18翽▶交錯する黄金

















鳥籠の中は鮮やかな色で溢れている。

狭苦しくて陰鬱な空気を誤魔化さんとするように青々と茂る広葉樹。半年程度のズレなんて意に介せず、時期を忘れて着飾るように花弁かべんを広げる大小様々な花々。

まるで誰かに見つけてもらいたがる骨董品のように個性豊かで色鮮やかなドール達。

ドール達のその翼を我が身に委ねて欲しいと言わんばかりに色味を変えて籠の中を巡る季節の風。


そのどれもが羨ましかった。


黒い髪に黒い翼、ヘマをして失った両の足。虚空の代わりをつとめているのは、ガラスでできたセトモノの義足。

いくら中身が黄金だろうと、その黄金のいれものが醜いのでは意味が無い。“ ロウ ”は真っ黒で、大きいだけで、なんの取り柄もないソレを嫌っていた。

どろ、どろり、白い小さな妖精は消え失せて、あっという間に黒くて大きな古い贄が現れる。ガラスでできた両足を引き摺るように身へ引き寄せて、縮こまる見たく地に手をついて、風切りの鳥と、白皙の鳥と、星の寵児がもたらす視線の雨に晒される。



「み、みないで、おねがいみないでください……」



半ば泣きかけたような声色と振る舞いは、可哀想だとか、そういうものよりも、デライアにとってはどこか既視感を感じるものだった。どうか見ないでと嘆願する様相は、かつての自分にそっくりで。

ドールは、一度“ 心 ”を消されたいきものだ。ニンゲンの手が介入しなくなってようやっと取り戻したそれを完璧にコントロールするなんて、かつてのニンゲンにだってできなかったほど難しいことだったのだからできるはずはなくて。世界を望む目を歪ませてしまったり、あるいは自分自身の在り方を歪めてしまうドールだっていたり。

デライアもそうだった、きっとスズモの存在がなかったならば、全く違う人生を歩んでいたのだろう。今、デライアの眼前で地につくばり涙を流しているロウの姿が、他人のものとは思えない。



「ロウ……」


「ち、違います!私、あの子じゃ、あぁでも騙していた私のせいでそんな、こんな……」


「ロウ、落ち着いてごらん」



近くに寄ったアルクとデライアがかがんで、目線を合わせる。ほんのりとシアンを孕んだグレーの瞳に浮かぶ逆さのハートはよく見知ったものだったが、いつも自信ありげにつやつやと輝いていたはずのその瞳は涙に揺れて、丸みを帯びたぎょくというよりも蕩けて消えかけた飴玉のよう。

雄彦がアビリティを使ったことでめちゃくちゃになった温室は、籠の外みたく明るくて、ロウの視界をチカチカ焼いた。見られている。醜い自分の姿が、白日の元に晒されている!まばゆくて、かわいくて、きれいで、美しいアビリティを振るうアヒルドール達の群れの中に放り出された醜いアヒルの子わたしがバレてしまう。足元でちぎれてぐちゃぐちゃになったクローバーが、床と、ロウだったドールの足の間で捻れて切れた。



「大丈夫だよロウ」



上から降ってきた声は震えている。声自体はよく知っているデライアのものだったから、誰が主なのかわかったけれど、どうしてその声が震えているのかなんてわからなかったから。ゆっくり、恐る恐る顔を上げた。



「大丈夫だよ、ロウ、泣かないで……」


「…………なんでデライアさんまで泣いてるんですかぁ……」



スズモの記憶を取引に持ち出された時のデライアの声なんて比にならないくらいグラグラ揺れた柔い声。正体は、なんてことない涙声だった。どうして泣いているのか、デライアにもわかりやしなかった。けれどつられ泣きだとか、自己投影だとか、そういった薄っぺらな涙じゃないことだけはよくわかる。


そのドールのアビリティ、“ Mimicryミミクリー ”。

一度生きている対象を視認することで、その対象への完璧な擬態ができるようになる。一度生きている姿さえ見ればいいのだから、元の形の持ち主の、現在の生死は一切問わない。


贄の骸を纏って、醜い自分を隠して生きてきた。自分が嫌いな自分自身とはまた違う、きれいで、かわいくて、うつくしいドールの姿で生きていたなら、愛されるのだと思っていた。そしてそれ以上に、自分で自分のことを愛せるだろうと思っていた。

ボロボロ泣いているデライアもそう。空が飛べたなら、自分がこんなにダメじゃなかったならば誰かに愛されていただろうし、自分で自分を愛せていただろうと思っていた。けれどどれもタラレバ話。自分にはスズモがいた。ロウには、いなかった。

泣きじゃくるロウの涙を拭いたくてポケットからハンカチを抜き取ろうとしたら、ハンカチに引き摺られて金平糖の小袋が落ちた。袋の中、まるで籠の中に閉じ込められた星の子達がころされるみたく金平糖が崩れて砕けて。なんだか、籠の中で行き場もなく息絶やす自分達を見ているようだった。

