第6話 僕はやはりモブだった

 今日は金曜日。ついに今週の学校も終わる。

「ついに、ついに休みだ」

 僕は朝からもう終わったあとのことを考えていた。

「今週は休むぞー」

 明日と明後日は昼まで寝ていたい。というか一日中寝ててもいい。

「今日は嬉しそうだね」

 僕が明日に思いを馳せていると後ろから亘理が話しかけてきた。

「そりゃそうだろ。明日はなんといっても休日だぞ」

「まあその気持ちはわからなくもないけどね。でもさ僕はあんまり求めてないんだよね」

 亘理のこの言い草は休日がない方がいいと言っているようなものだった。

「なんで?」

「だってさ、面白くないじゃん」

 あまり気乗りしない顔で言い放った亘理に僕は目を細めた。

「あれ?何その顔」

「自分で考えろ」

 亘理は面白いかもしれないが、僕はただ疲れるだけなのだ。照や亘理の統括役としての平日は、それはそれは僕に精神の負担をかけてきた。休日はそんな役目から解き放たれ、回復ができるのだ。というか休日はもっと多くして欲しい。

「よくわからないや」

「……もうちょっと自分の行動を振り返りなさい」

 あくまで答えは教えない。僕は先生のような気持ちでこう言ってやった。

「それにしても、休日暇だなー」

「寝れば?」

「僕、定時にしか起きられない体質なんだよ。しかも一度目が覚めると寝られない」

「それはご愁傷様」

 亘理は可哀想なやつだ。それじゃあ全く休めないじゃないか。

「うーん、そうなるとどこかへ行くしかないなあ」

「亘理はよく外出するのか?」

「それはもう、一日に一回は」

「へえ」

 亘理がこんなにアウトドア系の人間だとは思っていなかった。でも、思い返してみると情報が多いのってそういうフィールドワークという側面もあるのかも。

「銀座か渋谷か……」

「ええ!?」

 目の前の友人から出てきたオシャレな街とか若者が行くような場所が出てきて僕はびっくりしてしまった。いや、僕も若者だけど。一高校生にはまだ早いとか思ってたよ。

「ん、どうしたの?」

「いいや何も」

「ああ、僕が意外にリア充っぽい生活をしてたことに驚いてるのか」

 恐ろしくも亘理は僕が思っていることを読んでしまった。

「まあね、僕にも趣味とかはあるんだ。喫茶店めぐりとかね」

「へ、へえ」

 怖いくらい当然のように喫茶店めぐりとか言われて僕はたじろいだ。何この人、ただ情報通で性格悪いだけなのかと思ってたら予想外に見た目通りの爽やかイケメンだったんですけど。私生活では平凡な僕とあまり変わらないだろうと思ってたのに。裏切られた気分だ。

「ま、僕は君に言うべき言葉は一つだ」

 薄く笑って亘理は指を鼻先に突きつける。

「僕も平凡じゃないってことさ」

「ガーン!」

 ……という効果音がよく似合う心境だったのだけどなぜかその音声が聞こえた。

 そしてそんな効果音を叫ぶのなんて一人しかいない。

「照……」

「なんとなーくこれが似合う気がしてねー。あははのはー」

 照は腹を抱えて笑った。……相変わらずよくわからない不思議ちゃんだなあ。

 そこまで考えて僕は思い当たってしまった。

 照は不思議ちゃん。

 亘理は爽やかイケメン。

 では僕は?

 平凡、としか表せない気がする。

 そして、こんなキャラが濃い二人と一緒にいる僕はどんな風に見えるのだろう。

 たぶん、モブキャラだ。

 みんな、キャラクターになる要素を持っている。不思議ちゃんだとか、爽やかイケメンだとか、天然だとか、人見知りだとか。

 でも、平凡というキャラクターは必要ない。せいぜいエキストラが精いっぱいだ。

 つまり、僕はもう必要のない人間なのではないだろうか?

