第4話 妹の天才さはまだまだ健在でした

 僕は見てしまったのだ。

 照が華麗なる対応をするところを。

 不思議ちゃんを極めし真骨頂と言っても差し支えないほどの対応を。

 やはり、この妹はただものではないなと再認識させられた。

 時は今日の昼休みに遡る。


 *


 昼休みは僕と照、亘理も加えた三人で食堂でご飯を食べていた。

「陽薙さん、ちょっといいかな?」

 そんな声がして、陽薙さんの僕と照はほぼ同時にその方向へ振り向いた。

 そこにはとにかくチャラチャラしているザ・チャラ男がいた。

「ああ、妹の方」

 そいつはこう言って僕にしっしと追い払う仕草をした。失礼なやつだ。

 僕はぷんぷんと憤慨しながらご飯を食べる。

 チャラ男はそんな僕に構わず照の方を向いて話を進める。

「放課後、体育館裏に来てくれないかな」

 あやうく噴き出すところだった。何それ定番すぎなんですけど。しかも何をするとか言わなくても明白なんですけど。

「えー、なんでー?」

 そしてチャラ男にも怯まず照は自分のペースで返事をした。すごいな、僕だったら縮こまってはい、と言うしかない状況なのに。

「そこをなんとかさ。ね?」

 出たースクールカースト上位がするこの有無を言わせないお願いの仕方。

「えー、でも放課後は部活行きたいなー」

 でも照はそんなことお構い無しだ。不思議ちゃんキャラを全面に出すことによってそのお願いの仕方は意味のないことだと暗に言っている……!

 ……って、僕はなにを実況してるんだ。

「時間は取らせないから」

 それでもチャラ男は引き下がらなかった。いやそれどころかもう少しでキレる気配がする。

 さて照。お前はどう出る……。

「もーいいよー。行ってあげるー」

 照は割とあっさり了承した。まさかキレそうな気配を感じ取って僕たちに迷惑をかけないようにだろうか。それだったらすごい。

「よし、じゃあ放課後ね」

 約束を取り付けて満足したのかチャラ男は照に手を振りながらどこかへ行った。

「……ねえ光くん」

 それを見計らって照には聞こえないように小さな声で亘理が話しかけてきた。顔は今にも笑いそうだ。

 なんとなく亘理の言いたいことがわかった気がしたので僕は頷いた。

「うん」

 僕も半笑いで応じると僕と亘理はほぼ同時に笑った。

「さすがにド定番すぎて引いたよ」

「たしかにヤバかった。僕は笑いを堪えるのに必死だったよ」

 照がもぐもぐとご飯を食べているのを確認して亘理は内緒話を続ける。

「それにしても了承するなんてね」

「うん、それには少し驚いた」

「僕は絶対自分の意見を曲げないのかと思ってたよ」

「んー、僕もそれは少し考えたけどこれはこれで照らしいっていうか」

 僕は優等生の照を知ってるからわかる。

 照は小学校でも中学校でもとにかくモテた。それはもうギネスに載るくらいに。

 そして告白されに呼ばれた時はどうしたか。答えはひとまず了承してそこに行ったあと丁重にお断りする、だ。

 だから僕はこの了承が優等生キャラの照を反映してのことだと思う。

 だけどここで問題が一つ生まれる。

 ――とはいえ照は今不思議ちゃんキャラなのだ。

 不思議ちゃんキャラでは丁重にお断りはできないのではないか。それが少し心配だった。

「ふーん、そうなのか。やっぱり照ちゃんには謎が多いね」

「……情報通の名が廃るな」

「それは言っちゃダメ!結構ショックなんだから」

 そこで亘理はそれでさ、と区切るように言う。

「当然、行くよね?」

「どこに?」

「決まってるじゃない。告白現場にさ」

「なんでだよ、これは個人の問題だろ」

 僕も見に行きたい思いは山々だったけど、やっぱりプライバシーはたとえ妹でも侵害してはいけないと思う。

 しかもきっと照なら上手くやるだろうし。そんな謎の安心感を僕は持っていた。

「でもさ、心配じゃない?」

「心配だけども」

「ねえ、もし照ちゃんがオーケーしちゃったらどうすんのさ」

「それは……」

 そんな可能性は一ミリも考えてなかったので不意を突かれた僕は言葉に詰まってしまった。

「だからね、君は兄として見届けるべきなんだと僕は思うよ」

「そうか……」

 正論っぽいことを言われて僕は納得してしまう。

 そのあと亘理はすぐに『別に、絶対に行けとは言わないけどね。それは個人の自由だ』と前置きしてから、

「ま、君が行かないと言っても僕は行くけど。面白そうだし」

「僕も行く!」

 亘理を一人で行かせたら変なことになりそうだ。

 これは僕も行かなければ駄目だろう。

 いや、これは別に妹が心配ってわけじゃないよ。

 亘理を野放しにしておくとろくなことがないと思うからだよ?

