第3話 厄介者と出会ってしまいました
「本当に勘弁してくれ……」
「ふんふんふーん♪」
なんとか照を着替えさせてやっとこさ学校へ出発した。
そして帰りたいという気持ちが襲ってきた。だって、昨日誰とも知り合えなかったし。照のせいで孤独確定だし。味方と言えば燈くらいしかいないし。
「はあ……どうしてくれるんだよ……」
僕は歩きながら思わず顔を覆った。
「ビビビ!お兄ちゃん困り反応感知!即座に解除します!」
こんなことを言って照が僕から手をぶんどって無理やり繋いでくる。……もう妹と手を繋いでいても何も感じないな。
「むむむ。てごわいなー」
今度は手を組むようにして繋いでくる。だからさ、何も感じないんだって温かさと柔らかさ以外。
「困ってるのはお前のせいだ」
「にゃ、にゃにー!」
うわうっざ、とはならないな。不思議と微笑ましい気持ちになっていくのはなんでだろう。くそ、これが計算だったら僕は掌の上だな。
「でさ、どうしてくれるの友達作れなさそうだし」
「?私だけじゃ駄目なの?」
さも当然のように出てきた言葉にグッと心臓を鷲掴みにされる。こういう不意打ちは勘弁して欲しい。……いや、騙されるな。きっとこれも演技なんだ。よーし耐えきった。僕も二日目にして慣れてきたのかも。自分の適応能力に脱帽です。
「駄目だ。せめて照以外で一人は見つけたい」
「それは自分次第なのです」
そして正論を言われた。うっ、たしかに僕は昨日逃げたけども。僕だって普通に友達くらいできてたんだ。照が不思議ちゃんにならなければ。
「だからもうちょい抑えないか?」
「やーだね。それじゃあ演技ってバレちゃうじゃん」
あ、一瞬だけ通常照が戻ってきた。
「おいそれ」
「てくてくてく」
照も自分が戻っていたことに気づいたのか、誤魔化すように擬音を発して早歩きになって僕を追い抜かしていく。
……よかった、照が完全にぶっ壊れたわけじゃないんだ。あれは演技なんだ。
そう思えただけでも僕にとっては収穫だった。
*
教室に着くと昨日同様もうかなりの人がいた。
そして僕たちの方を見て目を逸らしグループでの会話に戻っていく。
もういいもん。人間関係は諦めたもん。
子供のようにもんを付けるほど精神的にはかなり追い詰められていたけど、うん、改めて思うといくらか割り切れた気がする。
そのまま席に向かって座る。照はしきりにキョロキョロしていたがもう気にしなかった。不思議ちゃんは気にしたら負けだ。
友達のいない僕は携帯をいじって気を紛らわせようとしたけど後ろからチョンチョンされてそれは失敗に終わった。
「やあ」
振り向くとなんだか爽やかなイケメンがいた。
「僕は
お、なんだかフレンドリーな人だ。こんな僕に手を差し出してくれるなんて。
「陽薙光。よろしく」
だからその手を包むのに理由はいらなかった。
「ところで、なんで僕に話しかけたの?」
今までのクラスの雰囲気からして照だけでなく僕も距離を置かれている感じがする。それを振り切って気安く声をかけてくるのは何かがあると思った。
「えっとね、君たちが面白そ――興味深かったからさ」
あ、今絶対面白そうだったからって言った。
「はあ……冷やかしはやめてくれよ」
僕は今までの期待を全部消してジト目で亘理くん、いや、もう亘理でいいか。とにかく亘理を睨んだ。
「いやいやいや!僕はただ、君と友達になりたいなって思っただけさ」
そんな言い訳に騙されないぞ。僕は君のことは信用しないからな。
「いいよ別に。よろしく」
とは思っているものの、せっかく来たんだから跳ね除けるのもどうかと思って僕は一応、彼と友達になることにした。
昼休み。僕は照と二人で学食にてご飯を食べていた。
「で、なんで君がここにいるんだ」
今日は二人きりではなかった。朝の爽やか少年、亘理結城氏が僕の隣に座っている。
「えー、だって友達になったじゃん」
あたりまえだろ、と亘理は笑った。なーんか怪しいんだよなあ彼。
「まあ僕がどうこう言える立場じゃないんだけどね。でもさ、僕らと関わったら君、結構危なくない?」
「大丈夫、だって僕も友達いないからねー」
へらへらと亘理くんは重大なことを言った。あ、触れちゃいけないところに触れちゃったかも。
「へー、話しかければ十中八九できそうなのに」
「ああ、できはしたんだよ。でもね、すぐに逃げられちゃった」
「初日で何があったの……」
できたその日に逃げられるって何したんだ亘理。
そんな僕の顔を見て、亘理が不敵に笑った、ように見えた。
なんだか嫌な予感。
「いやーそれにしても君たちかなり仲良い兄妹だよね」
はっはっはと笑いながら亘理愉快そうには話す。
「まさか、手を繋いで登校するなんてねえ」
「な、なにい!」
なんで彼は今日の朝のことを知っているんだ。周りには誰もいなかったはずなのに。
「なんでそれを」
「内緒」
「いったいどこから」
「内緒」
「君は何者」
「内緒」
うっすらと目を閉じてご飯をパクパク食べながら亘理くんは質問に即答した。本当に何者なんだ彼は。
「ちなみに君が美術部志望なのも知ってる」
「本当になんなんだ!?」
「それは内緒」
ちゃっかり重要なところは全部流されて亘理くんは目線を照に向けた。照は目をキラキラさせて落ち着きなくフラフラ動いている。
「実際は彼女が実に面白そ――興味深いんだけどね」
「おい君はどこまで知っている」
まさか照が前優等生キャラだったことも知ってるんじゃないだろうな。なんだか彼はなんでもありな気がしてきた。
「全然。なんにも。彼女は珍しく謎が多いんだよね」
「嘘つけ」
「本当にわからないんだって。僕の情報網にもかからなかったし」
「怪しいな」
「だから、彼女からはどんな情報も出てこなかったんだって。僕が知ってるのは高校付近に君たちがいる時のことだけ」
うーん、ていうことは照はとってもすごいやつってことか。なんでもありそうな亘理くんが知らないなんて。
「まあ、その謎はのちのち解明していくとして、改めてよろしく光くん」
妹と手を繋いでいたという弱味を握られている僕は握手に応じるしかなかった。
どうやら僕は厄介なやつと友達になってしまったようだ。
*
放課後。昨日と同じように美術室へ行くと今は江成さんしかいなかった。
「こんにちは……」
一応挨拶をして入る。
「こんちにはー!」
「こんにちは」
後から元気に間違った声と落ち着いた声が続く。不思議ちゃん照と性格悪いやつ亘理だ。
亘理のやつ、ここにまでついてきやがった。
亘理が一緒に帰ろうと言ってきたので僕が部活行ってから帰ると断ると、亘理はオッケー、とニヤニヤしながらついてきたのだ。
「あの、江成さんですよね?」
「え、知ってたの?」
まだ二日目だし先輩との関わりなんて皆無に等しいはずなのに知ったような口を利くもんだから思わず聞いてしまった。
「うん、清楚系眼鏡少女プラス人見知りオプション。同学年のみならず後輩からも人気だそうだよ」
「へ、へー」
思ったより知識が遥かに上回っていた。何その情報。入学して間もないのにどっから仕入れてきたんだよ。
「それでね、その人気さゆえに何度も告白されてるけど、やっぱり過度な人見知りで逃げちゃって彼氏いた歴はゼロ。でも当の本人は恋がしたくて仕方ないらしいよ――」
カタン、と筆が落ちた音がした。その音に顔を向けると向こう側を向いた江成さんが筆を落としたのだとわかった。そして後ろ姿からでも耳を真っ赤にしていることがわかる。
「亘理、お前本当に性格悪いな」
「えー?何がだよー」
「そうだったんですね江成さん。私応援しますよーふぁいとー!」
駄目だ。亘理は根っからの性格悪いやつだし照は相変わらずマイペースな不思議ちゃんをやっている。僕ではとても収拾がつかない。
「こんちはー。って何か増えてる」
そんな困っていた時に救世主のように燈が現れた。
僕は視線で困っている旨を伝える。果たして伝わっただろうか。
燈はそんな僕の目を見てから江成さんを見て、それから照、亘理を順に見るとふっ、と目をつぶった。
やがて目を開けるとさっきと顔が変わっていた。幼い頃から関わってきた僕にはわかる。猫をかぶっている。