誰も彼も、最初に立たされる舞台も、役もきっとおんなじで、ほんの僅かな差異から全く別の役者になる。



「誰にだって秘密はあるよ。君にもあったんだねぇ、ロウ」



大丈夫、大丈夫。ちいさなこどもをあやすのに長けた、微かに皺の刻まれた骨張った手が、ロウの頭と、デライアの背中をぽんぽんと撫でて、小麦粉のダマを無くすかのようにふるいをかけて。

大丈夫。秘密が晒されたって、誰もロウを責めやしない。誰もロウを苛まない。だって、みんな、みんなそうなんだから。

白いちいさな妖精の姿の時にかざされた手と大差無い、暖かなその手に対して、ロウの眉間にシワがよった。自分はそこはかとない自己嫌悪の塊だ、どうしてこうも優しくしてくれる人の言葉に、自分ってやつはただ頷くことができないのだろう。もう、自分を構成する何もかもの全部が鬱陶しくて仕方ない。



「知らないことを知れて嬉しいよ、隠さなくたっていいんだからね」



知らないことを知るのは楽しい。隠されたソレを知ることは楽しい。アルクの言葉には嘘偽りがなくって、なんともなしにそれはロウにもデライアにもわかっていたけれど、その言葉の裏にこびり付いた、甘過ぎて他の物質を片端から腐らせる、蜂蜜のようなどろみになんて気付けなかった。



「わ、わたし、私、みんなみたいに、いきていけない」


「上手に生きてるだろう?」


「……ひ、ひどい、ひどいこと言わないで……私が上手に生きれていたら、あの子の形で生きてなんていなかったのに!!なんでそんなっ、あ、あ、」



ごめんなさい、怒鳴ってごめんなさいと、口を抑えて大きな背中を丸くして。

感情的になった声色を必死に押し殺す。こうして辛みに負けて癇癪を起こしかける自分も嫌いだった。ただ、“ ロウ ”の姿をしている時は、それだって幼さを理由に逃げられていたし、“ ロウ ”は可愛かったから許された。じぶんはだめ。あのひとにできることも、じぶんにはできない、だからじぶんはだめ。



「上手に生きるって言うのはね、隠しながら生きるのも、騙しながら生きるのも言うんだ。何もかもを受け入れて、晒して生きるのだけが正解じゃないんだから」



隠して生きていてもいい。

アルクはそう言って笑った。

その笑顔に、じぶんは安心するでもなんでもなく、やっぱりその言葉すらも受け入れがたくなって、胸の内がぐるぐるするだけだった。

自分にとって益しかうまないだろう言葉すら受け入れられない自分が嫌い。こうして、こんな言葉で救われてしまうような世界が嫌いで、そんな世界でも徐々におかしくなりながら、それでも精一杯生きているドール達を、妙だと思ってしまう自分が嫌いだった。



「ロウ……」


「よ、呼ばないで!あの子の名前で私を呼ばないでください…………私はロウになれないんです……」



可愛いぼくのコアをとったってね、可愛いぼくになれないみたいに、真似っ子したところでニンゲンにはなれないんだよ。

さっき“ ロウ ”がレヴォへ言ったこと。自分にだって突き刺さったその言葉。

真似っ子したところで、“ ロウ ”にはなれない。



「じゃあ、名前……おしえてくれる?」



ずび、ずる、鼻をすする音の後に、デライアの声が柔らかくロウの鼓膜を揺らした。

デライアは、空が飛べなかったから笑われた。でも、空が飛べたって笑われる。黒くて、大きなからだをもっていて、涙で頬が湿っていたって美しい顔をしたロウだって、きっと誰かに笑われたのだろう。


名前聞いてなかったな……____!

君は?


ねぇ、スズモ、ボクも君みたいなヒーロー一等星になれるかな。



「わ、笑いませんよね」


「笑わないよ」



笑われて生きてきた。今更、何を。誰を。



「………………クラウン。私は、クラウン、です……」



名前負けしてますよね、なんて俯いたロウの__クラウンの、頭頂部。きっと王冠なんて賜ることがなくって、それはこれまでも、これからも一緒の、たった一体のドールの、柔らかなディープターコイズの髪に。

青い、潤んだ目を滑らせて、温室の中で健気に花開かせていたものの、風刃に散ったフルール・ド・リスの由来に目をとめる。床に伏せても尚、きらきら、露を纏って輝く真っ白な百合の花を手に取って、そっとクラウンの柔らかな髪へ。なんてことない戴冠式だった。



「ボクは、デライア……ライって呼んで」



ヒーローがくれた名前。ボクの星が始まった日に、“ ライ ”が始まった日にうまれた名前。ボクは、誰かの星になれるだろうか。

ロウに名乗った時は、『好きに呼んで』と言ったはず。だから、クラウンには、少しでもクラウンのライになれたらいいななんて思って。涙で湿ったクラウンの頬は、クラウンが嫌ってやまない理由がわからないほどにまろくて、白くて、あどけない柔らかさを帯びていた。

立ち上がれるように手を貸せば、恐る恐る、クラウンがその手を握って、ガラスの両足で器用にのろりと立ち上がる。あっという間にデライアの目線を越したその姿に息を飲むと、すみません、と責めてもないのに謝罪が飛んだ。



