16翽▶修羅宿す要塞



















アイアンは命令に忠実なドールだ。

上司が「このドール達は殺すな」と言ったならば最善を尽くす。規律は、命令は絶対だ。だが命令されていない部分に関してはどうだろうか?既存の命令である「活革命派を始末する」という内容を止めろとは言われていない。ならば殺しては行けないと指示されたものとは違う個体を始末しに行くのが仕事だろう。

言い出しっぺはカーラであるが、アイアンはそれに頷いてラクリマとアンドに追い討ちをかけるべく動き出したのだ。

きつく握った大剣の柄から伝わってくる硬さと重みを思いっきり振り上げながら、目の前を駆ける三体のドールの背中に向かって狙いを定めて目を光らせる。

この世界の真相に一歩近づいた存在ならば理解しうるだろうが、ドールは、元々完全に“ 道具 ”としてニンゲンの手から作られた。そこにドールの意思は、ドールになる前のニンゲンのこどもの意思はない。

この荒んだ鳥籠の中、意志と心を持つドール達のソレは擦り切れくたびれを繰り返していた。他個体との交流で育んだ愛や思い出がドールの弱いを支えていたが、ならばソレを失ったドールはどうなるというのだろうか。



「アイアン!飛ばしすぎだ、お前の図体でそんなに速度をあげたら……」


「関係ない、貴様仕事を遂行するのにそんな小さなことを気にするのか!」


「身体壊れるよ」



アイアンの肩の左右に乗っかる形で口を挟むカーラと梦猫に口酸っぱく言われるも、指示でも命令でもないのならば無視して走る。酷い振動に耐えかねてようやっと目を覚ましたのだろうニアンが、アイアンに引っ掴まれていた形から逃げ出そうとすることも無くぼんやり目を開けた。

全力で走ればアイアンの身体にもガタがくる。特注の鎧とそもそもの重量が凄まじい身体がもたらす200キロ近い自重を支えながら速度を出すのだ、活動に支障が出ないはずが無い。

勘のいい梦猫と耳のいいカーラは、何故本人がボディの限界をここまで気にしないのか不思議で不思議でならないのだ。先程からミシミシとなる音は明らかにアイアンから響くもの。ここまで大きいボディなら注意深く手入れを行う必要があるし、その手入れを少しでも楽なものにする為には普段から身体を大切に扱うことが必要不可欠。

アイアンのこの、猪突猛進気味な自信を顧みない特攻気質は些か理解し難い部分があった。



「そもそもこの速度と相手のあの速度じゃ追いつけない」


「カラくんと僕だけ先に行く?」


「ソレもありだが打点が薄い。遠目からだとわかりにくいが人数が増えているし、警戒すべきだろ」


「くだらん、全員まとめてジャンクにすれば済む話だ!」


「それをする為にどうするかって話をしてるんだろ!」


「ニアくんびっくりしてるから怒鳴っちゃダメ」



自分の名前が出たことにも驚いたのか、ほんの少しだけニアンの翼が膨らんだ。

ニアンは酷く受動的で、その場の空気に飲まれがちだ。誰かに反抗することはない、従順な姿に妙な既視感と、そこはかとない違和感を覚えてしまう。

ふと、カーラは思った。アイアンとニアンはまるでAIのようだと。

1、命令に従う。

2、規律に従う。

3、革命派を潰す。

ニアンに関しては例にあげた三つ目の印象は薄いが、この2人はこんな三カ条に基づいて動くロボットのようなのだ。故に、融通が利かない。今もアイアンは馬鹿正直に自身の身体の限界を考慮しないような形で突き進んでいる。

普段この2人が動く時はどうしていただろう?リーダーは常にニアンを1人にしなかったし、アイアンに指示を怠ることはなかった。ヴォルガや梦猫といった指示や要求を出すことに長けた個体だったり、ルフトやコラールと言った少々我の強い、発言の多い個体と共に居たような気がする。

ならば自分がとるべき行動はなんだ?

この場で“ カーラ ”がとるべき行動は。



「…………アイアン、鎧を脱げるか?」



司令塔になること。

ようやっと速度を落としたアイアンが留め具に手をかける。どうやって着ていたのかわからないが、あっという間に肩のアーマーを外したアイアンがこれでいいのかという顔をした。

身体が軽くなっただろ。ああ。短いやり取りの後、もう片方の肩のアーマーも引き剥がす。脱いだ鎧を持ち運んだのでは意味が無い、重量を落とす為に鎧を脱いだのだから。



「ニアンはもう一度アビリティを活性状態にしてくれ」


「わ、わかった……」


「マオは何もしたくない」


「指示出す前に逃げるな」



この流れだと自分も指示を受けると悟ったのだろう梦猫が、緩い声で先手を打った。もちろんこのわがまま、もといお願いだけは聞く気がない。



「脱いだ鎧はどうする」


「投げるでもすればいいんじゃないかな」


「またそんな適当を……」


「そうか」



あからさま適当な返答をしたのだろう梦猫を咎めようとしたらば、ふた返事どころか一切の遠慮もなく頷いたアイアンが急停止して思いっきり振りかぶった。ニアンを抱えている腕とは逆の剛腕が空を切って、その手に収まっていた、重みと厚みがそこらの品とは格の違う鉄の塊を宙に送り出す。

