第7話 休みのち忙殺
一回、六時頃に目が覚めた。
土曜日の朝。僕はこれを嬉しいことだと思う。
だって二度目の至福が待っているのだから。
というわけで目が覚めた一分後には僕は眠っていた。
二回目、八時頃に目が覚めた。
まだ、行ける。
昼までなら寝てもいいと思う。
そして僕はまた眠りに落ちていった。
三回目。十一時頃にまた目が覚めた。
今回は強制的に起こされた。
主に全体重で全乗っかりされていることが原因だ。
「うう……」
金縛りかと疑いたくなるくらい体が重い。あるいは寝すぎるとこういう副作用があるのか……?
それはどちらも間違いだった。
僕は物理的に本当に乗っかられていたのだ。
「やっと起きたー。寝すぎも健康に悪いんだよ?」
僕をマット代わりにしてうつ伏せに寝転がりながら照は僕の頬をつついた。
「昼頃には起きようと思ってたよ。……ところでどいてくれない?僕気持ち悪くなってきたんだけど」
体に乗っかられると特にお腹の圧迫で気持ちが悪くなってくる。
「え、お兄ちゃんひどい!私のことが気持ち悪いなんて!」
「いやそっちじゃないから。体調的な方」
「なーんだ、そっちか。……よっと」
僕は重くのしかかっていた体重から解放された。今度こそ僕は起き上がって大きく伸びをした。
「もうごはんは作ってあるから」
「ありがとう。ところで、照は出かけないのか?」
中学の時の休みの日はだいたいどこかへ行っていた気がする。
「うん。私も今週は疲れたからさー」
やはり僕と二人きりの時はノーマルモードになるようだ。話しやすくて助かる。何より、僕が疲れない。
「そっか。じゃあ今日は思いっきり休もう」
「了解!」
ビシッと敬礼をする照を見て、僕はノーマルモードではなくて少し賑やか系かな、と考えを改めた。
朝ごはんとして作ったのだろう、すっかり冷めてしまったごはんをありがたく頂戴して僕は一息ついた。照は昼ごはんを食べて、今はティータイムだ。カップを片手にテレビを見ている。
ふと今日は携帯の確認をしてなかったと思い立って何気なくスマホを開いてみた。
僕が寝ているあいだにチャットが続いていたらしい。僕はスクロールして溜まったメッセージを見ていく。
『となると、土曜日どうしようかな』
『私は絵を描くよ』
『学校始まったばかりなのであんまりやることないです』
念の為補足しておくと、上から燈、江成さん、亘理だ。そこからは燈と亘理の会話が続いていた。
『そうだよねー』
『あ、いいこと思いつきました』
『え、なになに?』
『ちょっとここでは……個人チャットで』
『りょーかーい』
「んん?」
あいだにところどころスタンプはあったものの、一応ここで会話は終わっている。
亘理は何を思いついたのだろう。そしてなんだろうこの嫌な予感は。
その予感を裏づけるようにピンポーンとこの家のインターホンが鳴った。
「はーい」
と照が玄関へ出ていった。駄目だ、僕の直感的に行っちゃ駄目だ。
そんな懸念は言葉にならず、照が玄関まで出ていってしまう。
「あ!」
そんな、照のびっくりした声が聞こえる。
……やっぱりそうなのか。
「燈さんに亘理くん!」
……やっぱりかー。
「こんにちはー。お邪魔しに来ました」
「光も中?」
「うん、そーだよー」
スタイルチェンジして不思議ちゃんモードになった照のバカっぽい声が聞こえる。
そして自分の服を見下ろしてパジャマだったのに気づいて僕は部屋に駆け込んだ。
*
「あ、光くん」
「やっと来た」
とりあえず普通の服に着替えてリビングに出ると、招かれざる来訪者二人は我が物顔でくつろいでいた。
「……なんで来たの」
人との関わりを絶って休息しようとしていたのにこれじゃあ本末転倒だ。
「だって暇だったからさー」
「いいでしょ、一番居心地いい場所なんだから」
思わず顔を覆いたくなった。なんだよそれ、暇でここに来たら僕が休めないんだって。
言いたいことは夕方までぶっ通しで叱れるくらい浮かんできたが僕は呑み込んだ。強烈な個性のやつらと関わっているうちに僕が獲得したスキル、我慢。誰かここでキレない僕を褒めて欲しい。
「というか照ちゃんすごく家事できるじゃん。このお茶も美味しいし」
亘理はそんな僕の切羽詰まった顔を見て少しは罪悪感を感じたのだろうか、話を違う方向に持っていった。
「ありがとー。やっぱりね、こういうのは火星からの通信に尽きると思うの」
「そっかー、宇宙って偉大だねー」