「……落ち着いたかい?」



アルクの声。にこにこ、柔らかな微笑みに調子が狂う。



「は、はい……」


「クラウン」


「なんでしょう、デライ……ライ、さん……」


「へへ……かっこいいね」



鼻をすする音も静まった所で、遥か高所にあるクラウンの顔にぽかんとしたあと、ヘラりと笑う。全部がコンプレックスだったクラウンにとってはコンプレックスを指摘されたようなものだったけれど、ばかにしてるんですか、と言えやしない。だって、デライアだって身長が伸びないことを気にしていたのだ。お互いコンプレックスがあって、お互いそれを羨んでいる。

あ、そうか。こうして羨んでいる所を褒めあって、認めあって、そうして自分を受け入れていくのがきっと正しい生き方ってやつなんだろうなぁなんて、頭のどっかで考えた。まぁ、正しい生き方なんてないのだから、認め合えなくたってそれはそれ。

兎にも角にも、クラウンはうまれて初めて自分への褒め言葉に癇癪を起こすことなく貰った言葉を飲み込んだ。



「さぁ、どうしようね、これから」



アルクが、足元のハナニラを避けて歩く。避けたと言うよりも、あまりにも興味が無さすぎたから視界になんて入ってなくて、故に踏むことすらもなかっただけのようにも伺える。

白い人工の、淡い光が差し込む温室は暖かい。ゆっくり、ゆるぅり、地に散らばる花々が、ほんとにゆっくり腐るのだろう温かさ。



「……そうだ、デライア、クラウン、君達はどうしたい?」



センセイはいつだって、よき指導者でなければならない。



「このまま地上に戻るか、地下街をもう少し調べてから行くか……」



例えば、雛鳥が考えもしなかったような、新しい道の存在をほのめかしてやるだとか、手を引っ張りこそしなくとも“ 導ける方法 ”が、センセイなんて生き物には山ほどあるのだ。



「もっと近くの星を見に行くか」



あからさま、色の違う問い。デライアの瞳がきらきら、異様な煌めきを纏う様。

ドールは、執着する鳥だ。他個体に。他のいきものに。他の存在に。とにかく、自分の愛した何かに。

デライアがついさっき、レヴォの誘いを断ったのはスズモの汚点になりかねなかったから。他者を踏み躙ってまで自分の欲を貫き通して、愛するドールの顔に泥を塗るような真似は出来なかったから。

では、スズモとはまた違うものを手に入れに行こう。デライアの愛したソレはドールだ、ソレにはソレの人生があって、デライアの思い通りにできるものではない。でも自分の見る景色くらい、見たいものくらい、追い求めたっていいんじゃないだろうか。



「……ついてこい」



ずぅっと黙りだった雄彦の、鋭い声がその場を裂く。びくり、震えたクラウンの肩とデライアの睫毛が僅かに空気を掻き乱した。



「大丈夫、私が見ているよ」



アルクがそっと、羽のように肩を叩いて、それから嫋やかに微笑んだ。星を、もっと近くで。



「…………クラウン、ロウの時にボクがあげた金平糖見て、なんて言ったか覚えてる?」



アルクを見上げていた首をゆるり、右に。クラウンを見上げれば、酷く困ったように眉根を寄せるクラウンの顔。



「金平糖って、お星様みたいで綺麗だねって……」


「う、い、言いました……」



にっこり、デライアが笑う。

アルクのような妖しさを帯びた笑顔じゃなくて、遠足が楽しみでたまらない子供のような笑顔だった。



「本物はね、もっと綺麗で、近くで見たらきっともっともっと綺麗なんだよ。クラウンとも、見に行きたいな……」



拠点で、ロウとは共に星を見た。

クラウンとは、まだ。どうせなら、綺麗な星を見に行こう。スズモと自分がそうだったように、誰かと一緒に見る星は綺麗だから。

雄彦の後を追って歩き出したアルクに続いて、デライアも歩き出す。手を引かれるままにおろおろと自分も歩き出したらば、足元に一枚、引きちぎられたメモ帳のようなものが落ちていたから、断りを入れて少し止まって、なるべく急ぎつつそれを拾う。

痩せた指先が、しわくちゃの、真っ赤なインクを吸って文字を纏った紙を持ち上げた。


“ 寄生 ”。

両眼を合わせたドールのボディ内部に自身のコアを完全隠密状態で転移させる。任意のタイミングでボディの操作主導権を二時間強奪することが可能。能力使用後、一時間半は再発動不可。二時間以内に寄生先を変更しなければ必ず寄生先の主に存在が把握され、ペナルティとして二百時間のスリープモード。その間に殺される。けど、殺されるよりも先に、僕がそいつになれば全部済む。


ニンゲンになりたかったドールのアビリティは、どう頑張ったって、ドールにしかなれないアビリティだった。

堅苦しいブーツの足音にはっとして、クラウンが勢いよく、紙を見ていた顔を上げる。雄彦だった。そのままクラウンを素通りして、橙色の、ヒーローを騙った、ヒーローになんてなれなかったドールの元へ。

