第2話 妹がなったのは不思議ちゃんでした
前回までのあらすじ☆
何事もお利口さんにこなす照ちゃんが入学式の日にぶっ壊れたよ☆
「……どうすればいいんだ僕は」
入学式のため高校に向かう僕は頭を抱えていた。
隣にはふんふんふーん、と鼻歌を歌っている妹の照が楽しそうにキョロキョロしている。
「ハッ!南南西から強いシグナルを感じる!」
……とかなんとかさっきから僕には理解不能なことを口走っている。
「なあ……それが照の高校でのキャラなのか?」
おそるおそる聞いてみた。今までの行動から鑑みてどうせ答えてくれないと思ってたけど、予想に反して照は昨日までの優等生のような顔を取り戻した。
「そうだよ。私のキャラは不思議ちゃんなの」
酔っ払いのような口調もなくなって、ああ偽物じゃなくて本当に妹なんだな、と改めて実感する。
「……不思議ちゃんねえ」
とは言っても全然腑に落ちないというか納得できなかったのだが。
「あ、お兄ちゃん馬鹿にしてるでしょ。不思議ちゃんはね、すごいご都合主義なキャラなんだよ」
「はあ」
曖昧に相槌を打つと照はふふん、と鼻を鳴らした。
「だってね、何やっても『そういうキャラだから』って許されるし」
「だけどな……友達できるのかよそれ?」
どんな場所においても人間関係は重要だと思う。照が優等生を手放して不思議ちゃんで通すのならこいつは孤立してしまうのではないか。そんな心配から出た言葉だったが、照は意味がわからないといった表情で、
「え?友達なんていらないよお兄ちゃんいるし」
「ちょ、お前いいのかそれで?」
「いいけどなにか?」
照の即答に僕はまた頭を抱える羽目になった。こいつにとって友人など不要らしい。まあ今の言葉にはちょっとドキリとしてしまったのは否めない。
……いやいや、やめろ、照は妹だぞ。何ドキリとしてるんだ僕は。シスコンじゃないんだから。
「だけどな、少しは関係広めといた方がいいんじゃないか、だって三年間通うわけだし」
「ま、そういうのはなんとかするよ」
こともなげに言う照はなぜだか謎の安心感があって僕はそれ以上なにも言えなかった。
校門が近づいてくると、照は『学校ではずっと不思議ちゃんだからよろしく』と言って顔つきを変えた。どこかドジっぽい、隙がありそうな顔に。
そっちの顔はむしろ危なっかしい気がしたから、僕は照についていった。
掲示板のようなところにクラス分けが貼ってあった。
「えっと……あ、あった」
僕の苗字の『陽薙(ようなぎ)』はよ行だから下の方を見ていくと程なく見つかった。
そして、陽薙の名前は二人連続であった。
陽薙なんて名前、珍しいからあるのは一つしかない。
「おーぐーぜん。おにーとおなじだー」
「そう、だな」
うわあああ。不安しかない。兄妹同じクラスなのは安心なんだけど照のこのキャラを見ると本当に不安しかない。せめて前と同じ優等生にしといてくれよ。
「ほら、はやくいこっ」
腕を引っ張られて為す術なく僕は照に連れていかれた。
教室にはもうかなりの人が集まっていた。僕たちが教室に入った瞬間、痛い視線が無数に降り注いだ。その集中した視線は程なく切れて、代わりにコソコソとした内緒話に変わっていた。
「恋人同士かよ」
「初日からイチャイチャとかやめろよ」
「しかも何気にいい感じだし。チッ、羨ましい」
僕にはこんな声が聞こえていた。あの、皆さん勘違いしているようですが僕たち兄妹です。と言いたいのは山々だったがもう教室の空気がそれを許してくれなかった。
「む。未確認物体の反応が!」
そして照は空気を読まず僕の腕を離し教室の窓まで走って外を覗き込む。
恥ずかしい。死にたい。帰りたい。
そしてこの謎少女と兄妹だと思われたくない。
さっきの恋人発言も否定したかったけど、兄妹とは言いたくない。そんな矛盾した考えが僕の頭をぐるぐる回っていた。
教室ではまたコソコソと声が飛び交う。
「なんだなんだ」
「今未確認物体って言った?」
「ミステリー少女なのか」
「それならしょうがないな」
あれ?なんで照の謎の行動が合法化されてるの?
まさか。
『だってね、何やっても『そういうキャラだから』って許されるし』
あれが本当だったって言うのか!?
とりあえず着席しようと固まった体をギギギと動かしてなんとか自分の席までたどり着く。
照とは知らないフリをしよう。
そう決心してカバンを置いて前を向くと、未確認物体の確認が終わったのかドスンと僕の前に照が座った。
そしてくるりと回転して僕と向かい合ってこう言ったのだ。
「お兄ちゃん、ついにこーこーせーだね」
おいいいいいいいいいいいいいいい!
何やってるんだ照は。これじゃあ僕は――
「へー兄妹だったんだ」
「それならさっきのも納得」
「それにしてもミステリー少女の兄妹なんだ、さぞすごいやつなんだろうな」
ほら言わんこっちゃない!僕が変な風に思われたじゃないか!
反射的に立ち上がって反論しようとしたら、そこで都合よくキンコンと鐘が鳴った。結局腰を少し浮かせた程度で終わってしまう。
担任の先生らしき人が入ってきて、『入学おめでとう、じゃあ入学式の説明をするね』と話し始める。
ああ。照、お前何してくれたんだ。
お兄ちゃんの高校生活はたぶん終わりを告げたぞ。
*
入学式の長ったらしいお話を呆然と聞き流して、これは退屈だからではなくこれからの高校生活の末路を悟ってだ、教室に戻ると担任の計らいで自己紹介コーナーが行われることになった。
セオリーに則って出席番号順に青木くんから自己紹介が進んでいく。どうせ僕にはもう希望がないのでほとんど聞き流していた。
そして僕の前。つまり僕の妹の陽薙照の番。
僕は気が気じゃなかった。だって、照の不思議ちゃんはろくなことがない。
『どうもみんなお馴染み魔法少女です♪』くらいのことはやらかしそうな気がした。
そしてはーい、と立ち上がった照を見て僕は瞬時に後悔した。
僕が甘かった。
「太陽系外惑星から来ました陽薙照です♪みんなよろしくにゃん!」
言いながらジャンケンの無敵みたいな手を目に当てている。
魔法少女なんて生易しいものではなかった。
もはや、地球から出ていってしまっていた。しかも語尾が進化している。
クラスからは「やっぱり不思議ちゃん!」「なんか可愛いからよし!」「テラス星じゃないの?」なんかの声が聞こえる。なんで結構好評なの。
満足そうに照が座ると僕は我に返った。そうだ、次僕の番じゃん。
慌てて席を立って自己紹介をした。
「あのー、陽薙光です。よろしくお願いします」
とりあえず無難に落ち着いた自己紹介をして座ると、「普通かよ」「つまんね」「兄とは思えない」とかなんとか聞こえる。
ちょっと。なんで変な照の時には好評で普通な僕の時には不評なんだよ。
というかなんで僕はこんな非難の嵐に巻き込まれているのだろうか。納得いかん。
自己紹介が終わって今日はおしまいになっても、僕たち二人には誰も寄り付かなかった。
うん、やっぱりお兄ちゃんの高校生活は終わりを告げたようだ。
*
「……ということがあったんだよ。全くひどいよなー」
放課後。早々に僕は美術室に行って突っ伏しながら今日の不条理を燈に語っていた。
「はいはい、いい子いい子ー」
一通り僕の話を聞き終わった燈は頭を撫でてきた。む。燈もいつもと違う。普通ならもっといい感じに相槌を打ってくれるのに。これがお前の作っている天然キャラなのか。
美術室には僕と燈、そして真面目そうな眼鏡をかけた先輩らしき女子がキャンバスに向かっていた。照はついてきたが撒いてから置いてきた。
「それにしても美術部って二人だったの」
このガラガラ具合を見てふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「うんそうだよー。卒業した先輩の数が多かったから急に少なくなっちゃったんだよねー」
「そういうこと。じゃあ照入れて部員は暫定四人か」
「そー。紹介するねー、三年生の江成さん」
そういって燈はふにゃふにゃの腕で眼鏡の先輩を指し示した。
対して先輩は無反応だ。さっきと同じようにキャンバスに筆を走らせている。集中しすぎて聞こえていないのだろうか。
「気にしないでいいよー。江成さん、過度の人見知りだからー」
なるほど。そういうことか。気を紛らわすために筆を動かしているのかもしれない。
そうしてぼんやりと江成先輩を見ている時だった。
「おお?ここにお兄ちゃんの反応が!」
バン、と照が美術室に飛び込んで来た。
「やっぱり!私を撒いたと思ってたのかもしれないけど私にはレーダー能力があるんだからにゃ!」
やはり僕には理解不能な言葉で言いながら近寄ってくる。
ぼんやりと見ていた先輩は今度は背筋を伸ばして体が固まっていた。ですよねー。人見知りの人がいきなり不思議ちゃんと遭遇したらそうなりますよねー。
「およ?燈さんじゃにゃいですかー」
「美術部って聞いてただろ」
「そうだったかにゃ?」
照は進化した口調をフル活用してくる。なんだかウザ味がないのは計算してやってるからか?
