11翽▶血溜まりの主














「誰かこの辺の地図は持ってないのか」


「持ってるわけがないだろう、私もニアンもここを任されるのは初めてなんだぞ」


「ぅ……ご、ごめん、もってない……」



見回りをしようにも道が分からないのではどうしようもない。190cmを優に超える大柄なドール達の足元で、梦猫がふわりと欠伸をした。前髪で1枚壁を作ったままでこそあるが、その態度や振る舞いにぎこちなさは1ミリだって見受けられない。



「あ、にゃんこ」



白い街並みによく映える、黒の毛並みが美しい尾っぽが視界の隅を横切った。目敏く見つけた梦猫が、カーラの服の裾を引っ張りながらそちらへ向かって軽く走り出す。

待てと制した所で、お願いと称した強行突破をカーラが断るはずがないと学習してしまった梦猫には意味が無い。アイアンが喝を飛ばしながらその後を追うのを、しばらくワタワタした後にニアンがタッと追いかけて。

猫の尾を追う、比較的小柄なドールに振り回される大きなドールたちはよく目立つ。そこそこの距離を軽やかに往く梦猫を追っているうちに、アイアンはふと気が付いた。

温度がない。暑くも寒くもないのだ。アイアンはその重厚な体躯に堅牢な鎧を纏っている為に、著しく蒸すような所や極端に温度の低い場所では動きが鈍くなってしまう。そも、3mも体長があれば頭頂部と脚先で感知できる温度もかなり変わってしまうものだから、普段から温度差に悩まされていると言っても過言では無いのだ。すぐに気がついたのも、自身がどれだけ動けるかを把握するのに温度の情報が必要だったからに過ぎない。

白い街、昼も夜もない明るみ、平坦な温度。未だかつて見た事がない、馴染みがない、という点から生まれる新鮮味を除いてしまえば、殺風景で無機質なだけの景色。ただ、その街並みに暮らすドール達の特徴的な容姿だけが映える画角。



「待て梦猫、あれ、本当に猫か?」


「え?」



道の真ん中に飾られた白い花壇にぴょんと乗っかって毛繕いを始めた、黒い猫の姿を見とめたカーラの声にピタリと梦猫が足を止める。つっかえるように止まったカーラに、ピッタリついてきていたアイアンが激突して玉突き事故のように倒れ込んだ。ヒラリと、掴んでいたカーラの手を離して梦猫だけが回避する。アイアンの更に後から追いかけてきていたニアンが慌てふためく声の中、カーラがアイアンの肩を叩いて、自身の上に乗っかった腕を退けさせて。



「あれ?」



前髪のカーテンの向こうの、猫を。じっと、じいっと、黒い猫を凝視すれば、異様な光景。



「にゃんこに羽がある」



すまない、と謝罪するアイアンの下から脱したカーラが、肩の埃を払ってスっと立ち上がり背筋を伸ばす。ヒールで少し数字が上乗せされているとはいえ、十分な高躯に瀟洒な美貌をもつドールが凛と立つ姿は美しい。地べたに転がる形になったせいか、眉間のシワが険しくなってこそいたが。

梦猫の言う通り、追いかけていた黒い猫には小さな翼がついていた。ニアンが酷く困った顔のままに、首を傾げて疑問を零す。



「にゃんこ、って、羽……あった?」


「猫に羽があるわけないだろう」


「少なくとも僕は見た事ないな」



黒い猫は金色の目を伏せがちにしたまま、手先の毛並みを赤い舌で整える。尾がゆらりと揺れて、背中の羽がほんの少しだけ揺り動かされた。到底空を飛べるような造りではないが、感覚はあるようにうかがえる。



「普通に考えて、擬態アビリティのドールなんじゃないか?」


「私もそうだとは思うが……動きがねこねこしすぎな気がする」


「ねこねこしいってなんだ」


「青玉が言っていた形容動詞だが?」


「5歳児に影響されすぎだ!」



長い金髪を揺らして、訝しげな顔色のままううんと唸りをあげるアイアンのふくらはぎにカーラが蹴りを打ち込んだ。勿論、ダメージは入らない。蹴りを入れられたアイアンよりも、それを横で見ていたニアンの方が痛そうな顔をしていた。

梦猫は件の黒猫に接触を試みているらしく、非常に集中した様子のままでじりじりと黒猫に近寄って、着実に距離を縮めていく。

近付いて見て、改めてわかったが、猫の翼は完全に身体と同化した、本物。身体の一部分であることがよくわかった。獣の皮から生え揃う毛が、小さな翼の付け根を境に鳥類の羽へと変化している。切り落としたソレを、カラスの雛のものだと偽ったって誰も気が付かないだろう程にはしっかりと鳥の翼の造りをしていた。猫の身体と鳥の翼がくっついているその様は、ドールのニンゲンパーツと翼パーツがくっついている様子に酷く似ていた。



「……こんにちは」



猫が顔を上げる。梦猫の白い前髪を、まぁるい金色がじっと見据えて固まった。揺らぐことの無い金色に、前髪の奥の真紅も見透かされているのではと思う程真っ直ぐな目。



「こんにちはァ!」



怜悧な顔つきをした黒猫からの返答ではないことだけは確かな、裏返り気味の高い声が上から降ってくる。ぱっと顔を上げたなら、花壇の向こう側から見知った顔。



「リーダー?」


「はん?せやね、まぁ今後のアクロバットフライト界隈を牽引せしめるリーダーと言っても過言では無いですわ」


「……話通じてる?」


「危うい」


「だよね」



ホリゾンブルーに千草色を孕んだくせっ毛を、頭の右側でサイドテールに纏めたドールが、花壇の向こう側から梦猫の姿を見下ろしていた。

黒猫の頭を、黒いグローブの嵌められた左手がポンポンと撫でて意味不明な歌を歌い出す。



「ねこねここねこー、ねこね……あかん続き忘れた……」



正しい歌詞は一体どんなものだったのやら。不思議と、どこかで聞いたことがあるような聞き覚えのあるリズムが、リーダーそっくりの__とは言っても、振る舞いはどこか幼くて全く似ていないが、よく似たドールから歌われる。