切り刻まれて脆くなった、翼のもがれた背中に、その蹴爪を。誰に対しても敬意を払うことを忘れなかったけれども、それを捨ててまで成し遂げたかったその本懐。誰かを足蹴にしたことなんてなかった、教えに背くことになるから。けれど、宿敵と知らずにその宿敵へ10年仕えて恥のままに生きてきたのだから、今更なんの意味があろう。



「日の出は地獄で見ろ」



雄彦は、自分と番の物語に終止符を打つのに、薙刀を___“ 刀 ”を使わなかった。

一息に床へ叩きつけられた靴底がバキンと白い核を殺して、たったそれだけで彼の復讐は終いだった。
















​───────​───────


















「……ぅ」


「!、クラウ……」



目が、覚める。

紅茶色の髪に、伏せられた瞼を彩る長いまつ毛がそのドールの顔を可愛らしく縁どって、クラウディオの視界を焼いた。

スティア。

焦がれた幼馴染。

どうして彼がここに。自分は確か、アビリティを暴発させられた反動で動けなくなったはず。



「起きたすっか」


「……マルクさん?」



地下街にいたはずだというのに、スティアの向こうには格子と空とが見えていた。ゆっくり、脱がされていたらしい自身のアウターを枕にしたままの自分を、そっと覗き込んでいたスティアにぶつからないよう身体を起こす。

場所は地下街のままだったが、特筆すべきは消え去ったその天井だ。どうやら、地表が陥没した箇所まで自分は運ばれてきたらしい。



「……上は鶉の街の、ケイサツショ跡地の近くなんだぞ」



頭上が気になるらしいクラウディオへ、どこか疲れきったような声。ホルホルだった。



「ディオが起きたすっから、話してもらうすっよ、ホル」



じっとり、どこか恨みがましい声色が、ほとんど日が落ちて夜のような状態の空間に溶けて消える。マルクはもっと陽気な声を出すものだとばかり思っていたから、なんだか異様でならない。

ヴォルガとの取引に対して縦に頷いたホルホルと、ホルホルの仲間を、ヴォルガ達は約束通り傷付けなかった。真面目そうで、情も何もあったもんではないように伺えたアイアンやカーラ達が目下一番の警戒対象であったが、意外なことにアイアンとニアンはヴォルガの指示に反抗的な態度をとることはなく、カーラも、梦猫も、その取引通りに身を引いて、決して戻って来なかった。

一度ここを、地下街を出てから再開したならば容赦なく襲ってくるだろうが、それをしない限りは決して害を加えてこないことを確認できた今、ホルホルが選んだ進路は“ 停滞 ”。クラウディオが回復するまでは地下街、浄化扇付近で大人しくし、回復し次第外へ。



「……まず状況について連絡しておくべきなんだぞ。クラウディオ、オレ達はここで1時間は待機してる。そこの……スティアは、臨時の監視役としてヴォルガがオレ達の所に置いていったんだぞ」



取引の後、ヴォルガは目の見えない個体であるはずのスティアに監視を任せて浄化扇に向かい、最低でも10分以上はホルホル達が浄化扇に上がって来れないよう待機、監視をするよう言い付けた。



「ここに……地表に繋がってる箇所に来て1時間ってだけすっから、ディオが気絶してた時間はもっと長いすっよ」


「…………俺、永朽派と戦ったあと、ジャンクにされることなく戻されたんスか?」


「そうだな」



ホルホルとマルクは、ヴォルガ達に見逃された後、きっかり10分後に追って浄化扇の上部へと昇った。

視界に広がったのは、無惨に金網が壊れたまま大口をあける浄化扇。争いの後と呼べるものはそこになく、ただ下から吹き上げる風と無音の空間だけが、ホルホルのかしこい頭を痛ませる。

拠点での見立て通り、確かにそこに発信機の母機はあった。ただ、静かに妖しく赤い光をぽん、ぽんと放って消えてを繰り返す巨大な機械。あからさま正気を失いかけているマルクを諭して、本来ならばクレイルの機械音痴で壊すつもりだったそれの主電源を落としてしまう。真っ赤な光は潰えて消えた。

前々からホルホルが懸念していた事態になりかかっている、あの革命派は、この革命派は何かがおかしかった。

ドールとは依存しやすいいきもので、依存先が崩れてしまうと一息に脆くなってしまう。マルクは依存とまではいかなかったものの、生来持ち得た強い愛情を向ける矛先である対象を見失ったことに強烈なストレスを感じているはずだ、現にホルホルに対する声音も、態度も、普段よりいくばくか剣呑なものになっている。それは浄化扇を降りてからも一緒で、こうして向かい合いながらクラウディオへ声をかけている最中も赤と金の双眸がじっとりと重みを増していた。



