魔女が素直になれるとき(7)
コンクエストに会うため、ユウリたちは一階の応接室へ向かった。
部屋に入ると、コンクエストと、その
「聞き取り対象が女性の場合、私のような者が同行する決まりになっています。憲兵と二人きりだなんて、か弱き女性の方は萎縮してしまいますから。とくに少佐なんて、怖そうな憲兵の代表格ですから」
「お気遣いありがとうございます」
ユウリにとって、コンクエストは恐怖の対象ではない。けれど、あんなことがあった直後だから、女性が同席してくれるのはありがたかった。
会話が苦手なコンクエストに代わって、事務官のアシュリーがダンのけがの具合などを教えてくれた。
それによれば、ダンは肋骨にひびが入っているが命に別状はないとのこと。伯爵邸で保護しているロージーには、別の憲兵が事情を聞いているということ。シューリス男爵や暴行に関わった者は逮捕され、今後裁判になるということ。
「仮に禁固刑になったとしても、すぐに出てくるはずだ。気をつけることだな、セルデン伯」
「わかっているよ。まぁ、あの男の父親は良識くらい持っているだろうから、出来の悪い息子を野放しにしないでしょう? ……それに、二度も同じ過ちは犯さない。私はね」
「ならばいい」
よく考えると、気をつけるべきなのはエルネストではなく、ユウリのほう。
さすがに今までの経緯や、直前までの彼とのやり取りを考えれば「エルネスト様には関係ない」などと言えるはずがない。
けれどユウリは、コンクエストまでもが当然のように“二人の問題”として扱うのに驚き、訂正したい気持ちだった。
依頼人と魔女という関係をすでにやめている。そういう自覚はあるが、なぜか赤の他人までが、彼女のことをエルネストの“特別な女性”と認識していることに違和感を覚えた。もう少し、待ってほしいという気持ちだった。
そうこうしているうちに、使用人がやって来てエルネストにメモを渡す。急な呼び出しで、宮廷に戻るということになった。
「すまない、少し忙しくてね。一人でも大丈夫?」
「はい。いってらっしゃいませ」
「少佐、リンド殿も。あとはよろしく」
エルネストが去ったあと、ユウリは事件の経緯について詳細にたずねられた。
そもそもシューリス男爵に目をつけられた経緯は、コンクエストもよく知っている。
ユウリが説明できるのは、ロージーとダンが店を訪ねてきて、痴話げんかに巻き込まれた経緯。そして、借用書の件で立会人になることを求められ、安請け合いしてしまったことだ。
最終的に一番の被害者はダンとなってしまったことから、ユウリへの聞き取りはすんなり終わった。
「それにしても『今すぐ隊員を貸せ』って乗り込んできたセルデン伯の迫力ったら。少佐なんて圧倒されて、思わず言うことを聞いてしまって」
「黙れ、圧倒されたわけではない。柔軟さは必要だと考えただけだ」
その言い方だと、エルネストがコンクエストに無理を言って、隊を出させたということになる。規則では、対応できないから「知人の訪問」を装った。本来なら憲兵が証拠もなしに動くことはないはずだ。
「あの、エルネスト様はもしかして、少佐にご迷惑を? 無理難題を押しつけたということですか?」
「そうだ」
「申し訳ありません」
「ワトー殿の謝罪は必要ない。もしこれで始末書を書かねばならん事態だったら、奴の首を絞めに行っていただけだ」
「少佐、冗談はほどほどに」
「私は冗談を言ったことがない。本気だ」
「はいはい」
コンクエストという青年は、寡黙で冗談を言わない人物だ。それがアシュリーが一緒だと、なぜか違った雰囲気になる。彼自身の話し方や態度は、前回会ったときと変わりない。
その印象がアシュリーが一緒にいるだけで、柔らかくなる。「この男は無口なだけで、本当は……」という立場で、彼女がフォローを入れるからだろう。それが結果として、他者に安心感を与える。
ユウリは二人のやり取りをほほえましく思った。二人は理想的な上司と部下の関係なのだろう。
「それでは私たちは、失礼する。あなたはこのまま留まるのか? 帰宅するのなら送ろう」
「え、ええ……っと、エルネスト様が戻られるまでは」
ユウリはこの屋敷の住人ではない。未婚の、血縁でもなんでもない彼女が、時々屋敷に泊まっているのはおかしい。けれどエルネストの留守中に黙って帰れない。
非常識な娘だと思われているかもしれないと、ユウリは恥ずかしくなった。
「そうか、セルデン伯も旅支度や引き継ぎで忙しいだろうからな」
「旅支度、ですか?」
彼女は思わず聞き返す。
するとコンクエストとアシュリーの顔色が変わった。まずいことを言ってしまった、という様子だ。
「……いや、その」
「引き継ぎが必要なほど……ということは、長期間、どこかへ行かれるのですね?」
この話はきっと、他人から聞いてはいけないことだ。エルネストがあえて言わずにいることなら、ユウリには知る権利がない。
わかっていても、確認せずにはいられなかった。
「あなたが知らないとは思わず。失言だ」
「どちらへ行かれるのでしょう? それは伏せられていることでしょうか?」
「いいや。もう正式に決まっている」
「それなら、私が知っても問題ありませんよね? コンクエスト少佐が話すのも、私がそれを聞くのも、あの方の許可なんて必要ありません。そうですよね?」
彼女は質問ではなく、決めつけで話の続きを促した。
「……い、いや。そう、だな。セルデン伯は大使として、フォスダンに赴任することになっている。出立は三ヶ月後、という話だ」
「そうでしたか。どのくらいの期間フォスダンに?」
「交渉事次第だが、半年は戻れないだろうな」
半年もエルネストの血を飲まなかったら、ユウリは確実に死ぬだろう。ユウリがほかの人間の血を口にしないこと、そして唯一の相手と離ればなれになれば死に至ることも、エルネストに伝えていない。きっとこれは、黙っていた罰だと彼女は思った。
「教えてくださってありがとうございます。少しさみしいですが、お仕事なら仕方ないです。私に黙っているなんて、エルネスト様はたまに意地悪で……困ってしまいます」
ユウリは震えずに立てているか、しっかり笑えているかわからないまま、言葉だけはなんでもないことのように装った。
そのまま屋敷のエントランスホールまで歩いて、二人を見送る。
「あの、なんだか顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
アシュリーがユウリの顔をのぞき込む。
「え、ええ。そうですか? 今日はさすがに疲れてしまったみたいです。でも大丈夫ですよ」
油断すると、胸の中のもやもやとした不安がすぐにそとに出てきてしまうのだ。ユウリはもう一度意識して笑顔を作る。
「きちんと休んでくださいね!」
「では、私たちは失礼する」
二人が帰ったあと、ユウリはいつものゲストルームで休息を取った。大変な一日だったので、ターラもほかの使用人たちも、気を利かせて静かに見守ってくれた。
夜になってから、帰宅したエルネストと一緒に夕食を取る。
彼はすぐにユウリの様子がおかしいことに気がついた。けれど彼女は、近い将来への不安を、誰にも知られたくなかった。
だから、すべてをシューリス男爵の事件のせいにした。本当は、もう男爵のことなど完全に頭から消え失せて、エルネストのことばかりを考えているのに。
彼女の不安を和らげるために、エルネストはもうユウリの周囲に危険がないことを丁寧に説明した。
そしてシューリス男爵が、ユウリに手を出せない場所にいること、ほかにあやしい動きがないことから、家に帰っても危険はないという判断がされた。
その晩は日が暮れてしまったので、彼女は伯爵邸に泊まったが、翌日の朝に自宅に戻ることになった。
就寝前、エルネストはユウリが昼間言いかけたことを気にしていたが、臆病な彼女は疲れたふりをして、彼から逃げた。
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