22翽▶金糸をつむぐ
誰かが隣にいた気がする。
長い髪を見覚えのある髪飾りで括った誰か。
誰だかわからない。自分の髪も長いし、髪飾りで髪を留めているけれど、その誰かは自分でないことだけが確か。
見覚えがないはずなのに、それが誰なのか全く分からないはずなのに覚えてしまった郷愁にも似た感情の正体が、梦猫にはわからなかった。
わからなかったけれど、この誰かが、梦猫の中にいるもう一人にとって、かけがえがなかったはずの存在だと言うことだけは、何ともなしに得心する。
「リベルお兄さん、あんまり沢山アビリティ使っちゃったら……!」
「見間違いじゃないならまだ生きてる、間に合うかもしれないでしょ!」
「相手は永朽派じゃん!!」
「それでも生きてるなら見殺しになんて……ッ、生きてて、待ってる連中に顔向けできないでしょ!」
ルフトのアビリティは攻防共に優れている。
元の持ち主が野性的な感覚と超人的なセンスでもって操作していたそれを、リベルは至って平凡な使い道でしか操作することができなかった。ただでさえ攻撃性の高いアビリティの操作は難しいと言うのに、突然ソレを手に入れたと言うならば尚更だ。
リベルがギリギリ取り回せるサイズの大剣をフィンガースナップで呼び出して、それを使って、てこの原理で瓦礫の山を退けていく。自分の図体が大きいことにここまで感謝したことは前にも先にもないのだろう、落ちた汗を省みることもなく、退かした瓦礫が下の方で水音を立てるのを聞いていた。
一瞬だけ見えた。リベルの視力は決して悪い訳では無いが、だからといって見間違いをしないという訳でもない。瓦礫に沈んだ梦猫とコラールを包んだ半透明の膜がまだいきていると言うのなら、あの二人も無事かもしれない。
リベルは、無為に命が
それは隣人達__植物も、ドールも、どちらも。
剣先を瓦礫の隙間に突っ込む。ぐっと握った柄を下に押し込んで、浮いた瓦礫を避けて、そんなことを必死で続けていた。シアヴィスペムが戸惑ったままの表情で、瓦礫の山の麓からそれを見上げ続けていたら横から少し枯れた声の青玉がぽんと肩を叩いて。
「怪我はないかな」
「えっと……青玉くん。僕は大丈夫……」
「はは、急に容姿が変わってしまったんだ、慣れないよね。無理はしないで?」
「うん……あ、ぅ……」
肩を叩いて、微笑んで、それからさっと前に出て。そのままリベルの作業を手伝い始めた。その後ろ姿を呼び止めようとしたけれど、呼び止める理由がなかった。
枯れた喉はコラールの攻撃を間近にくらったことで、いつの間にか負っていた傷だろう。声帯の近くに歪みでもできてしまったのかもしれない。
アルファルドは瓦礫から身を守るように離れていったルァンとシリルを追ってどこかに行ってしまったし、撤退したホルホル達がどっちの方向に逃げたのかももうわからない。
落石達を退けてまわる2人の手の向こうには、もしかしたらシアヴィスペムの憎む永朽派のドール達がまだ生きているかもしれない。
「あ、あー…………っねえ!生きてる!?」
リベルの張り上げた声に驚いて肩が震えた。そちらへ目をやる。リベルの背中から伸びた、春のさらに向こう、夏の訪れを告げるような緑の翼が膨らんでいる。
「生きてるね、困るんだよねぇ目の前で死なれちゃ!夢見が悪くなるでしょ……!