このドールは猫に翼があることに違和感を持たないのか?猫の頭から首、背と、撫でる範囲を大きくするうちに翼もしっかり撫でているのだから、翼に気がついていないなんてことは無いはずだ。

梦猫と黒猫のそばに現れた、自分達のリーダーそっくりのドールに背後の2人も驚きの声を上げて。ニアンだけは、一度遭遇していたものだからほんのちょっぴり反応が薄い。



「オイラ、観光客のユムグです!こっちは黒猫の猫!」


「そうか!ユムグ、私はアイアンだ!」


「不審者相手に正々堂々名乗るな」



そっちの子は見たことあると指差されたニアンが、ビクリと肩を震わせる。小さな声で名乗りをあげれば、ふーん、なんて興味無さそうな返事が返ってきた。ニアンの苦手とするタイプのドールだろうことが、たった5秒にも満たないやり取りの中から伺える。これは自分も名乗るべきなのか。髪に飾った、自分の黄金で作られたティアラを今一度かけ直しながらカーラが怪訝な顔をした。

ひょいと持ち上げられた黒猫は、花壇に腰かけたユムグの膝の上に乗せられて、ワシャワシャと毛並みを乱される。先程毛繕いで整えたハズのビロードのような黒い毛が、あっという間に、愛でられた末にぐちゃぐちゃになってしまった。



「ねぇ、ユムグさん」


「何どす?」


「兄弟いる?」


「びんちょ」



びんちょ?と首を傾げる暇もなく、ユムグが変な声を上げた。間延びしまくりの欠伸のようだが、知らぬ動物の遠吠えのように聞こえなくもない。



「その猫はなんで翼が生えてるんだ?」


「オイラもあんま詳しく知らんけどぉ、まぁ黄金生物?やし、この辺頭おかしいドール多いし、変なパーツでもくっつけられたんとちゃいます?」


「お、黄金生物……って、なに……?どーるじゃ、ないの?」


「なんやぁアンタらそないなことも知らへんのに地下街なんか来とるんどすか?」



素っ頓狂な声。ビクつくようにさっとアイアンの陰に隠れてしまったニアンにとって、ユムグは物凄く不得意な存在なのだろう。顔のよく似たヴォルガに懐いている反動なのか、同じ顔で、滅茶苦茶な言動とやや高飛車な感じを覚える振る舞いのユムグ相手に、混乱してしまうのも無理はない。

黒猫を揉みしだくユムグの横から手を出して、黒猫の顎をかいてやっている梦猫の姿が目に映る。彼はマイペースすぎだ。自分の上司そっくりな、それでいて全くの別人なドールが突然声をかけてきたら、もっと驚いたっていいはずなのだが。カーラの頭を悩ませるものは少なくない。


一頻り猫を構って満足したのか、ぽいっと黒猫を梦猫に明け渡し、ユムグがようやっと黄金生物に関する話を綴り出す。

興味のなさそうなその声色は、本当に、ただ聞かれたから答えるだけのような、ちょっぴり機械的な応答だった。



「身体が黄金でできてる動物のことばい。オイラ達ドールとはちょっと違っててん、アビリティとかは無いし、考える頭もない。猫とか犬くらいのちのう?はあると思うにょ」


「にょ……?」


「試しにその猫の首落としてみたらええんとちゃいます?多分金色でっせ、オイラは嘘つかんから疑うんなら割ってみんしゃい」



梦猫に大きな影がかかった。アイアンが大剣片手に、じっと翼の生えた猫を見下ろしている。



「…………ダ、メだよ、?」


「む、しかし嘘をついているかどうかの確認は必要なんじゃないだろうか?」


「え!?あんさんそれはアカンやろホンマに割る気なん!?ジョークよ!ジョークなのよ!」



確認するだけなら首なんか落とさんでもええのはすぐわかるやろがい、とヒステリックな声を上げて、梦猫の腕の中の猫から一枚羽をぶち抜いた。悲鳴に似た猫の声。ぴょんと飛び出して、梦猫の両腕から柔かな温もりが去っていく。いつかの子猫の背中が被って見えて、少し寂しくなったけど、この空気感では本当に首を落とされかねなかった。これがきっと最善だと、猫を見送ってからアイアンに視線を送る。

梦猫の、信じ難いものを見るような視線に気づいているのかいないのか、アイアンはいつもと変わらぬ生真面目な表情のままにそこにいた。



「ほら、羽の先見てちょ」


「成程。確かに金色だな」


「き、きんいろ……だね」


「……ほんとだ、黄金がついてる」



引っこ抜かれた鳥の羽の先には、こびり付くように黄金がちょっとついている。あの猫の中身が血肉でないことだけは確からしい。寄ってたかって1枚の羽を凝視していたら、周囲からの好奇の視線が凄まじいことにニアンがいち早く気が付いた。この場にいるドールの5分の4が190を上回る大柄な個体だ、小さな黒い羽根一枚に密集なんぞしていたら、目立つことこの上ない。



「黄金でできてる生き物はな、地上にはおらへんけど、ドール以外にもまぁまぁおるんよ。犬とか牛とか、クジラっぽい何かとか」


「り、りぃだぁは、いないって……」


「そのリーダーって人どこ住み?てかトランシーバー持ってる?まぁ……今まで地上にいたなら、知らなかったのかもしれませんわよ?または決まり通り内緒にしてたとかぁ」


「なんで地上にはいないんだ。というか、知られてないんだ」


「いたとしても見分けつかんしぃ、地下からは出ないようにされてるっぽいしぃ……」



質問に答えるのに飽きてきたのか、声色が段々とぶっきらぼうになっていく。

ユムグと名乗るドールから得られた情報は、ドール以外にも黄金でできた生き物がいるということだけ。これ以上、地下街やそれにまつわる話を聞き出すことは難しそうだ。そも、長時間の真面目な対話に向いていないドールのようである。いかにも飽きました、という態度がプライドの高いカーラと生真面目なアイアンの不機嫌になる部分を煽っていて、ニアンの心内は少々落ち着かないままだ。



