素直になれる魔女の秘薬(4)



 リシューとレナルドが去ったバルコニーはとても静かだ。

 しばらく沈黙したあと、ユウリはためらいがちに口を開く。


「……あの、いっそお別れしたほうがいいのでは?」


 それが彼女の素直な感想だ。エルネストや子爵の話を聞くかぎり、レナルドという人物は悪い人ではないのだろう。けれど、男性として魅力的かというと、ユウリには残念ながら、そうは思えない。


「私も、若干そんな気がしてきた。我が友人ながら情けない。私は美しいものをほめることになんの抵抗もないのだけれど、彼は素直じゃないからね。気恥ずかしいんだろう」


 友人、といってもエルネストとレナルドの性格は正反対だ。だから親しいのかもしれないとユウリは思う。少なくとも、素直ではない者同士がつるむと、喧嘩しかできない気がした。


「混ぜて、二で割れば理想的な男性ができあがりそうですね」


「ちょっと! ユウリ殿は辛辣すぎるよ? まぁでも、彼女のほうも、彼を愛しているんだ。……だからこそ、腹が立つのだろう?」


 リシューがもし、貴族同士の結婚だと割り切ることができるのなら、あんなふうには怒らない。そして、リシュー以外の女性をほめていたというレナルドも、やはり彼女を特別に想っているのだろう。

 あまりに意識しすぎて、ほめることができない。おかしな態度を取ってしまう。

 その気持ちは、お世辞にも素直な正確とは言えないユウリにも、多少理解できる部分がある。


「……あの、そろそろ離してくれませんか?」


 彼にまだ拘束されている状態であることに気がついたユウリは、急に恥ずかしくなってぱっと離れた。


「これは失礼。それで、魔女殿にはなにかよい解決方法が思いついたのかな?」


「全然。だって私、人付き合いが苦手だと言っているじゃないですか」


「うん、だけど君ならわりと、レナルドの気持ちがわかるんじゃないかと思ってね」


 レナルドはリシューを愛している。そして誰もいないところでなら、大声で愛を叫ぶことができる。ユウリも、普段は絶対にエルネストに対する気持ちを口にはしない。

 けれど血に酔ったときだけは、隠していた気持ちが表に出てきてしまう。


「お酒、とか……?」


「残念。彼はすごく酒に強いんだ。それに、酔っている男ってあまり格好よくないだろう?」


 彼女が血に酔ってしまうように、男性には酒を与えれば、勢いでどうにかなるのではないかとユウリは考えたが、そんなに簡単にはいかないらしい。

 彼女がほかの方法を考えていると、広間からバルコニーのほうへ歩いてくる人影が目に入る。


 一人は焦げ茶色の髪の壮年の紳士。もう一人はそのパートナーと思われる女性だ。

 亜麻色の髪、そしてブルーグレーの瞳。普通の人の目にはよくわからないほどの暗闇でも、吸血鬼の末裔にははっきりと見える。



(なんで、こんなところに……?)



 二人は彼女のよく知っている人物、――――つまり、両親だった。彼女の母がおかしくなってしまうのは、ユウリの存在を思い出した時だけ。それ以外は貿易商としての妻の役目をきちんと果たしている。

 だから、取引相手の貴族が主催する夜会に来ることは、よくあるのだ。

 娘がいなければ、理想的な妻、理想的な母親でいられる。彼女の母親は、そんな人だった。


 ユウリは急に嫌な汗をかき、エルネストに抱きついた。


「どうしたの?」


 声を出して、もし母がユウリの存在に気がついてしまったら。エルネストが、めずらしいヒノモトの響きの名前を呼んでしまったら。ユウリはそれが怖くて、うまく言葉がでてこない。


「……あれは?」


 ぐっと肩を掴んでいたエルネストの手に力が入る。そのままユウリを壁際に追いやり、視界をふさぐように覆い被さる。


「すまない。私の確認不足だった」


 彼女にだけ聞こえる小さな声で、エルネストが謝罪の言葉を口にする。ユウリがなにに怯えているのか、ちゃんと理解しているのだ。

 彼はユウリの母親とは面識がないはずだが、父親――――ワトー商会会長のことは知っているのだから。


 背の高い彼が隠してくれるなら、ハイラントではめずらしい黒髪を見られることはない。

 周囲からは、青いドレスの女性と金髪の青年が、愛を囁き合っているように見えるはず。


 ユウリは心を落ち着かせるために、エルネストの背中に手を回す。こんなときだけ彼を頼るユウリのことを、エルネストはいったいどう感じるのだろうか。それを少しだけ怖く感じながら、けれど彼のぬくもりを感じていたかった。


「あらあら、お若い方はいいわね……」


 女性の声が聞こえ、だんだん遠ざかる。若い男女が人目もはばからず、抱き合っていることに呆れながら、邪魔をしないように立ち去ろうとしているのだ。

 ここにいるのが娘だと知らなければ、彼女は穏やかで寛容だ。ユウリは罵倒以外の母の言葉を、はじめて聞いた気がした。


 ユウリの両親が談笑をしながら広間の中へ戻っていく。


 バルコニーから人の気配が消えてもしばらく、二人はそのままの状態でいた。


「ユウリ殿、すまない」


「こちらこそ、申し訳ありませんでした。動揺してしまって。もう子供じゃないのに」


 肩を抱いたまま、顔が見える位置まで離れたエルネストからはいつもの自信が消え失せてしまう。彼にそんな表情は似合わないとユウリは思う。


「エルネスト様が、笑っていてくれたほうが私は嬉しいです。そういう顔は嫌い」


 彼は一瞬驚いて、ユウリのために笑顔を作ってくれる。


「帰ろうか?」


「はい」


 ユウリは彼と一緒なら、ぎこちなくとも笑っていられる。そんな気がして、心が温かくなった。


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