「君、入部希望者ー?」
猫をかぶりながら猫なで声で言うという猫づくしな高等技術を見せつけて燈は亘理に問う。
燈は傍から見ても可愛い美少女だ。ゆるふわショートでたしか天然と言っていたから、さぞクラスでは無双していることだろう。
だが、亘理はそう簡単には行かなかった。
「どうなんですかね。まあ光くんが入ると言うなら入りますけど。なんだか面白そうですし」
緊張のきの字も感じさせないで飄々と亘理はしゃべる。それにしても面白そうってついに言いやがったな。いや、部活が面白そうっていうのは普通か。
「そう?じゃあ光くんは入るって言ってるからもう部員だね」
「まあ、それも一興でしょう。ところで燈さん」
「なーに?」
あ、またあれが始まりそうだ。名乗ってもいないのに燈さんとか言ってるし。
「あなたは光くんのいとこですよね。そして天然キャラ。本当、その見た目と相まっていい味出してますよ。でもこんな噂知ってます?天然キャラ系ってビッチに思われることが多いんですよ。だから燈さん、あなた告白されたことありませんよね?」
「え、え?」
いきなりバーンと多くの情報を聞かされて燈は混乱していた。そしてしばらくしてその全ての情報を読み取ると顔を赤くした。
「な、なんでそんなこと知ってるの!?」
ああ、駄目だよその反応は。認めてるのと同義だ。まあたぶん全部事実だろうけど。それにしても亘理、情報力と性格の悪さが相まったやつなんてろくなやつじゃないな。
「ふええ。わたーりくんは物知りなんだねぇ」
亘理のことをフェラーリのように言って照は不思議ちゃんなりに感嘆の意を示す。
駄目だよ照。こいつに話しかけたら今度は矛先がお前に――
「ま、まあね」
……あれ?
こいつ、まさか動揺してる?
そこで僕は初めて会った時亘理が言っていたことを思い出した。
『本当にわからないんだって。僕の情報網にもかからなかったし』
そうか。本当に照の情報は皆無なんだな。基礎知識なしで女子と相対するとキョドってしまう純情系人間なんだな亘理は。
ニヤリ。思わぬ弱点発見。
「ねえねえ、私のことはわかるー?」
顔を急接近させて照が亘理に聞く。首を傾げたことで髪が頬にかかっていい感じに可愛さを引き立てていた。
……まさか、これも計算ずくじゃないだろうな。
いやいやいや。ぶんぶんと首を振ってそんな考えを取り払う。
「え、えっと」
亘理はさっきとはまるで態度が違った。ナイフを持ってオラオラ言っていたら銃を突きつけられて態度を豹変させるように。
「光くんの妹ってことと、不思議ちゃんってこと、かなー」
目が泳いでいた。完全に主導権は照にある。
「ふーん、そーなんだー」
シュタ、と効果音を発して照は亘理から顔を遠ざけた。
「にゃはは。なんでそんなに強ばってるのー?」
「い、いいや、普通ですよ」
「同い年だよ?敬語は使わなくていいんだよー」
「ああ、そうだった」
あくまでも亘理はとぼけるフリをした。
「そういえば、美術部らしいことしてなかったなー」
これ以上この話が続くと先輩二人からの逆襲とかその逆逆襲とかが起こりそうな気がしたので僕は事態の収拾を図ってわざとらしく話を逸らした。
「そーだねお兄ちゃん。まだおえかきしてなかったよー」
「じゃあ、とりあえず好きな物を描いてもらおうかな」
江成さんより遅くやられたのに江成さんより早く立ち直った燈が仕切り直すように言った。よかった、どうやら上手く収まったようだ。
僕たちはキャンバスじゃなくてスケッチブックを受け取って各々好きな物を描き始めた。描くのは鉛筆だ。まずは画力から、らしい。
特に思い浮かぶものもなかったので、適当に鉛筆で鉛筆のデッサンを始めた。
照はズバババババー、と自分で発して大ぶりな動作で描いている。亘理はというとゆっくりと鉛筆を走らせている。
よし、これからめんどくさくなったら絵を描くように誘導しよう。
僕はそう決意してデッサンを続けた。
*
気づくと下校時間が迫っていた。