「せや、んなもんよりもっと面白いもの見たくありませんこと?オイラがここに来た真の理由がそこにある!特別に案内しませう!」



ぱあっと明るくなった表情は、お気に入りの秘密基地を紹介したがる子供のよう。大きな動作で立ち上がったユムグから、ふわりと、冷たい風。

着いてきてねと高らかな声の後、長い脚がさっさと道の先を往く。



「ついていくか?」


「まぁ、この中で一番ここに詳しいのはあのヴォルガ隊長そっくりのドールだろう。見回りが仕事な以上、私はそれに活かせそうな方を選ぶ他ない」



ついてこいという指示に、自由気ままな梦猫はフラフラとついていってしまったし、指示を拒むことの無いニアンも少々困ったようにしながら後を追っている。ここでついて行かない方が、後々の苦労を増やしそうだなと判断したカーラと、与えられた仕事を遂行することにしか興味が無いらしいアイアンが3人の背を追いかけた。

似たような景色ばかりが視界を流れるその様は、同じ道をぐるぐると歩かされているようで頭がどうにかなってしまいそう。まさか本当にぐるぐると同じ道を歩かされているのでは?と疑い始めたところで、ようやっと景色の中にほんの少しの差異が表れだした。

足早に歩いていたユムグの移動速度が落ちる。視界に入ったのは大階段。大きく、高くそびえる階段の上側から、深い闇が顔を出してどろりとこちらを見下ろしている。



「じゃん!2層に続く階段や!東西南北……じゃ足らんな、えっと、えっと?」


「……八方位?」


「それですわ!八方位、あと中央に設置されためっちゃビッグエクセレントな連絡階段ですの!」



見せたいものは、連れていきたいエリアは2層にあるらしい。ビシッと指先が頭上の黒を指差して、翠の瞳が4人のことをサッと見回す。



「あれはオイラが、なんか凄いレースで初めて五連勝した時のこと……あの日の朝に零した牛乳の色がこの街にそっくりで、来る度に思い出してばかり……」


「思い出すの、連勝した時のことじゃなくて牛乳こぼした時のことなんだ」


「案内に必要な情報か?これ」



階段の上に聳える遥かな闇は、異質だった。

白く明るい3層と同じ、地下街であるはずなのに、上からはまったく光の気配が感じられないのだ。ただただ虚ろな黒がぽっかりと口を開けているだけ。気配がない。あったとしても、活気が感じられない。



「まぁ何が言いたいかと言いますと、地下3層ここの明るさと白さと、ヤバさ、とっても凄いでしょう?」



わざとらしい動きと、眉を顰めて笑みを浮かべるその表情。先程までと打って変わってすっかり落ち着いた声色は、まるきりヴォルガのもの。



「ここを見たあとに見る2層。暗さと青さと、ヤバさに、度肝、抜かれますよ」



見て行った方がいいんじゃない?とでも言うように、楽しそうな声で上への興味を煽ったユムグが、思い切り翼を広げて飛び上がり、真っ暗な大階段の上の方へ消えていく。

言ってることもやってることもかなり支離滅裂であるし、自由奔放すぎて掴めない。いくらなんでも怪しすぎる言動と振る舞いだ、誘われるがままに上へ向かっていいものだろうか。

罠の可能性だって、十分あり得る。



「ねぇ、行く?」


「……3層ここは、あるくさんも、でらいあくんとかも、いるし……みんなが、行きたいなら」


「くっ、階段の幅が狭くて足の踏み場がないぞ!」


「飛んだ方が早いな」


「ニアくん滑空以外できるっけ?」


「上昇は、ちょっと……ごめ、ん」



俯いて謝って見せたニアンに、別に怒ってないからいいよぉと、眠たげな梦猫の声が返された。幸い、日が暮れるまで時間はある。こんな明るい白の中では、時間感覚が狂ってしまいそうだったが、街中に、急かすように設置されている時計のおかげで、まだ感覚を失うまでには至らない。

長々続く階段に、梦猫のサボり癖が鎌首をもたげ出す。辟易して動きたく無くなるその前に、6段飛ばしで階段を昇っていくアイアンへと肩車をねだって楽をした。上層から聞こえる不可思議な風の音が、化け物の唸り声のようだった。













​───────​───────














「たかぁ〜い。落ちたらどうなる?」


「落ちたら死ぬー!!」


「マジで危ないからあいぼーくんは下がるッスよ!」



眼下に広がるは、天に向かって大きく口を開けた陥没都市。一歩先の地面が消えて、すとんと世界が切り落とされたように、先の景色が一変している。

ここまで案内したのはクレイルだったが、案内を終えて、地下街2層への侵入の仕方を教えた後に、さっさと自分の持ち場へ戻って行ってしまった。故に詳しい情報が手元にあるでもなかったが、飛べないドールが落ちたならば一発で即死な事だけが明白だ。



「なんでリーダーがシリルを連れて待機に回ったのかわかったんだぞ」


「落ちるな」


「白黒の子?確かに落ちそうだねぇ」


「落ちそうですね」



ホルホルの言葉に、珍しく食い気味なガーディアンの声が返ってくる。シリルならば間違いなく、騒ぎながら下をのぞきこんで落ちるだろう。お前は俺と一緒に来るんだよと言われながら連れていかれたシリルは嬉しそうだったが、それを引き摺るクレイルの顔が苦労人のそれだった事が思い起こされる。まぁ、本人が嬉しそうであるし、危機回避も上手くいったのだから上々だろう。

裏切ってやってきたばかりの2人組は、丸々ぽんっとガーディアンに一任することにしたらしい。どちらも手がかかるタイプではないだろうし、もし反旗を翻されたとしても対処できるように組まされている。閑古鳥の森に向かったリベル、ヘプタ、シアヴィスペムの3人組も、森での活動に向いている。そも、森行きのグループにはリベルさえいれば相当な戦力になるのだ。大きな心配をする必要も無いだろう。

