夏に届いた花便り(3)
「というわけで、ここに薬草園を作るから、レオンも手伝ってくださいね! 土いじりをしていいって、お母様もおっしゃっていたし、私の
ハナは前向きな性格だ。二度目に彼に会ったとき、レオンと一緒に過ごしても誰にも叱られない理由をしっかりと用意していた。
麦わら帽子に装飾の少ないワンピース、作業用のエプロン。装備も完璧だ。
「はい、お嬢さん」
頷くレオンは、ちょっと不満そうにしている。年下の少女の面倒を見るよりも、親方から剪定の仕方を習いたいのだろう。
ハナは、彼が十二歳ですでに働いていることに触発されていた。親の財力など関係なしに誰かから認めてもらいたい。そんな気持ちが強くなっていった。
将来どんな人間になりたいのか、彼女なりに考えて出した結論は、母と同じ東国の薬師になることだった。
難しいことはまだわからない。けれど、母がその知識で、父の貿易の仕事を助けているのは確かだった。だからハナは母の後を継いで、薬師として商会を手伝いたいと思った。
子供の考えることは安直で、彼女が知っているのは、ごく狭い社会だけ。母の後継者になる、ということに確かな信念を持っているわけではない。
けれど、きっとそれは誰もが同じ。未熟な心で必死に考えて、目の前にある少ない選択肢から未来を選ぶ。
彼女にとっては、それが母と同じ道だった。
両親はハナの話を聞いて、喜んだ。東国の薬学は母から習うとして、それとは別にシンカ語の教師をつけてくれた。
ヒノモトの薬学はシンカから伝わったものだから、必ず学ぶ必要があるのだ。
薬学の勉強がはじまった直後、ハナは実習の一環で、東国の薬草を育てることになった。
これは、薬学に必要だからというだけではなく、ハナに同世代の話し相手がいないことを、大人たちが心配した結果だった。
ウォルトがハナの心配や不満を、両親にそれとなく話してくれたのだ。
そんな経緯で、年の近いレオンがハナの助手になった、というわけだ。
初日のこの日、忙しいはずのウォルトもシャツの腕をまくり、長靴をはいてハナに付き添ってくれている。
いつもきっちりとスーツを着こなしている彼が、手にスコップを持っている姿は、似合わないけれどほほえましい。
ハナは、どこまでも大人で優しいウォルトが、本当に兄ならばよかったと感じていた。
ウォルトと正反対で、レオンは仏頂面のままだ。
レオンの心情としては二つ年下の“お嬢様”の世話なんて面倒なだけなのだろう。けれど、彼にとっても同世代の話し相手は貴重なはず。
本人にも、親方にも、薬草園の管理をしているときは、身分のことを忘れていいと伝えていた。
だから彼は、堂々と不機嫌な顔ができるのだ。
「大丈夫よ! 私は日差しが苦手だし、昼間は家庭教師の先生がいらっしゃるから、ずっとレオンの邪魔をするわけじゃないもの。ね、ウォルトさん?」
ハナはくちびるを尖らせたままのレオンにそう言って、彼を安心させるためにウォルトに同意を求めた。
「ええ。ハナ様や私がいないときは、しっかり管理をお願いしますね? レオン君」
「はいはい、そうですか! 植物を育てるなんてお嬢さんにはつまらない仕事だと思うけど?」
「おもしろいか、どうかじゃないの。将来の目標のために必要なの。お母様と同じような薬師になって、家の仕事を手伝いたいの!」
「ふーん」
まずは花壇の土を耕して、整える作業からはじまる。
ハナにとって、同世代のレオンと過ごす時間は貴重だ。レオンと親しくなっていくのと同時に、新しい生活にも慣れ、さみしさを感じなくなっていった。
友人と、兄代わりの青年。三人で過ごす時間がとても好きだった。
§
それから、数ヶ月。薬草は、なかなか思いどおりに育たなかった。
苗の特徴や育て方が記されている本は、シンカの言葉で書かれている。まずはハナがそれを読んで、理解するところからはじめる。
ちゃんと解読して、土壌を整えたとしても、シンカとハイラントでは気候が違うし、薬草がかかりやすい病気や害虫も違う。
所詮は子供のすることで、種が発芽しなかったこともあれば、若い芽がしおれ、茶色く枯れてしまうことがほとんどだった。
「結局、まともに育ってるのってカモミールだけじゃないか!」
早朝の作業中、レオンがそう言って、いじけた。見習いとはいえ、庭師のレオンが世話をしているのに、枯らしてしまったことを不甲斐なく感じているのだ。
文句を言いつつ、いつも一生懸命な彼の姿に、ハナとウォルトは顔をほころばせる。
花壇の中で、白と黄色の小さな花が咲いている。西国でも東国でも、カモミールは薬草として使われるので、レオンの知識でも育てることができたのだ。
ハナははじめて育ってくれたその花に、顔を近づけて香りを確かめた。
本の説明では、りんごに似ている匂いとなっていたが、爽やかで、それでいて甘い独特の香りが鼻孔をくすぐる。
「でも、いいじゃない。全滅ではないのだから」
東国の本に書かれているとおりに栽培してもうまく育たない。根本的に、ハイラントの気候風土でも育つものを選び抜く必要があるのだ。今はそれを確かめている段階だと、ハナは前向きに考えた。
「レオン、ウォルトさん。私の名前……ヒノモトの言葉で“花”という意味なの」
カモミールを見つめながら、ハナはなんとなく、名前の意味を二人に話す。
「素敵なお名前です」
「へぇ。すごく変な名前だと思ってたけど、そんな意味だったんだ?」
ウォルトは大人で、いつもハナに優しい言葉をくれる。対してレオンは、いつも意地悪だ。彼女の名前がハイラントの女性名としては、おかしな響きだということは知っていた。けれど、そんなにはっきり言わなくてもいいのにと、彼女は頬を膨らませる。
「ひどい! レオンはいっつも意地悪なことばかり言うんだから!」
ハナが怒ると、レオンは心底楽しそうに笑った。意地悪なのに、笑顔は明るくて、もっと彼のそんな表情を見ていたい。彼はそんな気持ちをハナに抱かせる存在だった。
「ハナ様はどんな花がお好きなのですか? 今度、才蔵様とシンカへ行くので、苗を買い付けて来ますよ」
「本当に? 東国の花なら……桜、牡丹、菊……どれもきれいで、二人にも見せたいけれど……」
ハナはヒノモトで暮らしていた頃に住んでいた、屋敷の庭を思い浮かべる。池があり、春は桜の花びらが水面に浮かんで綺麗だった。菊や牡丹の大輪の花も大好きだ。
そして彼女が、一番強く思い浮かべたのは――――。
「そうだ!
「なぜ、その花なのですか?」
「夏に咲く花なんです。私は夏が嫌いだから。好きなものがお庭に咲いていたら、少しは外に出る気持ちになれるでしょう? とっても大きな花だから、お部屋の窓からも見えるし、そうしたら夏が好きになれるかもしれない」
翌月、ウォルトは才蔵と一緒に船に乗って旅立った。
そして
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