「リベル兄さん、そっちの石から下ろそう!こっちは俺が下ろすから」
がたん、がらがら、硬いものの落ちる音。シアヴィスペムはただ見ていた。どうしても手を貸す気になれなくて、グルグル回る頭の中に薄汚い感情が蔓延って仕方がないのをじいっと見ていた。
段々と石の壁が剥がれて、淡く光る飴色の膜が現れる。なだらかなドーム状に、傘を開いたようなシルエットでもって、岩の群れから黄金達を守って見せた薄まる真珠の色。
ゆらゆら、水面を返して光るヴェールの向こうに声をやる。もう大丈夫、とかけられた青玉の言葉に応えるように、ふわりとその膜が降ろされた。霧散するゆめまぼろしのように消えたその奥。身体のあちらこちらに亀裂が入って、少しでも身体を動かしてしまったら崩れてしまいそうな梦猫と、呆然と、ヒビまみれの身体を青い水面にうつ伏せているコラールの姿。死んでいない。どちらもいきている、リベルがマントを脱いで、丁重に扱わなければぼろぼろと崩れてしまうだろう梦猫のことをマントで包んで起こしてやった。コラールの方は、掴んでも腕がとれそうにないことを軽く確認されてから青玉がぐっと引き起こす。
髪をずっぱりと、左右で段ズレに切られたコラールの首は軽かったけれど、水の染みた服とつい先程の光景がコラールの胸を重くしていた。
「らるぐん、けがない……?」
「あるけど、瓦礫からくらったのは無いよ、無いから黙ってよね。君の方がジャンクになりそうなんだから。荷物増やさないで!」
「あんくんの、あびりてぃ、かってにつかっちゃった、ごめんね。ごめんねあんくん」
黙ってと釘を刺しながら、応急処置用の黒い包帯で梦猫の身体を補強するリベルを見やった青玉が、言いようのない表情でもってその光景を眺めて。
梦猫が放ったのはアイアンのアビリティ、“ 鋼鉄の巨神兵 ”。詠唱と同時に自身の頭頂部付近を起点として、半絶対的な防壁を築きあげる代わりに、自身の体重が倍増される代物。身体が小さく、元々大きな傷を負っていたはずの梦猫ではそう簡単に発動を覚悟できるものではなかったろうに、目の前のドールを1人、梦猫の戦いたくないという、派閥なぞ関係なくただただ平穏でありたいという夢を、突っぱねたそのドールを1人守るために、アビリティを発動して見せたその姿。
本当は誰にも死んで欲しくない。
陥没都市で、腹だとか、肩だとかを直す時に、偶然。すくい上げた黄金の中にあった白いコア。まだいきている。連れていけば、いつになるかはわからないけれど、生かすことだって戻すことだってできるはず。
果たして生かすことが、アイアンにとって幸と出るのか不幸と出るのか、梦猫には到底わからなかったけれども。梦猫は、誰にも死んで欲しくなかったから。
連れていくことを選んだ、そのひと。
不思議と拒絶反応はなかった。ぼんやり、どこか霧の中で果てない道をさまよっているかのような、薄霧かかった意識が漠然と胸の奥にうまれたような気こそしたけれど、それは梦猫の脳裏を霞ませるほどの主張をしてこなかったものだから。
争うことも、身の自由だったり命だったりを奪い合うような真似も、本当はしなくて済むのならしたくない。たのみごとを突っぱねられたコラールにだって、傷ついて欲しくなんてなかった。梦猫は、ただ、自分にとっても他者にとっても穏やかな場所を好んでいただけ。
「…………な、して」
「まだ動いたらいけない」
「知るか、いいからさっさと離して……取り゙返しに行かなきゃ!あれは、あれだけはダメなんだよ、離して、離せ!!」
「その身体で無茶をしたら君が危ない」
「無茶してでも死んででもとられたくないひとがいるんだよわかれよ!!行かせて、あの人のところいかせて!」
「天使ちゃん……!」
梦猫の視界の端、無事だったらしいコラールが暴れ出すのがよく見えた。翼のボロボロになった若い青年__青玉に羽交い締めにされているというのに、自身の身も顧みず一心不乱に心残りを取り返そうと、もがき苦しむみたく翼を振るう。