 そんなことを考えてしまった僕は休日を思い描いてふわふわしていた気分が一転、とても憂鬱な気分になってしまった。


 *


 やっと始まった授業では昨日やったテストを返された。

 僕は70点というなんとも言えない、ギリギリいいかな、と言える成績だった。

「まあ、低いよりはマシだよ、うん」

 僕は自分に言い聞かせるように言った。傍らでは亘理が悔しそうに唇を噛んでいた。

「くそー、なんで僕は負けてしまったんだ……」

 亘理の手もとにあるテスト用紙には69点の文字が書いてあった。そう、ギリギリ亘理には勝ったのだ。

「よかった、これで亘理が点数高かったらついに僕は壊れるところだったよ……」

 言ってから、僕はこれが笑えない冗談だと気づいた。

「ああ、違う違う、比喩的な意味だから。精神崩壊とかそういうんじゃないから」

「う、うん」

 亘理は僕の思った通り額面通りに受け取って対応に困っていたようだ。僕が慌ててそれっぽい理由を並べると納得してくれた。……まあ、本当に精神崩壊はありえる話だけど。

「それで、照は?」

「わからない。というか授業の最初からいなかった気が……」

「そういえば」

 あんなに存在感のある照を忘れるなんて珍しいこともあったもんだ。

「すいませーん、遅れましたー!」

 噂をすれば影とはこのことか。話に上がった瞬間に照は教室に乗り込んできた。

「どうしたんですか?」

 先生が当然のような疑問を発した。

「マグネシウムを摂取してました!」

「……はい?」

 先生、その答えは合ってるよ。僕もちょうど同じこと考えてた。

「元素はしっかり獲得しとかねばいけないので!」

 あー今日も照の不思議ちゃんは冴えわたってるなあ。常人の僕には一ミリも理解できないよ。今の発言は宇宙人と言われても納得してしまうぞ。

「……まあいいです。はい、陽薙照さんの解答です」

 テスト返しがなされてクラスが一喜一憂していた時に教室にいなかったので、照は先生からテストを渡された。

「私は奇跡でも見ているのでしょうか……?」

 先生がボソリと呟いたのを聞いて、僕はまさかと照に駆け寄った。

 僕の予感は的中していた。

 照の持つ紙に書いてあるのは1と0が二つならんでいる数字。僕の目が間違い出なければ100点という数字だ。紛れもない満点。

「な……今さっきマグネシウムを摂取してきたとか言ってたやつが、効果音を口に出して言っちゃうやつが……僕より点数が高い……」

 目眩がした。足下がふらふらとおぼつかなかった。

 忘れていた。不思議ちゃんキャラが強くなって忘れてしまっていた。照が全てにおいて完璧にこなしてしまうことを。

「わわ……」

「お兄ちゃん?」

 とてつもない敗北感に打ちのめされた僕はそれ以降の記憶がなかった。

 奇しくも、さっき言った笑えない冗談が実現してしまったようだ。


 やはり、僕はモブだ。


 *


 絶望的なまでに白い蛍光灯で、僕は目を覚ました。

「ん、う……」

 目を開けると、やはり蛍光灯しか見えない。どうやら仰向けに寝ているようだ。

 体を起こすと、自分がベッドに寝ていること、周りにはカーテンがかかっていることからここが保健室だとわかった。

「あ、起きた」

 そして僕の腹を枕にして上を向いていた照が首だけ回してこちらに顔を向け言う。って、倒れてる人の腹を枕にするって何事だよ。

「今、何時だ……?」

 ここが保健室であることはだいたいわかったので今一番気になることを聞いた。

「もう放課後だけど」

「……え?」

「お兄ちゃんが貧血で倒れて、ここに運んできたあと、ここまで昏睡状態だったってことー」

「……マジかー」

 たしかに僕のお腹は獣のようにグルグル鳴っているしカーテンの隙間から見える窓からはオレンジ色になり始めた風景が見えた。

「情けないなー……」

 妹の完璧さにやられた兄。なんて滑稽な構図なのだろう。僕は自嘲するように笑った。

 だけど照はつられて笑うなんてことはしなかった。ただ、真剣に、僕の顔を見つめていた。

「な、なんだよ」

「……心配だったんだから」

「え?」

「心配だったの!いきなり倒れて!」

 照は不思議ちゃんを捨てた叫び声を放ったあと、僕に抱きついてきた。不思議と、心が安らいでいく気がした。

 照は、嗚咽を漏らしていた。完璧でもそういう感情はあるんだなあ、と僕は他人事のように思っていた。

「……ごめん」

 それでも僕は自然と手が照の頭へと向かった。

 しばらくして照は僕から離れた。

「……もう、そんな心配かける悪いお兄ちゃんにはこうなんだから!」

 フッと不思議ちゃんキャラにチェンジした照は僕にデコピンを食らわせた。加減とかそういうのはなく、ただただ痛かった。もう哀しい顔をしていたとか、そんな痕跡は欠片もなく消えていた。