「なんでリーダーがくるって分かってるところにアイツが行くようにしたんすっか」


「それが最善だったんだぞ」


「嘘つき、もっといい方があったすっよ!!」


「あそこで頷かなかったらオレ達全員ジャンクだったんだぞ、たくさん助かるほうを選ぶのは当然だ」


「だからって仲間を、リーダーを売るやつがいていいんすっか!!」



立ち上がって飛びかかる。金の髪を揺らしたドールが、金の翼をはためかせるドールの胸ぐらを思い切り引っ掴んだ。


トロッコ問題という、有名な話がある。

ニンゲンならばきっと、知っている人も多いだろう著名な話。

ホルホルはその問いに、大切な人がひとり佇む線路へトロッコを進ませると答えるドールだった。



「……オレが、元々別の活革命派にいたことは知ってるな」


「それが何」


「…………その革命派に、番のドールがいた。仲が良かったんだぞ。お互いにお互いを愛し合ってる、理想像そのものみたいな番だった」



真っ黒な瞳が、瞬きもないままに真っ直ぐ、つり上がったマルクの目を見据えて語った。

かつてとある活革命派にいた、番のドール。仲が良かった。おしどり夫婦という言葉は彼らの為にあると思えてしまうほどに、鳥籠の中では珍しく、真っ直ぐな愛を育む二対のドールは、見るものの心すら温めた。

けれども、彼らが身を置いていたのは活革命派だ、警邏隊と相対すれば戦闘だとかは免れない。

その日は激しい抗争になった。回復要員だったホルホルは、無闇矢鱈と前線に立つことをよしとされない。怪我をしたドールがやってくる。直す。助かるものから順に。助けられるものは全部。

ただ、結果的に助けられるかそうでないかの答え合わせをする前に、他の命を捨てる選択が要された。

番が、揃ってホルホルの前に運ばれた。どちらかは間に合う。どちらかは助かる。どちらもは、無理だった。



「…………オレは、片方直したんだぞ。もう片方は死んだ」



助かる命を優先する。例えそれが、助かった方を苦しめることになるとしても。

酷くたって、その判断を誰かが下さなければ、もっと死ぬのだ。ならば、自分はよろこんで恨まれよう。少しでも多く助けられると言うならば、よろこんで5対1の1を捨て、5つの恨みを背負って生きよう。

活革命派に身を置くとは、そういうこと。

マルクを見据える黒い瞳は、どこまで行っても黒で、されど誰より愛と地獄を見てきた黒だった。



「そういう判断を下すやつがいないと、群れはダメになる」



自分を掴みあげているマルクの右手をそっととって、ゆるく剥がす。最もだった。

地に着いた足が砂利と砂利とをズラす音がやけに耳について、薄暗がりの中に奇妙な湿度だけが残った。誰も責められない。だって、誰も悪くはないのだから。

ひとりを切り捨てなければ全員死ぬような状況に陥った時、誰かひとりでも現実を見ていなければ打開は難しくなる。ホルホルは、自分にはその役目を担う責任があるという自負があった。回復要員を務める者ならば、命の取捨選択ができなければならない。例えそれがどんなに酷なことだろうと。

自分を正当化している訳では無い、ただ、いつか誰かがしなければならない判断とわかりきっていたこと。



「…………大丈夫、リーダー、外で待ってるすっよね……大丈夫……」



掴んでいた胸ぐらの主がするりとマルクの元から離れてしまって、そのまま胸の内に巣食うやり場のない憤りをなんとかしようと拳を握る。指ぬきグローブの嵌められた手は震えていた。スティアは目をつぶっていたから、よくわからなかったけれど。

身体は動くか、と声をかけられてゆっくり起き上がったクラウディオが、肩を回したり、首を傾げたり、脚を持ち上げたりしてボディの不調を確認する。ニアンのアビリティを受けて重かった翼も、今はまったく問題なく広げられた。



「大丈夫っス」


「じゃあ外に出るんだぞ。スティアはどうするんだ」


「僕は……」



言葉につまる。監視の後に誰かに報告に行くにしたって、スティアひとりでめちゃくちゃになった鳥籠を移動するのは至難の業だ。ヴォルガはどこにいるのかわからないし、アイアン達も分かたれていた革命派を追っていってしまった。

鳥籠は終いだ。そんなのはスティアにだって、景色が見えなくたってわかっている。みしり、みしり、発達した聴覚が、ギチギチと蛇に絞められる獲物の悲鳴によく似た鳥籠の声を拾っているのだから。望んだ結末が、もうしばらくしないでやってくる。



「……なぁ、ティア、俺と一緒に来ないっスか?」



ぎゅう、と手を取られた。数年ぶりに握られた手は暖かくって、スティアの暗がりに柔い光を灯している。スティアはクラウディオのことを想っていたし、その誘いは満更でもない。頷きたかったけれども、首を動かすための信号のような何かがどうしても引っかかってしまって、俯くだけに終わってしまう。

スティアには両眼の眼球パーツがない。昔、事故で大怪我を負った時、両眼のパーツを無くしてしまったから。そしてその両眼は、スティアにとって誇りで、誇りであると同時に、望まぬというのに目立ってしまうどうしようもないもので、けれどもやっぱり大切な宝物だった。

幼いあの日、クラウディオに褒められた両眼。

遠いあの日、スティアが光を無くした日。

事故でバラバラになった身体は、ヴォルガの手によって直された。丁寧に黄金で修復された身体はなんの不調もなかったけれど、馴染むのに時間がかかるから、元のソレとは違うことに気が付いてしまった。うまれもったパーツをなくしてしまったショックは大きくて。