あまり力を込めて引き止めてしまったら壊れかねない上に、このまま暴れ続けたならば壊れてしまうだろう身体。かといって解放してやったとしても、行ったところで何になるのか。もうその怪我では歌えないだろうに、恨みとヒビとが
ばしゃり、コラールが暴れたが故に跳ねた青い水が梦猫の頬を濡らす。数滴跳ねてかかった箇所の温度が下がる。それを流し落とすかのように、目尻からもっと暖かな雫がゆるり、ぽたり、こぼれて、静かに輪郭をなぞった。
「らるくん……」
するする、白い、細い、蛇のような髪の房が、優しくコラールの右手首をくるりと回って引き止める。いっそ強く掴まれたならば勢いに任せて振り払えたろうに、どうにも暖かくって滑らかなそれが弱々しかったものだから。
「マオのおねがい、きいて……おねがい、きいて……」
肝心のお願いは、その薄くて細い息を紡ぐ唇からは出てこなかったけれど。
なんとなくそのか細い息が、戦わないでだとか、傷つかないでだとか、置いていかないでだったりの言葉に聞こえたような気がした。
震える声。ぼたぼた、涙を零して訴えかける梦猫に、睫毛だってピクリともさせないままのコラールの視線が注がれる。前髪の向こうの瞳の色が何色か、コラールは知らなかった。けれども今ならば、色なんてわからずとも、ただただ涙に滲んだこどもの瞳が前髪の奥にあるとわかるのだ。
「……取り返したい人って、君が死んだら悲しむ人?」
リベルが梦猫の脚に巻いた包帯を、ぎゅっと引っ張って結んで留めて、それからすうっと、パープルサンセットの瞳を持ち上げた。
凛としているくせに、どこか揺れているような瞳がコラールをじいっと見遣る。
「なら、行かない方がいいよ」
死ぬだけでしょ。
突き放すようなセリフに、背後のシアヴィスペムもほんの少しだけ眉尻を下げた。どうにかしたくて腰を上げたというのに、行ったところでどうにもならない。そういう場面は、いきていたら数えきれないほどやってくる。
ぽつりと付け足されたその言葉が重々しくって、コラールの肩から、腕から、翼の付け根から力が抜けた。
「じゃあどうすればいいの……」
どうすればよかったの。
責めるような色を帯びた声が、弱々しさなんてないままに放たれる。革命が起きるのを、自分の愛した故郷の形が崩れて消えるのを黙って見ていればよかったの。諦めていればよかったの。とられっぱなしでいればよかったの。
たった四文字の気持ちを受け取るのにも、革命派か永朽派かの派閥問題よりも深い溝がはドールたちの間にあることに気が付くのにも、もう到底遅くって、結局手元になんにも残りやしなかった。
“ 心 ”のなかったいきものが“ 心 ”を持つことも、強い感情を持論持つ他の生き物に向けることも、そこはかとない、理不尽な暴力のようなもの。
ホントは気付いている。シアヴィスペムもコラールも。革命派、永朽派、きっとこれ、籠がなかったら存在しなかった。ドール達みんながみんなドールってだけで済むはずだったことに、ホントはどこかで気付いている。
虚ろな言葉が溶けて消えた空間に、梦猫の嗚咽が尾を引きながら悲しみだけを撒いていた。
──────────────
照準を合わせる。
右脚を柔い地面に突き立てるみたく突っ張って、それからトリガーを思いっきり引いた。
軽い爆破音。鼻腔をくすぐる火薬の匂い。チリチリと弾道付近の空気を焦がすような音がする。飛んで行った弾はアルクの頬にふたつめの傷を与えて、それから一直線に虚空を焼いて、乾いた薬莢だけが地に落ちる。
リロードの隙を逃さない、すうっと持ち上げられた微かに皺が彩る指先に、白鳥が踊らされるかのように“ 襲槍 ”が閃き廻った。右に傾くように縦5本。ほんのコンマ数秒。
ヂッ!! と、マッチを擦る時の音によく似た空気を切る音。三本はアルクを軸に正面、檳榔子玉へ。もう2本は背面に、ミュカレへ。
光を媒介にした攻撃を受け流すのは安易ではない。大体の物質はその内包エネルギーに勝てず、受けることもままならないまま消されて消えてで終いになる。幸いシルマーのアビリティに追尾機能はなく、発射後の制御は不可能に近いものだから、回避にさえ努めていればなんら問題はない。右へ、右へ、今度は左へ。避けて、弾丸を撃ち込む。当然と言わんばかりに光の群れがそれを焼いて、ボロボロ脆い塵に変えてしまった。