弧を描くどころか、あまりの速度にただただ一直線、弾丸の如く飛んで行ったそれを唖然と見送った。


追われる側の革命派である三体のドール達は、背後から迫ってくる巨神兵と距離を置くべく激走を繰り広げている最中だった。

脚の早いラクリマを越すとも越されるともしないような位置で翼を広げて突き進むアンドとアルファルドの内、手負いの方が声を上げる。



「ねぇ、ごめんまって」


「どうしたのアンドサン!!」


「翼急に重いぃ……」



ゆるゆると高度の下がるアンドに合わせてラクリマが足を止めた。顔を上げて、赤い双眸が揺らめく影をじいっと見据える。未だに開いている距離が阻害している為によく見えないが、恐らくついてきているのだろう後方のニアンがアビリティを再発動させたらしい。強弱のコントロールができる毒アビリティは厄介だ、とうとう空中での姿勢制御も難しくなったのだろうアンドがブーツの踵を地につけた。

ニアンのアビリティは、“ 蠱毒 ”を受けて変質したドールそのものに毒を付与するものではない。対象ドールの羽を麻痺毒を有した毒物に変えてしまうものだ。故に、ゆっくり、ゆっくり、蝶が戯れに羽を毟られるように飛行能力を奪われていく。普段ならば宙を翔る為の味方になるというのに、それが痺れを帯びて上手く動かせなくなったなら、例えどんなに立派な翼だろうとお荷物に過ぎなくなってしまうのだ。

重たそうに大きな翼を引き摺ったアンドに駆け寄ったラクリマの目の前で、ひょいとアンドが持ちあがる。



「あ!!俺が助けようとしたのに……」


「流石にスタミナ持たなくなるよ、荷物増えたら困るの俺でしょ」


「困ったら俺が助けるって!」


「じゃあ困らせないでたすけて。行くよ」


「ンー!!!」



俺翼大きいから結構重いよぉ?と、一対の翼をぐったりさせたアンドに、重いものを持って飛ぶのは慣れてるとだけ返す。抗議しているのだろうラクリマの声を聞き流しながら、今一度翼を広げて。



「危ない!」



俵担ぎにされて、後方を見ていたアンドが無理矢理体重移動を。バランスが崩れて片膝を着いたアルファルドの、元いた地面が抉れて消える。上がった砂埃、喉をちくちくと痛めつける毒素まみれの塵芥。

アスファルトが吹き飛んで消えた薄汚い地面には、自分達の顔程の大きさがあるだろう鉄の塊。

まさか。振り返る。巨躯が織り成すシルエットが、追撃と言わんばかりにもう一度投擲の姿勢をとった。

大砲の弾が飛んでくるようなものである、当たれば、頭だとか胴体に当たれば間違いなく即死。

誰が声をあげるでもなく、それでも合わせたみたいにアルファルドとラクリマは飛び出した。追い付かれれば、カーラのアビリティをくらえば、その後死ぬ。追いつかれなくても気を抜けば死ぬ。デッドエンドに塗れた、廃れて汚れた街を一直線。

二発目が少し後ろに着弾したのを音と振動で理解した。爆弾が爆ぜる音とはこんな感じなのだろうかなんて冷めた考えがあるでも無い、靴の裏が砂利を蹴散らす感覚のままに前へ、前へ、重たいペンギンの翼の重みを感じさせないような足取りのままにラクリマは走る。

投げられたあの鉄の塊には見覚えがあった、おそらくアイアンの鎧のポールドロンの部分だろう。だとしたら飛んでくるのは先程背後に着弾したあれで最後。次に飛んでくるとしたら、飛んでくるのは、もっと。



「ッッあ゙、ぐっう!?!」



冷や汗が落ちる感覚がズレていき、あまりの勢いに流されたのだろう、本来ならば滴り落ちるだけだったはずの汗が頬を横に切るように流れた。アルファルドの身体がひっくり返って、吹っ飛んだから。

持ち上げていたアンドを壊さないように、それでいて自身も壊れないように上手いこと受身を取ろうとするも上手くいかない、飛んできた何かに巻き込まれて、それでもってソレの勢いに負けたのだ。勢いを殺すどころかさらに勢いづいたままに地に落ちて、3回ほど、揉まれるように砂利と泥の上を転がる。苦しげな声を上げたアンドは無事らしい、すぐに体勢を立て直そうとしていたら、ラクリマが血相を変えてこちらへ。