__違う、これは僕のじゃない、クラウの愛した僕じゃない!!

何度直されてもどうしたって受け入れられなくて、とうとうヴォルガも、警邏隊で保護をしてくれた人達も、スティアの目を直そうとはしなくなった。スティアが拒んで仕方ないのだから。何度も何度も意思に反して修理をすると、かえって壊れてしまうから。



「…………僕、クラウの褒めてくれたもの、もう持っていないんです。目、あんなに褒めてくれたのに、なくしちゃったんですよ」



外を望む勇気も、瞳も。

俯いたスティアに対して、打ちひしがれたような表情をしてみせるクラウディオが必死に諭す。何も持っていないわけじゃないと伝えども、何も見たくないスティアには、持っているものすらわからない。

とうとう押し黙ってしまった二体の鳥。ずっと傍観に徹していたはずのマルクが声を荒らげた。



「馬鹿なんじゃないすっか」



突然投げかけられた声に、スティアもクラウディオも視線をそちらへ。苛立ちと、やるせなさの間で懇々と波を荒らげていたマルクのオッドアイが、暗闇の中でもきらきら光って剣呑さを帯びていた。



「何も持ってなくたっていいって言われてるのに、どうしてわかんないの、ディオが褒めたのは……その持ってたもののことじゃなくて、それを誇ってたお前の在り方なんすっよね?」



わからないはずないのに。目を逸らすなと突き付けてくるマルクに対して、逸らす目だって持っていないと返すのは簡単だ。



「僕は……」



握られた手。ゆるく握り返してみたら、クラウディオもぎゅっと手に力を込めて応えてくれた。見えなくても、クラウディオはまだ自分のことを想ってくれていることがよくわかる。怖くって、長らく避けていたのに。避けていたからこそ、今こうして手を握り返し難くなっている。

ホルホルが立ち上がって、それから槍を持ち上げた。ここを離れなければならない。停滞する為にこんなところへ来た訳では無いのだ。マルクも、頭にかけていたゴーグルを一旦下ろして、砂埃を拭った後にかけ直した。



「ティア、俺と来て欲しいッス」


「……でも」


「俺はティアの目が好きだったわけじゃないんッス!!あ、いや、好きだったけど!目よりも、なによりも、物知りで、優しいティアが好きだったんッス」



自分の手を握るクラウディオの手が震えているのが、痛いくらいに伝わってくる。いいんだろうか。甘えてしまって。



「外、見れないなら、俺が見たもののこと教えるッスから。俺あんま頭良くないから、どんな景色か上手く伝えられないかもしれないっスけど……」



握られていた手に、暖かい雫が落ちた。



「ティアと夢にみた外を見るなら、伝えるなら、ティアと一緒じゃないと嫌だ」



右目は過去を、左目は未来を見ていると言う。自分はきっとどちらも見ることが叶わない。

過去も、未来も見れない、見たくないと逃げ続けていたけれども、目の前で泣いている愛しい鳥の涙まで見て見ぬふりをするなんてことはできなかった。



「……泣かないでください」


「来てくれるんッスか」


「…………はい。許してくれますか」



手探りで涙を拭ったら、その手をそっととられて頬擦りされた。何も見れない、夢見た景色も望めない。それでも隣にいて欲しいと望むドールがいるのなら、そのドールの涙くらいは拭えるように。

ホルホルが安心したようにため息をついたのも、マルクがわざとらしく視線を外すのも、スティアからはわかったけれど、珍しく涙を流していたクラウディオにはさっぱりわからなかった。



「それじゃあ、外に……」


「ホルホルの声したぁ!」


「アンド兄さん、暗くて危ないから走らないで!」



頭上、格子と空とが垣間見える大穴の上から声が降る。20メートル以上は高低差があるだろう地表から、危な、という声と共にぱらぱら砂利が降ってくる。大穴の前で足を止めたアンドが、ひょっこり、逆さになって顔を出した。



「真っ暗でなんも見えない」


「だろうね」


「兄さん危ないよ」



夜想曲ノークターン ”。

頭上の鳥達へ、マルクが夜を想うアビリティを。暗闇の中でも明瞭になった視界に表情を和らげたアンドの元へ、マルクとホルホルが飛び向かう。

俺達も行こう、と手を引かれるままに、スティアも翼を広げて地表へ。満月の__否、よく見たら欠け始めている上に、格子が被ってほとんど半月のような状態だったが。月の光がぼんやりと世界を照らしていて、マルクのアビリティがなくとも足場を確認するくらいならば問題なさそうだった。けれども、念の為アビリティはそのままに。

合流して、報告も兼ねてそちらに寄ろうとしたけれど、アルファルドや青玉達の背後に永朽派のドールが並んでいることに気が付いた。ホルホルが足を止めて槍を向けるのを、アンドが制する。



「ホルホル待って、この人達大丈夫だよ」


「…………説明が欲しいんだぞ」


「あは、疲れちゃったんだよ。皆。大丈夫、何かあったら俺が止められるから」



黄金と泥に塗れたドール達の中でも、一際ひどい怪我をしている梦猫に視線をやる。カーラに抱き上げられる形のまま、長い前髪の向こうからこちらを見ている梦猫のボディには大きな亀裂が山ほどあった。

カーラも、アルファルドもアンドも、泥と黄金で汚れている。ニアンだけはほんの少し衣類が汚れているだけだったが、それにしたって争いの後だろうことは誰が見ても明白で。

梦猫をこちらに寄越すよう手招けば、カーラが一瞬渋ってみせる。けれども梦猫本人はあんまり気にしていないようであるから、近くに寄らせて申し訳程度の治療を開始した。ホルホルの左眼が、敵対するドールの傷を癒していく。

革命派である前に、永朽派である前に、自分たちは同じドールだ。怪我人を直すことがホルホルの役目。



「ありがとう」


「礼はいらないんだぞ。あとはこれでも使って、大人しくすればすぐによくなる」


「……ありがとう」



ほんの少し震えた声で礼を述べる梦猫に、ホルホルが黄金の入ったクリームケースをそっと渡す。敵対派閥とも仲良くしたかった梦猫にとって、分け隔てなく治療を施したホルホルの存在は、つい先刻で負った心の傷を抉ってやまなかった。身体の傷は癒して貰ったと言うのに。

親友との再開を喜んだアンドとクラウディオの抱擁。ラクリマの安否を問う言葉。濁って返るかと思いきや、アンドの妙にあっけらかんとした声が事実を報せて曇る顔。

ぐんと背の伸びた青玉が、ほんのちょっぴり、まだ柔さを残す顏に、やるせないような表情を。

陥没都市から戻ってきた仲間達の怪我を確認して、それから川の方へと、ゆるり、ゆっくり、まるで自分達の心にできたソレのように口を開く大穴を避けて。


鳥籠の中は滅茶苦茶だった。


倒れたビル、元より不安定だった鉄塔が、激しい揺れとあちこちで頻発する陥没につられて傾く景色。川辺の堤にヒビでも入ってしまったのか、鶉の街は川へ寄れば寄るほどに地面が濡れて仕方がない。普段ならばこの時間帯に灯りが着くのだろう、穏やかなはずの景色は真っ暗で、はるか遠く、保育所と、孔雀の街の方だけが明るかった。きっと皆壁際に避難しているのだろう、中央帯は不気味な静寂が広がって、夜の鳥籠を支配していた。



「ねぇ、兄さん達、あれは何かな」



川辺。

ふと青玉が、川の対岸付近を指し示す。

川底でぼんやりと、白い光が揺らめいていた。ほとんど黒に近い色のまま、その身体を揺らして水面をくゆらす川の奥底に、全員の視線が集中する。渡れば、わかること。

順々に翼を広げて川を渡り出したドール達の肌を、夜の湿った風が撫でては笑って消えていく。フラフラ、落っこちそうに空を飛ぼうとするニアンを青玉が支えて引っ張った。梦猫も、カーラも、ニアンも、サファイアと名乗った青年の正体に心当たりがない。もう、目を逸らしていた雛鳥はいないから。名乗りを上げない限りは、周りが名前を呼ばない限りは、同じ影の主だなんてわかりっこなかった。

一足先に対岸についていたマルクは、皆が脚を下ろした位置よりずっと奥に突っ立っている。ずらずらと並んで降り立つドール達。

唯一ほとんど無傷で、なんら支障もなく動ける状態だったホルホルが帽子と槍を青玉に預け、川に向かって身を投じた。

ざぶん、夜の、春の川は身を切るように冷たくて、鳥の体を鈍らせる。奥底で光を放つ真珠を迎えに、黒曜の飾られた金の人形が水底へ。



「あ、う、嘘、嘘、リーダー……」



対岸は、一言で言うなれば地獄絵図だった。

近くで、背後で揺れる川の音とは逆の方。西の方から微かに雨の音がする。啄木鳥の森から木菟の森まで、止まない雨がその姿を現していたから。焦げ臭さを殺す雨の匂いが漂ってきて、僅かに鉄のような香りを孕む黄金の匂いも揃って皆へ届けて回る。

ただ眼前に散る紅い羽と、見覚えのある風切羽と、ぐちゃぐちゃになって原型もわからない黄金があちこちに打ち付けられたように広がる様に言葉を失った。少し離れた位置にもうひとつ黄金が潰れたようなあとがあるけれど、そちらには白と黒の羽。

ちぎれてしまってどうしようもなかったのだろう、四方八方に、愛したドールの一部だったろうソレが散っているのを呆然とみやって。



「何、これ」


「…………リーダー、リーダーどこ、返事して!!どこすっか、ねぇ!!」



半ば錯乱気味に辺りを見回して声を張り上げるマルクの裏に、アルファルドが並ぶ。何も無かった。滅茶苦茶に散らばった光の欠片、格子に遮られて月の光すら欠ける夜の中では輪郭なんてわからない。そっと屈んで、近くに落ちる、フィンガーレスグローブのはまった手の形をした黄金を拾い上げたらば、とっくに強度を忘れたそれはどろりと溶けて手の内を離れていってしまった。