僕は絵の中の鉛筆にとことんリアルさを追求し、訂正に訂正、訂正を重ね、ついに人に見せても恥ずかしくないような出来栄えになっていた。
「よし、完成。……時間ってすぐに経つもんだなあ」
絵描きに没頭しすぎて言葉の通りに時間を忘れていた。僕にも人並みに夢中になれるものはあるんだなあ、と自分の平凡さを目の当たりにして安心する。
ちょっと、キャラ濃かったり強烈な人が多すぎて自分もその部類に入ってしまうのではないかと不安に思っていたのだ。
そうだそうだ。僕は平凡が似合ってるんだ。
照や亘理も僕に続いてできたー、と顔を上げた。
「みんなできたかなー?じゃあお披露目タイムと行きましょー」
江成さんと並んでキャンバスに筆を走らせていた燈が声に気づいてこちらに近寄ってきた。江成さんは相変わらずこちらのことなんて気にも留めず今も筆を走らせていた。
「じゃあまずは僕から」
僕はくるんとスケッチブックを反転させて鉛筆のデッサンをみんなに見せた。
「おお、かなりできあがってる」
「ちょーリアルだねー」
「美術の才能あるかもね」
なかなかに好評だ。ふふん、褒められると気分がいいな。
「じゃあ次は僕だね」
僕と同じようにスケッチブックを反転させて亘理が絵を発表する。
猫の絵だった。……むう、悔しいけどなかなかに上手い。というか僕より上手い。猫っていう選択もやるなあ。
「あはは、お兄ちゃんからレベルアップしたー」
「これはなかなか」
なんか引き立てるための前座にされた気がして気分が萎えていくのを感じた。
「じゃー次は私だねー☆」
さっさと講評して帰ろう。
「ジャーン。題名は未知との遭遇」
さっと描いた絵をこちらへ向ける。
そして僕たちは絶句した。
下手だったのではない。逆だ。
もうデッサンとは格を逸した優秀な絵画だった。芸術に疎い僕ではあんまり説明できないけど、そんな僕でもわかるくらい隅から隅まで芸術が詰まっていた。
「「「す、すごい……」」」
もうそれしか言えなかった。目線の端では江成さんがちらっと振り返って目を大きく見開いているのがわかった。それほどまでにすごい出来なのだろう。
しばし呆然と鑑賞していると、完全下校時間を告げるチャイムがキーンコーンと鳴った。
「じゃ、じゃー帰ろうか」
その音でハッとなった燈が今日はお開きと手を叩いた。江成さんもゆっくりと片付けを始めていた。
やっぱり照は出来が良すぎる。僕は平凡が似合っていると自分で言ったのに自分の妹に少し嫉妬してしまった。
*
「それにしても照すごいなあ」
帰り道、橙色に染まった空を見上げながら僕はさっきのことを思い出して賞賛した。ちなみにメンバーは僕と照、燈に亘理だ。一緒に帰りませんかとは言ってみたけど江成さんは例のごとく辞退した。やはり人見知りには難しい相談だったのだろう。
「ふふーん。もっと褒めたたえなさぁーい」
照は自慢げに胸を張る。調子に乗ってるとも言えるが、あのクオリティを見てからだとその態度は当然なのかもしれない。そう思えた。
「はいはいすごいすごい」
「むきー!適当だよ、もっと心を込めてー!」
照がポカポカやってくるけどあんまり痛くはなかった。……なぜ僕と照だけしか会話していないのか。それは後ろを振り返れば一目瞭然だ。
燈はさっきからポケーッと気の抜けた顔をしていてとても話せる状況じゃない。
亘理も『僕はなんであんなすごい子の情報を持ってないんだー!』と頭を抱えていてやはりとても話せる状況ではないのだ。
それは僕も例外ではない。
妹の出来の良すぎる様を見ていたらさすがに僕も落ち込むさ。
でも、それはあんまり深刻な感じじゃない。むしろすぐ切り替えられるくらい。
なんでかって?
「お兄ちゃん褒めてー!」
「はいはいお利口さん」
だって、可愛いじゃないか。
頭を撫でてやりながら、僕は考えていた。
どんなに優等生でも、不思議ちゃんでも、妹っていうのは可愛いものなのだ。
……たぶん。
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