10翽▶白い街
















「すごい……上から、びるが……」


「下からも上からも……一体どうやって建てているんでしょう?」


「僕からは見えませんが、きっとすごい景色なんですね」


「これが本当に鳥籠の中の景色なのかい?すごいねぇ」



鳥籠、地下街。

白いパネルのような建材と、ヒビひとつないガラスが織り成す近未来的な地下空間は、地下だと言うのに薄暗さを微塵も感じられなかった。

地上で見ることの出来る、ネオンやら、死にかけの蛍光灯が発する“ あかり ”とはまた別の、清廉潔白さすら感じる白いあかりが空間を満たしていた。孔雀の街のように、あるいはソレよりも夜が感じられないような明るさの街並み。

ヴォルガが、背後で楽しそうに声をあげたアルクの方を振り返って、一瞬見ただけですぐに目を逸らす。見慣れぬ景色に気分が高揚しているのか、アビリティの光の胞子がいつもより強く発光している上に、辺りが相当明るいのも相まって、アルクは視界に入れたら目がチカチカするくらい白飛びしていた。

先生眩しいです、と軽く咎めれば、すまないねとすぐに収まった。ありがとうございますと返しておく。

ニアンはどうにも、アルクの声がしてからずっとアルクの方を見ていたらしい、目がしぱしぱしてしまっているのかゆるく目元を擦って、それからぼうっと最後の発言者であるヴォルガの方を見ていた。ニアンは最後に音や声のした方を、続きがなくともじっと見つめる癖がある。



「それでは私とスティアは見回り……と称した探検に行ってきます。お手をどうぞ」


「ありがとうございます」


「いってらっしゃい、スティア、ヴォルガ。私も散策してこようと思うんだ。ニアンはアイアンとルフトが来るまで待つのかな?」



細められたアースアイがニアンを見留める。アルクの嫋やかな笑顔に対して、ニアンは小さく頷いた。


地下街の景色は雪景色よりも白い。そこかしこに光源があって、暗闇なんかどこにもない。明らかに地上との文明発達度が食い違うその光景には、背筋が釘で打ち固められたような感覚すら覚えてしまうほど。

異界に放り込まれてしまったような、急激な環境の変化についつい足元がふわふわしてしまう。その浮遊感は見慣れぬ光景への好奇心がうんだものか、疎外感がうんだものか。

高い、アーチ状の支柱が天井を支えて、支えられたその天井からは宙吊りにビルが生えている。空を飛ぶことの出来るドール達が、逆さまのビルの開け放たれた窓を使って出入りしていく。地上ほどではないが、たくさんのドールが地下街で生活を営んでいることは明白だった。

充分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない。ここ最近、ニンゲンの遺した言葉のひとつひとつを身をもって実感するばかり。



「しばらく歩きますが、疲れた時は遠慮なく言うんですよ」


「ありがとうございます」



スティアはずうっと、目を閉じたまま。地下街がどれだけ異質なのかをその目で確かめることはない。ただ、閉じられた眼の奥でぐるりぐるりと同じ考えばかりが巡っていた。

図書館で久方ぶりの再会を果たした愛おしい幼馴染の声が胸の奥で繰り返されて、スティアの心をぎゅっと締め付ける。クラウディオは革命派で、外を目指して翼を広げていた。かつての夢を叶えようと、前へ進んでいる。


スティアは元々、革命派のドールだ。

クラウディオと肩を並べて、外の世界を思い描く話に花を咲かせて、いつかきっと2人で外を見ようと笑った眩しい日々が、どろりと、沼の底に潜む黒い悪夢のように色を変え、スティアの瞼を縫い付ける。

彼と、彼の褒めてくれた自分とで見ることのできない外なんて見たくない。

今の僕には彼と並ぶ資格なんてない。

あの日、彼の褒めてくれた僕を、僕は生き返らせてあげることが出来なかった。少しでもあの日の自分を取り戻せる可能性があるのならば、それに賭けてみるしかない。きっとそれを終えた後からでも、遅くはないと信じたい。今は、ただ。



「ねぇ、ヴォルガさん」


「はい。なんでしょう?」


「あの話、本当ですか」


「…………えぇ。本当です。ですが……」


「わかってます。かも、しれないんですよね。でもいいんです。それで帰ってくるかもしれないなら、僕はなんでもいいんです」



ありがとうございます。暗闇を晴らす気も起きないままに何年も経ってしまったけれど、忌々しいことに、閉ざされた瞼を開くことはまだできる。きっとその人の顔があるだろう箇所へ顔を上げて、口角に笑みを乗せた。

スティアを救ったはずなのに、クラウディオの愛したスティアを看取ってしまった巨鳥が、一体全体どんな顔をしているのか、スティアからは全くわからない。



「……す、みません」



思わず零れてしまった謝罪は誰が為。スティアの、空っぽの、真っ暗闇をはめ込んだ眼孔が、ヴォルガをじいっと見上げていた。

ヴォルガは9つを過ぎた頃から警邏隊のドールである。鳥籠の、愛する故郷の秩序の為にその身を捧げて生きてきた。警邏隊の一員を名乗る以上、見たくも無いものを見るのだって一度や二度では済まされない。

ミュカレも、ラフィネも、スティアも、全員ヴォルガが地べたから引っ張り起こした、鳥籠の不条理に虐げられたドール達。何かを失ってしまったドール達は、翼を失くした自分を見ているようで、いてもたってもいられなかった、ただ、それだけ。

知っている。だからこそ、自分がどれだけ卑怯なことをしているのかもわかっている。それでも、彼等を放っておくよりかはきっとマシに違いないと、信じてヴォルガは嘘をつく。部下と、しあわせな思い出はヴォルガにとって全てなのだ。