唯一浮かない顔をしたままのマルクは、ホルホルの隣で陥没都市を見下ろしている。



「どうかしたのか?」


「ぼく、リーダーとスタイルが合わなさすぎるんすっよ」


「あぁ……」


「今日も一緒じゃなかった……」



マルクは完全に暗所・閉所での活動向きだ。対して、クレイルは暗所・閉所を著しく不得意としている上、マルクの飛行特性を鑑みるとクレイルの立体飛行について行くのも手厳しい。

そも、マルクの翼は飛行するにあたっての理想位置である肩甲骨ではなく、腰骨の付近に生えているのだ。どうしても小回りより、前のめり気味に飛び出して瞬間的な速度を出すことに特化してしまうもの。

マルクは残念そうに風切羽のお守りを眺めた後、失くさないようにボリュームのある襟の内側へとそれをしまった。マルクにはシリルのような危うさも、ヘプタのような控えめさもない。だが、その感情の愚直さだけは随一だ。その行き場が無くなった時の反動の大きさを思うと、こちらも気を抜けないななんて、ホルホルがそっと息を着く。



「ペンギンの子を降ろすのは俺がやるからよろしくね」


「アルファルドサンありがとー!」



飛べないドールであるラクリマが、重量のあるものを運ぶのが得意だと言っていたアルファルドの元へと駆け寄っていく。ひょいと腕を上げて、慣れきった様子で抱えられる準備をしているラクリマに対し、アルファルドが片眉をあげる。



「裏切り者に対して警戒心無いねぇ。抵抗とかないの?」


「ンー?あんまりないよ、俺も元々永朽派だったしー、誰かの影響で派閥が変わったーって言うのはね、わかるつもり」



にこやかな表情につられるように、象牙色の髪とくちなし色のアホ毛が揺れて、二対四翼の翼がほんの少しだけ持ち上がる。

元々永朽派だった。革命派の中では相当行動力のある、こんなドールが?



「へぇ……」


「親友がね、琥雅コウガが、出たいって言ってたから代わりに俺が出てあげるの!アルファルドサンは?」


「俺?さぁ、なんでだろうねぇ」


「ふーん?困ったら言ってねっ、困ってるなら助けるよー」


「その時はどうぞよろしく」



誰かの影響で派閥が変わる。例えば、シルマー。ミュカレに、檳榔子玉。そして自分。

ミュカレが、自分がこちらに来るその前日の朝までは革命派だったことを先程知らされた。ミュカレは自分の幼馴染だ。菓子屋の店主として、浅く広い関係性が多かったアルファルドにとって数少ない、深い関わりのあるドール。

恋人と共にこの一派を出たという幼馴染の話をシルマーから聞いて、感じたものは強烈な“ 納得 ”だった。

きっとラクリマもそれに似た何かを自分に対して感じているのだろうな、とだけ得心して、あとは深く掘り下げない。あぁ、でも、と、軽く思い直して。どうせ、楽園かどうかもわからない、外という巨大な未知に向かって動き出したのだ、些細な未知相手に躊躇うのなんて勿体ないと。



「因みに、その親友さんの代わりに外に出るって、どういう意味?連れていくんじゃないんだ」



止まる。その場の呼吸が。時間が息をするのをやめてしまったかのような、刹那の間に生まれた切迫感。視線を下にやれば、底のない、薄い笑顔を浮かべたラクリマの表情かお。温度のない金色と、髑髏のような、色素の抜けた象牙色が、アルファルドの黒い瞳を見上げて小さく答える。



「コウガはね、“ 事故 ”で死んじゃったの」



でも多分、まだ困っているから。



「俺が代わりに外に出て、助けてあげるんだ」



俺にしか助けられないドールって、いっぱいいるから。コウガがその筆頭だったから。満面の笑みで、当然とばかりに返された答え。そう、とだけ返す。それじゃあ下に降りるよと、先程までの会話はなかったかのように振舞った。

無抵抗なドールを抱えあげて、翼をはためかせながらゆっくりゆっくり下降を始める。シルマーやガーディアン、アンドやクラウディオなんかも続けて降りてきて、速度の控えめなアルファルドとラクリマのことはさっさと追い抜き、下へ。



「ここ?」


「もっと奥だと思うッスよ」


「ここか」


「ここですね」



縦200メートルほどの高さを降りて、2層の足場へやってくる。かつてはここにも地下街とやらが広がっていたのだろうが、陥没し、開かれてしまって外気に晒されるようになった部分は継ぎ接ぎのコンクリート壁とセメントによって塞がれている。所々が鉄のフェンスに切り替わっていて、奥の、地下街の真髄に通じる箇所となっていた。シルマーが、先頭にいたガーディアンに一歩下がるよう声をかけて。


“ 襲槍 ”。


白い光の筋が閃いて、ちかりと、サビを纏った鉄の網を一瞬の内に解体する。バラバラになった破片が地に落ちて、乾いた音を響かせた。

フェンスを破った向こう側。狭い道は、大して分厚くはないコンクリートの壁に穴を開けて作った抜け道のようだ。薄暗く細い道の向こうから、微かに風の音がする。地下街の名に恥じない暗さ。

後からついてきたホルホルも、あまりの暗さにちょっぴり眉間にシワが寄る。ホルホルも視覚に依存するアビリティである以上、あまり暗いと本領を発揮し難いのだ。



「ぼくのアビリティの出番すっね!」



夜想曲ノークターン ”。


ふわりと、一瞬身体が追い風に包まれる感覚。続けて、目の前の、視界の奥に垣間見える闇が、ぼんやりと薄く見えてくる。マルクのアビリティを受けて、全員に暗所での活動に向いたバフがかけられた。

細い細い、抜け穴の奥。口を開いた常闇の中へ。いざ。



「奥に進んだらどうするんッスか?」


「二手に別れる。周辺を探索するのが俺達」


「上に行く道を探すのが貴方達ですよ」



白い髪がふわりと動きに合わせて揺れて、穏やかな笑みがクラウディオに向けられる。ガーディアンとシルマー、アルファルドの3人が、他5人のサポートをしながら地下2層の探索を務めるのだそうだ。