次の投擲が来る。足を止めるのは悪手だ、滲む脂汗を袖で拭ってその手を地に下ろし、今一度立ち上がろうと重心移動。



「俺、ならいいから。足とめないで」


「でもそれ……」



立ち上がろうとして気が付いた。あまりの衝撃に痛みも紛れてしまったのだろう、遅れてやってきたその痛みと景色がアルファルドの視界を汚す。

膝から先が潰れて無くなっていた。飛んできたアイアンの鎧の、腰当ての部分、タシットのプレート同士に運悪く挟まって潰されてしまったのだろう。原型を留めていないソレから膝先を引き抜く。辛うじてちぎれなかったズボンの裾が、中身を失ってだらり、ぶらりと力なく頭を下げていた。



「痛くない?助けたげる!」


「翼あるから平気」



冷たく突き放すようにも聞こえる言葉は、ほんの少しの焦りを帯びていた。脚と脚をぐっと折り、グローブのはまった手でズボンの裾をきつい固結びに変える。失血を抑えるのには不十分かもしれないが、ないよりかはマシだろう。翼を広げて、少しふらつきながらももう一度飛び立った。

死ぬ訳にはいかないのだ。アイアン相手ともなれば、捕まった後に言い逃れだってできないだろう。アレは規律を破った者に容赦がない。拭ったはずの汗がまた視界を滲ませるのが、嫌に鼻にかかって仕方なかった。

追撃。重い物が宙を飛んでいく時独特の音が鼓膜を揺らす。

鳥籠は閉ざされているものだから、ヘリコプターが飛ぶ音なんて誰も聞いたことがないだろう。ニンゲンならば知っている、あの音に近かった。死が飛んでくる。

地下街二層は完全に捨てられた街の容貌だが、酷く傷んだ景色以外は普通の街の区画そのものだ。通路を1本奥にずらせば時間が稼げるだろう、飛んできたチェストプレートを避けるべくラクリマ共に思い切り右に進路を変えた。上がる土煙を吸い込むことも厭わずに、ただ、ただひたすら外へ。



「相手どんどん早くなってないー!?」


「でっかいのが鎧捨ててるからでしょぉ、もう少し近くに来たら俺もアビリティ再発動できるんだけど……」


「これ以上近付かれたら俺達が死ぬ……」



ズズン、ゴゴゴゴゴ、なんて、重いものが落ちる音。背後、アンドからは先程よりも近くに揺らめく真っ赤な瞳がこちらを捉えて細められるのがよく見えた。

あれはもうドールと呼んでいいものか怪しいな、なんて、痺れが回って震え出した指先で目元の汚れを拭い落とす。


アビリティを発動したことによって、自身にもかかっていたデメリットの麻痺毒をコントロールしやすくなったのだろう、先程よりも顔色が良くなったように伺えるニアンが、抱えられっぱなしだった状態からゆっくり這い上がってきた。酷く揺れる状況の中で身動きするのは難しいだろうが、カーラが引っ張りあげたおかげで楽になる。

ブーツ以外の鎧を全て武器に変換したアイアンは、先程よりもかなり移動速度が上がっていた。

飛行はしないのかと梦猫が疑問を投げかけたなら、走った方が早いのだとだけ返された。腰宛に使っていたベルトに下げていたのだろう大剣は、外したレザーベルトを肩にかける形で背中に剥き身で携えている。

鎧だけで800キロ、本体である自重だけで200キロあるアイアンにとって、その翼はサブウェポンに他ならない。メインウェポンはこの体格と、それを活かした重撃だ。

加えて、自分自身を武器のように扱うことに何ら抵抗がないのだから、鎧を放ることにも抵抗がないのだ。地上でも度々その体格と腕力を活かして、何かをぶん投げることで攻撃するということはしていたかと梦猫が得心する。アイアンは大剣を投げて、空中のドールを一撃で仕留めることだってできたのだ。

それに、地下街は全体的に足場が悪い。重苦しい鎧を放って身軽になったことで、その場への適応能力が上がったことには違いがない。空を飛ぶのとはまた違う、地を走る時特有の揺れを帯びた風の流れを顔に浴びながら梦猫が髪をゆらりとくゆらせて。



「追いつけるかな」


「いや、相手が蛇行を始めた。アイアンの体格だと蛇行されるのを追いかけるのは厳しい」


「じゃあ誰か飛んでく?僕とニアくんは無理だよ、多分あれじゃ追いつけない」


「ご、ごめ……うまくとべなくて……」



謝らなくていい、とだけ短くニアンに返したカーラが、胸を張ってぐうっと息を吸い込む。


途端、爆音。


コラールほど破壊力に特化こそしていないが、屋内、しかもだだっ広い地下空間。音の力が増すのに最も適した地形は、迷う暇もなくカーラの能力に味方した。反響、増幅、空気が揺れて、音が空気を殴りつけながら辿って進む。

老朽化した建物の数々がその震えに負けて、腹辺りから折れだした。

飛行しているアルファルドは進路を変えることで避けこそしたが、陸路を行くラクリマばかりはそうもいかない。距離が縮まって先程よりもよく見える、ラクリマの背中が瓦礫の下へ消え行くのを見届けようとしていたら、ぐるり。金の双眸がこちらを睨みつけた。


“ 交換 ”。


あっという間に場面が塗り変わる。カーラ達の真下にいたはずのアイアンはおらず、代わりにあの憎々しい金の瞳がキラキラギラギラ光っていた。振り回された翼を受ける。ぐっと身体が押されるのを堪えて、それからカーラもアビリティでもって応戦を。

劈くような高周波、痺れすら覚える耳の奥。ラクリマの顔色は、にんまり、狂おしさを覚える程の妖しい笑みを浮かべたまま。

自信に満ちたドールの表情が、嫌で嫌でたまらない。カーラの逆鱗を逆撫でする形になったのだって、意図したわけでもないのだが。

どうにも、同じドールのはずなのに、上手いこと相容れる未来が浮かばなかった。

通路の奥、ビルの影に飲まれたはずのアイアンがほとんど無傷のままに瓦礫の上へ出てきたのを見とどめると、ラクリマがまた位置を交換する。イタチごっこだ、このままでは埒が明かない。

カーラにはもうひとつアビリティを使った技のようなものがあるが、アレを繰り出してしまえばこちらの手数は大きく減る。使い所は選ばなくてはならない、服についた埃を払って、それからアイアンにニアンを任せると指示を。なんだか、喉の奥が焼けるようだった。



「ラクリマこっちこっち!」



陥没都市に出る細い抜け道にたどり着いていたらしいアンドが、今度はアルファルドと運び役を交代した状態で低めに片手を振っている。

痺れてしまって鉛のように重いだろう身体で、翼が移動の主軸となってしまって細い道を抜けるのが困難になったアルファルドを連れている。半ば引ずるような形だが、道の狭さと体格差を考えると致し方ないだろう、アルファルド本人も気にしていないように伺えた。

駆け寄ってきたラクリマが半分無くなった脚の先を担いで、アンドと共に細道の奥へ。逆光でシルエットだけがはっきりと見えるアンドの向こう、ようやっと開けた視界に一陣の風が吹き抜ける。長らく薄暗い空間にいたせいか、視界がチカチカ光って仕方なかった、滞ってまとわりついていた空気がさっぱりと拭き取られるような感覚が心地いい。

細道を抜けたらば、足場の悪い箇所を離れて上へと昇るべく少し開けた箇所へ移動する。陥没都市は超巨大な階段井戸のようで、下にも、地下三層の高度の分だけまだまだ空間が広がっていた。

あの細道をアイアンの巨体が抜けるのは難しいだろうし、少しでも時間は稼げただろうか。

アンドが額を落ちていた汗を拭う。ぼたり、手の甲で払われた汗が乾いたアスファルトの崖に染み落ちた。ドールは、作り物だと言うのに汗を流す。涙を零す。唾液が落ちる。どうしてなんだろうなぁとアンドは思ったが、きっとこれが、世間一般的な認識の“ 生きる ”ということなのだろう。

顔を上げたら、スタミナ自慢のラクリマも疲れているのか手元を隠すような形の袖でこめかみの辺りを拭っていた。



「下ろして、もう飛べる」


「えー!困ってるでしょ、運んであげるよ」


「君が垂直に20メートルくらい飛べるんだったら頼んでたかもね」


「ンー……」



ほんのちょっぴり相性が悪いらしい2人のやり取りを眺める。細道の向こうのニアンがアビリティを解除でもしない限り自分はほとんど飛べないままだ、青玉の到着を待った方がいいだろう。

なんともなしに上を見上げる。地下二層の高さにいるせいだろうか、抜けるような青空は、いつもより全然高いような気がした。格子の向こう。仲間を自分なりに“ 死なせる ”つもりはサラサラないが、やっぱり。どうせなら手を繋ぐか、隣に並ぶかでもなんだっていい、体温を感じられる形で向こうに行きたい。長い前髪が地下におりてきた春風に揺られて、彩度の低い紫苑の瞳を春天の下に照らして見せて。

ずっと穏やかならばよかったのに。

揺れる地の悲鳴が、穏やかな空気と晴れ空を撃ち落とす。修羅宿す要塞が、守られていたはずの地下の街壁を打ち破りながら現れた。

大剣1本、たかが鋼鉄の板一枚も、アイアンが振るえば破壊の権化と成り代わる。10数mは厚みがあっただろうあのコンクリートの壁を無理矢理突破してきたらしいアイアンが振り上げた大剣を、バックステップで回避した。翼と肩は酷く重いが、足ならばまだ武器になる。



