第8話 僕の役割はとにかく疲れる

「おっきろー!」

 また物理的に意識を引き戻された。

 僕の上でバタバタしている照を落ち着かせて時計を見る。

「全然まだじゃん」

 時刻は五時だった。出発が八時前だから早すぎる時間だ。

「いいのー!」

 そして今日は朝から不思議ちゃんモード突入なようだ。テンションでも上がっているのだろうか。

 また僕の上でバタバタし始めたので起き上がる。照もそれで満足したようでサッとどいてくれた。

「なんでこんな朝早くに……」

「レーダーがビンビン過ぎて寝れなかったんだよ!」

 ……たぶん楽しみ過ぎて寝られなかったと言いたいのだと思う。

「少しは寝ろよ。体壊す」

 よく見ると寝不足特有のぽわぽわ感を感じたので注意しておく。それにしても、照が楽しみで寝られないなんてなあ。

「ううん、もう朝だからいーの」

「でもなあ」

「もー!電車で寝るのー!」

「それならいいか」

 たしか乗り換えは一回でその前までは二十分ほど乗り続けるんだったっけ。倒れないかちょっと心配だけど今の照は何も聞かなさそうだからな。

「らからひゃほにいはん……」

 と思ったらいきなり呂律がおかしくなって来た。

 これは重症だ。六時くらいまで寝かせとこう。僕がベッドから降りて照を寝かすとコロッと寝てしまった。

「どんだけ楽しみにしてたんだ……」

 どうやら一睡もしていなかったらしい。そんな照

 僕は呆れながらも微笑ましく笑った。


 六時に照を起こすと今日は僕が朝ごはんを作った。

 照ほどではないけど、それなりに料理はできる方だ。

「お兄ちゃんおはよう……」

 とても眠そうな目を擦って照が何回目かわからないこのフレーズを口にした。まだ寝ぼけているらしい。

「荷物は準備したのか?」

「ああ、お兄ちゃんおはよう……」

 どうしよう、話が通じない。でもまあ照のことだし準備しているだろう。

 寝ぼけてのろのろ箸を動かしている照が半分食べ終わるくらいで僕はごはんを済ませ、自分の部屋へ向かった。荷物の確認をするためだ。

 僕はカバンを開き、何か忘れ物がないか確認する。

「よし、これで困ることはないだろ」

 我ながら完璧な荷物だ。何が起きても対応できるくらい。

「っと、そうだ、照のも確認しとくか」

 寝ぼけのせいで何が起こっているかわかったものじゃない。まあ完璧な照のことだし心配はしてないけど念の為。

 僕は照の部屋に入った。

 そこで固まった。

 ……妹とはいえ女子の部屋に入ったっていうのもあるにはあるけど。

 そんな可愛らしいぬいぐるみとかが置いてある場所にハンドバッグ一つも見当たらなかったってことだ。

「まさか、照忘れてる?」

 僕の部屋に侵攻してきた時にそっちへ置いたのかと僕の部屋を確認するも、やはり僕のカバン以外見当たらない。