狭い道、単騎能力のずば抜けて高いシルマーを先頭に、一列に並んで暗闇の中を突き進む。マルクのアビリティの影響で、薄暗い中でも視界は嫌という程はっきりしていた。道は案外綺麗だ。フェンスは塞がっていたが、もしかしたら、そこそこ頻繁に誰かが通っていたのかもしれない。

風が通っているはずなのに、不思議と淀みを感じる空気感。温い温度の中に薄気味悪い湿度が蔓延って、その場の雰囲気すらもねっとりした、やや粘着質なものに変えていく。足元の砂利を踏み締めて、倒壊した瓦礫か何かの中に作られた仄暗い道を進めば、やがて先頭のシルマーが、狭い道を抜け出したらしい。前方から微かに声が上がる。



「すごい景色だ」



見てください兄さん、と楽しそうな声を上げるシルマーと、やや呆然としたていのガーディアンで後続のドール達がつっかえる。どいて!と押し出されて、ようやっと大きな身体のドール2人がそれぞれ左右にはけだした。


地下街、2層。

地上とほとんど遜色ない文明レベルの建物が、酷く朽ちかけた状態で薄暗闇の中に並ぶその光景。ヒビまみれのアスファルトは所々砂のようであるし、形を留めている建物を探す方が大変な程に街並みの劣化は激しかった。

足元に、ぴちゃり、砂と砂利とを含んだ水溜まり。泥臭さも相まって、街の血溜まりでも踏んづけているようだった。

滅びの2文字を具現化したような景色の中、何より目を引くのは、蔓延る青。

青、青、どこまで行っても青い草葉やツタが街のあちこちに根を張って、その微かな力を吸い殴りながら伸びている。ひゅう、と背後から入り込んできた風が、もう呼吸を止めてしまった街と、青々と輝く植物達を撫でてゆく。



「ヘプタの青だ」


「なんでッスか!?」


「しかもこんなに沢山すっか……」


「これ、俺の店もこんなふうになってるんだよね」


「……どういうことなんだぞ?」



暗闇でもはっきり見える。壁際に揺れていた青をそっと指先で掬って、葉脈のない無機質なそれを指の腹で撫でた。触っていいものなのかとでも言うようなアルファルドの視線に、触る分には問題ないと頷いておく。

ヘプタのアビリティ。

義足の先から繰り出される鮮烈な真青の一閃を媒介に、傷口から蝕むように、息衝くように、青い植物が根付くのだ。その“ 青 ”は根付いた宿主の生命力や耐久性を吸い取って、その身の養分に変えながらジワジワ殺して脆くする。

アビリティを扱う本人の気質とは真逆に相当物騒なアビリティだが、そんなものが、地下街を覆い尽くす程に腕を伸ばして蔓延っていた。



「……状況が呑み込めない今、首を突っ込むべきことじゃない。ひとまずオレ達は壁沿いに進むんだぞ」


「そッスね、原因究明しようにも、ヘプタくんがいないとなんもわからないし」


「とりあえずー、北にある、格子行きの通路を目指すよっ!!」



えい、えい、おー!と諸手を挙げた、ラクリマ、アンド、クラウディオ、マルクに合わせて、ホルホルもおう、と軽く拳を上げる。



「ガディ兄さん、小さい子5人で格子に行かせて大丈夫なんでしょうか?」


「180cm超えにはわからないかもしれないけど、クラウディオとアンドくらいの170cm以上は世間一般的に小さいって言わないんだぞ」


「クーラ達はともかくホルホルとマルクは三十路の大人だ」


「へぇ!全然見えませんね!」


「憤りを感じるんだぞ」


「悪気ゼロっぽいのが腹立つすっね」



誠に遺憾であると言わんばかりの2人の視線に対しても、シルマーは常ににこやかだった。僕達は周囲の情報収集の為に探索しますから、頑張ってくださいねと手を振り送り出す。

一旦別れて、北側に向かう彼等のカバーをするような進路で探索を開始した。


微かに吹いてくる風はぬるい。

土臭さの中に確かな カビの臭いが混じって、不快感を煽るかのように鼻腔の奥を擽る。湿っぽいアスファルトが靴裏に水気を与えてばかりで、歩いても歩いてもソレが乾く様子はない。

ヒビまみれ亀裂まみれのビル壁は薄汚く、ほんの少し大きな亀裂があろうものなら、バケモノよろしく巨大な青が顔を出す。鳥籠の“ 滅び ”を一箇所に集めたような荒んだ景色はどこからどう見ても衛生的に最悪であったし、長く見ていれば気を違ってしまいそうな程、精神衛生にもよろしくない。

無言で歩けば歩くほど、薄気味悪さが増していくだけ。



「人、住んでるんでしょうか?」


「どうだろうねぇ。俺だったらこんな所住む気は起きないけれど」


「僕も住みたいとは思えませんね」


朽病くちやまいにならないようにその辺の水溜まりは避けろよ」



ガーディアンが釘を刺せば、2人の視線が地面を一瞥してみせる。足元はかなりの隘路あいろだ。ヘドロのような色の水溜まりが、道の端に点々と並び異臭を放っている。

ガーディアンが先程注意を促した病、朽病くちやまいとは、ドールだけが患う機能障害を引き起こすもの。その病にかかったドールの果ては惨憺たるもので、挙げられたり、伝わったりする症例はどれもこれも惨いものだった。

基本、ドールは病を患うことが無い。

ニンゲンを悩ませ続けた遺伝子由来の内蔵ガンだとか、殺人ウイルスだとかとは全くの無縁だ。そも、ドール達には内蔵が無いのだから当然とも言えるだろう。

風邪や発熱こそするが、どちらも正しくは風邪によく似た状態に陥っているだけの機能不全状態だ。食べた物を体内でエネルギー変換する時に何らかの不調でうまく変換できなかったりすれば腹痛が起き、雨などで濡れたボディを放置して冷やしてしまったりすれば温度管理機能が必要以上に発熱して、風邪の、発熱状態に酷似した症状を引き起こす。