「ごめんごめん」

 僕は痛むおでこを抑えながらまた謝った。

 そして今日も完璧に何事もこなしていく照を見て笑った。一生、敵わないな、と。

 でも不思議と今回は敗北感やらに押しつぶされなかった。

 普通の女の子な照を見て思ったのだ。

 ああ、僕はモブキャラでもいいや、って。

 引き立て役だとかもうそういうので構わない。ただ、僕は平凡でいればいいのだ。平凡に生きて、照と一緒にいる。それだけで。

「じゃあ帰ろっかー」

「うん」

 不思議ちゃんキャラで軽く言った照に僕は応じた。


 *


 家に帰ってきた僕は部屋に入っていつものようにスマホを確認すると、グループチャットに招待されていた。

 なんだ、と思って確認してみると『美術部』というグループ名でメンバーはその名の通り燈や江成さんの美術部メンバーだった。

 特に断る理由もないので、一旦グループに入ることにした。

『お、光』

『光くんが最初でしたか……』

 入った瞬間、ポンポンとメッセージが送られてきた。一応挨拶をしておく。

『よろしくお願いします』

『うんいいよいいよ』

『(/。'(ェ)')よろしクマ』

「ん!?」

 なんか江成さんかららしくない返信が来たぞ?

『ところで、なんですかこのグループ』

『美術部だけど』

『その通り。(`・ω・´)キリッ』

「……やっぱり」

 江成さんって対面しないネットだと性格が変わるのでは?

 ふむふむ、と江成さんの意外な一面を目のあたりにして頷いていると、ピコンピコンと照と亘理がほぼ同時にグループに入ってきた。

『よろしくです』

『(。・ω・)ノ゙ チース』

 言わなくてもわかると思うけど無難な方が亘理で、顔文字が照だ。

『お、これで全員だね』

『そうだね』

 あれ、江成さんが顔文字使わなくなったぞ。照が使ってるのを見て恥ずかしくなったのだろうか。

『というか、なんで僕の連絡先知ってるんですか』

『何言ってるの、私持ってたよ?』

『あ、そうか』

『ところで、なんで僕たちを集めたんでしょう?』

『そりゃ美術部の本部員だからね』

 ……そんな他愛もない会話が結構続いた。

『ということで明日遊ばない?』

 このメッセージは燈からだった。僕はすぐに返信の文字を打った。

『却下』

『なんで?』

『明日は休みたいから』

 もとより明日は休養するつもりだったのだ。遊ぶなんて言語道断、むしろ疲れてしまう。

「えー?お兄ちゃん休みたいのー?」

「うわっ!」

 いつの間にか部屋に入り込んでいた照に気づいて僕はびっくりした。

「ノックするとかしろよ」

「いいじゃん、いかがわしいことしてないんだから」

 ニヤニヤしながら照は言う。

「いや、だからってそれは理由にならない」

「なるよー」

 そんな問答を繰り返していると、またピコンと通知の音が鳴った。新規メッセージだ。

『じゃあ日曜日でどう?』

「日曜日か……」

「いいんじゃないの?明日しっかり休めば」

「うーん……」

 僕が悩んでいるあいだにも返信が来ていた。

『空いてるよ』

『僕もです』

『私もー(*゚▽゚)ノ』

 これで僕も空気的にオーケーせざるを得なくなったわけだ。

「まあたしかに日曜日ならいっか」

『オッケー』

『よかった!じゃあどこ行くー?』

『五人ですよね?』

『なんだか微妙だねー』

 たしかに二では割り切れないし何かと微妙な人数だ。

『どうする?』

『遊園地とかどうですか?』

 この提案は亘理だ。

『お、いいね』

『五人でも楽しめると思うしいいんじゃない』

『江成さん大丈夫なんですか?』

『まあなんとかするよ。……たぶん』

『たぶんかい!』

 ……というわけで日曜日は遊園地に行くことに決まった。江成さんがとても心配だけど僕が心配することではないのだろう。

「よかったのお兄ちゃん?」

「何が?」

「だって休みたかったんでしょ?」

 あ、珍しく照がノーマルモードだ。僕が照をしばらく見つめていると照はハッとしてこほんとわざとらしく咳をした。

「やっぱりお兄ちゃんと二人きりのときはこうするよ。家までやると本当に疲れちゃう」

「やっぱり疲れるんじゃないか」

「うん、でもこれは貫き通すって決めたからさ……(お兄ちゃんが好みじゃなかったのは予想外だったけど)」

「ん?」

「なんでもないよ」

「そうか……?」

 なんか、上手いこと誤魔化された気がするけどまあいいか。

「さ、じゃあもう寝ようか」

「ああうん、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 照はそういうと僕の部屋から出ていった。

「さて、寝るか」

 僕は電気を消してベッドに寝た。

 明日は休みだ。

 存分に寝て休息しようと心に決め、僕は眠りについた。

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