「おはよー照ちゃん。あ、こちらは江成さんだよー」
もう昼をかなり過ぎているのに朝の挨拶をして照にも江成さんを紹介した。ナチュラルに間違える様は『あ、可愛い』とか思ってしまった。天然キャラ、恐るべし。
「そーなんだー、江成さんこんにちはー」
あ、人見知りって忠告しなかったから普通に近づいて行っちゃった。江成さん、大丈夫か……。
江成さんはギチギチギチと音が聞こえそうな感じでぎこちなく照を振り返った。
「こ、んに、ちは」
わーお。すごいカタコト。本当に人見知りなんだな。
「照、先輩は人見知りらしいぞ」
今さらだけどしっかり忠告しておく。
「あ、そうだったんだー、ごめんなさい。……あ、リンゴだー赤いー」
軽く謝ったあとすぐに傍らに置いてあった作り物のリンゴに興味を示す。……なんというか、不思議ちゃんじゃなくて幼い子を見ている感じだ。そしてリンゴが赤いと江成さんの顔が赤いのをかけている気がして一本取られた。
「照、帰ろう」
なんだかここに照を置いておくのは江成さんに申し訳ない気がして、照に帰宅を提案する。
「ふにゃー」
どういう回答なのかわからなかったが、帰ろうと席を立ったところをついてきたのでどうやら肯定の反応だったらしい。
はあ、僕はこれからずっとこの妹に振り回され続けるのだろうか。
*
「もう二人きりなんだからそれやめろ」
帰っているあいだもタタタタタとかテクテクとか擬音を発していたので僕は呆れてやめるように言った。
「ふええ。にゃんでよー。お兄ちゃん好きじゃないのこういうの」
「演技ってわかってたら、なあ?」
「ははーん、本当の天然とか不思議ちゃんだったらコロッと落ちちゃうんだー?」
「うーん、それはどうだろう。未だそういう人に会ったことがないから」
たしかに落ちるかもしれないと思ったので強く否定はできず、言い訳のようにそう言うと照はニヤァ、と笑った。嫌な予感がする。
「じゃあ私がなってあげるー」
「はあ?」
「だからー、私が本当の不思議ちゃんになってお兄ちゃんが落ちるか試すんだってー」
ほらこれだ。やはり照不思議ちゃんモードはろくなことをしない。
「いいよ。妹に落ちるなんてそんなわけないから」
僕が思ったことを言うと、照はなぜかプクー、と膨れた。
「ちぇ、お兄ちゃん好きなのになー」
「え?」
「あ、ちょうちょー」
と言って照は近くを飛んでいた黄色の蝶を追いかけて行った。
なんだったんだ、今の。
妹なのに、またドキリとしてしまった。
自然にサラッとそういうこと言うのは反則だと思う。だから僕はシスコンではない!……はずだ。
蝶を捕まえようとしている照はちょっとアホみたいな顔をしていた。優等生の顔しか知らない僕はそのことにも少しドキリとしてしまった。
*
次の日。僕は朝から頭痛だった。
「お兄ちゃーん、朝ご飯美味しいねパクパク」
起きて一階に降りると照によってもう朝ご飯が作られていた。
そこまではよかったのだ。問題は目の前の照。
こいつ、二人きりでも不思議ちゃんになのだ。
「きょーもがんばろーね」
「お、おう」
もう優等生の照は跡形もなく、目の前には隙がありそうな可愛げ丸出しの照しかいない。
「それ、やめないのか?」
「んー?何が?」
あ、駄目だ。何言ってもとぼけるつもりだ。
僕は早々に観念して不思議ちゃんモードの照を受け入れることにした。
が、急に人が変わった身近な人を受け入れるのはいくらか困難である。
「お兄ちゃーん、着替えさせてー」
僕の心はもう折れていた。パジャマ姿で照がバンザイをしている。
「お前それくらいは自分で着替えろよ」
さすがに仲のいい妹とはいえ、もうお年頃の少年少女なのだ。そんなことはできない。
「ちぇー。やってよお兄ちゃーん」
「駄目だ」
「ちぇー」
「っておい!」
次の瞬間、僕は叫ばずにはいられなかった。
「んー?」
リビングで、急に服を脱ぎ始めたのだ。もう上も下も脱いだ照は下着一丁になっていた。
不思議ちゃんには天然やうっかりさんの要素も含まれているのだろうか。
「自分の部屋で着替えてこいよ!」
「あれえ?お兄ちゃんまさか恥ずかしいのかにゃー?」
「そりゃそうだろ!」
僕の叫びを聞いた照はサディスティックにニヤリと笑った。
「へー。お兄ちゃんは妹でも意識しちゃうんだー」
言いながら照が下着姿のまま近寄ってくる。僕は目を逸らすので精一杯だった。
だが口は動く。
「お、お前、それは不思議ちゃんとは言わないんじゃないのか?」
キャラにこだわっている照には決定的な一打となったはずだ。
「なになにーいいじゃーん」
僕に近づきまくった照はついに抱きついてきた。甘い香りや柔肌に僕は不本意ながらドキリとしてしまう。
「や、やめろ!」
もうこれ以上はやばいと思って思いっきり照を押し返した。照はおっとっと、とバランスを崩しながら言ってソファに飛び込んだ。
照に近づかれて押し返す展開、なんだか既視感が。
「ほら、早く着替えろ!学校行くぞ!」
語調を強く怒鳴りつけるようにして照を急かす。
僕の態度にさすがにこれ以上はまずいと思ったのかこれには従順に従った。
なんだよ、これ。こんな照は嫌だ。早く優等生の照を返してくれ。
はあ。今日も振り回される一日になりそうだ。
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