あれだけ外へ外へと手を引いていた高い熱が、どこにもない。



「や、やだぁ、リーダーどこ、うそ、ねぇ、嘘すっよね!?」


「マルク兄さん!!」



酷く混乱しているマルクが、首を掻いて爪の先を黄金で縁どり始めたのを青玉が咎める。嫌だ、嫌だと騒ぐマルクを抑えながら、視線を滑らせたらば、見覚えのあるアウターやら、ガラス部分が粉々になって空洞ばかりの残るゴーグルなんかが散っていた。

高い所から落ちたにしたって、とんでもない散り様だった。まるであっちこっちに、既に息絶えた身体を振り回しでもしたような、そんな散らばり方。紅玉と自分が落ちた時もこうだったのだろうかと思ったが、紅玉も自分も身体の形は残っていたはず。ここまで、跡形もなくはならなかったはず。

放射状に黄金の散るアスファルトの模様はひとつではなくて、なんなら、同じ通りに聳えるビルの壁にも羽と黄金が混じったソレが描かれていた。

一度地で弾けた腕や足が壁に当たってまた散った?それにしたって、ここまで酷くなるだろうか?



「何だこれ、どうしたらこんなことになるんだ」


「…………だれのか、ぜんぜんわかんないね、」


「火鳥さんの羽だ」



珍しく、わかりやすく狼狽したカーラが額を抑えた。すっかり疲労の色が濃くって、余りのストレスに音をあげてしまいそう。困惑の色を隠せぬままにきょろきょろと首を回すニアンが肩を竦めた。

そっと、長い飾り羽を梦猫が拾い上げる。妙に静かだったアルファルドが途端に身体の向きを変えて梦猫の前に聳えると、その手から飾り羽を取り上げた。

びくり、梦猫と、隣にいたニアンが肩をふるわす。裏切り者の目はすっかり据わってしまっていて、ただ羽を拾っただけの梦猫に対しても牙を剥いて。



「俺のだよ」



グローブのはまった手に、ぎちりと音がするほどきつく握られた長い羽は、その握力に耐えられなくって、変な形にシワを残し、歪んでしまった。

泣き喚くマルクの声が薄暗がりに響いて仕方ない。自分を見下ろす黒い双眸に、梦猫が震えながら頷いた。取る気はない。だってそもそも、取れるものだって残ってない。

ざぶん、水の中から戻ってきたのだろうホルホルが、重い音を立てて上がってくる。水を吸った布の重みは相当だろうが、そんなものは気にならない。ただ、その右手に白く輝く球を携えて、月の光の名の元へ。



「取ってきたんだぞ」



コアだった。眩い、白い光を放つコア。

テニスボールサイズの命を片手に、黒い双眸を見開いたホルホルが眼前の惨状を認識する。広がった見覚えのある遺骸、主をなくした白いコア。暴れるマルクを諭そうと片足を踏み出したらば、大きな黒がそれを遮って手を打った。

ばちん、右手をぶたれて痛みに顔を顰める。ついさっきまでホルホルが持っていたはずのコアが、アルファルドの左手にあった。



「待つんだぞ!!直せるかもしれないのにっ、何して……」



言葉が終わる前に、白い光が呑まれて消える。薄い唇の向こうに消えた時点で、光はどこにも届かなくなってしまった。ごくり、狭い食道を半ば無理矢理こじ開けて嚥下する。



「何してるんだ!!戻せ、そもそもそれがクレイルのかだって判断つかないんだぞ!」



飲み込んだ口を抑えていた手を、肘のあたりを引っ張る形で引き剥がしたらば、アルファルドの指部分だけが空気に触れて冷える手と水に温度を奪われて冷えたホルホルの腕がぶつかった。じゃらり、広がる青い鎖。あっという間にホルホルの身体が青い鎖に蝕まれて、誰のコアかが晒される。

ニアンが小さく、りぃだぁ、とだけ呟いた。



「______じゃあ、あたりを引くまで探して回ればいいんでしょ」



他者のものだとわかったからって、吐き出すつもりは無い。使えるものは、全て使う。目当ての物が手に入るまで、持ちうる全てを振るえばいい。自分を引き入れたあの鳥がそうしたように。それとは比べ物にならないような、酷な方法だろうと。














​───────​───────













青い水がユラユラ揺れる。

作られた海のようなその光景は、不気味な程に綺麗だった。



「ミュカレ、あんまり奥に行かないで、危ないから」


「わかってるよマイディア」



シアヴィスペムと、リベルと、ルァンと、シリルとがこちらを見ている。裏切った後だと言うのに、まるで皆で綺麗な景色を見に来ただけのような穏やかな空気感だった。

見渡す限りの、青、青、青。

海よりも鮮やかなそれを言い例えてみたいけれども、彼等は海の色を知らない。








​───────

Parasite Of Paradise

18翽─交錯する黄金

(2022/04/16_______14:40)


修正更新

(2022/09/25_______22:00)

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