魔女が素直になれるとき(4)



 翌日の午前中、今度はロージーが青年を連れて再び訪れた。その青年が彼女の恋人ダンであることは、誰が見てもすぐにわかる。


「すいませんでしたぁ!」


 カウンターの内側で作業をしていたユウリは、手を止めずに彼からの謝罪の言葉を聞く。ダンは深々と頭を下げたまま動こうとしない。


「結局、なぜ私の名前を?」


「悪い噂のある異国の魔女なら、悪評が一つ増えても迷惑にならないだろうと思って。それに、彼女も怖がって押しかけることはないと思って!」


 恋人の性格くらいきちんと把握してほしいと、ユウリは嘆く。


 祖母のあだ名“不幸を食べる魔女”というのは、街の人々の不幸を消し去ってくれるという、いい意味のはずだった。それが、いつの間にか名前だけが一人歩きして、“人の不幸を食い物にする魔女”になってしまったのだ。

 ユウリは自慢の祖母の不名誉な呼ばれ方が嫌いだった。

 誤解されているあげくに、悪い噂が一つ増えても変わらないなどというふざけた理由で、濡れ衣を着せられたらたまったものではない。


「どうして別れようとしたのよっ!」


「その……」


 ロージーが昨日ユウリに向けていたきついまなざしは、そのまま標的を移した。

 ダンは恋人に詰め寄られ、目を泳がせる。


「あの、外でやってくれませんか? 私、興味がないので……」


「いやいや、ちゃんと説明させてください。じつは――――」


 それからダンはユウリが聞いてもいないのに、自身の身の上話を二人に聞かせた。

 彼は元々、都から半日ほどの距離にある小さな街の出身だという。両親と兄が工場こうばを経営していて、彼自身は出稼ぎで都へやって来た。

 運よく男爵家に雇い入れられ、安定した暮らしが約束されているはずだった。ところが……。


「じつは実家の借金の保証人になっていまして。ロージーに結婚を申し込んだあとで、強面の取り立て人が現れるようになって……。こんなふがいない俺じゃ……でも、恥ずかしくて言えないし、一緒にいたら取り立て人がロージーを狙うんじゃないかって」


「見ず知らずの他人を巻き込むのは、もっと恥ずかしいと思いませんか?」


 男性のプライドというのは、女性には理解できないものだ。彼の感覚では、借金があるから結婚できないと告白するのは恥ずかしく、浮気をして、その相手に本気になったという理由なら恥ずかしくないのだという。


 ユウリにはわけがわからない。どちらかというと、後者のほうが嫌だった。


「悪かった。でも、もう大丈夫なんだ。昨日の夜、屋敷にまで取り立てが来て、男爵様に正直に言ったら立て替えてくれるって」


「ダン、よかったじゃない!」


「手取りは少なくなってしまうけど、利子なしで毎月給金から引いてくれるって」


 仕えている主のとこまで取り立て人が現れるのだから、おそらくまともな金貸しではなかったのだろう。利子が高いといくら返しても元本が減らないはず。ダンの主がそれを立て替えたのなら、随分と使用人想いのご主人様だった。


「よかったですね」


 疑いが晴れ、知り合ってしまった人が恐ろしい取り立て人に追われる心配もない。なにもしていないのに巻き込まれたことは腹立たしいが、ユウリはとりあえずなにも起こらなくてよかったと安堵する。


「あの……それで、巻き込んでおいてなんだけど、お嬢さんにお願いがあるんだ」


「……え?」


「俺もロージーも、その、あまり学がないんだ。今日、これから借用書にサインをしなきゃいけないんだが、立ち会ってくれないか?」


 話はすべて終わったと思っていたユウリは、すぐに答えられなかった。


「ちょっと、これ以上迷惑なんて掛けられないわ!」


「いいや。でも、元々はうちの親や俺自身が利子のこととか確認せずに金を借りたのが原因だから、恥ずかしくてもなんでも頭下げてお願いするしかない」


 今回、ユウリは被害者で二人は単なる厄介者だった。だから、彼女が協力する必要はない。けれどなぜか、どんな理由であれ知り合ってしまった人が困っていると、彼女はそれを放置できない。

 たいしたことではないのだから、協力してもいいかもしれないと思ってしまう。

 おそらく、それくらい彼らが危なっかしい人たちだったから。


「わかりました。お手伝いします」


「本当に? ありがとう! 魔女さん」


「ユウリです」


 さっそく三人で店を出て、シューリス男爵の屋敷へ向かうことになった。ただの使用人に無利子でお金を貸してくれる人物なのだから、きっと心優しい人だ。ユウリにはそんな思い込みがあった。


 大通りに馬車を待たせているというので、ユウリは日傘を持って二人のあとを着いて行く。途中で後方に人の気配を感じ取り振り返ると、強面の男が二人、ユウリのほうへ向かって来ているのがわかった。


「しゃ、借金取り? なんで!?」


 ダンが声を震わせる。


「わからないわよ! とりあえず馬車まで走るわよ!」


 ユウリはロージーに手を握られ、彼女自身が追われているわけでもないのに、二人と一緒に逃げることになった。


「待て! そこの者。ユ――――」


 道が開け、雑踏が男たちの声をかき消す。ユウリは息を切らしながらなんとか馬車までたどり着き、それに飛び乗った。


「借金は立て替えてもらったんじゃなかったんですか?」


「そのはずだけど! なんかいつもの取り立て人と顔が違ったから、組織内で伝達ミスでもあったのかな? とにかくお屋敷まで行けば安全だから!」


 やっぱり協力なんてするんじゃなかったと後悔しながら、ユウリはシューリス男爵邸の門をくぐった。


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