた」

「ずっと、このままじゃ、駄目だと思って」

 今日の江成さんはよくしゃべるなあ。まあ遊園地の時はこの比にならないくらい饒舌だったけど。

 江成さんも頑張っているんだなあ。

「でもですね」

 また勝手に口が動いてしまった。ああ、江成さん、頑張って耐えてください。

「一週間をすぎているのにまともに会話できないのはおかしくありません?まあ、キャラが濃い人が多いので無理ないかもしれませんが、平凡な僕にまでその調子だと当分普通に会話はできませんよ」

「え……!」

 いつもこんな長く話さない僕がスラスラと江成さんのダメ出しをすると、江成さんは何を言われたかわからないような顔をして、そのあと言葉を吟味したのか目を見開いた。

「ああごめんなさい、つい本音が」

「え!」

 あ、まずった。弁解しようとしたら今度は文章が少なすぎた。これだと常日頃からこう思ってるようじゃないか。

「光くんは闇堕ちしたようです」

 そんな僕を助けるように亘理が江成さんに言う。

 でもそれはフォローになってる……のか?

「……ついに光くんも」

 ほら誤解を招いたよ。たぶん江成さんは僕が照とかのキャラに目覚めたと思ってる。まあそれもあながち間違いではないんだけどさ。

「光、本当に闇になったの?」

 燈も亘理の話を聞いておそるおそる聞いてきた。

 それは褒められた行動じゃないな。僕に話しかけたらたどる末路はただ一つ。

「燈はさ」

 頭で考えついたものが出てくる。

「なんか、中途半端だよね。天然キャラっぽいけどその実普通だったりするし。日曜ナンパされた時も僕が行かなかったらあの人たちぶっ飛ばしてたよね?」

 燈は少し武術をかじっている。それは昔ジャッキー・チェンの映画を見たかららしいけど、とにかくあの時僕が行かなかったらあの二人組はボコられていただろう。そんなことを言ったらなんで僕は助けに行ったんだって話になっちゃうけど。

「がはっ……私もそうは思ってたけど言ってしまうなんて……!」

 燈は胸を抑えてうずくまった。

 やってしまった。本音ぶちまけコンプリートだ。

 あーあ。これはみんなから嫌われちゃったかな。

 僕はもう諦めるようにそう思った。


 *


 次の日。

 なんと、僕の謎現象が治った。

 そう思ったのは朝起きて『今日も一日がんばるぞい!』という言葉が浮かんで来たからだ。昨日のネガティブ思考では何をどう考えてもこんな言葉は思いつかなかったと思う。

「やったー!」

 もうこれに懲りて精神安定剤はやめよう。そしてしっかり部屋の片付けをしてもう二度とこの悲劇が繰り返されぬよう気をつけよう。

 そう決めて歓喜とともに部屋を出るとドアのすぐ前に照が立っていた。

「お兄ちゃんおはよう」

 そう言って一礼までしてくる。

 ……ん?なんでこんな礼儀正しいんだ?

「お、おう」

「ごはんできてるよ」

 言いながらエスコートまでしてくる。本当にどうしたんだ。

「召し上がれ」

「う、うん」

 何かがおかしい。そう、照は今までこんな態度は見せたことがなかった。

「今日も頑張ろうね」

「……ああ」

 ちょうど朝ふと思ったことと重なることを言ってきてびっくりしたけど普段と変わらないよう心がけて頷いた。

 なんなんだよ。昨日とは態度が一変してるぞ。

 ……ん?昨日?


 *


 今日はみんながおかしかった。

 亘理はなんだかずっと大人しかったし、燈はいつもより天然度が増していた。江成さんはいつもより数倍も口数が多かった。

「みんな、今日はどうしたの?」

 さすがに無理してる感が伝わってきたので僕は打ち止めさせることも兼ねて部活中に聞いてみた。

「い、いいや?」

「なんにも変わってないよ?」

「そ、そうそう」

「変なこと聞くなあ光は」

 だけどみんな頑なに話をぼかしてくる。

「いや、どう見てもおかしいでしょ。だって亘理はいつももっとうるさいし照だって今日は宇宙のことについて不思議なこと言ってないし燈はいつもよりアホになってるし江成さんは無理してまで口数増やしてるし」

「う……」

 呻きを漏らしたのは亘理だけでそれ以外の人はギクリとした顔をしていた。

「なんでこんなことしてるの?」

 理由を尋ねたつもりだったのだが今度はみんなが鋭い視線をぶつけてくる。なんだなんだ。

「光、まだわからないの?」

 そんな視線を浴びてもキョトンとしていた僕に燈はため息混じりに聞いてくる。

「え、なんのこと?」

 もちろん心当たりはなかったので再度尋ねることにした。

 これにはみんなが呆れた視線をぶつけてきた。だからなんなんだよ。

「お兄ちゃん、昨日のことは覚えてる?」

「ああ、昨日は変に、亘理いわく闇堕ちをしてたな」

「じゃあなんで思い至らないの?」

「あ」

 僕はここに来てやっと朝の突っかかりを理解した。

 そうだ、僕は昨日さんざんみんなに本音をぶちまけていたのだ。とくに批判的なもの多めで。

 考えてみれば、たしかに今日みんながおかしかったのは昨日僕が言ったことを治してたからだ。

 性格悪いと言われた亘理は大人しく。不思議ちゃんキャラを批判された照も勢いがなくなっていた。中途半端と言った燈は天然側に傾いていた。人見知りが過剰すぎと言った江成さんは頑張って会話をしていた。

「ああ、ごめん」

 結局は僕が引き金だったのか。ごめんね本音言っちゃって。でも治して欲しいのは本当だからね。

「昨日のあれは僕の頭がどうかしてたみたいなんだ。あることないことつらつら口から出てきただけなんだよ、ははは……」

 まあみんな頑張って治した今日はなんか気持ち悪かったから全部妄言発言をしていったんみんなのステータスを元通りにすることに専念した。慣れとは恐ろしいものである。変なことに慣れてしまうと普通が気持ち悪くなってくる。

「って……あれ?」

 みんなの視線はいつしか睨みに変わっていた。

 どうやら怒ってしまったらしい。

「ごめんって」

「……」

「本当に悪かったって」

「……」

 何を言ってもシカトだった。

 あちゃー、僕の言い方が悪かったのかも。


 僕はしばらくのあいだ、口をきかれなくなった。

 いやみんな恐ろしいなおい。

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