ドールには毒物は効かないし、ウイルスも効かなければガンのリスクもないのだ。毒物に関しては、死なないと言うだけで苦しみこそするのだが。

この話だけで留まれば、一見ドールは不老不死のように思える。

しかしドールには、ドールならではの問題があった。

いきものではないことが災いするのだ。自己のメンテナンスを怠ればその身体に未来はない。コアは単体でも相当長く持つが、生まれ持った正真正銘その個体のボディの寿命は、老化を拒み、成長を拒み、劣化を防いで、どんなに手入れに励んだとしても精々もって150年からそこらだ。

ならば新しいボディを作ればいいのではとこそ思うが、古いボディとの親和度が高くなれば高くなるほど、新しいボディに馴染みにくくなっていく。故に、コアを移植したとしても脆くなってしまったり、上手く動けなかったりと、結果的にあまり長期の維持は不可能になってしまうのだ。それらを回避できるようなアビリティを持っているなら話は別だが、ドール達の最長の寿命は相当長いもので200年程。

その150年から200年を健康的に活動するには、再三言うようだが自己メンテナンスが非常に重要だった。


朽病。


主にメンテナンスを怠ったりして、不衛生な状態を改善しなかったドールが患う病だが、メンテナンスを完璧に行い、エネルギーの補給も澱みなく行っていたドールも患うことがある。

機能の落ちた黄金を経由してコアの動作が鈍り、自己再生能力が破壊されれば一度ついた傷が塞がることはなくなり、エネルギー変換機能が破壊されれば食事で燃料の補給をすることもできなくなる。エネルギーが足りなければ、空を飛ぶことなんてできないし、動くことだってままならない。

果ては、黄金が異常に脆くなり、動かずともその身体が朽ち始める。まず翼が根元から落ち、次に四肢の先から緩やかに崩れて、やがて首が落ちるのだ。自身の崩壊していく様をまざまざと見たせいで弱った“ 心 ”が生きることを拒んでしまう。

そうして最後にさらけ出されたコアも、白く眩い輝きを早々に失ってしまうのだ。朽病にかかったドールはコアそのものの機能が弱ってしまう為、ボディを換装しても同じことの繰り返し。

ドールが最も恐れる病。


ガーディアン達一行が、どれだけ歩いても歩いても、ひたすら崩壊した街が続くだけ。滅びのパノラマビューでも見せられている気分だった。


歩き回って20分ほど経った頃。マルクと距離も相当離れてしまった上、時間も経過したせいかアビリティが薄れてきたらしい、視界が少しずつ暗くなる。

明度の落ちる速度がそこまで早いわけでもなく、これなら暗闇に目を慣らしながら進めそうだとは思ったが、すぐに認識を改めることとなった。街灯がひとつも無い。正確には設置されているのだが、どれもこれもがらんどうで電球だけが見当たらない。

青の絡みついた電灯は、とっくの昔に明滅することを諦めてしまっているらしい。



「暗いな」


「ですね」



“ 襲槍 ”。


パッと、真っ白な筋が宙に5つ現れる。唐突に視界を照らしたその明かりに、ガーディアンとアルファルドがきゅっと目を絞めた。

触れたら一溜りもない、攻撃性の高い光源であるから、多少の距離は取っておく。白い光が照らした地面は相変わらずの隘路だった。



「おおおおおおおおおおおお!!!!」



遠くから、雄叫びにも似た声がやって来る。横並びの蛍光灯みたく整列していた光の槍が一斉にその方角に狙いを定めて、全員が全員、咄嗟に動けるように身構えて。

遠くから一直線にこちらに走ってくる、鮮やかな桃色に視線が集まる。



「明かり!!明かりでござるよ!!ッカ~~~~あまりの暗黒的展開に絶望する攻めの前に現れた聖母属性の受けちゃんのような光でござるな!!イヤ~助かりましたぞ!」



高いヒールで、野太いながらも黄色い声を上げながらこちらに駆けてくる見知らぬドールの姿に、どう応戦すべきか考えあぐねたらしいシルマーが首を傾げた。

こんな真っ暗闇を走り回っているドールなんて怪しいことこの上ない。まぁ、それは自分達にもあてはまるのだが。真っ直ぐ、そのドールを見据えて、警戒は解くなと。



「拙者怪しいものではないでござるよ!!ただの迷子で、光が見えたから来ただけであるからして!」



警戒されているらしいことを悟った、猛禽の、一対二翼の翼をもつドールは3人の前でその突進をストップする。ピンクのハーフツインテールを揺らしながら必死に弁明を始めたその姿が纏う衣服は、嫌でも目立つゴシックワンピースだった。足元のピンクのヒールが、水溜まりに反射して揺れている。

鳥籠には女性がいない。故に、ニンゲンの“ 女性の服 ”が本来の意図通りに着られることはさっぱり無くなってしまったのだが、そのファッションや文化はニンゲンなき今でも残り続けている。我々が呼ぶ“ 男の女装 ”は、鳥籠の中のドール達からしてみれば“ 愛らしい装い ”程度だ。

その為女物を着ていることにはなんの疑問もないのだが、そのスタイルの異常性には疑問を持つ。

なぜハイヒールで全力疾走。なぜそんな動き難い格好でこんな地下街に。衣服の下は相当な筋肉質のボディなのだろう、クラシックながらもゴシック調のワンピースの胸元はそこそこピチピチである。



「ちょーっとお供させていただければ感謝感激雨あられでして!あ、デート中!?そういうことならお邪魔虫は退散しま……エッッもしそうだとしたら三角関係でござるか!?」


「違うけど」


「あはは、変な人ですね。ねぇ、兄さん?」



食い気味に否定するアルファルドに続けて、シルマーがあからさまに乾いた笑みを返した。

光源の主であるシルマーが、困ったなーとでも言うような顔でガーディアンの方に目をやった。助けを求められても困る。ガーディアンがアルファルドに目をやった。こちらも困る。アルファルドが露骨に目を逸らした。