「信じらんないんだけど……!!」


「目に物見せてやれば信じるか?」



陥没都市の足場は不安定だ。半円を描くような形に広がる崖の対岸には灰色の壁が広がるばかりで、かなり広い縦の空間は足を踏み外せば命を落とすに違いない。

老朽化したアスファルトの舞台が、アイアンの猛撃に耐えられるなんて思えなかった。振り上げられた大剣が汚れた灰色に波状の亀裂を作り出し、ぴしり、みしり、大きな音と共に飛んできた瓦礫が頬の柔い部分を削り取る。薄汚い土と石の群れの中に混じって飛び散る黄金は、場違いな程に美しかった。

足場が悪くなってバランスを崩したアンドと、それを支えにしていたアルファルドが地に伏せる。ラクリマひとりでアイアンの相手をするのもできないことはないのだが、そろそろエネルギー切れが近い。デメリットがほとんどなく、非常にローリスクハイリターンとはいえ体力を消耗しない訳では無いのだ。

アイアンほどの巨体相手に何度もアビリティを行使するのは得策ではない上、そもそも位置関係の管理を怠ってしまえば逆手に取られて痛い目を見るのはこちらになる。

振りかぶった大剣をそのまま下ろされると判断して、脚に力を込めると前方へ飛び出す構えをとった。が、アイアンの動きが僅かにそれて、ラクリマの位置よりも数十センチ右に大剣が振り落ちる。

アンドのアビリティだった。アイアンの長い髪に着いていた黄金を媒介に発動された“ 傀儡 ”に、大きな舌打ちが返される。



「なんだってそんなしつこいワケ!?」



ヘラヘラ笑ったその表情。お世辞にも余裕そうとは称せないその表情に、修羅のような気迫を帯びていた顔のアイアンからすぅっと毒気が抜けていく、ような気がした。

なんだってそんなにしつこい。そういえば、なんでだろうか。

自分は革命派が憎い。どうしてだろうか。規律は守るべきものだ。どうしてだろうか。なぜ自分は剣を振るっているのだろうか?



「さぁ、なんでだろうな…………」



こっちが聞きたいよ。


ゆめうつつの狭間を思い出すようにぼんやりとしていた赤い瞳があっという間に鬼を宿し直して色を増す。鉄纏うその脚に力を込めて、拭ったはずが拭えていないような、古臭い黄金にまみれた腕を振るって全てを断ち落とす。

目の前のドールを殺したら、中に自分が求めていた何かがあるかもしれないな。スッキリするかもしれない。スッキリしたとしても、身軽になる訳でもなんでもなかった。アイアンは、鎧よりも何よりも重苦しい鎖の着いた楔が心に刺さって朽ち落ちて、開きっぱなしの穴からなんにも零れやしなくなっていたのだから。

大きく入った亀裂が地を裂く。持ち手を切り替えて、軸足を右に。剣の振り方以外何も覚えていやしない身体の全てが武器だ、上体を捻る形に、剣を抜いて、今一度奥へその刀身を打ち付ける。

速かった。その巨体から繰り出されたとは思えないほどに。

そうだ、回避。回避を。アイアンの背後に出てきたニアンかカーラか、なんだっていい、ここで死んでしまっては誰も助けられないから。足首が妙な方向へ曲がる感覚の僅かな後に、焦りのままに見開いた眼を、誰かに覆われたのだけはわかった。



「あ、っかふ、ぅ゛?」



右足首から先が、大剣の向こう側に落ちたのだけはわかった。そのまま横薙ぎに振り回された大剣に身体の右半分が打ちのめされて、摂理に反した重力に思いっきり身体が流される。

誰かと揉みくちゃになって宙を吹っ飛んでいく。


ああ、これ、助けられるかな。


大して遠くもない壁に身体が激しく打ち付けられたのだけはわかった。

痛い、痛くて苦しくて息をするためのパーツが悲鳴をあげて仕方がない!ああでも、崖側に放り出されなくてよかった。壁、自分、それから白い髪のドール。梦猫が巻き添えになった上で持って、アイアンはとうとうその場の支配権を確固たるものに変えきったのだった。

カーラの表情が青ざめたけれど、ニアンの顔色はほんの少し気まずそうになるだけ。何が起きたのかわかっていないアンドからは、大剣の薙ぎ払いをもろに受けてヒビまみれになった梦猫と、それを意図せずとも追撃から庇うような形でボロボロになったラクリマの姿だけが見て取れた。



「アイアン!!」


「これで厄介なのは黙ったな」


「お前、なんだって梦猫まで」


「……?、死んではいないだろう」



げほ、げほと咳き込む梦猫の声。確かに死んではいないが、ラクリマと梦猫では身体の頑丈さが全く違う。梦猫が上の状態で壁に投げつけられたから生きてこそいるが、もしこれが逆だったならば梦猫は粉々になっていただろう。

そしてこの位置関係は偶然ではない。ラクリマが視界を塞いでいた梦猫の髪を媒体に“ 交換 ”を発動し、わざと自分の方が深手を負うように入れ替わってできたもの。



「ぁ、え゙ほっ、う、ゔえッ、……」


「だ、大丈夫ー……?三枚羽の、まっしろな……助かっら゙ねぇ゙、っうぇ……俺のおかげだね……」



金の髪飾りが衝撃で外れたのだろう、カラカラ、辛うじて無傷だったまぁるい円筒のそれが視界の端を転がっていく。金の髪留めは、梦猫にとって大切な予防線だった。一定の長さの位置で結んでおくこれがなければ、アビリティの制御の加減をどれ程で止めればいいのか無意識下の内にわからなくなってしまって、髪がどんどん伸びていく。

咳き込む喉を抑えたままに顔を上げたらば、にっこり、細められた金色が梦猫をじいっと見ていた。梦猫の髪留めの金よりも柔らかくて、深くて、底のない金。

助けられた。どうして?この子ならお友達になれるかもしれなかったのかな。


梦猫は、本当は争うことなんて嫌いだった。

みんなと仲良くしたかった。

みんなと仲良くなりたいのに、何を話したらいいのかわからなかったから、ぬいぐるみ相手に練習したり、お願いを聞いてもらうなんて幼い口実で甘えてみたりした。永朽派の皆とは、それなりに仲良くできたと思う。アイアンは、まるでドールを見ているとは思えないような平坦な声で生死の判断を下してくる程度までしか仲良くなれなかったのかもしれないが。少なくともカーラとは仲良くなれたと思っている。永朽派の皆と仲良く過ごす時間は大好きだった。自分は永朽派のドールと仲良くできたはずだ。

では革命派のドールは?

本当は、永朽派だとか、革命派だとかで争いあったりしたくない。稚拙な願いかもしれないが、梦猫はただ、みんなで仲良く暮らしたいだけだった。外が危ないかもしれない。だから行かないで欲しい。それだけだった。それだけだったのに、いつからこんなに溝が深くなってしまったのだろう。皆同じドールのはずなのに。

カーラが駆け寄ってきて自分を連れていこうとするのがわかったから、重たい腕を持ち上げてそれを制する。アイアンが大剣を真っ直ぐ振り上げたのが見えたから、ヒビまみれの脚を引き摺って身体を起こす。そっと両手を広げて、自分を守ったラクリマを守り返すように立ち塞がった。



「立てるならそこを退け」


「ね、ぇ、アンくん……マオのお願い、聞いてよ……」



折れそうな首で上を見上げた。真っ赤な瞳が自分を見下ろしているのに気が付いて、すうっと背筋が冷めていく。


ああ、赤い眼って、こんなに怖いんだ。


あの時、梦猫に怯えて逃げた子猫になった気分だった。自分は逃げられないけれど。そっか。こんなに怖かったんだ。つくりもののの赤い眼は。



「革命派を庇う気が知れんな」



チラリ、横目でカーラを見遣る。完全にいつでもこちらへ飛び出せるように身構えてこそいるが、アイアンならばそれも構わずこの剣を下ろしてしまうだろう。

警邏隊のドールが革命派のドールを庇うことは重大な規律違反だ、その規律違反を犯した梦猫を庇うカーラも、アイアンからしたら敵にほかならないのだろう。奥にぼんやり佇むニアンを見遣る。ニアンは猫背になって、少し煽り気味の角度の目線のままに眼前の光景をぼおっと眺めていた。

ゆるり、小さく唇が動く。わかった、わかってしまった。ニアンがなんて言ったのか。梦猫は自分の、妙に鋭い赤い眼が、心底憎たらしくて仕方なかった。

警邏隊が活革命派を庇うのは、悪いこと。


まんまおくんがわるいんだよ。


視界が滲んで、もう、赤も、金も、前髪の白い色もよくわからなくなって。











「遅くなってすまない」



上から青い星が降ってきた。

空の青を受けてプリズムみたく辺りに虹を撒いた鳥。月の光に、数多の白い星々が降らした光に夜の闇から救われた雛鳥が、着地と共に沈んだ身体をバネに変えて大きくその腕を振るい退ける。

青磁を孕んだ銀の切っ先が、自らを殺すことなく、それでいて自分よりも大きく硬いそれをできる限り脅威でなくする為に、美しい銀の月を描いて振るわれた。

甲高い鋼の悲鳴の後、ぐるり、刀を回して今一度納刀。空いたそこへ、師と仰いだ鳥へ、一閃、上へ。

“ 居合刀 ”。

優に亜音速を超えるその太刀筋が、アイアンのアギトを打ち砕かんと振るわれる。僅かに逸らされた顔の右半分を縫い付ける見たく、縦一文字いちもんじに切りつけた。

潰された右眼から黄金が溢れるのも気にしない、ただ現れた敵を排除するべく鉄の兵士が剣を振るう。最後の特訓の時の緊迫感とは違う、死線そのもの。重い大剣を打ち弾くことは不可能だ、流して、流して、間合いの内側に入り込んだらまたもう一撃。