近付かなければ、近付いて耐久性の低いはずの身体を切りつけて決定打を打たなければならないというのに、近付くことなんてままならない。
シルマーの“ 襲槍 ”は発射後の操作制御不可。光の槍というよりかは、光によく似た高密度の超常エネルギーの圧縮体に近いのだろう、反射性はなし。
対してアルクの“ 白虹 ”は発射後の制御可能。距離が遠くなればなるほど緻密性は失われてしまうが、逆に言えば近付いてきた敵を打ち払うのにうってつけ。熱エネルギーを含んだ光の圧縮体そのものであるから、反射性は高い。
よく似た二種類の光を見分けて立ち回る。神経が削れていくような気がした。
2対1だというのに、息もそろそろあがりそう。
白い巫覡がにっこりと、穏やかに、柔らかく、それでいて何よりおぞましく笑ってくすくす、くすくす。時間は刻刻過ぎていく。
檳榔子玉が押して、本体をミュカレの罠に押し込むのが第一の目標だったがどうにもそれすら難しい。押して押されてどころか、一方的に押されるばかりの限界戦線に冷や汗が落ちて首が湿る。このままではまずい。
現状を打開すべきと思いこそすれど、どうやって打開するのかが前提問題。焦れば焦るほど勝機は遠く、時間が過ぎれば過ぎるほど弾数が減って打つ手も失せる。
「一夫一妻、番をつくる動物というのはね、野生動物としてはとっても非合理的なんだ。わかるかな」
一時期鳥籠の中でも流行った弾幕ゲームのように、10本程度の白い光がグルグルと回旋してアルクの周りを回遊する。
「まず、生物学的に子を成せないいきものが番を持つことも非合理的と言えるだろうね」
長い指を絡ませ、両手で祈りを捧げるような仕草をして見せたアルクの銀髪が、“ 白虹 ”の熱で浮かされ揺れていた。
番。
狭く、滅びの足があちらこちらに
ドールは全員男だ、確かに繁殖能力なんてあるはずないし、そも、ドールは子を成すことが出来ないのだから女性体のドールがいたってそれは同じこと。
「それでも愛してしまうよねぇ……自分にはこのひとだけだと、思うことが常々ある」
自然に生きるいきものがもつ 種の繁栄 への貢献義務を捨てたドールといういきものは、滅びた鳥籠の中で秩序も社会も朧な中にいきるドール達は、真に自由になれる可能性を持っている。アルクはそう語った。そしてそれは、ありとあらゆる展開の可能性も持っていると。
ここはどうしてこうなった?
ここでこうしたらどうなる。
ここはこうしたほうがいい。
こうしたほうがおもしろい!
可能性。未だ見ぬ未来の混乱、錯乱、それによってうまれる予想だにしなかった逆転的な展開!アルクが求める全てを、アルクの愛したドールと見守りたかった。
ただ、アルクの求める混沌にも似た未来は、派閥に分かたれたまま見送ろうものなら身が滅びかねない。最悪、やむを得ない状況に置かれてしまったらば、分断の可能性だってあった。
ガーディアンと共に自分の求める未来を見たい。けれどもその未来は危険だと承知していて、アルク自身、果ては対立している派閥に身を置くガーディアンの命までもが危ぶまれかねない。ならば文字通りの一心同体__一体同心の方が正しいのかもしれないが、そうやって共にあることを選んだ。
「推奨、撤退。準備完了まで対策、対処を繰り返し実行します」
檳榔子玉が大きく翼を広げる。
ゴールドハートへ移行すると同時に切り替わったフライトスキルに合わせて、その翼は硬く、重く、盾のような役割も果たせるほどに硬化していた。ただ、光の速度を内包したエネルギー体とは流石に打ち合えないものだから、
勝つか、逃げ切るかしなければならない。ミュカレは非戦闘員だ、サポートするにしたって檳榔子玉の踏まない位置に罠を仕込む他なく、打点が足りなかった。このままではまずい。共に戦う事を選んだけれども、如何せん相手が悪すぎた。あの柔和な笑みを浮かべる神父が、シルマーを取り込んでいるだなんて誰が想像できただろう。