通常運転な照を見ておっとり燈が相槌を打つ。絶対、作ってる。自分で天然とは言ってたけどあまり目立つ機会がなかったからな。いや、普段から作ってたけど照が強すぎて通常に見えてしまっていたのか。あるいは人見知りな江成さんがあてにならず美術部をまとめる人がいなかったのでしょうがなくまともになっていたのか。
そうだ、この二人は他人がいるところではこうなるんだな。身内以外と一緒になるときはあまり驚かないようにしよう。
「なんかやらない?」
燈と照の火星談義に挟むようにして亘理が言った。
「そーだねー、せっかく四人で集まったんだし」
「あ、江成さん誘おっか」
美術部で唯一欠けている人材を思い出して燈はスマホを取り出した。まもなくピコンと美術部のグループにメッセージが送られた。
『今四人で集まってるんだけど、江成さん来ない?』
即効で既読がついた。
『ごめん、今日は用事が入っちゃったの』
『そっかー、残念。明日楽しみにしてるね』
『うん、明日ね』
「駄目だったか……」
「用事ならしょうがないね」
僕は江成さんが僕たちと会いたくないから理由をでっち上げたのかと思ってるけど。まあそれはいくらなんでも悲しすぎるから考えないようにしよう。
「じゃあ四人で何しよっか」
「って言っても、特にこの家にはこれといって遊ぶものないよ?」
最初から客を招くなんて考えてもいなかったのでボードゲームの類いは全くない。燈が来る時は携帯ゲーム機を持参してたと思う。
「あるじゃん、ちょうどいいものが」
「なんだよ?」
「あれ」
そう言って燈はテレビを指さした。
あ、長いことやってないんで忘れてたけど唯一あったね遊ぶもの。
そう、燈が指さしたのはテレビゲームだった。
「まあやりますか」
特に異論もなかったので僕はテレビゲームを始めようと接続機械に近づいた。
「あ」
そして異常に気づいた。
電源が、つかない。長いこと放置してたから電池が切れていたようだ。
「……照、電池のストックってあったっけ」
「え、たぶんそんなのないよー」
まずったな。今の時代、電池を使わなくてもコンセント接続だけで動かせるものが多いので買っていない。
「あ、私買ってくるよー」
「よろしく」
燈が買い物に立候補してくれたので任せることにした。
「ただいまー」
走ってきたのか、燈は息を切らして手にレジ袋をさげて帰ってきた。
燈が袋から取り出したものを見て僕は顔を顰めた。
「あれ、これってまさか……」
「じゃー電池交換しよう」
ドライバーでもって電池を入れるところを開け、電池の袋を切ってそのまま入れようとする。
「ちょっと待て、それって」
「あれ?なんで入んないんだろ」
「やっぱりな……」
電池のサイズが間違っていた。形はよく似ているがこちらは細長くてギリギリ入らない。
「買い直さなくちゃな」
「ごめん……」
「まあしょうがないよ。よく似てるし今度は僕も行くから」
ということで結局僕も電池を買いに行くはめになった。
*
「やっとできる……」
今回は買い間違えずに電池を買ってきて交換できた。
「ごめんねー、電池なんて滅多に買わないから」
「大丈夫ですよ、僕もそんな感じですから」
しゅんとしている燈を亘理が励ましている。性格悪いキャラが定着している僕にとっては新鮮な光景だった。先輩後輩の関係をあの亘理が知っていると思うと少しおかしかった。
「じゃあできるようになったことだしやるか」
「そうだね」
「ふっふっふ、宇宙のご加護がある私に勝てるかな?」
照の不思議ちゃんは、宇宙関係がやけに多いな。
「まあ、やってみなきゃわからないぞ」
もしかすると、まぐれのまぐれで照に勝てるかもしれない。
そしてその考えは甘かったと改められた。
「なんなんだ照……」
とりあえず入ったままになっていたカーレースゲームをすること約一時間。二桁にものぼるラウンドをバチバチと渡り合った結果。
照はずっと一位で固定だった。二位は僕、亘理、燈がローテーションのように移り変わっていた。
「へへーん。やっぱり宇宙は偉大だった!」
当の照は胸を大きく張ってとても自慢げだ。男子にとってはかなり気まずい態勢だったけど悔しさのあまりそれは気にならなかった。
「本当にすごいね。昨日だってテスト満点だったじゃん。天性の才能ってやつ?」
「だ、か、ら、宇宙のパワーなんだってー」
「そう言われると信じざるをえなくなるね」
照の宇宙推しに亘理も感化されたようだ。……まあたしかに照は天才か宇宙人かでしか説明できないのは同意だけど。