 急いでダイニングにいる照のもとへ向かった。彼女は今やっとごちそうさまをしていた。

 現在七時半。まだ急げば間に合う。

「照、荷物準備」

「ああ、お兄ちゃんおはよう……」

 やばい、音声を感知して決まったフレーズを垂れ流す機械と化している。

 僕は照を引きずって部屋まで運んだ。

「遊園地には何持ってくんだ?」

「えーっとねー……」

 照は指をさして『これ』とか『あれ』とか言ってきたので僕はそれを手近にあったバッグに入れていく。

「こんくらいかなー……」

 何回目かの指さしのあと、照はふらふらしながら終わりを告げた。何を入れたのかは名状しないことにする。

「お兄ちゃんおはよう……」

 そして照はまたリピート機械に戻った。さっきはよく答えてくれたな。これが夢とでも思っているのだろうか。

「ほら行くぞ」

 右手に僕の荷物、左手に照の荷物と照の手を持って家を出発した。


 僕の言った通り、照は電車の中ではぐっすりと寝ていた。

 面倒だったのは、乗り換えの時に起こさないといけなかったことか。照はずっと寝ぼけたようにふらふらとしていたのでしっかり手綱を握っていなければいけなかった。

 なんだかんだで集合時間の五分前に到着した頃にはもう燈と亘理がいた。

「あ、光おはよう……なんか大変そうだね」

「体調でも悪くなったの?」

 二人とも僕のあとから引きずられてくる照を見て心配そうな顔をした。

「たぶん、大丈夫だと思う」

 しっかりたぶん、のところにアクセントをつけて僕は言った。寝ぼけているのは昼頃にはさすがにとけるとは思うけど万が一っていうこともあるし。

「それより、江成さんは?」

 まだ集合時間ではないのにこんなことを聞いたのは江成さんがこういう時間には余裕を持ってくる人だと思ったからだ。

「うん、いるよ」

 やはり江成さんは来ているらしい。

「でもどこに?見当たらないけど」

「あそこ」

 亘理がどこかへ手を向けたけどどこのことか一向にわからない。忙しく改札を出入りする人たちばかりが目についた。

「あー、この角度じゃわかんないかも」

「角度?」

「あそこに柱があるでしょ?あの裏にいるよ」

「隠れてるってことか……」

 昨日僕が少し考えていたこととほぼ合致していて今日が急激に不安になっていった。

「じゃあ時間はもう少しあるけど揃ったことだし行こうか」

 燈が携帯でおそらく江成さんに電話して僕たちは遊園地までのバスに乗りに向かった。……江成さんは数メートル離れてついてきた。


 *


「ついたー!」

 バスの座席に座らせた照をツンツンし続けていたらやっと現実へ戻ってきた。遊園地に到着した瞬間に照はワクワクを隠せずに両手を広げて叫んでいた。なんだか子供らしくて一緒にいるのが恥ずかしい。

「おい、はしゃぎ過ぎるなよ」

「うおっ」

 言ってるそばから。

 いてもたってもいられないと駆け出そうとした瞬間、照はバランスを崩して前に倒れた。

「大丈夫か?」

「う、うん、痛いけど」

 状態を確認すると膝を擦りむいていた。下はコンクリだから、ああ痛そうだ。

「だが落胆する必要はない」

 何のために僕が入念に準備をしたんだと思っている。こういうケースも予想していたさ。だって問題児が何人も集まるのだから。

 僕はカバンから怪我をした時用に持ってきた絆創膏を照の膝に貼ってやった。

「ありがとう」

「すごい、まるでこうなることを予測していたかのようだ」

 亘理が感心したように漏らす。

 そりゃそうだ。昨日あんなハチャメチャな場面を思い浮かべてしまったせいで僕は色んな対策を立てなくちゃならなかったんだから。

「いや、絆創膏なんて常備してるでしょ」

 まあそんなことを言ったら馬鹿にされそうなのでできる男風に言ってやった。

「なんだか今日は光が頼もしい!」

 燈が口に手を当ててオーバーなリアクションをする。

 ……さて、これから僕はものすごく忙しくなるんだろうな。さっきも照のせいで疲れたけど。


 遊園地に来たらこれでしょ、という亘理の提案で初っ端からジェットコースターに乗ることになった。

 別に苦手というわけじゃないけど最初からこれはハードすぎやしませんかね。

「楽しみー!」

「やっぱり絶叫マシンだよね」

「こういうの、得意」

 だけど反論の意見は一つも出てこなかった。それどころか江成さんまで乗り気になっていた。キャラが崩れるからやめて。

「光くん、まさか苦手?」

「いや、そんなことはない」

 何も言葉を発していなかった僕にニヤニヤしながら聞いてきたので即答した。

 ……まあ、いっか。

 土曜日ということもあってか、少しは並んでいたのでしばらく待ってから乗ることになった。

 僕たち五人はひとかたまりになって並んでいた。江成さんも何気にテンションが上がっているらしく人見知りを感じさせない態度だった。

 そして僕たちの順番になった時、ある問題が生じた。

 ジェットコースターは二列の乗り物なので一人余ってしまうのだ。

 ということで公正なジャンケンの結果、照と燈、江成さんと亘理、僕は一人という内訳になった。

 むしろ好都合だ。万が一悲鳴とかをあげてしまった場合、誤魔化すことができる。

 照と燈が一番前、江成さんと亘理が二番目、僕と知らないお客さんが三番目に乗り込んでジェットコースターがスタートした。

 そしてすぐに予想外のことが起きた。

「へ?」

 前にではなく後ろに進んだのだ。僕は故障なのかとオロオロしたがジェットコースターが後ろ向きに走ってみんながキャーキャー言っていたのでたぶんそういうタイプの乗り物なんだろうなと理解した。

 そして予想外なことがもう一つ。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 亘理が終始絶叫していたのだ。言いだしっぺが絶叫マシン苦手なのかよ、と呆れたけどそれは後で問い詰めることにしよう。

 燈、照、江成さんは終始手を真上に上げて楽しんでいる感じだった。

 僕は、そんなみんなのことを観察して無表情で終わるのを待っていた。実際、怖かった。幸いにも僕は恐怖すると絶叫しないで無言になる派だった。


「楽しかったー!」

 そんな旨を女子陣三人が談笑しているとき、男子陣はベンチにへたりこんでいた。

「亘理、なんで苦手なのに誘ったんだよ」

「違うよ、僕は一回も遊園地に来たことがなかったんだ」

「それはそれで珍しいな」

 親は連れて行ってくれなかったのだろうか。まあ遊園地より動物園とか水族館派だったのかもしれない。

「で、調べた情報から定番だっていって誘ったんだけど……ここまで恐ろしいとは」

 ということらしい。それにしても初めてのジェットコースターが後ろ向きて。なんというチャレンジャーなんだ。

「まあ怖かったし。でもまあ亘理があんな叫び声をするとはなー」

 いつも亘理がしているようにニヤニヤして言ってやる。

「わ、わー!」

 対抗するように僕の声を妨害しようと大声を出す。しめしめ、ついに弱味を握ってやったぞ。

 そしてついでに昨日のビジョン、亘理が他の人をからかうというのも消えてくれた。自分が弱味を見せてしまったあとでそんなことはできないだろう。

「二人ともー、早く次いこーよー」

 お話がひと段落したのか、少し遠目にいる僕たちを照が呼んだ。今日は不思議ちゃんというよりかは子供っぽいキャラな気がする。

「わかったー」

 同じくらい大きな声でそう返してから、僕と亘理は立ち上がって女子陣のもとへ向かった。

 ……一個は潰せたとはいえ、まだまだ懸念は残っているんだよな。


 次に向かったのは照の強い希望でティーカップになった。自分でぐるぐる回したり回されたりするあれだ。

「女子は女子で楽しんでね」

 ここで僕はこう言い張って亘理と二人で乗ることになった。もちろん亘理と一緒に乗りたいとかではなく、自己の保身のためだ。照が何をやらかすかは目に見えている。

「はー、落ち着く……」

 自分で回さないと適度に回ってちょうどいい心地だ。亘理は面白くないと回しそうだったので『さっきのよりすごいことになる。そして胃のものがリバースする』と言い聞かせたら顔を真っ青にしてやめた。

 亘理は今回さないでよかったと安堵していることだろう。

 根拠は向こう。

「はははははははははははははははは!」

「ちょやめて!」

「……」

 照がブンブン容赦なく回していた。あの中に乗ったらひとたまりもないだろうな、と直感的にわかる。

 どれだけやばいかと言うと、さっきの絶叫マシンで楽しんでいた江成さんが無言に処すしかない状況にあることからおわかりだろう。

「光くん、ありがとう」

 そんな様子を見て、亘理は心がこもった礼をしてきた。こんなことは初めてだ。そのくらい命拾いしたと考えているのだろう。

「まあな。平和が一番だ」

 照が子供のようにはしゃぎまくるというビジョンは実現してしまったが、まあこれは許容範囲内だろう。……たぶん。


「ちょっと休憩させて……」

 顔色を悪くして燈が言うので休憩にすることにした。照は『まだまだこれからだよ』とか言っていたので強引に休憩させる。

「じゃあ飲み物とか買ってくるから待ってて」

 江成さんもものすごく顔色が悪かった。照の恐ろしさを理解して、二人のために僕と亘理は買い物しに向かった。

 とりあえず炭酸とスポーツドリンクを買って戻るとまたトラブル発生。

「なあそこのお嬢ちゃんたち。俺らと一緒に遊ばない?」

「え、えー?」

 三人にピアスとかつけてるチャラチャラした二人組が話しかけていた。

「いいじゃんかよー」

「遊ぶって何をですかー?」

「それはあとでのお楽しみだよ」

 わかりやすく言えば、ナンパである。ビジョンの一つがまた実現したわけだ。僕は予知能力者の才能を開花させたらしい。

 江成さんは知らない人がいきなり来たので硬直して微動だにしていないし、照はといえば二人の方なんて見向きもしてなかった。唯一燈が対応しているが天然のそのキャラではむしろナンパを促進させているようなものだ。

「光くん、あれ」

「助けに行くぞ」

「え、でも強そうだよ」

「なんでもだ」

 それに、ちょっとした策もある。

 問題はひとつずつ解決していこう。

「あの、すいません」

「ああん?」

 うわー、怖いよ。いきなり心が折れそうだよ。亘理は遠くから観察してるよ。あとで張り倒そうかな。

「あの、ですね、彼女らは僕たちと遊んでいるんですよ」

「だからどうしたってんだ?」

 出たーこのなんでも自分がいいと思うことを押し通すような口調。だけど似たものなら前にも見たことがある。まだまだちょろい方だ。

「だから、やめてください、ということです」

「ふうん?お前に指図する権利あるのかなあ?」

 うーん、これでもまだ引かないか。『チッ、他行くぞ』ってどこか行くのが理想だったのに。

 しょうがない。あれをやるか。

 僕は前髪を手でかきあげた。

「つくづく話を聞かねえ低脳どもだな」

「は?」

「理解が追いつかないのはいかにも低脳らしい」

 フッ、と鼻で笑ってやる僕の内心は心臓バクバクで超怖かった。

 僕にもキャラという知識はある。平凡というキャラに甘んじているのはそれが一番しっくり来るからだ。中二病ならギリ自然に行けるとは言ったがだからといって他のができないわけではない。

 例えば今のこれ。上から目線キャラだ。

 このキャラは表面上ではあるがどんなリア充オーラ全開のやつとも少しは渡り合えるのが特徴だ。

 というわけでキャラを演じ僕がチャラチャラ勢二人を蔑むとやはりキレだした。

「テメェ舐めてんのか?」

「ボコるぞオラ」

 ひええ、怖い、怖すぎる。

「口で負けたから実力行使ですかあ?そういうのがつくづくチンピラに似合ってるよ」

 でも演じてしまったからには終われない。行動と気持ちが反対になりながら僕は続ける。

「少し教えてやらなきゃいけないみてえだな」

「やっぱり暴力か。いかにも雑魚らしい」

「それはやった後に言うんだな!」

 あー二人が臨戦態勢になっちゃった。周りの状況は、亘理がオロオロとこちらを見ていて、燈もオロオロしていて、江成さんもオロオロ。そして照は相変わらず明後日の方角見てるし。

 あちゃー、これは怪我不可避だな。

 大人しくやられて満足してもらってからお帰り願おう。

 二人組の握り拳がこちらへ近づいてくるのを見て痛みを覚悟し僕は目を瞑った。

 だけどそのパンチは飛んでこなかった。

「がっ!?」

 そんな呻き声が聞こえた。さっきのチンピラたちのものだ。

 おそるおそる目を開けると僕は目の前の光景が信じられなかった。

 二人組がぶっ倒れていた。誰かからやられたのではなく自分からコケたような格好で。

「よっしゃーストライク!」

 陽気な声がして振り返るとマフラータオルをブンブン振り回す照がいた。たしか僕の荷物に入れていたタオルだ。

「何をしたんだ……?」

「へっへーん。冥王星の信号をキャッチして太陽の光の角度を見極めてからお告げに従ったまでだよーん」

 うん、いつも通り理解できないや。

 細かい説明を燈に目線で聞くと普通に答えてくれた。

「照ちゃんはね、光に近づいたところにあのタオルで足を引っ掛けて倒したのよ」

「そう」

 いくらか現実味は増した。でもそんなに上手く行くものなのか?

 そんなことを思っていると二人組のチンピラが起き上がった。

「な、なんなんだよお前らは……」

「お、覚えてろよ!」

 そんな恥ずかしい三下セリフを吐き捨てて逃げていった。

「い、いやー危なかったねえ」

 それを見計らって亘理が隠れていた場所から顔を出した。

「自分だけちゃっかり安全を確保しやがって」

「ごめんよ、やっぱり僕には無理だったよ」

「はあ、まあしょうがないか普通なら」

 ……ってあれ?これじゃまるで僕が普通じゃないみたいだ。

「ありがとう照ちゃん!光も!」

「あ、ありがとう」

「宇宙は必ず勝つ!」

「正義は必ず勝つみたいに言うんじゃないよ」

 まあ、悪い気はしないよな。人助けはこれだからやめられない。

「……わかった、光くんはヒーロー属性なんだね」

「は?なんじゃそりゃ」

「なんだかんだで困ってる人がいたら放っておけない、むしろ助けに行くような人のことだよ」

「そう、なのか?」

 力説する亘理に一応相槌を打っておく。

「あ、皆さん飲み物です」

「そうだ、休憩中だった」

 ヒーロー属性、か。

 ……嬉しいけど、よく考えたらトラブルに巻き込まれやすいの裏返しだよなそれ。

 というかこのメンバーといる時点でもう巻き込まれてるんだけど。


 *


 それからもさんざん遊んで、あっという間に暗くなってきた。

 もうそろそろ帰らないか、と提案したら頑なに断られた。みなさん口々に揃えて言うのだ。『夜はパレードがあるからそれ見てからじゃないと駄目!』と。

 みんな性格バラバラのくせにこういうところは合うんだな。

 その中で僕だけが合ってない気がするのは棚上げしておこう。

 というわけで観覧車などで時間を潰していくと闇はさらに深くなった。

「パレードに行こー!」

「「「おー!」」」

 みなさん本当に遊園地が大好きなんですね。江成さんもテンション上がってもう人見知りとかなくなっている。

 よかった。これで僕が予想したトラブルは一通り解決したな。僕もやればできるんだ。

 まあさすがにこれ以上トラブルなんて起こらないよね。だって一人一人のキャラの問題はだいたい解決したんだから。もうそろそろ僕の体力限界だよ。

 ……というフラグを立ててしまうと起こるのである。僕はなんて馬鹿なんだ。


 パレードには大勢の客が来ていた。だからこれはしょうがないことなのかもしれない。

 はぐれた。

 いや、全員というわけではない。照だけが僕の隣にいた。

 面倒だけど、パレードが終わってから探すしかないか。今はみんながイチオシしていたパレードに集中しようではないか。

 と、人混みの向こう側へ目を凝らしていると袖を引っ張られた。もちろん照だ。

「ねえ、ここよりあそこの方がいいと思う」

 そう言って照が指さした先にはパレードの道を見下ろすことができる橋があった。そこも混んではいたが、ここよりは空いていそうだった。

「だな。始まる前に早く行こう」

「うん」

 僕と照はその橋へと移動した。たしかにさっきいたところよりかはマシだった。

 人のあいだをぬって欄干に体重を預ける。見晴らしがいい。みんなでこっちに来た方がよかったな。

「やっと二人きりになれた」

「……は?」

 僕は思わず声が漏れてしまった。今の言い方だと照が故意的にはぐれさせたように取れるからだ。

 だけど僕のことなんて気にせず照は僕に体を預けてきた。

「なにやってんの」

「……ねえ、お兄ちゃんはどう思ってるの」

 あくまでマイペースに照は話をする。どうしようもないので照に合わせることにした。

「どうって何が」

「私のこと」

 サラリと聞かれて僕は少しの思考時間を要した。

「……普通に妹だけど」

「それだけ?」

「何が言いたいんだよ」

「いや、私のこと可愛いとか思わないのかなー、なんて」

 本当になんなのだ。いきなり自分の完璧さアピールですか?

「むしろ嫉妬だな」

「え?」

「勉強も運動もなんでもできて、それでいて人望も厚い。そしてそんな完璧なやつがしがらみは嫌だからと高校から不思議ちゃんキャラになって……なんというか贅沢な悩みだよなそりゃ」

 心から思っていることを吐露しているだけだが棘がないとは言いきれなかった。

「そう、だよね、やっぱり……」

 隣の妹が俯いた。やはり言いすぎたかもしれないと今さらながらに後悔した。

「でもさ、だからこそなんだよ」

「へ?」

 だけど照は落ち込むだけで終わらなかった。こちらと目線を合わせ、真面目な顔で向き合う。

「私もさ、知ってたよお兄ちゃんがそう思ってることはさ」

 妹を嫉妬している兄の気持ちを知っている妹って……思わず顔を覆いたくなった。

「だから私が変わればそういうのも変わるかなって。そう思ったから今こうして生活してるんだよ」

 僕は認識の間違いを実感した。

 僕は今まで、照が優等生キャラが疲れたから楽な不思議ちゃんキャラに逃げたのだと思っていたが、違ったのだ。

 優等生キャラだと僕が気まずいと思ったから気を使って不思議ちゃんキャラに変えたのだ。……友達ができなくなるということを承知で。

「そっか……駄目な兄貴だな僕は」

 自分の卑屈さが浮き彫りになって今度は僕が俯く番だった。でも照はそうさせてくれなかった。両手で頬を挟んで顔を強制的に照へ向けさせられる。

「そんなことは全然ないよ。だっていつも優しいじゃん。だってさっきだって怖かったのに立ち向かって行ったじゃん。不満げな顔しながら結局は一緒にいてくれるじゃん」

 照はこんなどうしようもない僕を褒めてくれた。

「だからお兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいて」

 その言葉の数々は僕に気力を与えてくれた気がした。

「うん、ありがとう」

 僕はその一言しか言えなかったけど、しっかり気持ちは伝わったと思う。

 全く、時々可愛かったり頼もしくなったり、反則だよ。

 まもなく訪れたパレードはキラキラとしていて、まるで満天の星空のように綺麗だった。


 *


 パレードが終わったあとは、連絡を取り合ってなんなく合流することができた。技術の進歩というのは偉大なものだ。

「どこにいたの?」

「あそこの橋の上。結構見れてよかったよ」

「そんな穴場があったとは……」

 終始人混みに翻弄されていたらしい燈はかなり悔しそうな顔をしていた。ちなみに、僕と照以外は一人一人単独になっていたらしい。たぶん江成さんは嬉しかったと思う。

「じゃあ帰りますか」

 こうして美術部親睦交友会(仮)は終わりを告げたのだった。

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