近付けない。近付けばなんとかできるような個体能力のドールだというのに、アビリティの運用が効率的すぎて対処のしようがありやしない。
ミュカレを引き離す。引き離して、それから後を追う。鶴と言う鳥は降りしきる雪の中だろうと必ず番の元に帰るのだ、帰る先がなくなってしまうのが何より誰より恐ろしい。
ミュカレが頷いた。ここで尾を引くような真似はしない、信じているから。不安がない訳では無い。理不尽を煮詰めて固めたような知徳と好機の鬼ですらあるアルク相手に番を置いて去るのは、本当ならばしたくない。けれど自分がここに残って足を引っ張る方が戦況的には良くないだろうと。
伝わる。
頷いたのを視認するや否や、檳榔子玉が広げた翼を水面に向かって一息に切り込んだ。
一気に身体を沈めて低い姿勢をとり、揺らめく青い膜を剥がすみたく小翼羽から叩き込む。多少青い足場がえぐれるが、気にはしない。
硬い翼が槌の如く刻まれて、ばしゃん、という水の音よりも、どごん、なんて破壊の声に近い音。高らかに、アルクに向かって落ちるよう水飛沫が上がった。攻撃性は低い。けれど濡れるのはあまり好きでないから、“ 白虹 ”を伸ばして光の屋根をつむぎ出す。
ムスカリの花が散らされるように飛び上がったそれを、青い水飛沫を、“ 白虹 ”でもって払った。一時的な目くらましだろうか、なんて光の向こうニコニコニコニコしていたら、じゅわりと何かの焦げるような音。
「おや」
“ 白虹 ”の熱で、かかった水が蒸気に変わる。上から神の
熱による水分の蒸発と、それによって生み出される蒸気の霧。あっという間に視界が真っ白になって、檳榔子玉の姿が消える。濃霧で持続的な目くらましを企てられたことを悟ると共に、ならば檳榔子玉を霧の中から引き当てるまでと、今一度白い光の槍を持ち上げる。否、持ち上げようとした。
「…………あぁ、あぁ!!ふふ、ふふふふふっ、一本取られてしまったね、凄いねぇ、とっても素敵だ……!」
アルクのアースアイに、霧散する白が映る。
“ 白虹 ”は純度の高い光そのもの。霧は、細かい水滴は、光をあちらこちらに散らしてしまうものだから、レーザーに近い性質の“ 白虹 ”は姿を保つことができないのだ。集めようにも集められない、熱を持とうにも持ってしまったら蒸気作りの機関になるし、集まれないなら武器にもならない。
攻撃性を失った“ 白虹 ”。檳榔子玉が警戒すべきは操作性の低い“ 襲槍 ”だけと、選択肢が狭まる。熱もない、追尾性もない。近付ける。撃ち込める。
アビリティの性質を利用した一手。手持ちのカードが一枚封じられて、舞台がより緊迫したものになる感覚。アルクの求める激変的な展開。楽しい、おもしろい、子供がはしゃぐような笑みで持って、残ったカードを切ってみる。
「何処からでもおいで」
“ 襲槍 ”を展開。円を描くように広がった5本の光の帯。無論、檳榔子玉がそこに馬鹿正直に突っ込むはずがない。
反撃。
“ 守護 ”。
ちかり、淡い橙色が頭上で弾けて、それから巨大な花火が火種を散らす時のように落ちてきた。落ちた火種は膜を作って、暖かくアルクを包み込む。あまりの高揚感に周囲への警戒が薄れていた。ガーディアンのアビリティがなければ、ガーディアンがいなければ危うかったろう。
ガンブレードのブレードパーツが甲高い音と共に防がれて、檳榔子玉の金の瞳が見開かれる。シルマーのみならず、ガーディアンまでその身に宿していたことを檳榔子玉はたった今知ったのだ。頭上からの奇襲も虚しく、ただただブレードの刃先から火花が微かに散っただけ。
中距離ではアルクとシルマーが。弾も刃も届かない白い光を掻い潜って行ったとしても、今度は黒檀の鳥が近距離戦の勝機を阻む。
こんな無茶苦茶なことがあるだろうか。
ガーディアンのシールドを足場に飛び退く。ガーディアンのシールドは10秒間。その後10分間のクールタイムだ、シールドが切れるまで霧を裂いて襲いかかってくるシルマーの槍を避けすごせばいい。距離を取らずにいれば、距離の空いている時よりも無闇に攻撃出来ないだろう。アルク本人の耐久力はほとんど無いのだ、操作性の低い“ 襲槍 ”の操作を誤って自傷するのを避けたいはず。
逆に、シールドのあるうちはアルク本人は決して傷つかない。つまりこの10秒間は間合いも、自傷も気にせず攻撃してくる。それを耐え凌げばいい。
翼を閉じる。こんな近距離で、相手にノーリスクな状態で翼を開きっぱなしにするのは痴呆のすることだ、的を縮めて脚に力を。アルクの背後に降り立つ。上から降ってくる白い稲妻を僅かなバックステップで躱してみせた。
「君がミュカレと共に在りたいと思うように……」
右へ。前へ。距離を詰め直す時に要される時間を減らすため、間が開きすぎないように細心の注意を払ってその身を回す。ちりちり、上着の裾が掠ったのがよくわかった。気にならない。左へ。左へ。加速して回り込むようにアルクの背面へ。
5本、4本、減って、1本、けれどもすぐにまた5本。絶え間なく浴びせられる爆撃の全てを
5。4。
「私もガーディアンと共に在りたいと思っているよ」
避ける、避ける、カウントダウンが刻刻落ちて、寸分狂わずその一瞬を狙う為、檳榔子玉が白い長髪を火薬が香る風に乗す。トリガーを、持ち手をきつく握った腕を引く。
3、2。
「そして、ガーディアンも私と共に在りたいと思ってくれている」
1。
嬉しいねぇ。白い睫毛に彩られたアースアイが一瞬、やんわり歪んだ。
0。
膜が落ちる。
アルクの身体能力で?
刃先はアルクの、神父服にも似たローブの裾から太もも半ばまでを裂いた。スリットが入って自由になった脚が、切り上げ直後でほんの少し無防備になった檳榔子玉の手首を、上に向かって蹴り飛ばす。
「悪いな」
アルクの声。確かにアルクの声だと言うのに、アルクの声ではなかった。
手首に走った強い衝撃でぱっと力が抜ける。見逃さない。ほんの一瞬で姿勢を立て直して、もう一撃、蹴り上げて宙を舞うガンブレードの持ち手部分へ、革靴に守られた細い脚先を打ち込んだ。
派手に回転して霧の向こうに消えてしまったガンブレードを横目で見送る。武器を片方とられた。誰に?まもるさんに。
そのまま左の拳が握られて、
「ッ゙、が、!!!!」
ろくに受け身も取れないままに、縦に打ち付けられた。下があまり硬い足場でなかったからなんとかなったが、場所が場所なら顎が砕けてしまったろうに。
この体術センスは覚えがある。革命派に身を置いていた際に目にしたことがあったし、実際に前にして稽古をしたこともある。ガーディアンがアルクのボディでそれを繰り出してきた
悪いな、と零した
まもるさんって笑うんだ。なんだか、見たことないのに見たことある気がする。
ああ、そうだ。
仕方ないなあって、番の癖だったり、どうしようもない難点だったりに、そんなとこも好きだよって笑うミュカレの、番を想う片割れのそれに似ているんだ。まもるさん、
檳榔子玉がミュカレの元へ帰る為に武器を振るうように、ガーディアンもアルクと共にある為にその手を挙げる。
両者共に譲れない、退けない。
ほんの少し蹴りと拳落としをしただけで痺れた手足を軽く揺する。立ち上がった檳榔子玉の肩に掌底を打ち込んで、空いた鳩尾に肘をつき込んだ。
吹っ飛ぶ肢体、持ち直す両脚、片牙を捥がれたとて残った牙をまだ振るう。トリガーを引いた。乾いた音と弾丸に、置いていかれる火薬の残り香とからの薬莢が水面に落ちる。少し距離を開けすぎた。“ 襲槍 ”が向かってくる。避ける。隙を最低限に減らしたままに突っ込んで、今一度ガンブレードを発射しながら切り上げる。
ローブの前面を裂いた。届かない、金の肉に痕を残せない。突きを見舞う。流石に回避しきれなかったのだろう、右の肩に走った、熱にも似たような痛みに対し、僅かにガーディアンが顔を顰めた。が、それまで。もう一度迎え撃つ。今度は檳榔子玉が躱した。
誰かの為にその身を裂く姿。
白銀と白金とが身を凌ぎあう様。
剥離、乖離、愛別離苦は許されない。