スティアがまた、瞳を閉じて前へ向き直る。それからほんの数拍遅れて、ヴォルガもそっと前を向いた。下を向くな、上を見るな、今手の内にあるものを見ないでどうするのだ。



「……今の」



ふと、横を歩くスティアが声を上げた。

どうしたのか聞く間もなく、すぐさま辺りを襲う轟音と揺れに身構える。


ドドドン、と、低く、深く、巨大な何かが落ちる音。ビルの倒壊の音ならば、望ましくないとは言えど聞き慣れているからすぐわかる。しかしこの音と揺れはどうにも違うような。上からした音の出処を、スティアがすぐに言及してみせる。耳のいい部下を持つと、こういう時に楽だななんて呑気な考えが脳裏を過って。



「二層だ、また上で落ちたぞ」


「落ちたのか?革命派の連中が喧嘩売ってんじゃねえの」


「二層はやっぱり埋め立てちまった方がよかったんじゃないか?」


「あんな広さを埋め立てる素材をどこからもってこいって言うんだ」



辺りを行き交うドール達が、大きな揺れに足を止めて言葉を交わす。焦ったような声色が飛び交うその場の空気に、スティアがほんの少しだけ眉根を下げた。

適当に近くのドールを呼び止めて、ほんのちょっぴり話を聞く。警邏隊のベストを着ていれば怪しまれることも拒否されることもほとんどない。



「すみません、二層とやらについてなんですが……」


「あぁ、お疲れさんです、二層なら……この辺の階段はあそこからですよ」


「階段?」


「エレベーター止まったから……見回りですよね?今は階段しかないですよ」


「……ええ、そうです。二層の見回りを任されたのですが、こちら側は初めてで。ご丁寧にどうも」



平然とした顔で嘘をついたが、現在の散策も見回りと称しているのだからその延長線に過ぎない。地下街の、異常な科学の圧の中暮らすドールに手を振り別れを告げる。行ってみますか、とスティアに問いかければ、ご一緒しますと、テンプレートのような回答が返って来た。

先のドールが指した方向。巨大で、長い、上に暗闇を孕んだ大階段が、白いビルのカーテン越しによく見える。地下街、二層へ繋がる階段。最初に捨てられた楽園へと昇る階段を目指して、もう一度、ゆっくりゆっくり歩き出した。
















​───────​───────

















「はい、どうぞ」


「う、うわ、美味しそ……いや、でもこんな、食べ物で釣られたくらいじゃまだ僕は認めないすっよ……!!」


「うわー!!これはなんだい!?」


「お店のやつみたぁい」


「お店やってる人が作ったからねぇ。これはレーズンのクグロフ」


「へぇー!!初めて見たよ!」


「俺も初めて作ったから初めて見た」


「え?どういうことッスか」


「まんまだよ」



夜明け間近に始まった夜逃げ同然の引越しを終えた革命派一派は、すっかり夜が明けた頃に新居で睡眠を取り、昼下がり__だいたい午後3時頃、順繰りに、続々と目を覚ましていた。



「俺、新しいことに挑戦するのとか嫌いだから、作ったことないレシピとかに挑むのあんま好きじゃないんだよねぇ」


「で、その結果レシピは知ってるけど作ったことも食ったこともないメニューだけが増えていく……ってわけッスね」


「ご名答」


「あでもらんかよくわかんらいけどおいひぃよ!!」


「シリル!!いただきます言ってから食うんすっよ!!!っていうか得体の知れない奴の料理なんか……」


「れもおいひいよ!ほら!」


「ングっ!!む、おいひいっ……!!」



即落ち二コマを繰り広げるドール達を傍目に、アルファルドがふんっとほくそ笑む。チョロいものだ。

朝食、と言っても時間は相当遅いが、食事にはシルマーのシチューとガーディアンのグラタン。デザートと3時のおやつを兼ねてアルファルドのクグロフ。手っ取り早く信頼と票を得るにはまず胃袋を掴むのが定石だと、新参者のふたりに料理をさせただけのこと。

案の定、派閥に関してはこだわりのうすいラクリマ、アンド、クラウディオは舌鼓を打った後、シルマーやアルファルドへの怪訝な視線がなりを潜めてしまったようで、かなり違和感なくその場に馴染み始めている。シアヴィスペムは少々苦々しい顔のままだったが、元永朽派とは言えど今は革命派のドールが作った食べ物に罪はない。シチューを黙々と口に運んで、申し訳程度に切り分けられたクグロフを咀嚼して嚥下する。


革命派一派の新居。“ ひみつきち ”寄宿棟。

隼の谷の奥まった箇所にある、元は放送局か何かだったのかもしれない小さなビルと、そこに無理矢理渡り廊下が渡されてくっつけられたマンション__の下半分の融合施設だ。マンションの上半分部分は倒壊してしまったのか、妙に風通しのいい空間と、その空間やマンション丸ごとを乗っ取らんと大きく伸びる巨大な藤の木が“ ひみつきち ”の右斜め上を支配していた。

オモテに掲げられた巨大な看板には、メイリオ体ではっきりと“ ひみつきち ”と綴られている。社名ととるのが最もだろうが、創設者は一体全体ひみつの意味を知っているのだろうか。

この施設は、ドールレースの運営本部。故に、寄宿棟と最上階以外は見知らぬドール達が普通に職務を全うし、それぞれの生活を営んでいた。リベルとヘプタに取りに行かせた寄宿棟の鍵で、締め切られていた寄宿棟の扉を開ける。数年使われていなかったというそこを、クレイルの弟子という滅茶苦茶な言い分で強引に突破したのかいざ知らないが、各々専用の部屋として割り当てた。