「ニアン!!」



長い髪の先がすぱりと切られて消える。無論それだって気にしない。大剣を握っていた腕とは逆の腕を思い切り横に薙ぎ払う。大剣に集中していた青玉の隙をつくのには十分だったろう、肩の衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされて、ニアンの身体と衝突する。その衝撃のせいだろう、柔らかで汚れひとつない鎧が奪われて、人魚の鱗が剥がされるように、辺りいっぱいに青く透ける羽の欠片を散らした。

ふらつくもその体格を活かして持ち直し、落ちてきた宝石の欠片を手にしたニアンが否応なしに嚥下する。一層自分の、そして相手の毒素を高めるアビリティ。ビリビリと背中の翼から痺れを伝えるソレは、背負っていた罪を突きつけてくるかのようだった。


5。


毒が回るのを遅れさせるため、ゆるく痺れを訴えだした翼をあまり動かさないよう努めながら前傾姿勢をとり、真円の空間を切り取るかの如く身体を回して間合いをすんなりと整える。アイアンが横に振るった剣筋を、下から掬ってはね上げるようにして退けた。

右脚をひいて、大きく踏み込み刃を返す。そのまま突き付けんとしたらば、器用なことに、アイアンは1.5mもある巨大な剣で燕返しを繰り出した。手首を捻って刀身を守り、それから自身ももっと身体を低めて身を守る。

激しい動きをすれば羽が散ってニアンの毒が増していく。先程抜け落ちた羽が全て食われる頃にはどれ程の強さの毒に変わっていることだろうか。

4。

目の前に広がる剣戟の舞に呆気を取られていた梦猫の腕を、誰かがしっかりと繋いでとった。驚きのままにそちらを見やると、こちらを見定めるようなアンドの目。長い前髪越しに瞬きで答えたが、伝わっただろうか。

3。

わからなかったけれど、止まっている暇はないから。涙を拭って、ラクリマの傷を悪化させないように細心の注意を払いながら脇に腕を差し込んで、アンドと共にその場を離れる。



「ンー、おれ゙、だいじょぶ、だよ?」


「あはっ、嘘でしょどこがぁ?」



顔の右半分が崩れかけていても尚、笑みを浮かべてみせるラクリマの顔は綺麗だった。たすけてくれてありがとう、なんて、ヒビまみれになってガラガラの声しか出せない喉で絞り出したら、俺にしか助けられなかったからね、と自信満々に返された。

2。

蝶の羽をむしり取って、それを糧に強くなる百足の如く、ニアンの毒が増していく。詳しくはわからなかったが、この身体のだるさがあからさまニアンのアビリティの影響であることと、ソレは予想以上に進みが早く、自分の喉を絞めていることだけが青玉からははっきり伺えた。

変質直後の身体だ、最初よりは断然マシだが何処まで無茶できるかがわからない。そも、無茶をして死んでしまっては意味が無い。



「仲間相手にどうして剣を振った!!」



アイアンが自分のことを解していないことは、最初の一太刀でわかっていた。師と仰いだドールの赤い眼は、昔の自分のものにそっくりだったから。



「仲間だったら殺さないのか」



身体が自分のものでは無いみたいに、するり、不思議と唇が音を紡ぐ。アイアンのものではない。この身体が覚えていた、この世の理不尽への怒り。

1。



「革命派だったら私の伴侶は殺されなかったのか」



なんにも覚えていやしない。そこにアイアンの自我はない。規律に従うだけの、からっぽを鎧で覆って無理矢理形を作り出した幽鬼の剣筋が、滅茶苦茶に足元を破壊する。

問。答。違うだろう。革命派だからだとか、仲間だからだとかじゃない。邪魔だから。分かり合えるなんて最初から思っていなかった。所詮思想を持つ生き物が揃った上で、なんの負の感情も抱えることなく群れて暮らすなど到底無理なことなのだ。だったら、いっそ、この感情も記憶も何もかも。

そして19年前に全てを捨てた赤い瞳が、誰の心に引き摺られてか諦めきったように静かに伏せられて。


今一度開かれた赤い眼が、幸せを得た青い鳥を討ち殺さんと射抜いて見せた。


0。



「何も持っていなければ、次何かを失うこともないだろうな」



“ 加重 ”。


振り上げられていた大剣を握っていた腕が落ちて、身体が落ちて、みしりと泥臭い悲鳴をあげた。

落ちる。

30分きっかり、いつこの最大の脅威を祓おうか機会を伺っていたアルファルドが、砦を落とすべく手を打った。

200キロのアイアンに10倍の重力がかかって、脆い足場に2トンもの圧がかけられたのだ、先の争いですっかり崩れやすくなっていた足場が大きく震えて端の方から崩れ出す。距離のあったニアンとカーラは巻き込まれずに済むだろうし、退避していた革命派ドールと梦猫も落ちずに済むだろう。空を飛べる、青玉も。アルファルドも、アイアン単体を狙っての発動だった。

されど、翼を広げた青玉の翼を阻んだのはあの時の黒ではなく、透けるような淡い光。



「“ 鋼鉄の巨神兵 ”」



アイアンのアビリティ、“ 鋼鉄の巨神兵 ”。

詠唱によって発動する防御型のアビリティで、自身の重量を倍増させて移動能力を捨てる代わりに半径25m範囲内の味方個体の防御力、黄金の強度を飛躍的に上昇させる。加えて、アイアンの頭上からドーム型、かつ不可視のシールドを展開し、全ての物理攻撃を反射することもできる、まさに難攻不落の城壁を、畏怖の対象とされた架空の神兵を呼び覚ますかのようなアビリティ。


アイアンが不屈と謳われるのは、とっくのとうに一度屈していたからだ。全部なくしてしまっているのだから、怖いものなんてあるはずもない。それは、死だって。恨まれることだって。

きっと誰かを守る為に振るわれたのだろう籠の中、殺める為に鳥を招き入れて落ちていく。道連れ。

自重に加えてアルファルドのアビリティ。そこに更に自身のアビリティの副作用。4トンにも及ぶ枷をつけられた青玉の身体が、重力に従って落ちていく。落ちる感覚。ぞわり、首筋に死神の鎌をあてられたようだった。







たすけてあげる。


足元にふわりと金の粒子が舞う。

ちかちか、身体の内側がぐるりと巻き返されるような感覚の後に、あの忌々しい重力からするりと身体が開放された。

ああ、紅玉が、自分が落ちていくのを見ていた時、こんな気持ちだったのだろう。



「ラクリマ兄さ​──────」



“ 交換 ”された、道連れ処刑台の主人公。

落ちていくラクリマの顔は満面の笑みだった。

ねぇ、コウガ、いったでしょ。

今の青玉、俺にしか助けられなかった。

羅刹は人の心を食う架空の生き物だったが、果たして、この世界一傲慢な人形が食ってきたのは、心だけだったのだろうか。


どさり、尻餅を着く形であんぜんなところへほうりだされた雛鳥からは、金の爆ぜる瞬間を見届けることはできぬまま。

ぽっかりあいた縦の穴に、妙に冷たい風だけが吹いていた。





















​───────​───────


















誰も覚えていないことがある。

周りのいきものは取るに足らないことだと気にもしなくて、事柄の中心人物である本人ですら忘れていて。そしてそれはたまに、ある時、全く無関係の誰かによって明かされることがある。

穴の空いた金網の下から吹き上げる風がヴォルガの柔らかな、青みの強いクロッカスカラーの髪を乱していく。下から吹き上げるような風は大嫌いだ。落ちる時に肌にかかるソレとそっくりだから。

コラールに読むよう伝えた封筒の中には、完全な私情が込められたものが一枚。それから、他の部下のことについてが二枚。それから、封筒の中にもう一枚封筒。部下とはまた違う、特定個人へ向けたものが何枚か入ったもの。自分がいなくなったらどうしてほしいか纏めたものを秋に渡してもらうつもりでいた。

ヴォルガは嘘をついていたが、どれもこれも部下を守る為のものだった。けれどもその嘘は、ヴォルガがもしもいなくなった時、あっという間に仲間達の首を絞めるだろうことは明白で。

もしもだ。保険の話だ。自分はここで死ぬつもりなんて更々無い。赤い影が残した呪縛を解きに来たのだから。

風の音が変わる。鳥が風に乗った時の音を、ヴォルガは知っていた。 吹き上げる風、螺旋を描いて渦巻く春の気流に連れられて、ヒトの生み出した網の破れ目を掻い潜るその鳥が。



「お師匠様」



ここで待つハズだった鳥達のことを随分信頼していたのだろう、まったくの無警戒で上がってきた紅い鳥に手を伸ばせば、数コンマ遅れて気がついた。逃げようと逸らした首を、あの時よりも長く強く育った腕で鷲掴む。じゃらじゃら、青い鎖で真紅の英雄を蝕むのは、これで三回目。

見開かれた青い瞳は、やっぱり、陽の光を忘れたままだった。

静かだった。12年もの間、赤い糸と青い鎖で絡まったままの鳥を楽にするための大舞台にしては、観客も演者も黙りこくっていて、耳も凍えるほどに静かだった。

みしり、足元のフェンスが軋む。首が絞まって苦しいのだろうクレイルは不思議なことに、暴れることをしなかった。脆いフェンスの上に、橙色の鳥の脚を下ろしてやる。下ろされた親鳥の目は陽光こそ射していなかったけれど、やっぱり、12年前と変わらず、ヴォルガを慈しむものだった。



「……あーあ」



翼とられちゃった。くすくす、笑う彼のそれに、子供が笑って返すことは無い。









​───────

Parasite Of Paradise

16翽─修羅宿す要塞

(2022/03/26_______16:00)


修正更新

(2022/09/25_______22:00)

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