害意はない、ように伺える。



「……言っておくが俺達は出口を目指してる訳じゃないぞ」


「構わないでござるよ!暗すぎてちょっと不安で、情緒が完全に締切2日前なのに全ページ未だにラフみたいな状態だったから落ち着くまで明かりのそばにいさせてくれれば……」


「……何かあったらシルマーさんいるし、俺は別になんでもいいよ」


「僕もガディ兄さんがよければそれでいいですよ!」



全決定権がガーディアンに委ねられた。きっと委ねると書いて放り出すと読むのだろう。シルマーがいつでも襲槍を繰り出せる状態をキープしているということは、ここでガーディアンがノーを出してしまうとこの目の前のゴスロリドールが木っ端微塵にされる可能性があった。

ドールを殺すなと言われている今、ノーと言えるはずがない。こんな真っ暗で辺鄙な場所でジャンクになってしまったら、きっと誰も拾いになんてこないだろう。



「……好きにしろ」



深い溜息と共に、それだけ。シルマーが襲槍の臨戦態勢を解除した。愛らしい装いの筋肉ムキムキドールが、少々理解し難い単語と共に感謝の言葉を吠えている。再開された歩みの中に、ハイヒールの音が加わった。

このしっちゃかめっちゃかな足場の中で、ハイヒールのまま全力疾走できたり平然と歩いたりができる所を見るに、相当体幹がいいことが伺える。



「申し遅れましたな、拙者、ぽっぽと申しますぞ!しがないただの同人オタクでござるよ」



明らかに猛禽類の翼であるが、あくまでもぽっぽ__鳩を名乗るらしい。

最低限の礼は尽くすべきだと取ったのかどうかはわからないが、革命派一行の3人も淡々と名前を告げていく。簡単でさっぱりとした挨拶は直ぐ様終わった。

視界が明るくなって余裕が出来たのか、ひたすらキョロキョロと辺りを見回すぽっぽを連れて、荒んだ階層の探索を。



「そういえばお宅ら、どこからどういう経緯でここに来たんでござるか?」


「そっちこそどうやってここに来たんですか?」


「拙者、隼の谷……血気盛んで雄々しいドール達がたくさんな場所の住人であるからして、今日もネタ探しに奔走すべく外に出たんでござるが、足元の地面に穴がぶち開きまして!気付いたらここにいたでござるよ」



なんでも、陸路を使って外出していたら、落盤よろしくぽっぽ諸共地下街に落ちてしまったらしい。上の穴から出られたのではと聞き返すと、初めて見る光景に創作人の血が騒いでしまって引き返すという選択肢が潰れたのだと早口で返された。

今日だけで地盤沈下が3件でござるよ、と語るぽっぽの話を聞いているのかいないのか、シルマーがうんうん頷いて流していく。



「にしてもこんなに真っ暗でおどろおどろしい場所が鳥籠の中にあるなんて驚きでござるな~」



ぽっぽの独り言は止まらない。面倒なのか興味が無いのか、止めるつもりがないらしいアルファルドとシルマーは淡々と周辺をチェックしながら前に進んでいくし、そもそもあまり喋る性質でないガーディアンも無言のままに前を往く。

どれだけ行っても崩れたコンクリートと錆びた鉄筋、そしてそれを飲み込む青ばかり。青が水溜まりに反射して、裏側の世界までもを青い色で染めていた。

そういえば、何故こんなにも足元が水浸しなのだろう。泥や砂を含んだ水溜まりは相当長い間そこにあったらしい、浅くて大した容積も無いはずの水の中に、藻のような、苔のようなものが浮き、油膜が張っててらてらと鈍い虹色に光っている。



「こういう真っ暗な……明かりもない闇っていうを見ると、恐怖と不安で涙をこぼす受けちゃんが攻めくんに抱き締められて安心感を覚えたりそこで恋を自覚したりするシチュエーションが思い起こされますな~。はぁーん最高!」



上から水が垂れてくる様子はない。ならばこれはどこかから溢れてきたものがここに留まってしまったのか。では、元の水源はどこなのか。



「あ、拙者ブロマンスも大好きでござるから安心感を覚えるようなこのシチュエーションは兄弟でもいけるでござるよ!」



バツン。

蛍光灯が割れてその役割を放棄するかのように、シルマーの襲槍が消え失せた。アビリティが強制解除されたことに驚きを隠せないのだろうシルマーの身体が、ぐんと引っ張られて何かに思いっきりぶち当たる。



「ッ、な゙……!?」


「ぐッッ!?」



シルマーとガーディアンが思いっきり肩と肩をぶつけたのだ。鈍い音が真っ暗闇の中に響いて、酷く痛々しい印象をうえつける。



「あっ!ヤベーッッ!!拙者のアビリティでござる!」


「テメェ……!!」


「わざとじゃないんでござるよ!!でもわざとと言った方がいっそ清々しいまである美味しい展開でござるね!!」


「アビリティが使えない……早く解除してくれませんか?困ります」


「拙者からは無理でござる、条件満たさないと……」



“ 嗜好のストーリーテラー ”。

ぽっぽのアビリティで、ぽっぽが望んだシナリオや展開を一時的に完全再現すると言ったもの。時空や時間すらも歪めてしまう物理法則の超越性が非常に高い、極めて強力なアビリティ。やろうと思えば、この鳥籠の中全てを無茶苦茶にだってできてしまうその能力。

しかし、ぽっぽ本人が望んでいなければ発動できない為、基本的に発動するのは同人的展開をぽっぽが妄想した時のみである。


シルマーのアビリティが強制解除されたところを見るに、他者にも強制的に、相当な制限がかけられるらしい。シルマーの“ 襲槍 ”は5本の光を全て使い切らなければ消滅も続投もできないのだから、急な消滅をシルマー自身の任意で誘発することは不可能。つまり、今のアビリティ解除は完全にぽっぽが元凶である。

なんでも、ぽっぽが望んだ展開が完遂されるまでそのままなんだとか。

マトモな思考回路でアビリティを行使されれば勝ち目はないだろう。いくらなんでも強すぎる。強いて言うならこのドールがマトモな思考回路を持ち合わせていなさげな部分だけが唯一の救いと言えるだろう。

肩と肩とがくっついて、妙な体勢のままバランスを取り合う兄弟機の声色に疲労が混じり出した。



「えぇ……つまりどういう事です?」


「どっちかがどっちかを安心させれば多分解除されるでござるよ!!さ、はやくはやくっ!!」



真っ暗であるから、ぽっぽやアルファルドから2人の様子は伺えない。



「あ」



3秒程の静寂の後、シルマーが軽く声を零す。やがて宙にまた白い光の筋が現れて、辺り一体を照らし始めた。

条件を完遂したらしい。



「……へへ、ガディ兄さんに頭を撫でてもらうの、何年ぶりですかね?」



無言のまま、少々不機嫌そうな顔でぽっぽを睨むガーディアンの隣、シルマーが嬉しそうな声を上げた。はにかむような表情とは反して、襲槍はしっかりとぽっぽのことを捉えているのだが。



「ほぁアア、美しい、兄弟愛で…………ござるねっ…………………………!!!!!!!」


「あはは、すごい涙。涙拭いてあげたいのは山々んですが、生憎ハンカチはもってなくて……残念です」



シルマーとガーディアンは長らく分かたれていたのだ。頭を撫でられただけとはいえ、シルマーに安心感を与えるのには十分で。比較的簡単に状況を打開することができたことに、心の隅で安堵する。

申し訳ない!申し訳ないと大声上げて謝罪を繰り返すぽっぽに、えぇ?なんて言いながらシルマーが笑ってみせて。


コイツは第5期のドールだ。


ガーディアンが、ぽっぽをじいっと見据えたままにそう思考を巡らせる。だんまりを決め込んで__なんならアビリティの異常性を解した瞬間に五歩くらいぽっぽから距離をあけて最も遠い位置に逃げていたアルファルドや、ぽっぽの前に立ち塞がる形のシルマーは渦中の人物に注意を向けたまま。

ガーディアンが昼間に読み込んでいた“ 構造 ”に関する情報が纏められたファイルには、ドールの分類やタイプについても記されていた。

フォーゲルドールのアビリティは、太古、ニンゲンによってある程度の操作を受けており、通して5つのタイプのいずれかに振り分けられるアビリティを持っている。


第1期。

ニンゲンの傷を癒したり生活をサポートすることを目的に、基本ランダムなはずのアビリティが治療や生体回復に特化するよう、発現傾向を操作されたドール。


第2期。

ニンゲンを守ることを目的に、防御系アビリティが発現しやすいよう発現傾向を操作されたドール。

ガーディアン。


第3期。

ドールを使った争いが始まったことをキッカケに、殺傷能力の高いアビリティが発現するよう操作されたドール。

ドールはニンゲンを攻撃できないため、基本はドールがドールを殺せるアビリティが求められた。

シルマー、ルフト、ルァン、クラウディオ。


第4期。

第3期ドールの登場により更に激化した争いにおいて役立つよう、アビリティの発現傾向を操作されたドールだ。ニンゲンを癒せるドールではなく、勝ち筋を見いだせる強力なアビリティのドールを修復したり、安全に撤退させたりができるアビリティのドール。

ホルホル、ラフィネ、ラクリマ。


ドールは作り物だ。死ねば減って終いであるニンゲン同士の戦争とは違って、争いはどんどんと長引くばかり。

第5期。

やがて一体だけで争いの結果を、勝敗を、大量のドールの末路を左右できるような、超常性の高い強力なアビリティが発現するよう操作されたドール。

ニンゲンの命令に忠実になるよう、他のタイプのドール達よりも“ 望み ”に対する感受能力が高められていたらしい。


ぽっぽのソレは明らかに、第5期ドールのソレだった。ぽっぽ本人の望みに忠実な、時空も摂理も歪めてみせるそのアビリティは、敵に回せば酷く面倒。

こんなものを連れて歩いて回っていいものなのだろうか。

ぽっぽが「この3人のデスゲームが見たい」なんて言い出したら、きっとホントに始まってしまうのだから懸念だって大きくなる。放っておけば解除もされないことはないそうだが、それには時間がかかるとも。とんでもない拾い物をしてしまったらしい。

溜息の重みがまた増して。

暫く状況を整理しようなんて頭を冷やしていたならば、シルマーとぽっぽの押し問答をBGMに、ガーディアンのトランシーバーが呼び出し音を高らかに鳴らし出す。ホルホルからだった。



「俺だ」


『ホルホルなんだぞ。北に上層連絡通路ってものを見つけた』


「着いたのか」


『おう。でも、塞がってる。崩れた周りの建物で完全に封鎖されてるし、青い葉っぱの量が酷くて案内板しか見えないんだぞ。そっちはどうだ?』


「……今のところ問題ない」



ぽっぽを問題と形容するか否かほんの一瞬真剣に悩んだ。

ホルホルの声の向こう側に、ラクリマやクラウディオの騒ぐ声がちらついた。東側へ向かってみる、という言葉の後、トランシーバーはすっかり黙ってノイズの欠片も出さなくなってしまった。

皆、それぞれのやるべき事を成そうとしているのだ。トランシーバーを握る手に、かすかに力が込められて。

シルマーのうんだ白い光が、薄暗がりに広がる破滅の街を煌々と照らしていた。














​───────​───────














「ルフトおにいさん……?」



ふらふらと前を往く、大きな背中を追いかける。

非番の間は自由にして構わないと言われていたが、ラフィネには“ 自由 ”がわからなかった。心の思うままに、という事ですよと青い巨鳥は諭したが、その時のラフィネには理解が及ばなかった。

50メートルは先を、ラフィネに優しいドールがふらふら、ふらふらしながら歩いていって、午後半ば前頃の街を闊歩する。閑古鳥の森に向かっていくそのドールが、言葉も何も無く拠点を出ていくのを、なんともなしに追いかけた。


小さな玄鳥ツバメが、血溜まりの主の後を追う。







​───────

Parasite Of Paradise

11翽─血溜まりの主

(2022/02/13_______14:00)


修正更新

(2022/09/22_______22:00)

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