厳選した本と必需品だけを持って来ていたホルホルとルァンは荷解きが早くに終わり、空いた時間をほとんどぶっ通しで例のファイルの読解に回している。



「……あー、お兄さん疲れちゃった。2人は飽きないワケ?っていうかあーんなにたくさん持ってた本、置いてきちゃってよかったの?」


「手伝ってくれてありがとう。少し休むといいんだぞ……本のことは気にしなくて大丈夫だ」


「そうだね、なんら問題はないよ。もうココに入ってるからね」



ファイルを読み進めるのを手伝っていたリベルが、集中力が切れてしまったのか珍しく自分から会話を振った。柔らかな声音と共に持ち上げられたルァンの艶やかな指先が、小さくこめかみを指し示す。さすがぁ、なんて声に、ルァンがにっこり笑って見せて。



「にしてもさぁ、これ、しんどくない?」


「読み物を読むのは苦じゃないんだぞ」


「や、違うこれ」


「どれかな?」



リベルが手にしていたのは、対ニンゲンと本の背に書かれたファイル。開かれたソレの右ページ、真ん中よりもほんの少しだけ下の箇所。



ロボット工学三原則に基づき、黄金生物を祖とした生体模倣黄金兵器にもこれを基とした原則を付与することとする。

1.生体模倣黄金兵器は人間に危害を加えてはならない。

2.原則1に反しない限り、生体模倣黄金兵器は人間や司令代用個体の命令に従わなくてはならない。

3.原則1、原則2に反しない限り、生体模倣黄金兵器は自身を守らなければならない。

4.周囲に自身よりも有用度の高い個体がおり、かつその個体の活動継続が危うい場合はその個体を守らなければならない。

5.対人兼用生体模倣黄金兵器に限り、原則1を破棄できる。それに伴い、原則2、原則3の一部条件も破棄できる。


鳥モデル折衷型の人間モデル、生体模倣黄金兵器・フォーゲルドールは特殊条件下において、持ち主である人間の命令に背くことがある。

個体Aに他個体のコアを搭載しての複合アビリティとその制御について実験の最中、4つ目のコアを搭載してから個体Aは職員の指示を無視し、硬直状態を維持するようになった。シグナルを可視化するモニターを通じて原因を解析したところ、搭載された他個体のコアから発せられるシグナルが個体Aのシグナル・オーラを感受する機能を麻痺させていたと判明。

人間である職員の命令よりも、機体安定に用意していた母機・マザーのシグナルであるシステムチェック要請を優先した結果、最初の一度のみで問題が無いはずのシステムチェックを繰り返し始め、硬直状態が続いてしまったと考えられる。

何故母機のコマンドシグナルを人間の命令よりも優先させたのかについてだが、他個体のシグナルの影響を受けて麻痺した感受機能では、人間の命令を拾うことよりも、刷り込み効果の強かった母機のシグナルを拾うことの方が安易であった為と推測される。鳥モデルを折衷型として取り入れた弊害、また、人間モデルのゼロ番個体からの引き継ぎ性質による害である。



「意味わからないんだけど」


「原則は?」


「それはわかる」


「生体模倣黄金兵器とは、私達のことで間違いないだろうね」


「並べてフォーゲルドールって書いてあるからそれは間違いないんだぞ。あと、マザーについてのことが書いてある」



食い入るようにファイルを覗き込むホルホルと、少し離れた位置からファイルを俯瞰するルァンに挟まれていたリベルが、ドウゾとファイルをホルホルへ明け渡す。

少しの会釈の後、すぐさま小さな文字へホルホルの小麦色をした肌の指先が添えられた。あっという間に、するすると、言葉の、文字の流れに沿って横へズラされて、行が変われば左の端へ、指先を躍らせるように知識の嚥下を開始して。



「マザーがシグナルを出してるなんて知らなかったんだぞ」


「まぁ、私達はシグナルをはっきりと知覚できる訳では無いからね。昔、実際どうだったのかはともかく、今だと信号という意味合いよりかは気配という形に近い」


「マザーのシグナルを受けるとどうなるの?」


「読む限り、多分……動けなくなるんだぞ」



マザーのシグナルであるシステムチェック要請を優先した結果、硬直状態が続いた。つまり、マザーのシグナルを受け取れば“ 心 ”とは程遠い、ドールの生き物ならざる部分が強く働きかけてしまうのだろうとホルホルは読み取る。



「さっきオレが読んでたドールの相互作用についてってのと、この5つの原則の中の2つめ。ここからして多分、ドールは自分よりも明らかに上位だったり、格が違ったりする生き物だとかの命令に逆らえない」



それらの筆頭に、ニンゲン、マザー。特にマザーは、皆が皆、卵から孵った直後に初めて見るものだ。全てのドールにとって特別といえる存在そのもの。マザーはフォーゲルドールの偉大な母である。それは全てのドールが漠然と理解している共通の認識で、曲げようもない事実だ。

しかし、マザーのシグナルを受けると動けなくなるというのなら、仮に黒い卵を手に入れたとしても届けることはほとんど不可能なのではないだろうか?一体、マザーからどの程度の距離でシグナルの影響を受け始めるのかはわからないが、最悪の場合届けるどころか傍に近づくことすらできない可能性だってある。と、するなれば。



「オレ達、黒い卵を手に入れるのと並行して、マザーのシグナルを受けてもそれを無視できるようにならなくちゃいけないかもしれないんだぞ」


「近付いたら止まっちゃうんだもんね、でもそれには……」


「他のドールのコアが必要、と」



黒曜石のような深い色をたたえる双眸が持ち上げられる。最低でも4つか、それ以上。すみれの花を思わせる紫と、金糸を光に透かしたような淡い金色へ視線を合わせた。

他のドールのコアが必要となると、入手方法は限られる。街中で、不幸なことにジャンクとなってしまったドールから拝借するか、他個体から奪うか。

前者はほとんど不可能に近い。常に見回りをしている警邏隊のドール達が見つけ次第回収していってしまうから。コアだけを残したジャンクドールをピンポイントで、警邏隊よりも先に見つけるだなんて、余程暇かなにかでもないと不可能だ。そもそも転落死だって確かに少なくはないが、そう毎日あっちこっちで起きていたんではたまったものではない。

事故やら身投げの起こりそうな場所に張り込むのも却下だろう、目の前で危険な行動を始めたドールがいるならば止めるべきであるし、黙って見ておいて、ジャンクになったらコアだけ回収だなんてそんな事をする訳にも行かない。

誰かからコアを奪うか。あるいはコアを譲り受けるか。譲り受けるというのもほとんど不可能だろう、コアを他人に譲渡するというのは例えどんなドールだとしても抵抗を感じるものだ。仮に、相手が番だったとしても。もしその行為に抵抗を感じないと言うならば、それは半ば“ 個 ”を失いかけている証拠のようなもの。



「考えなくてはいけないことが山積みだね」



いつ何時なんどきもぴんと伸ばしている背筋を今一度伸ばして、姿勢を正しながらルァンが零した。頭の回るドール達は最低限の休息以外、ほとんど休むことなく新たな情報を吸収し続けている。振る舞いに幼さの残るドール達の相手は新参者のふたりがやっているから、今はあまり気にしなくてもいいだろう。

図書館から拝借した資料。そこから得られた情報を基に今後の方針。旧拠点にあった大型の機械。目下一番の障壁となりうる警邏隊の一派。裏切り者2人から得たその一派の情報。



「そういえば、昨日から聞こう聞こうと思ってたんだけれど。アルクさんはこちら側なのかい?」



だだっ広いひみつきち最上階の執務室に置かれたソファ4つのうち、下座のソファに腰掛けながら構造のファイルを読み進めていたガーディアンのほうに視線が向けられる。相も変わらず無愛想なオッドアイが持ち上がり、淡々と問いに回答を。



「アルクはどっちでもない」



単調な声音がそれだけ放つ。ルァンからすると、それだけで答えは十分だったらしい。

アルクはルァンの、保育所時代のセンセイだ。既知の仲であると同時に、ルァンの中で完成されている指導者の理想像、その大元となった人物でもある。25で保育所のセンセイとなる前の、そのまた前の頃の話。

あの白いドールの本質を見抜くのには相当な年月がかかるに違いないと、心のどこかで諦念じみたものが湧き上がる。我が恩師でこそあるが、その真髄は光の中に紛れてしまって読みづらいことこの上ない。なかなか食えないドールであることは確かだ。

ガーディアンの回答に不満そうにしていたリベルも追求するのは面倒なのか、ついと視線を横に流して、左端のガーディアンから少し距離を置いて同じソファに腰掛けるヘプタと、その隣にまた距離を開けて陰険な顔色をしたクレイルに話を振る。



「そこの陰気臭い人はどうしちゃったの?」


「拠点にあったっていう大きい機械、考えるための材料だとか証拠品になるのにひょいひょいクレイルが触ったせいで爆発して使い物にならなくなったから、ルァンが軽く怒ったんだぞ」


「軽く怒ってこんな風になる?」


「触ったら壊すかもってわかっているのにどうして触ってしまったのかな。確か、トランシーバーもふたつダメにしてしまったんだよね?青玉から聞いたよ」


「まぁまぁ、リーダーもわざとじゃないんですし!ね?リーダー」


「最初ん時のトランシーバーは事故だし…………」



随分キツめに軽率な行動を咎められたらしいクレイルをヘプタが庇った。意気消沈と言ったていでだんまりを再開したリーダー相手にオロオロと困った顔をする青い鳥を、甘やかすなとガーディアンが軽く嗜める。

そこへすっともう1人、高い影。切り分けられたクグロフの乗った皿を、指貫グローブが嵌められた右手でローテーブルにそうっとおろした。同じグローブが嵌められた左手には、永朽派のドール達の情報が纏められた紙の束。ラクリマやクラウディオ達のハイテンションドール達の相手をすっかり丸ごとシルマーに任せて、作戦会議の場にやって来たアルファルド。



「それ食べていいよ。あとこれ、目を通してみたけど、所々アビリティが偽造されてるねぇ」



差し出された紙の束を、リベルがほぼ反射で受け取り目を通す。手の空いたアルファルドは、ヘプタとクレイルの背後あたり、ソファの背もたれに頬杖をつく形でもたれながらその場を俯瞰し始めた。


アルファルドのアビリティ、“ 加重 ”。

1分間、自身を軸として周辺1km圏内の任意のドールにかかる重力を10倍にするといったもの。対象は1体に限られる上、30分とそこそこ長いクールタイムが要される以上多発することは不可能だが、使い所を見極めれば飛行のみならず相手ドールの全行動を制限することの出来るアビリティ。

対象ドール周辺の重力を操作するのではなく完全にそのドールのみにかかっている重力を操作していることになる為、正確には対象ドールの重力処理能力を狂わせるアビリティなのかもしれないが、その真相を知る術はない。シリルを一撃でジャンクに追い込んだその力。



「俺のページ、発動には詠唱が必要、アビリティの再発動までの待機時間は2時間ってことになってるでしょ。ホントは詠唱とかいらないし待機時間30分なんだよねぇ」


「永朽派……警邏隊って公文書偽造がまかり通るの?っていうかアビリティ強……」


「公文書偽造の件ですが、多分そんな事ないと思いますよ!」


「うわビックリした」



リベルの背後に白い巨体。シルマーまでもが子守りを放棄したらしく、作戦会議の場に混ざり出す。大きなラグの上に広げられたパズルに食らいついている、ラクリマ、クラウディオ、アンド、シリルと、4人が選ぶピースにああでもないこうでもないと口を出すマルク。ひとり黙々と右端から完成させ始めているシアヴィスペムの6人をちらりと一瞥して、リベルはそれから意識を手元の書類へと戻した。



リーダーアイツは僕達が嘘をつくことを許しませんでしたから。一度は皆、嘘偽りなくアビリティについて書いていると思います、僕もそうしましたし。僕のページを見せて頂いてもいいですか?」



ページを捲り、白いボブヘアに顔布のかけられたドールの写真が貼られたページを開く。ブルーブラックのインクで流麗な文字が並べられた資料のアビリティ欄を覗き込んだシルマーが、あははと声を上げて笑って見せた。



「僕のアビリティについても再発動までの待機時間が偽造されてますね。襲槍に3時間も待機時間はありませんし、予備動作なんてもっとありません。ガディ兄さん、アルクのものは?」



リベルにアルクのページを開くよう指先だけで指示をする。えぇ、と迷惑そうに、困ったようにしながらも言われるがままに目的のページを開けば、お借りしますねとシルマーがそれを取り上げてガーディアンの方へ。

誕生日からアビリティまで一通り目を通した後に返って来たのは、軽い頷きひとつ。



「俺の知ってるアルクのアビリティまんまだ」



光を操作するだけの、攻撃性の低いアビリティ。

アビリティの詳細が偽造されているドールと、特に偽造されている訳では無いドールに分かれているらしい。必要な部分を読み終えた書類をほんの少しだけソワソワしているヘプタに回して、自身に割り当てられていたファイルの解読を再開する。

シルマーは「書類を書かされた」と言っていたが、金庫の中にあったこの資料の文字は皆一様に同じ人物の筆跡で間違いなさそうなものだった。シルマー達が自分自身で書いたという書類はどこへ行ったのか。どうして、この書類にはあることないことがまぜこぜになって書かれているのか。

警邏隊にも何か仄暗い背景があるのだろうかと勘繰ってしまうが、今は自分たちのことで手一杯だと、長々続く思考の先をホルホルは自ら打ち切った。己の思考能力は今、自分達自身が直面している問題に割くべきで、他所のことにまで首を突っ込んでいる場合ではないのだ。



「警邏隊のことはとりあえず、おいておくんだぞ」


「そうだねぇ。ああ、私は拠点にあった、あの機械について聞きたいことがあるんだけど」



革命派の話し合いは、いつだってこのブレイン2人が取り仕切る。誰もそれに意を唱えない。酷く頭を使う話は2人を中心に、周りがそれをじっくり聞いて噛み砕くのがいつもの流れ。



「ちらっとしか見えなかったけど、あれは位置を把握できる機械で間違いないと思うんすっよ!」



自身の得意な分野である機械の話を聞き付けて寄って来たのだろうマルクが、ひょいと顔を出して声を上げる。軽い足取りでアルファルドの後ろを通り過ぎ、ソファの肘掛にぽんと腰を下ろす。ヘプタと資料をガン見しているクレイルのゆんゆんを持ち上げて、手持ち無沙汰に結んで解いてを繰り返しながら高めの声で囀って。



「レーダーってやつすっね。発信機っていう子機と、その位置を受信する母機があって、受信した位置情報を画面に写して可視化するやつすっ」


「……それは、鳥籠全域を監視できるものなのかい?」


「やー、トランシーバーでも鳥籠の端と端じゃ繋がらないから、そんなのあったとしても作って使えるのは滅多にないすっね」



滅多にない代物のはずが、何故拠点にあったのか。

ゆるり、ルァンの視線が一番の古株に投げかけられて、青と金が交差する。



「クレイル」


「……何が言いたいかはわかるぜ」


「そう。なら話は早いね」



にこり、薄らと笑ったルァンに対して、クレイルの表情は普段よりも剣呑だ。尾羽が持ち上がって、ゆるりと先が小さく弧を描く。



「あのなぁ、俺が機械扱えないのわかってるだろ。俺は従順な機械なんて作れないし、うまく使うことも出来ない」


「リーダーのこと疑ってるんすっか!リーダーがそんなことするわけ、できるわけないじゃないすっか!」


「リーダーがそんな、珍しい凄い機械を扱えるなんて思えないです、けど……」


「お前らちょっと黙ってろほっぺつねるぞ」



自分を庇ってくれたはずのマルクとヘプタの口元を、尾羽で順に軽くビンタして黙らせる。庇うついでに貶された気がしなくもないが、今回は不問とするらしい。



「俺はドールだ、そんなニンゲンみたいなことはできねーよ」



陽気さがなりを潜めた声色。怒気を孕んでいるようにも聞こえるが、その表情に怒りの色は見受けられない。証明もクソもあったもんではないから、疑いの色を完全に拭える訳では無い回答。きっと答えた本人も、これで懐疑の心を払拭できるはずがないとわかっているのだろう。

なるほどと優雅な仕草で頷いたルァンはそれ以上言及するつもりがないらしい、クレイルから視線を外して目を伏せて、流れるような自然な動きのままに持ち上げた指先で横髪を耳にそっとかけた。



「そのレーダーの母機があそこにあって、それが壊れたってことは、もう位置を把握されることはないってことでいいのかな?」


「いや、あれは多分ただのモニターだと思うすっよ、鳥籠全域の位置情報を把握するほどのなら……障害物がなくて、高い位置にでもないと無理すっ」



可能性としてはふたつ。

鳥籠全域の位置情報を把握するに適した条件下の元、母機がどこかに設置されている。

または、適した条件であるふたつを破棄できるほど高性能な母機を、誰かが作って設置している。

後者だとしたら相当厄介だ、どんな見た目をしているのか、地上のどこにあるかもわからない機械を探して練り歩くとなればかかる時間は相当なことになるだろう。

鳥籠全域を把握する以上、設置されるとするならば。ど真ん中以外に適した箇所はない。



「母機って言うと大きさは大体どれくらい必要なんだぞ?」


「僕も見たことないんでなんとも言えないすっけど、南通りで材料揃えて作るとしたら……まぁ、ガタイのいいドール2体分くらい?すっかね」



ガタイのいいドール2体分。

かなりの大きさであるが、真ん中付近で高所、かつ障害物のない場所にそんなものを設置するとなるとただ事では済まないだろう。

思い当たる設置箇所の候補と言えば、鳥籠内にいくつも聳える鉄塔である。鉄塔はどれもこれも背高で、鉄塔よりも高い建物は現状鳥籠内に存在しないのだ。高所で障害物のない所へ設置するとするならば、誰も彼もがきっと鉄塔の頂点付近の足場を選ぶ。

しかしここで問題になるのが、鉄塔の耐久性。鳥籠内の建物は老朽化が激しい為、どんなに頑丈な鉄塔だろうと順々に限界を迎えつつある。重量のある大型の機械を載せて置けるものだろうか。それに、鉄塔の上は酷く目立つ。そんな大きな機械が置いてあれば見た事のあるドールがいたって良いはずだ、鉄塔に登るのが好きなホルホルやアンド達に尋ねたが、中央付近の鉄塔の上にそんな精巧な機械のようなものは置いていなかったはずだと言う。



「“ 母の寝息 ”だろ」



半ば投げやりにも聞こえる、ぶっきらぼうな声。ガーディアンが手元のファイルから視線を上げて、ローテーブル付近に集まっているドール達を一瞥しながら静かに言い放ったその存在。

“ 母の寝息 ”。

鳥籠中央の上部に存在する巨大な浄化扇で、12年前までは昼夜問わずに低い風の音を鳥籠内に轟かせていた超大型の換気システム。猛吹雪が吹き荒ぶ越冬期間以外は休むことなく稼働していたという巨大なニンゲンの遺物。

正確にはその昔、浄化扇そのものを“ 母の寝息 ”と呼んでいた訳ではなく、浄化扇が起こしていた風やモーターの音をそう呼んでいたのだが、今では浄化扇そのものを指し示す言葉になっている。



「なるほど……ロストテクノロジーじゃないなら、オレ達の知ってる換気扇と同じ仕組みなはず。となると中には空間があるはずなんだぞ」


「あれだけ大きければ、羽が回る時格子とぶつからないようにとってあるスペースも大きいですもんね!」



ホルホルの言葉にヘプタが返す。

“ 母の寝息 ”が、先程ホルホルが口にしたソレで造られていた場合はお手上げ状態でどうしようもないが、稼働音がすると言うのならばドール達も知り得る一般的な換気扇と同じ仕組みで間違いないはずだ。

ロストテクノロジーとは、かつてニンゲンが作り上げた科学技術やカラクリの中でも、仕組みも造りも伝えられる事が叶わなかった完全に潰えてしまった科学技術のことを指す。

ニンゲンはX線と呼ばれる電磁波を使って、レントゲン写真、と呼ばれる身体の中身を透視する技術を持っていたそうだが、それらなどがロストテクノロジーにあたる。ニンゲンの医療やそれにまつわる技術はほとんど全てがロストテクノロジーの仲間入りだ、作ったところで使わないのだから至極当然とも言えるだろう。

飛行機や飛行船などといった鳥籠の中では無用の大型機械も段々と伝えられることが少なくなっていき、今でもまだ話の中に息づいてこそいるものの、完全に消えてなくなってしまうのも時間の問題だ。ヴォルガのような、極一部の有志とも呼べるドールが技術を応用して残しているとは言えど、ニンゲンの遺したそれが完全なままに生き延びることはまずありえない。




「レーダーの母機がある場所探してどうするんすっか?」


「居場所を、好いてもいない誰かに把握され続けるのは気分が悪いだろう?勿論、機能を停止させるか何かするのが理想だよ」



ずうっと永朽派一派の資料を手に持っていたヘプタが、ローテーブルの上にそれをぽんと軽く音がやけに大きく響いた。しかし、背後で未だパズルに四苦八苦しているドール達の声が大きいものだから誰も大して気にしない。



「浄化扇近くはただでさえ気流が荒れてて、その上凄く乱れやすいんですよね?上まで行けるんでしょうか?」


「下から直で行くのはダメだ」



シルマーがにこやかなままに、わざとらしく首を傾げて投げかけた問に被せてクレイルが声を張る。



「あそこ、ドールが通れないサイズの金網みたいなのがついてっから、下から行くならソイツを壊してからになる」


「へぇ、クレイル詳しいねぇ」


「あの近くのとんでもない風をトレーニングに使ってた時期があっから見たことあるだけ。いいか、あそこの気流は……」



つい先程まで、要されるまではじっと黙ってばかりいたはずのリーダーがいたく饒舌に話し出す。急に長々喋り出したな、と思っているのかいないのか、シルマーの笑みはフワフワにこにこ浮かぶだけ。

“ 母の寝息 ”付近、鳥籠内部の上空エリアの中でも超高高度に類される範囲。常に強風があちらこちらへ、複雑に入り乱れながら歪な気流を生んでいる。どんなに飛行能力の高いドールだろうと、その気流の中で10分以上飛び続けるのは不可能に近いほどに厳しい風の通り道。

鳥籠は、格子に近づけば近づく程に空の色が黒くなる。格子と格子の間を塞ぐように張られた、距離が縮むと可視化する謎の障壁のようなものが、ドールを籠の内側に閉じ込めているのだ。

近付けば黒くなって、格子の向こう側をみえなくしてしまうものだから、あまり上空へ飛んでしまうと格子の向こうの空を拝むことが出来なくなる。すると雲が見えなくなり、ただでさえ強烈な風を読むのが非常に困難になるのだ。

仮にあの風を超えて浄化扇を塞ぐ金網に辿り着いたとしても、そこに手足だけでぶらさがって金網を切り離し、強烈な風をくぐりぬけることの出来る程の翼をもったドールが通れるほどの穴を開けるだなんて。



「無理だ。あの気流を越えられんのは多分、俺と、ガーディと……シルマーはよくわかんねー。まぁそんくらい。青玉は行けそうだけど、アイツは絶対ダメだ」


「なんで青玉はダメなわけ?」



成長を果たした青玉は、部屋で休むように言い渡されているが故にこの場に姿を見せていない。何故、十分戦力となり得るだろうし、本人もきっとそれを望んでいたのだろうに青玉は絶対ダメなのか。リベルが黒手袋に包まれたしなやかな指先でくるりと宙に円を描いて、不思議そうに。



「青玉は昨夜“ 変質 ”したばっかりだろ、多分まだ身体が脆い、あと半日はじっとしてねぇとあの風に耐えられる硬度にならない。それに……とにかく、何がなんでもダメだ」


「そうだね、変質は……周りや本人が思っているよりもデリケートなんだよ。あれの直後に激しい運動をすると、翼が取れかねないから……あまり動かない方がいい」



クレイルの言葉に続けてルァンが静かに肯定的な意見を通す。まるで経験したことがあるかのような口振りで、青玉の変質直後の状態は危ういと咎めた。

“ 変質 ”とは、ドールが何らかの刺激をきっかけに、その姿や心に大きな変化が生じる現象のこと。他個体のアビリティを受けた状態も、一般的には変質の一種だ。

青玉は自分で抑制していた成長を、何かの刺激を引き金として一気に再開させてみせたのだ。止まっていた16年分の成長を、拠点にあった食料の備蓄と一晩という短い時間だけで強行したのだから、反動がないなんてはずはない。

急に変わった身体にコアが馴染むまで、急に変わった身体がしっかりドールとして最高の状態を維持できるようになるまで、じっとしているべきなのだ。激しい運動なんて以ての外。

力を得たとは言えど、そう簡単にすぐさまその力を振るえる訳でもない。クレイルもホルホルも鳥籠解放の活動において、青玉をいきなり前線に出す気は更々なかった。



「マルクと……クラウディオ。あとアンドとラクリマは、地下街から浄化扇行け」


「地下街って何ー!?」


「呼んだぁ?」


「呼ばれたッスね!」


「地下街なんて、聞いたことしか無かったんだぞ。行ったことあるのか?」


「10年以上前になー。格子の中に4本、十字に広がってる太いのがあるだろ。あれ中通れるんだぜ」


「そこ突き破って外側にいけないのかい!?」


「出来てたらやってるに決まってんだろ」



ラクリマ達が寄ってきたのが気になったのか、シリルも傍へとやってくる。自分をジャンクに追い込んだ張本人の隣に並んだが、彼に危機感というものは存在しないのだろうか。

クレイルの傍に集まった4体のドールを眺めていたホルホルはああ、と、何故か深く得心した。きっと、自分が深い知識欲を満たす為、遥かな叡智を求めるように。彼らにとっても、深い何かを満たすのがあの鳥なのだろうと。

ドールは、依存性の高い生き物だ。それは、ホルホルだってそう。



「……ホルホル、地下街見たそうな顔してるな」



にやりと笑ったクレイルが、少し得意気にホルホルを見据えた。

確かに地下街は見たくてたまらないが、今の視線はどちらかというと「それにしたってもう少し何とかならなかったのか?」の目である。まぁそれは黙っておくことにして、深く頷いて。



「地下街から浄化扇に行く作戦、オレも同行したいんだぞ」


「Bien sûr♡ Mon meilleur ami m'a demandé de faire ça, comment pourrais-je refuser ?」



なんと言ったのかはわからないが、振る舞いからして肯定の意なのは間違いないだろう。ホルホルの口角にほんの少し愉しげな感情が乗って、冷たくも見えてしまうだろうその整った造形を笑顔の形に彩った。


一気に人口密度の高まったそこを、シアヴィスペムがじっと、あと3つ程度ピースを落とし込めば完成するパズルの前でぽうっとしながら、夢でも見ているかのように見つめる。

楽しそうな空気感は、眺めているだけでシアヴィスペムの心を暖めた。寂しいかどうかでいったら、上手く混ざれないのがほんのちょっぴり寂しいかもしれない。けれど、“ おにいさん ”を失ってから過ごしていた、空虚なあの時間の底のない寂しさに比べたら。ゆるりと、自然と笑みがその顏に浮かんだ。

シアヴィスペムが笑顔になったのを見ていたかのようなタイミングで、サンセットパープルの空がくるりとこちらを見留める。想像だにしていなかった目線の一致にシアヴィスペムがビックリしたのも束の間、うっとりするみたいな夢を溶かしたような瞳の主がゆっくりこちらへやって来て。



「まざんないの?子供ってああいうわちゃわちゃしたの好きなんでしょ?よく知らないけど……」


「リベルお兄さん」



ラグの上に座ったまんま背丈の高い彼を見上げていたら、ぐっと腰を下ろして目線を合わせてくれるのだ。そう、目を。合わせてくれる。



『どうして意地を張るのかしら』


「少し混ざってきたら?1人だけ作戦知らないとか足でまとい以外の何物でもないし」


『どうしてもっと簡単に伝えられないのかしら』


「それに、子供に陰気な顔させてたらリーダーにお咎めくらっちゃうでしょ?そしたらお給料貰えなくて困るんだよねぇ……」


『リベルのことはみんな知ってるの、私達の声を聞いてくれる少ないドールの友だから』



へらへらと振る舞うごとに時折目線が外れこそしたが、最初のうちにとっくに“ サルベージ ”は発動している。じっと、リベルと目線を合わせていたら、なんでそんなこっち見てる訳?と訝しげな表情と声がかけられた。

頭の中に響いてくる麗しい声は、拠点の外にあった大きな藤ノ木だろうか。相当長くこの地に根を張っているに違いない、会話の仕方に拙さが微塵も感じられないということは、かなり長いこと意識を保っている証拠。気品に満ちた優しい念話が、シアヴィスペムにも呼応する。

知っている。シアヴィスペムは知っているのだ。



「リベルお兄さん」



知っているのだ。



「何」


「ありがとう」


「は?なんで?…………子供ってホント何考えてるかわかんないから困るんだよねぇ、寝言は寝て言いなよ」


『そうだよ、特に、リベル』



藤ノ木の言葉に、ほんの一瞬リベルの眉間へシワがよったのをシアヴィスペムは見逃さなかった。植物はジョークも言うのだ。シアヴィスペムは知っている。そしてそのジョークに、こっそりと言い負かされているリベルがいるのも知っている。



「シアとリベルとヘプタは閑古鳥の森で確認してきて欲しいもんがあるんだけど……任せて大丈夫か?」



ぱっと顔をあげれば、声の主であるクレイルと、見守るようなルァンの視線がリベルとシアヴィスペムを見据えていた。無論、否応もない。



「うん!」



いつものように憎まれ口を叩こうとしたリベルの、発声の予備動作に被せて。リベルの代わりもつとめるように、元気に元気に返事した。


閑古鳥の森へ、ヘプタ、シアヴィスペム、リベル。

地下街から浄化扇を目指すのが、マルク、クラウディオ、ラクリマ、アンド、ホルホル。

地下街組のサポートに、ガーディアン、シルマー、アルファルド。

浄化扇下で待機に、クレイル、ルァン、シリル。

青玉は留守番だ。もう、1人で留守番させても問題ない。


パズルやらお菓子やらに勤しんでいた顔触れにも、新しい情報の共有を。説明のついでに図のようなものをルァンが記しながら話は進み、青玉にはそのルァンの書き記したそれを読めば伝わるように。ついつい、幼子を相手取る時のクセなのだろう、文字がひらがな多めになっていることをアンドに指摘されてルァンは困ったように笑っていた。



「この、必要なコアは……何もしてなくても襲ってくる警邏隊がいるから。もし戦闘に入ったらソイツらから身を守るついでに、取れ。勿論絶対取れとは言わない、取れたら、だ。戦わなくて済むならなるべく戦うな」



ローテーブルの上。白い紙の束と7つのファイルが重なって、その場の雰囲気をより一層重厚なものに仕立てている。8つあったはずのファイルが減っていることに、きっと誰もきづかない。



「邪魔してくる奴は退かすし、コアも取る。相手を壊してもいい、自分の身は守れ。でも“ ドールは殺すな ”よ」



始まる。


















​───────​───────














「あ、あいあんくん……」


「すまない。エレベーターの重量オーバーブザーを鳴らしてしまってな、鎧と別々に降りてきていたら時間がかかってしまった」


「そっ、か……?」


「あぁ」



地上と地下とを繋ぐエレベーターは、総重量1トンに近いアイアンの重みに耐えられなかったらしい。二度手間の末にようやっと合流した仲間の背後、カツカツとヒールの足音が。



「かーらくん、まんまおくん……」


「……ルフトはどうしたんだ?」


「ルフトなら外に行ったが?……それとも何、僕達じゃ不満か?」


「ねぇ、マオ疲れたんだけど」


「まだエレベーターから200メートルしか歩いてないだろ……とにかく、ルフトが見回りに行かないようだったから代わりは僕達だ。完璧にこなそう」



何故か、合流地点にやって来たのはルフトではなくカーラと梦猫の2人だった。

リーダーに割り振られた見回りメンバーとは違っているが____



「そうか」


「……ちゃんと見回り、したら……りぃだぁ、怒らないよね」



誰も、異なんて唱えない。

白い町に、滅びの街に、黄金達の戦火が巡る。













​───────

Parasite Of Paradise

10翽─白い街

(2022/02/05_______13:10)


修正更新

(2022/09/22_______22:00)

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