 決して、決して僕が見に行きたいなんて理由はこれっぽっちもないから。


 *


 放課後。照が教室を出ていきどこかへ行くのを見届けてから僕と亘理は行動を開始した。

 もちろん、向かうのは美術室じゃなくて体育館だ。

 コソコソと忍びのように移動していった僕らは間もなく体育館に到着する。

 顔だけを覗かせて体育館裏を見てみるともうチャラ男は来ていた。そして照は来ていなかった。

「うわ、本当にいるよ」

 僕と同じく顔を覗かせて向こうを見た亘理が引いたような声を出す。

「これは本気らしいな」

 体育館の壁に背を預けながら僕はため息をついた。

「さて、照ちゃんはまだ来てないようだけど」

「うん、これからだろ」

「なになに、何の話してるのー?」

「「うわっ!」」

 いきなり会話に割り込んできた照に驚いて僕たちは悲鳴をあげた。とは言っても叫びではなく小さく、だ。きっとチャラ男には聞こえてないだろう。

「なにしてるのー?」

「男の対談だ。照はどこ行ってたんだ?」

 弱点である照を前にして固まった亘理は使い物にならなそうだったので、僕が適当に誤魔化しておく。

「おお!ロマンだねそれは。私はトイレ行ってたよー」

「そんなことより呼ばれてなかったか?」

「あ、そうだった!」

 ポンと拳を掌に当てて閃いたポーズを決め、行ってくるね、と言ってトタタタタタ、と自分で効果音を発しながら体育館裏の方へ走っていった。

 どうやら上手く誤魔化せたようだ。

「おい、亘理。もう行ったぞ」

「ハッ!」

 亘理はたった今我を取り戻したようだ。やはり弱点はとても効き目があるらしい。僕はそんな亘理にホッとしていた。もし亘理が完全無欠の情報通な性格悪いやつだったら僕は不登校になってでも縁を切ろうとしただろう。亘理はまだ可愛げがある。

 そんな亘理と体育館裏をそーっと覗く。

 チャラ男と照が向き合っていた。

 距離はかなり離れていたが、静まっているからか、二人の声が通るのか、声はよく聞こえた。

「でー、用はなにかなー?」

 切り出したのは照だった。首を傾げて聞く動作は昨日亘理を打ちのめしたのと同じだろう。並の人間なら今ので落ちるだろう。

 だがそこはやはりチャラ男だった。

「話があるんだよー」

 何事もなかったかのように普通な口調で切り返す。女子には慣れているのだろう。

「話ってー?」

「えー、ここまで言ってもわかんないの?」

 へらへらと笑いながらチャラ男は言った。ああ、たしかにそうだな。体育館裏に話。この二つが組み合わさると言ったら告白しかないだろう。

「なになにー?」

 だが照は知らないふりをしてまた首を傾げる。さすがは不思議ちゃんだ。鈍感力がハンパない。まあどうせ心の中ではわかっているんだろうけど。

「だからー、付き合ってって言ってるんだよー」

 チャラ男はそれでもへらへら笑いを止めずに軽く言い放った。……本当に軽くだ。よくもまあ告白がそんな軽く言えるな。

「んー?」

 さて照はどう返すのだろうかと注視してみると照はまたしても首を傾げた。どういうことだ?


「付き合ってってなにー?」


 まさかのセリフに僕は絶句していた。

 そこからかーい。

 それは亘理も同じようで、ポカンと口を開けていた。チャラ男も同じく。

「え、知らないの?」

「月が会うのー?」

 まさかそう答えられるとは思いもしなかったであろう答えに、チャラ男は狼狽する。そして照、それはさすがに無理がないか?

「だからさ、いいことをする関係のことだよ」

「いいことってー?」

 語彙の乏しい頭をフル回転させて出しただろう答えにまたしても照は疑問をぶつける。

 ……ここで僕にもわかった。これは、子供の何を答えても『なんでー?』で返してくるやつと同じやつだ。

 なるほど。不思議ちゃんにはそんな戦い方が……。

 僕が感心しているとチャラ男はあせあせしながら次の言葉を紡ぐ。

「……楽しいことだよ」

「楽しいことってー?」

 無駄だチャラ男。この聞き返し大作戦の一番恐ろしいことは終わりがないってところだ。たとえお前がどんないい回答をしたとしても終わらないだろう。

「ほら、遊園地に行くとかさ……」

「遊園地に行くのは楽しいことなのー?」

「え……?」

 今度の聞き返しにチャラ男はついに黙り込んでしまった。そこでやっと自分の状況を把握したのだろう。は、はは、と乾いた笑いを発した。

「ごめん、何でもないや」

 照の完全勝利。そんな言葉が似合いそうな一部始終だった。

「そう?じゃーねー」

 タッタッタッ、と今度は違うバリエーションで効果音を発し、こちらへ走ってきた。

 いやはや妹よ。感服いたしました。

 もうお兄ちゃんは照がどこに行っても安心だと実感したよ。


 *


 ということがあったのだ。

 僕と亘理は照と合流したあと、いつものように美術室へと向かった。

 やはり照は計り知れないな。もう人智を超えていると言ってもいい気がする。

「何話してたんだ?」

 僕はさりげなく今の会話を聞いてみた。まあ全文一字一句聞き逃さなかったんだけど、どんな反応するか見てみたかったのだ。

「えっとねー、月が会ってって言ってたよ」

「はい?」

「私もよくわかんない!」

 ほー、そう来ましたか。あくまで不思議ちゃんキャラを通すと。

 美術室にたどり着くと、もう燈と江成さんはいた。僕たちが告白を見てきたから当然か。

「こんにちは」

「あ、こんにちはみんな!」

 僕たちに気づいた燈が手を振って出迎えてくれる。そして江成さんは亘理を確認した瞬間固まった。

「おい亘理。昨日のこと謝れよ。これからも気まずい関係になるぞ」

「そうだね。……江成さん、昨日はごめんなさい。傷つけるつもりはなかったんです」

「……………………………………………いいよ」

 亘理が頭を下げるとかなりの沈黙のあと、江成さんからお許しの声が出た。

「よかったー。これで僕も正式に美術部だね」

「もう一人忘れてない?」

「え?」

 僕でも照でもない声に戸惑って亘理はキョロキョロと辺りを見回して、ある一点で視線が止まる。

 そう、燈だ。亘理は燈のこともさんざん言っていた。

「ご、ごめんなさい!」

「……わかればよし」

 慌てて謝る亘理に腕を組んで仏頂面をして燈は言った。

 そこでふっと顔色を変えて燈は照に顔を向ける。

「ところで告られたって本当?」

 またもや僕は噴き出しそうになった。なんて情報が早いのだ燈は。この速度は亘理並ではないか。

 僕が怪訝な目で燈を見ているとそれに気づいた燈が意図を察して説明を始める。

「いやね、照ちゃんが告られたそいつって私たちの学年で結構目立つやつでね。しばしば女引っかけては捨てるっていう最低男なのよ」

「じゃあたぶん違うね」

 このセリフを言ったのは当の照だ。

「その人、私には月に会って言ったんだよー」

 どうやらその解釈を貫き通すらしい。間違ってるって知ってるのにそれでもなおそれが本当のように振る舞うって難易度高いと思うんだけど。これが照の技量か。

「え?照ちゃんどういうことそれ?」

 燈はわけがわからず僕や亘理に目配せしたが、僕たちは苦笑いするしかなかった。


 *


 その日の帰り道。今日も今日とて兄妹仲睦まじく一緒に帰っていた時のことだった。

「はぁー……」

 珍しく照がため息をついていた。

「どうしたんだ?」

「いやー、不思議ちゃんっていいなー、ってさ」

 そう答える照は以前の優等生キャラの方だった。

「なんだ急に」

「私さ、告白断るのめんどくさかったんだよね。だから断るでもなく遠ざけられるこのキャラってすごいなーって」

 やはり告白ってことはわかっていたようだ。まあ当然だ。あれで本当にああ思っていたら逆にすごい。

 まあたしかにそうだ。しっかり断ると相手も自分も気まずい思いをしたり胸が痛くなるかもしれない。でもこれなら話が通じないから駄目だ、と違う理由で諦めさせられる。言うならばみんなみんなハッピーなのだ。

「でもさ、やっぱり不思議ちゃんって疲れるんだよね」

 なんだそれ。疲れてまでそれを続ける必要なんてあるのか?

「じゃあやめれば?」

 自然と口をついて出たこのセリフに、照はううん、と首を振った。

「でもやっぱりこれが一番いい気がするの」

「そっか」

 本人が言うならしょうがない。

 僕はそれ以上何も言わずに黙った。

「だってめんどくさい人間関係を構築しないで済むし鬱陶しい仕事とか押し付けられることもないだろうしそれにこういうのの方が楽しいしお兄ちゃんと一緒にいられるし」

「ちょっと待った。お前、やっぱり全部計算ずくだったんだな?」

「え?お兄ちゃんわからなかったの?」

 いきなり語り出した照に待ったをかけるとキョトンとして『何を今さらあたりまえのことを』と言いたげな顔をした。

「私の行動には全て意味があるんだよ。将来的なメリットをできるだけ増やしてデメリットを潰していくね」

「……マジか」

「だから、私は続けるよこれを」

 言い終わると優等生の照は息を潜め、代わりに不思議ちゃんの照が表に出てきた。……いや、切り替えたのだろう。

「というわけでこれからもお兄ちゃんよろしくねー☆」

 キャピ、とピースを目に当てて決めポーズを決めながら不思議ちゃんキャラの照は言った。

「お、おう」

 やはり照は計り知れなかった。


 不思議ちゃんキャラによって馬鹿に見えていたが実際は全てが計算ずくだった。

 妹の天才さはまだまだ健在だったようだ。

 そうして妹の思いのままに全てが進んで今日という日も終わっていく。

 僕は呆然と、妹の背中を見ていた。

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