「セレン!!」
霧の向こうから名を呼ばれた。あまりに逼迫した状態で長らく頭を動かし続けていたせいだろうか、緩んだ意識がそちらに
アメジストカラーが鮮明になる。こちらに手を伸ばしている。見開かれた金の目の先に、白一閃。
身体が勝手に動いた。
武器を持っていた右手と、右の脇腹がえぐれて消える。2本3本同時に来たのだろう、両足ももっていかれてしまったようだ。視界がズレる、ブレる、ずり落ちる。
ミュカレを庇ってわかったけれど、最初からミュカレではなく、ミュカレを庇って突っ込んでくるだろう檳榔子玉の座標に合わせての攻撃。庇うことも読まれていた、檳榔子玉ならばそうすると、ガーディアン達はわかっていてそうした。どうしてかなんて、ガーディアンだってそうするからに違いなかった。
「活動、限かい゙ッ、戦闘続行、不可、シルバーハートに移行、しま゙、す」
ありもしない右の膝が落ちる。左の膝はのこっていたけれど、それより先はどこにも無い。落ちた右手が握っていたガンブレードが、ゆらゆら、白から黒に、金から青に変わった檳榔子玉を映していた。
庇ったミュカレを見上げる。アメジストカラーが困ったように、揺らいで、それから笑った。
「セレンディーブさん、白くって、きらきらで、壊れちゃうのも綺麗だね」
白くてキラキラしたのが壊れるのを見るの、だいすき。今はもう、白くてきらきらじゃないけど。
ぐらぐら、愛しい番の姿が揺らめいて、小さくなって、黒が白にひっくり返った。ロウが笑う。ニコニコ笑って、それから困ったような顔になって、たあっとその場を走って去ってしまった。上空かどこかに潜んでいたのが、霧と共に降りてきたのだろう。霧の中に消えた背中を見送る。ぼうっと、呆然と。
「ガーディアンがね、殺したくはないみたいだから、殺しはしないよ」
壊すだけでも面白そうなものが見れるだろうし、なんてくすくす笑ったアルクが寄ってくる。声が遠かったのに、近付いてくる。ちゃぷ、ちゃぷ、水面を分けてよってくる足音から離れようにも、脚がないから動けない。
首を上げた。アースアイにはもう、ガーディアンの面影がない。出てくるのにも限界があるのだろうか。
「オパールの、ひと」
「何かな」
“ 襲槍 ”が浮く。檳榔子玉を捉えていた。
青い瞳が、内側から歪な煌めきを放つオパールを見据えて、少し嬉しそうに歪んで。
檳榔子玉がミュカレと共に在りたいと思うように。
アルクがガーディアンと共に在りたいと思うように。
ガーディアンもアルクと共に在りたいと思うように。
「ミュカレもね、俺と共に在りたいって思ってくれてるよ」
ざくり。
胸元にガンブレードの刃。
眼前にセレンディバイト、視界の下端に鋼の鋒。
背後に、鳴けば鳴き返す鶴の片割れ。
「……ふふ、うふふ、おもしろいね、どうして?おもしろいなぁ、ふふ、すごい、想像もできなかっ゙、」
ずっぱり、胸元から無理矢理縦に引き上げられた刃によって、アルクの首が落ちた。“ 襲槍 ”がぱぁっと消える。
静かな水面を撫で去るみたく、ふわふわと晴れた霧の中、ほんもののミュカレがブレード片手に立っていた。
「セレン……!」
「あはは、よかった、アレが本物じゃなくて……焦っちゃった。氷水晶の子だってわかってほっとしたよ……挟み撃ちしよって、伝わってなかったかなって……」
身体を抱く。暖かかった。
薄暗がりの中に、ふたつの影がひとつになって立ち上がる。
細い糸を紡ぐような愛情。
それが何になるかはいざ知らないが、金の糸は、当人同士の間でちぎれることが無い。ミュカレと檳榔子玉でも、ガーディアンとアルクでも。
鳥籠に芽吹くドールの細い息は、まだ事切れてはいなかった。
───────
Parasite Of Paradise
22翽─金糸をつむぐ
(2022/05/28_______15:20)
修正更新
(2022/09/29_______22:00)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます