15翽▶嘘と人形














「髪……」


「どうせまた伸びるからいいよ」



悲しげに眉尻を下げたシアヴィスペムの左腕を、くっつけている最中に取れてしまわぬよう固定しながらリベルが軽く息をついた。アビリティの酷使で黄金の密度が落ちているシアヴィスペムの傷は塞がりにくい。ホルホル特製の密度と粘度の高い黄金で修理をしながら、北通りに面する路地をぼうっと眺める。視界の端では同じように、とれてしまったミュカレの右脚を檳榔子玉がくっつけて、添え木をしながら固定し終えたところだった。

この場所まで全員を引率したのはコラールで、火事が見えない、けれど大通りに何か異常があればすぐに察知できる場所へと4人を移動させてきたのだが。



「その脚くっついたら1回拠点戻るから」



長かった髪の左半分を首の辺りで切られてしまって、飾り編みをしていた部分も留め具諸共首辺りから下部分がなくなってしまっていた。ドールは体毛に関してもある程度望みによる成長の制御が効くが、髪に関しての自由度は低すぎる。もういっそ右半分も揃えて切ってしまおうかと、残った長い髪を指先でくるりと回してみて。



「拠点に?」


「大通りの避難誘導とかより火事の方が大事おおごとだし、それにリーダーが出してないはずの指示を出してきた秋のこと問いたださないと気が済まないから」


「天使ちゃん超怒ってる……」


「でも確かに気になるね。ヴォルガ様が僕達に嘘をつくとは考えにくいし」


「あまつさえ天使ちゃんにってなると余計に」


「何、状況が掴めないからざっと説明してくれる?」



リベルがいけしゃあしゃあと話に割り込むと、なんで革命派なんかに!と不機嫌が理由で沸点の低くなっているコラールが拳を握りこんでキッとリベルを睨みあげる。それを制するように、檳榔子玉が大雑把ながらも簡潔に、自分たちの置かれている状況について整理し始めた。

復帰してすぐに大通りや工場地帯の避難誘導、交通規制に駆り出されたが、そも、大通りに人はほとんどと言っていいほど居なかった。工場地帯や孔雀の街は生産施設と娯楽施設がメインに立ち並んでおり、それを営んでいるドール達自身は居住区である燕の街や鵞鳥の街に居を構えていることがほとんどだ。

つまり、避難させるべき住人自体はほとんどいないような場所へ、虚偽の指示で駆り出されたということ。果たしてこれがただの連絡ミスだったのか、暴走状態のルフトの存在が森にあることを知った上で、意図して作られた状況だったのか。

強度が落ちこそしたが、脚や腕が取れてから20分以上経過していなかったのが幸いしたのだろう、かなり早い段階でくっついたらしい2人がそれぞれ破損していたパーツをゆっくりと動かしてみせる。



「ぼくらはどうしようか」


「……ヘプタを探しに行きたい、けど」



森に着いた火はドンドンと広がっている。閑古鳥の森にもとっくに火の手は迫っていて、ヘプタがどこにいるか分からない以上無闇に突っ込むのもハイリスクだった。



「ってより何より、浄化扇のチェックと侵入は終わったの?」


「わ、わかんない。トランシーバーも、とんがってるやつから逃げる時にトランシーバーなくしちゃって……」


「お兄さんもなくしちゃったからおあいこだし、そんな細かいこと気にしなくていいから。ウジウジしないでくれる?」


「……うん」


「…………ちょっとシアヴィスペム」


「えへへ」



リベルのちょっぴりつっけんどんな慰めに、トゲトゲしい言い方の裏などお見通しなのだろう、満面の笑みを見せたシアヴィスペムを咎めて。知っているが故に何処吹く風と言ったようなていの白い雛鳥を前にして、ため息を着くことすらできなかった。

浄化扇上部の様子を知るにしても、トランシーバーはないし、金網に穴が空いているかを目視で確認するのは手厳しい。地上700メートル近いのだ、相当の視力を持っているか、そういうアビリティを持っているかでもしないと見ることなんてできやしない。

それでも、と、一歩路地を出る。ほとんど人のいない北通りは心苦しいほど閑静だった。見慣れた、鉄格子の並ぶ夕暮れ間近の青い空をリベルの紫の瞳が捉えて。


青い星が落ちてくる。




















​───────​───────



















「雄彦はここで待っててね」



無言のままに頷いた武士のような風貌のドールが、巨大な施設の入口の横に凛と背筋を伸ばして立つ。レヴォに連れられてやって来た、地下街3層で恐らく最も大きいだろう白い施設へデライア達は脚を踏み入れた。



「ありがとうレヴォくん」


「ううん、このくらいどうってことないよ、アルクにはいっぱい手伝ってもらっちゃったから」



ロウを抱き上げたままのデライアの隣、にこにこと上機嫌なアルクが辺りを見回す。

施設の中は薄灰色の、無機質な地下トンネルのような廊下の左右にガラスケースのようなものが沢山並べられた、いかにも研究施設といった風貌だ。ガラスケースの向こう、白と金の体毛が美しい熊や猫がそれぞれの檻の中で息をしていた。

キラキラした、美しいものが好きなロウがガラスの向こう側に釘付けになる。滑らかな白磁の陶器のように煌めく白い毛並みに、金の細工が不可思議な模様を織り成すその姿はまさに生きる美術品のようで、デライアもついつい、その青い瞳の行く末を彼等に奪われた。



「彼等は黄金生物って言って、ドールのルーツになったとされるいきものだよ」



背後から届くレヴォの声に耳は傾けたまま、目線は美しい白と金のいきものたちへ。

黄金生物。

ドールと同じ黄金で象られた肉体を持ち、心臓部にある白いチップがドールで言うコアの役割を果たしているいきもの。

レヴォ曰く自然発生するのだという彼らの姿はデライア達の知る熊や鹿とは違っていた。造形は赤い血肉でできた生き物達とほとんど変わらないのだが、着目すべき差異はその白と金。皆が皆、己の色を忘れているかのような、いきものというよりも神の御使いみつかいと言われた方が納得のいく、いきものらしからぬ美しい見目。

少し先へ歩いていくと、ガラスケースの中にいたいきもの達の様子が変わってきた。白かった毛並みは見慣れた色に色付いて、猫も犬も、よく見る姿となんら違いのない見た目をしていたのだ。けれど彼らもまた、黄金生物なのだとレヴォは言う。



「黄金生物ははるか大昔からこの地に根付いていたいきもので、ニンゲンよりも昔からいたとされてる。鉱物の一種である黄金とはまた別の……意志を持つ超常物質とでも言えばいいのかな、それの集合体こそが黄金生物」



いつから、一体どうやってうまれてこの惑星に根付いていたかは定かではないらしい。



「黄金生物はニンゲンに危害を加えることもあった。限りなく生き物としての常識を逸脱していたとはいえ、その実ロボットではなく機械生命体に近かったから当然なんだけど。繁殖はせず、分裂のような行為で増えて、食べられると学習したものはなんでも食べて、それでいて排泄を行わない」



デライアの視界の左端、とん、と誰かの人差し指がガラスケースを軽く小突く。レヴォの指だった。つつつ、と視線を誘導するように、そのまま奥のガラスケースを指し示す。壁の向こう、隣のケースの中には大きな角が勇ましく、栗毛が美しい大きな牡鹿。



「原子の法則を無視して全てを黄金に変えてしまう、コンポストとしてこの上なく最適ないきもの。黄金生物と、その黄金生物とセットで力を発揮する特殊な石にニンゲンは目をつけたんだ。科学や技術の発達しすぎてしまったニンゲン達にとっては、太古から神秘のひとつだったはずの黄金生物に手を加えることくらい、造作も躊躇いも、なにもなかった」



今目の前、ガラスケースの中にいる見慣れた犬や猫は、品種改良を施されて家畜化された黄金生物なのだそうだ。黄金生物でこそあるものの、人の欲求を満たす為に人為的に作られた人工黄金生物。

そこまで喋って、一旦止めて。レヴォが不足した前置きを補い出す。

黄金生物とは、この世界のエネルギーサイクルそのものだった。世界が用意した免疫とも言えるだろうとそう告げて、それから君達は“ 賢者の石 ”伝説を知っているかな、と小さく問いかけた。無論、答えがなくとも構わずに続ける。

遥か昔。それこそ数十億単位の大昔の話だが、一度地球という惑星はニンゲンの手によって滅んだのだとレヴォは言う。

ニンゲンによってめちゃくちゃにされてしまった地球は、ニンゲンの出した、自然発生することなどは有り得ないような化学物質に対処するべく進化した。またいずれ数十億年の時を経てうまれて、同じことを繰り返すだろうニンゲンに備えて世界が用意した免疫こそが、“ 賢者の石 ”と黄金生物。

有害な物質や過剰に繁殖、増殖してしまった物質を取り込み、自身の体内でエネルギーへ変換。変換されたエネルギーはチップを介してシグナルとなり、発せられたシグナルは直近の“ 賢者の石 ”のエネルギーとなる。力を得た“ 賢者の石 ”は、自身の置かれている環境や、付近に生息する生き物にとって足りないものを生成し続ける。



「世界にとって不要なものを分解する黄金生物と、それとセットだった世界にとって必要なものを生み出す石……」



ニンゲンはそれを、ニンゲンにとって不要なものを分解する道具と、ニンゲンにとって必要なものを生み出す“ 賢者の石 ”にできないかと考えた。

そして、それを成功させてしまった。

“ 賢者の石 ”はニンゲンの世界に凄まじい繁栄と希望をうみだしたが、それと同じ程に争いと衰退をうみだした。近くに黄金生物や人口黄金生物がいれば、望んだ物質をほぼ無尽蔵に手にすることが出来るのだ。どこの国のどのニンゲンもその技術と“ 賢者の石 ”を欲し、加工、制御、奪取に奔走する。

環境や世界が望むものを必要な分だけ生み出す石を、ニンゲンの望むものを不必要なほどまでに生み出す都合のいい“ 賢者の石 ”へ変えることは容易ではなかった。高難易度、故に加工に失敗する国も多かった。というよりも殆どの国が失敗ばかりしていたものだから、完璧な賢者の石なんてものは夢幻ゆめまぼろしに近く希少。もはや完璧な賢者の石とは、争いのタネ以外の何物でもなくなってしまった。



「この鳥籠は大昔、ニホンという国のワカヤマ平野という場所だったんだ」



レヴォがとんとんと、背筋が凍って動けなくなってしまっていたデライアの肩を軽く叩く。異様な程に跳ねそうになった身体を半ば無理矢理抑えつけてゆっくり振り返れば、にこにこ、笑顔のアルクとレヴォが、デライアとその腕の中にいるロウを手招きながら少し先で待っていた。ガラスケースの中で眠る、身体が黄金とは信じ難いほど本物にそっくりの鹿を横目で追いながらそちらへ向かう。

黄金生物はドールのルーツ。ニンゲンの手によって“ 賢者の石 ”になった石とセットでこそ意味を成す。ニホンのワカヤマ平野。理解し難い内容でこそあったが、密度の高い情報をゆっくり、噛み砕いてみてと歩きながらに努力する。



「1200年前、ここワカヤマには生命工学……バイオテクノロジーだね。小さなバイオテクノロジーの研究所があった」



小さな研究所。安直でこそあったが、研究組織の名は小鳥遊たかなしバイオテクノロジーと言ったらしい。



「その小さな研究所は、黄金生物とその改良、加工に携わっていたニンゲン達の誰もが憧れていた偉業を成し遂げたんだ!なんだと思う?」


「…………黄金生物のシグナルに反応する石を、ニンゲンの望み通りに制御できる賢者の石へ変える加工を成功させた?」


「ぶっぶー、残念、まぁ後々成功させるにはさせるんだけど……間違えたのに楽しそうだねアルク?」


「ふふふ」



隣を歩いているアルクが別の生き物のように感じられた。デライアは今、聞いてはならないものを聞かされているようでならなかったのだ。話の半分も理解していなさげなロウはガラスケースの向こう側を眺めながら、綺麗綺麗!とはしゃいでつやつやした、おもちゃみたいな翼と三つ編みを揺らしている。



「ニンゲンをもととした黄金生物の人工生成だよ」



ぐんと、身体が引っ張られる。デライアの手を取ったレヴォが廊下の奥、もうひとつ向こうのガラスケースの前へとデライアを引きずり出したから。

白い髪のドール__ドールだろうか、4人ほどの似た顔付きをした少年少女が、まるで飾られているかのように簡素なソファの上に座らされているのだが、その姿のどこにも翼らしきものは見当たらない。皆が皆、電池の切れたオートマタのように目を閉じて俯いているか、金色に瞬く瞳を開けたまま力なく首をだらんと横に傾げているかしている。どうにも、機能はしていないらしい。

パッと見ニンゲンなのだが、話の流れから読み取るというのなら彼等もまた黄金生物なのだろう。5歳ほどだろうか。デライア達が見てきた黄金生物はガラスケースの中で生きていたが、彼等は凡そ生きているとは言い難い有様である。



「黄金生物そのもののガワを作ることには成功した。でもね、黄金生物をベースに成形するような形で作るには、ニンゲンの心は複雑すぎた……」



身体やチップの方が、ニンゲン並の知能、心、理性や感情に耐えられなかった。レヴォの声が悲しげなものに変わる。

うまく機能することはなかった、求められていた黄金生物にもニンゲンにもなれなかったソレ。皆が皆、白い髪に金の瞳でぼんやりと虚空ばかりを見つめている。

どうして自分はこの話を聞かされているのだろう。握られた左手首がじんわり痛い。きらきら、ギラギラ瞬く青い瞳は自分の青い瞳よりもずっと彩度が高くて、それでいて明度が低かった。晴れ渡る明るい夜空のようなデライアの眼とは違う、冷たい沼の奥底から天上の陽を望むかのようなその青い色。



「それ、なんでぼくたちにおしえてくれるの?」



腕の中からロウの声。びくりと跳ねたその震えは、手首を掴むレヴォにも腕の中にいるロウにも伝わっていたに違いない。



「ふたりは僕の少ない友達だし……実を言っちゃうと、ついでだよ。僕がこんなガイドの真似事みたいなのをしてるのはね、全部アルクへのご褒美なんだ」


「ごほうび?シエルさんいいなぁ!」



革靴がリノリウムの床を軽やかに蹴りつける音がする。自分のブーツが硬い地面を踏み締める音がする。手を引かれるままに、半ば引きずられるようにしながら奥へ、奥へ。いつもならば悠々と庇ってくれそうなアルクは興味深そうに周りを見つめるばかりで、妙な冷や汗をかいているデライアになんて気が付いていない。

気が付いていないのか、気が付いていないフリをしているだけなのかは、わからないけれど。レヴォが扉を開けると、そこは温室のような明るく広い大空間。飛行競技場と同じ程か、それ以上のサイズのように伺える。

広がる植物達は多種多様で、地上では滅多に見れない希少な花や、そもそも名前すらもよく分からないような見たことの無い花がその空間で、人工の太陽光を浴びている。

もしここが鳥籠の中の地下街にある施設と言う前提を持たぬままに足を踏み入れたならば、楽園とでも勘違いしてしまいそうな程に暖かで、明るく馨しい。



「話は戻るんだけど、どうやって失敗作しか作れなかったニンゲンベースの黄金生物を、ひとまずの完成形まで小鳥遊バイオテクノロジーがもっていけたのか気にならない?」



ベースを変えたんだよ。肩に下げた大きなバッグを床に下ろしたレヴォが、辺りに広がる花々をぐるりと見渡した。

タイマーか何かで動いているのだろうか、カチリと小さく何かがハマる音がして、それから低く細く駆動音。水が弾け出すような音と共に、植物達の上を走るパイプ__スプリンクラーから、水晶の欠片のようにチカチカ光を返す水滴が散らされて、辺りの空気を軽く冷やしていく。温度のなかった白い町、温もりのなかった灰色の廊下、それらを経て広がる景色というには余りにも明るくて、美しくって暖かい。

花弁をめいっぱい広げたアマリリスが、スプリンクラーから与えられた水滴を受けて揺れたのが妙に視界に焼き付いて。

デライア、ロウ、レヴォは、出会ったのはつい最近。雄彦に連れられて本部の最上階へやってきた日に、2体と1体は出会った。時間こそ短いが、お人好しだったデライアはすぐにレヴォと、友人と呼んで差し支えない間柄になったと思っている。ロウのことを気にしてわざわざ白いシャツに着替えて出迎えたり、デライア達の好物を常に用意していたりと、自分達の間に流れる空気は穏やかだったことをよく覚えていた。

今目の前にいるレヴォとの空気はどうだろう。

なんだか喉が詰まって、息苦しくて仕方がない。どうしようもなく背筋がゾワゾワするのだ。



「黄金生物をニンゲンの形にするんじゃなくて、ニンゲンを黄金生物にしたんだ」



ドールは、ニンゲンと嘘でできている。


1200年前。黄金生物と共存していたはずのニンゲン達は、狂おしい運命を辿り始めた。かつては守り神のように扱われたり、自分達の巣である地球を守るのに大切な歯車のひとつとして敬っていたはずの彼等を、道具のように、積み木玩具のように操作し始めた。遺伝子操作や遺伝子組み換えで他の生き物にも似たようなことをしていたものだから、その手が黄金生物にかかるのも時間の問題だったとはいえ、その運命の転換はあまりにも急なこと。

なんでも食べて排泄を行わない、それでいてニンゲンにも危害を加えない、今まで知り得ていた生き物達によく似てニンゲンの暮らしに馴染みやすい、便利な人工黄金生物が次々と作られて世の中に広がっていくさなか、小鳥遊バイオテクノロジーというニンゲンの立ち上げた企業は、ニンゲンの黄金生物を作ることに成功した。

初めはレヴォが説明した通り全くと言っていいほど上手くいかなかったのだ。ニンゲンの複雑な脳機能を使うのとなんら遜色ない処理が行える能力を持たせるには、黄金生物が自然発生した瞬間から持ち得ているチップ程度では耐えられない。何度やり直しても不可能だった。

見た目も、黄金生物とパッと見てわかるようなものでなく、ニンゲンの社会に馴染めるような多様性の高い見た目であることが要されたが、どんなに頑張っても犬や猫の人工黄金生物のようにはいかず、白い毛並みに白い肌、それから金の瞳のものばかり。



「小鳥遊バイオテクノロジーの所長さんはね、世界で初めてニンゲンをやめるニンゲンに、自分の息子を選んだ。ニンゲンの理性的すぎる部分は道具として扱うのに不便だったから、野性的な……そう、ニンゲンよりも優れたスペックを持った道具にするために、他の動物を混ぜ物として施してね」



所長のご子息と混ぜられた動物はカラスだったという。賢く、縄張り意識と群れとしての統率力が強く高く、ニンゲンの社会に馴染みやすい。

ニンゲンの雄の身体に、鳥の翼をもつ人工黄金生物__生体模擬兵器フォーゲルドールのプロトタイプはそうして完成したと、にこにこ笑って。



「こうしてニンゲンをベースに黄金生物を……“ ドール ”を作る方法が、ニンゲンを“ ドール ”に変質させる方法が確立された」



ベースとなるニンゲンは、世界中の、4歳から6歳程度の孤児。それより小さくては生活の支えとして役に立たない上、大き過ぎては不便がすぎる。身寄りのない子供を集めてはドールに加工して、道具として売り出すのに心は不要だったからと情動神経回路のアンチシステムを付与。心のない、されど賢く人に忠実な、道具としてうみだされた完璧な人形。ドール。



「雌のニンゲンをドールにするのはとうとう上手くいかなかった。どうしても黄金生物に近しい見た目になってしまう上、道具として使うには不便な“ 心 ”入りの粗悪品ばかり……」



スプリンクラーが止まった。サァァァと静かな音と共に雨を降らしていたものがなくなると辺りが急に静かになって、華々しい空間を無彩色に染め上げるように暴力的な静寂が襲い来る。

まぁ結局、いくらニンゲンの黄金生物とはいえ、混ぜ物入りのニンゲンもどきの黄金生物と呼んだ方が正しいのだけれどとも付け加えて、それからまた話を少し。

最初のドール達にはアビリティが無かったのだそうだ。それは当然、元のニンゲン達が特殊な能力を持っていなかったから。この時のドールは、ニンゲンでも黄金生物でもない、中途半端な抜け殻のようないきもの達のように扱われていた。ニンゲンでもなく、黄金生物でもない、世界に望まれてうまれてきた訳でもない生命体。



「……こんな所かな。アルクにやってもらった仕事分はちゃんとお返しできてる……と、思うんだけど」


「すごく興味深い話だったよ、ドールの起源なんて、そんな物珍しい話を聞けるのは光栄だ」


「あ、あの、レヴォくん。アルクさんにやってもらった仕事って何……?」



こんな、こんな、誰も知らなかったろうことを長々と話してもいいと思えるほどの対価を得たのだろう。ならばそれは、何。自分達は一体何故、アルクが何をしたから、どうして、こんな。



「んー……嘘つきの密告、かな。恨むならヴォルガを恨むといいよ」



彼は僕に、親鳥に、持ち主に嘘をついた粗悪品だから。























​───────​───────
















細かな傷口からとめどなく落ちていく黄金を見ていた。大きい傷は持たされていた黄金で補強したものの、その黄金の量にだって限界はある。使う度に己の身を削るような真似をしなければならないアビリティを使う度に増える傷を、アンドは特段気にしているわけでもなかった。けれど、痛いものは痛い。

カーラの“ 声連 ”とアンドの“ 傀儡 ”を同時に受けるのは相当なダメージとストレスだったろう、洗脳状態から解放されて、かなり無茶な動きをさせられていたラクリマは汗だくだった。乱雑にパーカーの裾で額を拭い、塩水の玉を振り払う。鈍く光る金色の瞳がじっとりと薄汚い地面を見下ろしていた。



「ラクリマ大丈夫?」


「大丈夫!!でもちょっと頭がぐらんぐらんするかなー」


「クラウディオの電気あたっちゃってたかも」



カーラの操作によってクラウディオの電撃が暴発したその瞬間、アンドはラクリマのみを連れ、物陰に隠れるようにして逃げ出した。暗い地下街があっという間に稲光に包まれて、アイアンのアビリティの加護下にいないドールに牙を剥く。クラウディオの制御を諦め、その分空を飛べないラクリマに全ての力を注いで無理矢理物陰に引き込んできたのだ。



「アンドサン、怪我すごいよ!困ってる?」


「んー、慣れてるから困ってないかもぉ」


「えー……」


「じゃあ困ってる」


「ン!助けてあげるねっ!!」



泥がはねて前衛的なデザインが施されてしまったパーカーのポケットから、ホルホル製の修理用黄金を。珍しい形状をした袖の内側からするりと引っ張りだされた少年の手がクリームケースの蓋を開けて、粘度の高い黄金を指先に掬って取りあげた。

修理していくと、アンドの負傷や破損はあからさまに腕周りに集中しているのがよくわかる。ほとんどが梦猫の“ 龍の髭 ”によるものだった。アイアンの攻撃をくらえばタダでは済まないと彼の攻撃を避けることばかりに集中していたのもあって、腕や脚を掠める程度の、致命傷になることは無さげな梦猫の攻撃は避けることが出来なかったのだ。



「あ、羽触んないほうがいいよ」


「なんで?」


「すっげービリビリすんの、背中の方感覚ない」


「それヤバくない!?助けてあげる!!」


「あはっ、どうやってぇ?」



くわえてニアンのアビリティ。“ 蠱毒 ”はスロースターターなアビリティだが、戦闘から離脱したあとのドールにも影響が及ぶというのだから厄介極まりない。傷ができることや痛みには耐性がついていたとしても、毒への耐性はほとんどと言っていいほどなかった。解毒方法があるのかないのかもわからないし、しばらくすれば落ち着くのか否かもわからない。

毒とはいついかなる時代においても、対処法のわからないままに身を蝕んでいく恐怖そのものだった。けれども今目の前にいるアンドは、とてもその身を蝕む毒を怖がっているようには見えない。

はいっできたよー!なんて明るい声に、ありがとぉとゆるい声。困ったらまた助けてあげるねと続けられた言葉に、アンドも慣れた様子で応対を。

ラクリマのこの狂気的な人助けへの熱意は一体何処から来ているのだろうか。生まれつきの筋金入りなのだろうということはなんとなぁくわかっているが、それにしたって何処かで歪んだとしか思えない。アンドは不思議に思った。誰かを助けたい、守りたいという気持ちは自分にもある。しかしそれはあくまで自分にできる範囲に限られると理解しているし、アンドの思う本当の“ 死 ”から仲間を守りたいと言うのが強いのだ。ラクリマのように、自分ならば困っている生命体を満遍なく救うことが出来るという自信に満ちたアプローチはできないし、しようとも思えない。



「ちょっと休憩したらみんなの所行こう。トランシーバー繋がるといいけどぉ……」



アンドが心内ラクリマに対して首を傾げているように、ラクリマもまたアンドに対して不思議に思う節があった。

越冬中、革命行動をすることに対する死への懸念は無かったのかという話の際に、死ぬのが怖くない訳では無い、自分だって怖いとアンドが語っていたことをラクリマはよく覚えていた。

そう言っていた割には、怪我も破損も死も恐れていないように見える。傷を増やすことに抵抗がないのは明らかであるし、何か行き詰まった事態の際にはあっけらかんとした表情で、打開策に自傷を伴う自身のアビリティを組み込んでくるのだ。痛みを伴うアビリティを行使し続けることによって感覚が麻痺したのだろうかと思ったが、それにしたって。



「……ねー、アンドサンって死ぬの怖くないの?困らないの?死んじゃったらおしまいでしょー……黄金ダラダラの時助けてって言わないの?」


「俺ぇ?うーん……」



手を顎に当てて軽く宙を仰ぐ。傷まみれの右手は仲間思いで、勇敢で、自己を顧みない若い鳥の無骨なもの。飾り気のない手がどことなくぼんやりとした表情の端正な顔とその輪郭を縁どって、ゆっくり左に小さく傾く。

どう言語化したらいいのか測りあぐねているのだろう、喉元のつっかえを発散したい!とでも言うようにうんうん唸りながら数十秒。ラクリマは唇を尖らせながら、アンドの隣に朽ち並ぶコンクリートブロックの上へ腰を下ろした。



「……俺の思う“ 死ぬ ”ことって、ちょっと皆とズレてると思う」


「ズレてる?」


「うん。ドールって腕が切れても、呼吸してなくても、コアさえ大丈夫なら死なないじゃん」



コアさえ無事なら死なない。

ドールの殊勝な性質については再三語ってきたやもしれないが、その特殊な生態は一歩後ろに下がって見れば、単に薄気味悪いとも言える。コアさえ無事ならば、粗方人型へと整えられた十分な質量の黄金の中に、適当に放り込んだだけでも復活することが出来るのだ。時間はかなりかかる上コアの主がどんな人物だったのかによっても差異が出るが、妙な黄金の塊が段々と己の形を刻み出すのは気味が悪い。

ニンゲンで例えるとするならば、辺りに散らばっている血肉をかき集めて、真ん中に生前の宝物かなにかをぽんと置いたら勝手に元の形に戻り出すようなものだ。それは到底いきものの再生能力と呼べるような範疇をとっくの昔に逸脱している。



「ドールの魂ってどこにあるんだろーって考えた時にさぁ、コアみたいな、最悪ボディが変わっても大丈夫ー……的な感じだったり、ボディが壊れてもコアが平気なら大丈夫ーみたいな……ああいう感じのところに、宿るのかなぁって思ってぇ」


「難しいコト考えるねー」


「昔はよく考えてたよ〜?今はもう自分の答え?かなんかに納得いってるからあんまり深く考えないけどぉ」



ブーツの中に入った砂利が気になったのだろう、ガーターベルトを避けて、爪が短く整えられた指先で留め具を外し真下へ下ろす。引き抜いた足先に損傷はない。ガタついた線のないするりと伸びた左脚を曲げて逆の膝に引っ掛けると、右手に下げたブーツをひっくり返して中の砂利を外に放り出した。宙で、雑念を振り払うみたいにブーツを揺すり中の砂利と小石を払う。



「なんて言うのかなぁ、ドールの魂って、コアでもボディでもなくて、そのドールの人生というか……存在そのものだと思ってて」



耳元で軽くブーツを揺すり、それからそっとひっくり返して地面に揃えた。つま先からくるぶし、くるぶしからふくらはぎ。ただブーツを履き直すだけの仕草が、魂の稜線を隠す儀式のようにすら受け取れる。踵がブーツの靴底にぶつかったなら、指先で留め具をとらえてひっかけて。

黒い、柔らかな革の素材が、近くの青をぼんやりと映す。



「だからさー、俺の思うドールの本当の“ 死 ”って、忘れられることだと思う」



ドールにおける死生観は三者三様の考え方だ。何を持って死とするのか。死んだとして、ニンゲンでいう輪廻転生のような、死後の更に後があるのか。

死んだことの無いラクリマとアンドにはわかりかねた。



「逆に俺からも聞きたいんだけどさ〜」


「ンー?なに?」


「ラクリマなんでそんなに人助け好きなの?」


「俺にしか助けられないドールがこの世の中にはいっぱいいるから……かなー!」



そう来ると思った、とでも言うような表情でへらへら笑うアンドが、ラクリマのパーカーにかかった泥汚れをようやっと指摘する。けれどもまぁ、泥汚れくらい気にならない。ラクリマは手の甲側の袖でちょっと汚れを擦って、落とすどころか広げて悪化させると満足そうに目線をそこから外した。もういいや、まぁいいや、そんな感じにふんっと息を着く。



「困ってる人放っておけないって感じだもんねぇ」


「そうそう!!俺は困ってないから、困ってる人のこと助けるの。ドールは助け合いでしょー!」


「助けてーって人助けるの、かっこいいしねぇ」



柔らかなクリームカラーの髪が揺れて、ほんの少し前髪のかかった金の瞳が細まったのが暗がりの奥でもよくわかった。



「この間の図書館の時、扉閉まっちゃったの覚えてる?」



覚えてるよ!と元気よく返事したラクリマに、アンドがよかったと短く返す。

図書館で得た情報は貴重なものばかりだった。ラクリマやアンドも手伝ったが、使われている言葉に専門用語が多い上、そもそもの基礎が頭に入っている前提で書かれているせいか非常に難しいものだった。

アンドは飽きてしまったらそこで試合終了である、よっぽどの事でもない限り再戦はしない。ラクリマも張り切ってこそいたが、読めない箇所や訳の分からない箇所が多すぎた。決してラクリマの頭が悪い訳では無い。ただ少し専門的すぎて、なんとも。

黒いファイルを手に入れた隠し部屋から出る際に、閉まってしまった扉をラクリマが開けてみせたことを互いによく覚えている。アンドが何度も開けて、と声を上げて本棚を叩いたが、しばらくそこは開かなかった。児童書のコーナーに行っていたとラクリマは答えたのだが、本棚の背を叩いていたアンドは知っている。

児童書コーナーに行っていたというのなら、児童書コーナーの方から仕掛けのスコンスヘ向かって、仕掛けを開けて、それから本棚の隠し扉に向かわなければならないのだが。ラクリマの足音は、扉が開いた後からしか聞こえなかったこと。

ラクリマが本当は児童書コーナーなんて寄っていなくて、ずっと、自分でスイッチを切ったスコンスの前に待機していたことをアンドは知っている。



「ラクリマさぁ、いつでも開けられたのに、俺が「助けて」って言うまであの扉開けてくんなかったよね。なんで?」



首を傾げて、覗き込むみたいに下からラクリマの顔を煽り見る。鈍い金の瞳が薄暗がりの中浮かび上がって、じいっとアンドを見ていた。にこやかなまま開きっぱなしの口から覗く控えめな犬歯が嫌に目立って仕方なかった。

誰より自由な傀儡の紫苑と、誰より傲慢な羅刹の金の瞳がじっとり、近くに生き物がいたならば、脂汗が滲んで仕方なかったろうほどの湿度を孕んで交わされる。

吐き気を催す程に静かだった。当の本人達は薄ら笑みを浮かべてすらいるのだが、辺りの雰囲気は景観も相まって、まるで人生のどん底を具現化したかのよう。どこかで雫が落ちる音がしたような気がした。

革命派に籍を置くドール__この鳥籠内に戸籍なんてものはないのだが、便宜上致し方ないだろう。彼等の中でもその場の雰囲気を把握、俗的に言うなれば空気を読むことに長けている個体は時折察知していたのだが。この活革命派は、異様である。何が異様なのかと問いただされると言語化し難いことこの上ないが、ゾワゾワと背筋を這い上がる悪寒が、ゆっくり、ゆっくり、蛞蝓なめくじが這うよりも遅く、されど確実に喉元を狙ってきているような気がしてならなくなる。

きっと原因は彼等そのものなのだろうが、如何せん誰も核心なんて気が付かない。

ぴり、ぴり、じっとりとピリつく空気感。


破ったのは少々重みを帯びた翼の音。


はっと顔をあげて、先程まで笑顔のままに見据え合い、否、睨み合っていた二匹の鳥が飛び下がる。背後からやってきた来訪者から、距離を取らなければならないのだ、一息に片付けられぬようにと横に広がり迎え撃つ。



「____見つけた」



アンドとラクリマが並んで座っていた地点のその背後、ゆっくりと下ろされたのは黒に包まれた長い脚。



「……なんだ店主さんかぁ」


「アルファルドサン!なになにどうしたの?困ってるー?」


「物凄く」


「助けるよー!」


「そうしてくれるとありがたいねぇ」



合流。

ほとんど一直線に今まで来た道を逆走してきたアルファルドは、その延長線にいたラクリマ、アンドとの合流をようやっと果たした。1人で20分近く薄暗がりを飛び続けた結果がこれだ、本当ならば“ 陥没都市 ”まで抜ける予定であったが、こんな状況下であるから人数は多くて損は無い。

それに、アルファルドはアビリティをロウに対して使ってしまっている。30分間アビリティ無しの状況で、単独行動を続行するのはなるべく避けたかった、求められるのは一刻も早い合流。

着地に伴って俯いたせいか、ほんの少しだけズレたメガネを適当に指先で持ち上げる。ぴょんぴょんと黄色の2本のアホ毛を揺らしたラクリマと、アンドを流し見て、それから緩慢な所作でトランシーバーを取りだした。



「ンー?誰か呼ぶの?」


「青玉」


「お留守番中じゃなかったっけぇ?」


「もう2時間以上経ってるしさすがに平気でしょ」


「2時間で大丈夫なの?変質の直後は身体がーとか、翼もげるーってセンセェ達言ってたけど」


「それ上空の強風相手の時の話でしょ。今ここにいる3人だけじゃ警邏隊と会った時確実に負けるし、あっちはヤバいの1人いるからねぇ」



ガーディアンとシルマーが取り込まれたことを端的に摘んで結果だけを突き付ける。アンドもラクリマも一瞬瞳孔がきゅうっと締まったような気がしたが、すぐに元の、いつもの雰囲気に戻ってしまった。

子供相手とわかっていながらオブラートに包むこともせず伝えたものだから、泣かれても仕方ないかと言ったふうに構えていたのがスカされる。思いの外悲しみを顔に出さなかった彼等に片眉をあげたが、アルファルドも彼等と大差はない、すぐに興味無さげに視線を落として。

ドールの世界に生きる彼等独特の物事の捉え方は、到底ニンゲンにはわからない。ラクリマは死の瞬間よりも生の密度を重視するタチであるし、アンドは死の瞬間のそのさらに向こうを重視するタチだ。無理もない。


青玉に電話をかけると言ったはいいが、登録される中のどれがその番号なのかわからずラクリマに助けを求める。意気揚々と答えをくれたそれに手短に礼を言ったあと、アンドがそれを制した。

曰く、どこかの誰かがトランシーバーを2つダメにして、うち1つが本来青玉のものであったからそれにかけても意味が無い。元は檳榔子玉のものだったと言うトランシーバーの番号を示されて、今度はそちらにダイヤルを揃える。よく覚えてるねぇ、なんて褒めたらば、俺暗記が得意なのと胸を張って見せた。こういう所は子供らしい。



「使えるものは全部使う……と」



たとえつい一晩前まで幼子だったドールでも。

ジジジ、と小さなノイズ。ここが地下街だからか、トランシーバーの通信にノイズが多く走っている。会話をする分に問題は無いが、聞いていて気分のいいものではなかった。



『……もしもし?』



電子機器の向こう、まだ若いながらも、幼さの消えた低い声。事前に事情を知っていなかったなら、一体誰かわからなかっただろうその声の主の名を呼んで。



「青玉、こっち来れる?」


『……アルファルド兄さん、まず名乗ってくれ、そのトランシーバーミュカレ姉さんのだったからビックリした……』


「ああ……」



耳元から話してトランシーバーをちらりと見て、すぐに元の位置へ戻した。それは確かに、さぞビックリしただろうなんて大雑把な感想だけが胸の内を占めて。

留守番はいいのかな?と問うた青玉の問にはあやふやなことを言って答えず、身体の調子はどうか問う。質問に質問で返されたが、気にしていないのだろう電話の向こうの声の主が、バッチリだと。そう。ならこちらへ。



「陥没都市に来れる?」


『わかった、すぐ向かおう』


「セイ〜聞こえるぅ?」


「やっほー青玉サン!!」


『あはは、今行くから待っててくれ』


「耳痛いから切るね」


『あいわかった』


「ちょっとぉ!!」


「えぇー!!」



ばつり、短いやり取りの後にトランシーバーが伏せられて、肩に羽織ったケープの内に隠される。ぶーたれるドール二体をしっと制して、それから背後、ずっとずうっと奥を指さした。



「なんで早く切ったかわかる?」


「なんで?」


「アレ見て」



ぼんやり、高い位置に赤い色。

少し揺れるようにしながら、こちらにやって来る赤い双眸には見覚えがあった。アイアンがこちらへ戻ってきている。

青玉が来るまで、ほとんど戦力ゼロの3人が、アイアンなんて全身凶器を相手取るのは至難の業だ。選択肢はひとつ。逃げて、生き延びること。

にんまり、口角を上げたラクリマが駆け出したのを皮切りに、全員揃って飛び出した。目指すは落ちた街、陥没都市。










​───────

Parasite Of Paradise

15翽─嘘と人形

(2022/03/13_______14:30)


修正更新

(2022/09/25_______22:00)

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