「もー悔しい!他のやつやりましょ」
一番悔しそうにしていた燈の提案でゲームを変えることになった。
そしてそれも無意味に終わった。
四人での大乱闘バトルも、大きなすごろくゲームも、旗を目指すアクションゲームも、ことごとく照の独壇場だった。
「あ、ありえない……」
ついに燈も床に手をついた。
そして外もかなり暗くなっていた。
「ふふふふふ……だから私に対抗するには宇宙より上の神様の力を借りるしかないんだよー」
照はもう胸を張りすぎるあまりブリッジしていた。
「もう暗くなったことだしもう帰ったらどうだ?」
僕がそう指摘すると燈はやっと時間の経過に気づいたらしくハッとなった。
「もうこんな時間!」
「じゃあもうそろそろ僕は帰るね。じゃあね、また明日」
「じゃあな亘理」
「またねー」
亘理はサラッとタイミング良く帰っていった。
「で、燈はどうするの?」
「むむむむむ……」
やはり照に一回も勝てなかったのが悔しいようだ。年上ということもあって引くに引けない状況なのだろう。
だから僕は助け舟をした。と言っても早く帰ってもらいたいだけなんだけど。
「明日遊ぶことだし今日はもう帰れば?今日頑張って明日熱出したら本末転倒だよ。照との勝負はまた空いた日にやればいいじゃん」
「……そうね。私も明日は楽しみにしてるし。今日のところは帰るわね。……それじゃまた明日」
明日、という単語で燈はすんなり引き下がった。まもなく玄関が開閉される音が聞こえる。
「……はぁー」
今日は休むつもりがあの二人のせいでかなり忙しくなってしまった。結局しっかりと休めたのは午前中のあいだだろう。
「あー楽しかった」
「照はな。僕たちは一位取れなくてつまんなかったんだよ」
「ごっめんねー」
照は片目を瞑り舌を出した。小悪魔的仕草だ。
「今日は早く寝なきゃな」
「お兄ちゃんうぶだねー。明日は遠足だから早く寝ようのニュアンスが感じられるよ」
「そういうんじゃない。今日あまり休めなかったからその分今日明日で休もうと思って」
「そうなのかなー?」
照は首を傾げて近づいてくる。目を覗き込んできたのでそのまま見つめ返してやった。
「……それで、明日はいつ集合だったっけ」
まさかこんな反撃がくるとは予想してなかったのだろう。照はほんの少しだけ目を逸らして話を逸らした。
僕には妹をいじめて楽しむようなドSの性質はないので大人しくこれに乗ってやることにした。……照に少し勝った気がしたから嬉しかったのは否定しないけど。
「たしか、九時頃じゃなかった?」
「そうだったっけ?」
曖昧だったので改めて確認してみると、正しくは遊園地の最寄り駅に八時半集合だった。
「八時半か。だとするとどのくらいに出発すれば?」
「だいたい八時前だね」
僕たちの家は徒歩で行ける圏内に駅があるのでかなり交通には適している場所だ。集合場所まで三十分でつけるのはいい報せだった。なぜならその分寝れるから。休日の僕はとにかく休みたいのだ。
「楽しみか?」
なんとなく気にかかってあたりまえのことを口にしてみた。照は一瞬キョトンとしてからすぐに喜怒哀楽の喜と楽を満面にだした。
「そりゃあね。面白い人たちだし一緒にいたら絶対楽しいだろうし」
なにより、と照は言葉を続ける。
「お兄ちゃんと一緒だもん!」
「え」
「じゃあもう私も寝るね。お兄ちゃんまた明日ー」
僕が何か聞く前に照は自分の部屋に引っ込んで行ってしまった。
「なんなんだよ……」
思わず僕はソファに沈んだ。
もう、本当にいきなりの不意打ちはやめてほしい。
その後すぐに僕も照と同じく自分の部屋に向かって早く寝るべくベッドに横になった。
「……明日はなんだかんだで楽しそうだな」
独り言を口にしながら僕は明日のことを少し考えた。
不思議ちゃん全開で子供のようにはしゃぐ照。江成さんや燈をからかっている亘理。おっとり天然丸出しでナンパされる燈。人見知りの過剰で木陰から僕たちを見守る江成さん……。
そんな光景が頭に浮かんだ。
……って。
「すんごい明日ハチャメチャなことになりそうじゃん!」
楽しそうとか言ってる場合じゃなかった。あの人たちを人のいるところに連れていったらどうなることか。
「結局僕がなんとか頑張るしかないのか……」
唯一のストッパー役の僕がみんなを管理しなければ。
そんな使命感とその苦労を思い浮かべて僕は憂鬱な深い深いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます