0翽▶薄氷の上に春

派手な音を立てて北風が天窓を殴った。吹雪いて白く染まった外の景色を、長く白い髪を持ったドールの淡い翠の瞳がじいっと見据える。秋のうちに溜め込んでいた薪を燃料にして燃える、暖かな暖炉の炎がそのドール__シアヴィスペムの影をゆらゆらと揺らした。



「すっごい吹雪……」



びゅうびゅうと吹き荒れる吹雪から守られているとわかっていても、ここまで酷い吹雪を眺めているとなんともなしに身体が冷えていくような錯覚を覚えてしまう。

この拠点へやって来てそろそろ1ヶ月。鳥籠の冬には“ 越冬 ”期間があるのだ。2週間程荒ぶり続ける吹雪から身を守る為、この期間は基本的にどこのドールも巣篭りをする。シアヴィスペムは他のドールと交流の持てなかった越冬期間が大の苦手だったが、今年はそうでもない。むしろ越冬が好きになりそうだった。同じ拠点に、同じ志を持つ仲間達が集まっているから。

ニンゲンのいた遥か大昔にはホテルという宿泊施設の役割を果たしていたらしいこの拠点は、かつてロビー、エントランスと呼ばれたところが共用の“ リビング ”として改造されている。フロントがあったであろうカウンターの方はキッチンになっていて、あちこちに置きっぱなしにされた他のドールたちの私物がそこはかとない生活感を醸し出していた。暖炉のあるリビングでは、他のドール達も思い思いに寛いでいる。



「この時期はホント最悪ッスね、何が最悪って洗濯物が全部凍るとこッスよ」


「フローズンパンツ作れるね!!そうだ、つくりに……行こうっ!!」


「絶対行かないッスからね!?」



ビビッドピンクの髪に黒い翼、銀青と緑のオッドアイを持った随分目立つ見た目のドールが溜め息を着く。今日の洗濯当番だったらしいこのドール__クラウディオが溜め息を着くに至った元凶のドールはラクリマ。クリームカラーのランダムボブに、鮮やかなイエローのアホ毛がぴょこぴょこと跳ねる幼い見た目が印象的なドールだ。



「暖炉の傍に干せばいいじゃ〜ん」


「この間それやって適当に干して落っことして何枚か燃やしたの誰ッスかねー?」


「あは、やっば」



口を挟んで、しっぺをくらって、露骨に視線を逸らした紫苑色の髪に翼のドールはアンド。早々に興味を失ってしまったのか、毛布を羽織ったまま暖炉の傍へとさっさと移動してしまう。先客のドール__緑の髪と翼をもつリベルにダル絡みを始めたらしく、リベルが鬱陶しそうな顔で適当に返事をしているのが遠くからでもよくわかった。



「シアヴィスペム、身体を冷やしてしまうよ。こっちへおいで」



ソファに腰掛けて読書を嗜んでいた、淑やかな雰囲気のドール__ルァンがシアヴィスペムを呼び寄せる。常磐色の翼に紅と漆黒を抱いた羽がまじる、独特な色合いの翼が暖炉の光を受けて艶めいた。ルァンの隣でウトウトと寝ぼけ眼を擦るドールは青玉。青みを帯びた黒の髪に同色の大きな翼を持つ、この拠点で最も幼気なドールで、シアヴィスペムとも仲がいい。


この閉ざされた鳥籠を解放し、ドールの社会をいざ変えんとする世論、思想、“ 革命派 ”。シアヴィスペム達は革命派のドールだった。まだ動き出してこそいないものの、この拠点に集まっているドール達は皆、革命を謳うドールの中でも行動力のある方で、活革命派と呼ばれるようなドール達だ。春が来れば鳥籠解放へ向けて本格的に動き始める。恐れが無いわけではなかったが、そんなものを忘れるほどにシアヴィスペムは浮き足立ってワクワクしていた。皆と頑張れば外に出れるのだ。格子の向こうの空を、並んで見ることが出来るのだ。ついつい上がる口角をそのままに、ルァンの呼びかけに答えようと窓際から距離をとる。


ガチャン。


出入口の方から聞こえてきた金具の音に、反射でそちらへ顔をやった。おや、と声を零して微笑むルァンの方に向けていた足へ思い切りターンをかけて、リーダーから配られた毛布をぎゅっと握りこんだまま、帰ってきた仲間を出迎えんと裸足のままに駆け出し、翼を広げ、文字通り愛しい仲間の所へ飛んでいく。



「おかえり!ガーディアン、リーダー!」



黒い髪に黒い翼、青と山吹のオッドアイが仮面の奥から覗く、ダークグレーのコートを羽織ったガタイのいい長身のドール__ガーディアンが無愛想にただいまと返した。いささか素っ気ない返答だったが、仲間が大好きなシアヴィスペムにはそれで十分らしい、突っ込んできてはニコニコ笑顔を浮かべ、ぴょこぴょこと跳ねて全身で帰りを喜ぶシアヴィスペムをガーディアンがなだめすかす。ガーディアンの背後から、オレンジ色の髪に眠たげな青い瞳をもったドール__クレイルが顔を出すと、シアヴィスペムが飛びついた。



「リーダーっ、ガーディアン、ぼくちゃんとお留守番してたよ!ねぇ、偉い?」


「偉い!!いい子だなぁ、ちょうどおやつの時間だし、お菓子作ってやろうな」


「その歳で留守番のひとつふたつなら当然だろ……クレイル、キッチン使うならビロウかホルホル連れてけ」



抱き上げられたシアヴィスペムを、深緋色の翼に雌黄色の風切羽の組み合わせが目立つ大きな翼が包み込む。冷えきった外から帰ってきたばかりだと言うのに、コートを脱いだクレイルの体温は高く、暖かかった。



「それなら俺が見るよ……ホルホルは今丁度、こないだ図書館から借りてきた本読んでるし」



シアヴィスペムに続いて2人を出迎えたのは、怜悧な顔付きをした、黒髪に鶴の翼を持つ青い瞳のドール、檳榔子玉。同義であるセレンディーブと呼ばれることも多い、歳若く、されど拠点の中では頼られる方のドールだ。

料理はそこそこできる癖に、極度の機械音痴なクレイルは時折キッチンを黒煙で満たしてしまうものだから、仲間が拠点の中にいる間は可能な限り彼の料理中に見張りをつけることになっている。ただでさえ越冬期間で外に出づらいというのに、運んでくるのも大変な台所の電子機器を殺されるのは大変な痛手なのだ。見張りを買って出た檳榔子玉にガーディアンが軽く頷く。



「よし、俺の見張り役も見つかったし、早速おやつを作ろう!ゆんゆん結ぶ子だーれだ!」


「はい!!」


「はいっ!」


「はーい!!」


「シリルはこないだ固結びにしたからダメな」


「えーっ!!!」



元気よく手を上げてクレイルのあとをついていき、キッチンへ向かうのは青玉とシアヴィスペム。その後ろに、明らか子供には分類されないであろう体躯の、白い髪にモノクロの翼と服を纏ったドール__シリルがついていく。宣言されたダメの2文字に盛大なブーイングを垂れて床に転がった。

クレイルやホルホル曰く“ 20歳児 ”の名を冠するシリルは文字通りの“ 20歳児もんだいじ ”。



「しあちゃんこないだゆんゆん結んだでしょ!今日は僕の番!」


「青玉くんがじゃんけんで負けたからぼくがゆんゆん結んだだけだもん、交換っこじゃないでしょ!」


「喧嘩、めっ。シアはエプロンのリボン結んでくれよ、セイがゆんゆんな」



ゆんゆん、とは青玉が命名したクレイルの飾り羽のことだ。ヒラヒラと長い為踏んづけやすく、クレイル自身も度々自爆して転倒する。青玉とシアヴィスペムが丁寧に、長いゆんゆんとエプロンの紐を、ルァンとホルホルに教えられたちょうちょ結びにしていく。縦結びにならないように。



「何してるの?」



カウンター内の椅子に座りながら青玉達をじっと見ていた檳榔子玉の視界に、黒玉ぬばたまのように艶やかな黒髪が映りこんだ。黒い翼に紫の瞳、大人びた雰囲気が特徴のドール__ミュカレが、カウンターの向こう側からにこやかに檳榔子玉を見つめている。

ミュカレは檳榔子玉の恋人だ。身を乗り出して寄せられたかんばせが何を要求しているのか既に知っている檳榔子玉は、恥ずかしげにソレへ応えて、羞恥を流そうとでもするように続けて言の葉の問に答えた。



「料理するって言うからクレイルの見張り。電話終わったの?」


「うん。吹雪で結構ノイズ酷かったから早めに切ったけど」



電話と称されるものの、この鳥籠の中における電話機はトランシーバーそのもの。しかし有志のドール達が改造に改造を重ねているため、通信機能が半二重通信であるということ以外はニンゲンの使っていたという携帯電話とさしてかわらない。交信したいトランシーバーの番号を指定して、呼び出しのボタンを押していれば相手側のトランシーバーに呼び出し音が鳴る。



「俺も電話しようかな」


「いつもの親友さん?」


「うん、見張り交代してもらってもいい?」


「勿論、マイディア」



彼等革命派のお菓子作りはかなり賑やかだ。今回はシリルも混じるらしく、危険度があがっているため本当に目が離せない。長電話の恋人を早々に呼び戻す必要が出ないようにしなければ。まぁ、長電話はミュカレもそうなのだが。



「何してるのー!!」


「お、ラクリマ。助けてくれよ、おいシリルお前それ小麦粉じゃなくて片栗粉だ絶対入れるな!シリルから片栗粉取り上げてくれ!」


「困ってる……ってことっ!!助けるよー!!」



人助けが大好きで、声の大きなラクリマが参戦したことでキッチンの騒がしさはより増した。アンドの猛追をかわしきり、暖炉の傍でぬくぬくとポインセチアを眺めていたリベルがキッチンに目をやると息を着く。

よくもまぁあんなに元気があるものだ。


ドール達は皆、“ アビリティ ”と呼ばれる特殊な能力を持っている。物理法則を完全に無視した超常現象すら起こす、人知を超えた未知の力。似たようなアビリティはあれど、全く同じアビリティは決して存在しない、ドールのアイデンティティ。


リベルのアビリティは“ 花鴉 ”。植物と心を通わすことのできる、他者からは可視化し難いアビリティ。



「ねー、お兄さんの分はいらないからねー、なかよしこよしは皆だけでやってなよー」


「そんなこと言わずに食べてやればいいんだぞ」



キッチンにいるドール達に届くように声を張り上げると、いつの間にか隣に来ていた小柄なドールがその声を制した。黒髪に黒目、鈍い金色の翼が暖炉のあかりを跳ね返し、鮮やかな金を床に散らす。平坦な表情が特徴のドール__ホルホルだった。



「やだよ。言ったでしょ、ビジネスライクな関係希望でーすって。そもそも越冬をここで過ごすのも渋々なんだから、面倒事にこれ以上付き合わせないで欲しいよね」


「それ、青玉達の前で言えるのか?」


「ん?そんなことを彼等の前で言うのかい?」



ソファに座る向かいのルァンまでもがにこやかな笑顔を向けてきたものだから、苦々しい笑顔でリベルが目を逸らす。ホルホルやルァンは子供組に少々過保護なのだ、その上この革命派のメンバーの中でも遥かに聡い。突き詰められては敵わないと、ゆるく首を降ればリベルの双葉のようなアホ毛が揺れた。

ホルホル、ルァン、ガーディアン、クレイルの4人は、この革命派の中では年長の括りに入っている。クレイルは仲間にやや過保護なものの、本人もかなり危なっかしい為そこまで厄介な保護者気質ではない。ガーディアンも、面倒見がいいことにはいいがぶっきらぼうで無愛想な為、保護者と言うよりは年の離れた兄貴のような扱いを受けている。ルァンとホルホルは完全に保護者気質で、子供組への対応を間違えれば重いも軽いも関わらずお叱りが待っているのだ。

お兄さん、面倒くさいことはキライ。黙るが吉と、ポインセチアの話に集中するべく視線を落とす。


春が来るまで、あと少し。



「リーダー!帰ってたんすっねー!!なんで迎えに来ないんすっか!!」


「ら゛っ!!!」



金の髪を低くふたつに結んだ、黒い翼のドール__マルクが、いざ割らんと卵を構えていたクレイルに思い切り飛びついたものだから、2体のドールが派手な音を立てキッチンの中央から吹っ飛んでいく。クレイルの1つ下という年齢の割に振る舞いがこうも一直線なため、年長としてはカウントし難いドールだ。卵をふたつ持ったまま横薙ぎに視界からフェードアウトした長い尾羽を追うように、柔らかな青を孕んだ、白い、義足のドールがやって来る。



「リーダー、型取り終わりました!次は何しま……大丈夫ですか?」



仲間が料理中の時はあまり強くはばたくことができない為、ほぼ全ての移動を飛行に依存するドール__ヘプタがゆっくりと、アビリティを発動させないように、床へ義足の先端をおろした。

卵は死守したのだろうクレイルが声になっていない声を上げて、キャーキャー騒ぐマルクをどかそうとじたばたしている。



「型取り終わったら写真撮るんでしょ?見て、カメラ持ってきたよ。褒めて?」


「わ、ありがとうアンド!これ自分達で撮っちゃって大丈夫ですか?」


「それ俺じゃないと上手く使えねーと思うからちょい待って、ガーディー!マルク剥がして!」


「ぶん投げればいいだろ」


「発想がヨコヅナなんすっよね。いやーっ」



ぶーたれるマルクの首根っこを、ガーディアンの大きな手が引っ掴んで上へ持ち上げていく。手に張り付いたガムテープが剥がれていくかのように、全体的にぺたーっとした余韻を残して、ガーディアンの協力により完全にクレイルと引き離された。

自由の身になったクレイルが、守りきった卵を青玉の構えているボウルに割り入れ、ざーっと、でもふわっとな感じでしゃかしゃかしてくれとシアヴィスペムへ言い付ける。擬音まみれのお願いごとは幼気な2人にしっかり伝わったらしく、かわりばんこでやろうね、とお菓子の生地を混ぜ始めた。

カメラをアンドから受け取る。機械の冷ややかな温度がグローブ越しに肌を刺したが大して気にならない。ダイヤルのようなパーツを丁寧に回していく。このカメラはクレイルが愛用している特別なもので、どうにも起動するのにコツがいるらしい。何度か仲間達が電源を入れようとトライしてみたものの、一度も上手く言った試しがない代物だ。慣れた手つきでカメラの電源を入れるクレイルの手元をヘプタが覗き込む。



「リーダー、機械音痴なのにカメラは使えるんですね」


「つってもこれだけな。他のカメラは無理。写真撮るのもすっげー練習したし……これ使ってならみんなのこと3割増し美人に撮ってやれるぜ?はい、こっちこっち」


「わ、ちょっと!」



ヘプタのアビリティは“ 青 ”。義足の先で傷をつけた箇所を起点に、生命力を糧とした青い植物が発生するというものだ。アビリティを行使するために先の鋭い義足をつけることもあるが、普段は仲間の過ごすアジトや仲間そのものへアビリティを発動させないよう、先の丸い義足を身に付けている。

それでも足先が起点を作るものだから、傷をつけにくい義足だろうとアビリティは発動してしまう。過去に何度かアジトの中に青い植物を発生させたが、その度ヘプタは申し訳なさそうな顔をした。クレイルが子供を抱き上げる要領でヘプタを抱え運び、窓際のアンティークトランクの上に座らせる。

一言断って、グローブの嵌められた手がヘプタの両の翼を広げていく。ここで止めといて、の言葉にヘプタが首肯を返したのを確認し、6歩下がってカメラを構えた。



「よし!こっち見ろ、目ェ逸らすなよ!」



向けられたカメラに、ぎっと緊張で固くなる表情。

表情のことを見越してだったのか偶然なのかはわからなかったが__まぁ、恐らく後者だ。重厚なペンギンの翼を持つラクリマが急に振り返ったことで盛大な巻き込み事故が発生し、雪崩のようにシリルとクラウディオが床に伸びたのが視界の端に映りこんだ。くしゃり、思わずといったように零れた自然な笑顔にシャッター音が被る。



「いい顔だね」


「お、ルァンも撮るか?」


「私はこの間撮っただろう?」


「ランさんの撮影会、モデルさんみたいで見てて楽しかったですよ」


「よしておくれよ」



本のページを捲るホルホルの隣、淑やかに笑ったルァンは一昨日全ての準備を終わらせたばかり。手足、顔の型を取り、沢山写真を撮ること。それがクレイルの言う“ 大事な準備 ”で、今日型を取り終わったヘプタが準備を終えた最後の仲間だった。

残りの写真はこっちで撮ろうと、カメラを抱えたクレイルがヘプタを連れてパーツルームへ向かう。取った型や写真は、鍵のかけられたパーツルームに保管されているのだ。



「にしても、結構用意周到なんだぞ。写真を撮っておけば確かに翼の修理も楽になるし」



本に落としていた目線を上げて、ホルホルがそう零す。ソファのそばにやって来ていたマルクが首を傾げているのをちらりと見て、本を閉じたホルホルの、かさつきのない薄い唇が知識を紡いでいく。



「ドールの修理、自己修復は本人の記憶に結構依存してるんだぞ。翼の修理は時間がかかるし面倒だし、本人が思い出せなくなったら自己修復もうまくいかない。二度と元の形に戻らなくなるんだぞ」


「はぇー、そうなんすっね……」


「そうなんだぞ。クレイルがやってるのは、オレたちが破損した時にスムーズに修理する為の準備というわけだ」



チン、と甲高い音がキッチンから鳴る。作っていたポッピンマフィンが焼けたらしく、青玉とシアヴィスペムが嬉しそうに見守る中ミュカレがプレートをオーブンから引っ張り出していた。

鍋やパエリアを出すときに使う分厚いテーブルクロスを大きなダイニングテーブルに敷いて、その上に熱々の出来たてマフィンが並んだプレートを。

ほのかな甘みを帯びた、焼き菓子の香ばしい香りがリビングにいるドール達の鼻腔と心を満たしていく。呼ばずともやって来るドールは続々とダイニングチェアへ、粘って引っ張らなければ中々来ないドールは青玉とシアヴィスペムが迎えに行った。幼子2人に手を引かれて、苦々しい笑顔のまま暖炉のそばを離れるリベル。ひとりふたつまで!の声に、既にマフィンを3つ手にしていたシリルが非難の声をあげた。



「くれいるー!へぷちゃーん!びんちゃーん!おやつできたよ、冷めちゃうのー!」



今行くと2階から、1階の奥から返ってきた声に、青玉の頬が緩む。こうして仲間みんなでおやつを食べながら食卓を囲む時間は大好きだ。普段は馴れ合いを好まずと言ったていのリベルも、流石に越冬中は屋内にいるから呼びやすい。

フワフワした生地にチョコチップというシンプルな組み合わせ。美味しいねと言葉を交わす仲間達を見上げて、青玉は緩んだ表情のままにマフィンへ齧り付いた。



「そういえば、越冬入る前にちょっと怖い話を聞いたんスよ」


「怖い話?」


「助けを呼ぶ電話機ッスよ、アンドと買い出し行ってる時に聞いて」


「助けを呼ぶ電話機ッ!?困ってる……ってこと!?」



こと人助けにおいては狂気的な使命感を持つラクリマが食いつく。なんでもケイサツショ跡地にある電話機の前を通ると呼び出しベルが鳴り、受話器を取ると「助けてくれ」といったSOSを出されるのだとか。



「まぁ皆怖がっちゃって、助けてくれの続きの話聞いた事ないらしいんッスけどね」



柔らかなマフィンにかじりつき、飲み下す。食事に夢中であまり話にまざらなかったが、だんまりと内容を聞いていたアンド。マフィンを嚥下する感覚がやたらと喉元に残るのが気にかかったが、もう一口とかじりつけばそれもすぐに忘れるのだった。









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「ぼくのかち!」


「うう、ロウ、強いね……ボクもう3回負けてる」


「まぁまぁ、気にする事はないよデライア。そろそろ違う遊びをしてみるのはどうかな?」



鳥籠内にいくつか残る聖堂のうち、最も大きく立派な大聖堂は、とある1部隊の拠点として使われていた。


鳥籠警邏隊。


この閉ざされた鳥籠内の秩序を守るために結成された有志団体で、迷子になった雛鳥達の保護や、活革命派の抑制、凶悪な暴力行為の制圧を目的としたグループだ。

先程からボードゲームに勤しんでいる、小さな、飴細工のように可愛らしい白いドールはワット・シー・ロウ。ロウに負かされている、ふわふわの金髪が愛らしいドールはデライア。その2体をにこやかに見守る、真っ白な神父服を纏って保護者然とした痩躯のドールはアルク・アン・シエル。

この鳥籠警邏隊臨時特殊部のメンバーは、容姿も特性も皆全く違う上に、一人を除いて誰も警邏隊の制服を身にまとっていない異色の隊員達。警邏隊員だと証明するバッジを持たされてこそいるものの、他の警邏隊員と並んでしまうと一般ドールと勘違いされかねない風貌をしている。一般ドールと勘違いされてしまうとあらゆる活動において誤解をうみかねないのだが、それでも、彼等が私服での活動を許可されているのには理由があった。



「違う遊び?」


「うん、広間の方に、リーダーとアイアンとルフトがいるから見てきてご覧」


「ほんと!?見にいこーデライアさん!」



ロウがデライアの手を取り引っ張って、カィン、ガインと、金属同士の打ち合う音がする広間の方へ向かう。


臨時特殊部のドール達は、警邏隊の中でも特別扱いなのだ。ヒートアップしていく派閥抗争の中、特にアグレッシブな活革命派に対応するべく集められた精鋭達。メンバーたるドールは、最も動きやすく力を発揮しやすい、本人の好きな格好で活動することを許可されていた。

真っ白な神父服、不思議なポンチョワンピース、瀟洒なアンティークコート、堅牢な鎧__ドール達はそれぞれ、思い思いに“ らしさ ”を纏ってここに在るのだ。



「すみませんが、これで!私の勝ちです!!」



ガキィンと、甲高い、金属と金属が激しくぶつかり合う音が空間を仕切られた大聖堂の中に響く。毛先の方で緑を孕んだゼニスブルーの髪に、到底飛べそうにない造りの青い翼を持った長身のドール__ヴォルガが思い切り振りかぶって何かを打ち出した。豪速で飛んできたソレを打ち返そうと、相手をしていた鉄錆色の髪に暗い夜明け色の翼を持つドール__ルフトが迎撃するが、既に疲れ切っているらしいルフトでは対応しきれない。

ドゴンと鈍い音を立てて、打ち合いの的になっていたソレは床へ落ちた。



「重いのよ!!羽子板がさぁ!いや球もだけどね!?」


「当然です、どちらも合金製ですから」


「なんで合金の板で合金の球打ち合わなきゃいけないんだろうねぇ……」


「私とヴォルガ隊長は普通の羽子板を粉々にしてしまうからに決まっているだろう、ヴォルガ隊長の勝ちだ、鍛錬が足りんぞルフト!」


「無茶言うねェ、19歳2人相手に連戦した三十路の俺にそこまで言うかァ?もうヘトヘトだってのぉ……お、デラちゃんロウちゃん、遊ぶ?」


「あそぶー!でも重いのはヤ!普通のがいいなー」


「お邪魔します……!ボ、ボクもちょっと合金の羽子板は遠慮しよっかな……」



委員長然とした、いかにも生真面目といった体の大きなドール__アイアンが普通の羽子板を2人に寄越す。真っ赤な瞳が勇ましく、1つに結われた金髪が靡く様は猛々しい。普段であればその大きな体に重厚な鎧をまとっているのだが、越冬中は鎧を脱いで過ごしている。ニコニコ笑うヴォルガとヘラヘラ笑うルフトが並んでやってきて、合金の羽子板を床に置き、自分達もその横へ座った。



「審判は私、アイアンだ!私の前で不正は許さない、正々堂々勝負すること!」


「はーい!」


「は、はい!」


「真面目なこったねぇ」


「そこが魅力なんですよ、そう言わず」



大きなドールが長い脚を畳み、並んで座る光景はちょっぴり面白い。ルフトもヴォルガも190cmを超える大柄なドールだ、広間であそび始めた小さなドール達の邪魔をしないよう壁際による。審判をしているアイアンは300cmを超えているので、大柄か否か、そんな話の枠組みに収まるようなものでは無かった。


越冬中はさすがの警邏隊でも、滅多に外に出ることが無い。最初は各自で身体がなまらないように特訓をしていたが、それも時間と共にマンネリ化が目立ってしまい身が入らなくなる。そのうち全身全霊で、何人かで身体を動かすようになり、ただ遊んでいるだけのような光景が見られるようになったのだ。越冬中、見回りに行くのは吹雪の中でも問題なく動けるヴォルガとデライアだけ。

夜間の散歩を日課にしていた、白い翼に白い髪、白い服を纏い顔の上半分を布で覆い隠したドール__シルマーが、リビングとして共有されているスペースの窓から外を眺める。この吹雪では夜間の散策など到底不可能だろう。軽く息をついて自室へ戻らんと踵を返す。否、返そうとした。



「ちょっと、邪魔なんだけど?そこどいてくんない、ご飯出すの妨害して楽しんでるわけ?」


「ああ、すみません!今どきますね」



薄桃色の長い髪に翼を持ち、空色の瞳が不機嫌そうに歪められたドール__コラールが、シルマーに剣呑な言葉と視線を投げかける。

可愛らしい見た目とは裏腹にかなり好戦的で、この拠点に住まう個性豊かなドール達の中でも相当トゲのある個体だ。信頼の足らないドールへの対応は酷く雑で乱暴。

越冬期間に入る前は毎夜毎夜、夜な夜などこかへ出かけていた上に、革命派を謳うドールにも分け隔てのない、紳士的な対応をするシルマーのことを、コラールはどうにも信用していないらしい。

コラールも通路を塞がぬよう脇によける。

たくさんの料理を乗せたお盆を持ってやって来た、黒いボブヘアに片翼のドールは秋と言った。基本、この拠点の炊事洗濯を一手に担い、毎日大量の食事を用意するお手伝いさんだ。

秋と共に料理をしていたのだろう、暗い桃色の髪に蘇芳色の翼を持ったメガネのドール__アルファルドが続く。お菓子作りが本業で、自分で店を構えてもいる彼だが、越冬中は店に客も来ない為こうしてここで冬を越している。



「コラール君、シルマーさん、キッチンにあと3枚盆があるから持ってきてくれるかな。沢山乗ってて危ないし、1枚ずつお願いね」


「ん、わかった」


「わかりました、すぐに持ってきますね」



変化を好まないアルファルドは鳥籠内で起きようとしている革命にもあまりいい顔をしない。裏切ることなど考えてもいないようなアルファルドの態度と振る舞いに信頼を覚えているのか、コラールはアルファルドにあまりキツイ態度を取らなかった。素直に頷き、シルマーにちくちくと言葉のトゲをさしながら並び立ってキッチンへ向かう。言われ放題のシルマーはお人好しなものだから、はい、はい、すみませんと、まぁそこそこ雑に、怒ることなくそのトゲをあしらっていた。



「すみません、何から何まで手伝っていただいて。オレの仕事なのに」


「いいよ、俺だって厨房に立つ仕事をしてるドールだからねぇ。気にしないで」


「ヒョア……はい、本当にありがとうございます」



秋が会話の端々に変な声をあげることは拠点の皆に知れ渡っていた上、会話の度に毎度だからと慣れきったことだったので何も突っ込まない。

メイン料理たるビーフシチューのいい香りがあっという間に聖堂を満たしていく。香りにつられたのか、食事の時間になったからかはわからないが、2階から5体のドールが続々と降りてきた。



「……いい匂い、だね」



物静かで、蛍光水色の瞳がよく目立つ、縹色の翼に蒲公英色の風切羽を持った黒髪のドール、ラフィネ。



「ご飯なんて好きな時に食べるから別にいいのにぃ……苦いものないよね?僕苦いのきらい」



長く白い前髪で瞳の色を伺うことができない、白い翼を持った中華服を身に纏うドール、梦猫マンマオ



「秋さん、喉にいい飲み物を頼めるか?乾燥が酷くてボイストレーニングも満足にできない」



オリーブドラブの髪にアンティークゴールドの瞳を持った、髪飾りが特徴的なドール、カーラ。



「今日のお夕ご飯は……この香り、ビーフシチューですか?」



ミルクチョコレートのような髪色に白い翼を持ち、目を閉じたまま器用に階段を降りてきたドール、スティア。



「は、運ぶものある?おれ、手伝うよ……」



青を帯びた黒い髪に、左右非対称の、ほんのりと路考茶色が混ざった黒い翼を持ったドール、ニアン。大きな身体を猫背に丸めて、最後に階段を降りてきた彼がアルファルドと秋へ声をかける。お盆があとひとつあるのだと話を聞けば、吃音気味ながらも愛想のいい了承の返事を返してキッチンへ消えていく。

今日もテーブルの上は完璧だ、物事もこんな風に綺麗に、完璧であればいいのに。何事においても志の高い性質であるカーラが、ひょいと無造作にピカピカのシルバーをつまみあげた。曇りひとつない銀食器。鳥籠の中では、どれだけ古くとも道具を使い回すのが一般的。ここまで綺麗な、新品同然の食器類を一式揃えているのは珍しい。この聖堂は、全てがカーラ達__選ばれた永朽派ドール達の為に誂られたドールハウスのようなのだ。小道具から寝床から食事まで、何から何まで完璧に揃った、永遠を歌う城。

カーラが先ほど要求した“ 喉にいい飲み物 ”であるはちみつ緑茶が、すぐにカーラの近くの席に用意される。秋の用意も早い。舞台セットから裏方まで、全てが完璧だ。



「それでは、夕飯を作ったのでオレは帰りますね」


「すごい吹雪だけど、大丈夫かな?」


「こおりタイプみたいなひとが迎えに来てくれるので平気です。お気遣いありがとうございます。鍋の中にまだおかわりあるので食べてください」



綺麗なお辞儀に、ついつい永朽派のドール達も会釈を返す。拠点を出ていくお手伝いさんの背中を見ながら鍋の中のおかわりについて思考を巡らせるが、大量のおかわりもすぐに無くなるだろうことが簡単に想像できた。

この拠点には身長3メートルのドールと、片や強能力、片や燃費悪の大柄ドールが2体の、合わせて3体の大食いドールがいるのだから、業務用の巨大な鍋をふたつ満たした程度では2日と持たない。

コラールとシルマーがキッチンから盆を持ってやって来ると、近場にいるドールに配膳を手伝うよう呼びかける。シルマーがルフト達を呼んでくるようにラフィネへ言いつけて、それからテーブルの上にディナーを並べた。

ビーフシチュー、付け合せのライス、サラダ、大量の唐揚げ。ダイニングの入口近く、下座のお誕生日席辺りに山積みの唐揚げやサラダが置かれた。お誕生日席はアイアンの席で、その左右はルフトとヴォルガだ。ここは食事の効率のためにも固定されている上、誰も文句を言いはしない。



「ルフトおにいさん」


「ん〜?あーラフィちゃん、ご飯?」



こくんと頷いたラフィネに、ルフトがありがとねぇと返す。



「他の子らは俺がまとめて連れてくから、先いっててくれる?」


「てりゃー!」


「わっ、なんの……!」


「ロウ、デライア!そこまで!引き分けだ!食事にしよう」


「…………アイちゃんがまとめてくれたわ、すぐ行く」



アイアンの掛け声にはーいと元気な返事を返して、ヴォルガに羽子板の道具を渡す2人。お疲れ様ですと、黒い手袋に覆われたヴォルガの手のひらが2人の頭を優しく撫でた。ロウは嬉しそうに破顔し、デライアは恥ずかしそうに俯いて見せる。デライアはヴォルガよりも3つ歳上だ、最初のうちは控えめに抵抗をしていたものの、かなり押しの強い性質であるヴォルガには敵わなかったのか近頃は放置しっぱなし。

聖堂を照らす照明が、ヂヂヂと軽く明滅する。断末魔にも似た微かな音を、明確に、それだけを拾うようなドールはここにいない。冬が来ると電化製品などの動きが悪くなるのは毎年のことだ、誰も気に留めやしない。越冬というのは不便の極みであったから、照明の明滅よりもストレス指数が上昇しやすい現象は山ほどあるのだ。


食卓を囲むその様相。


目当てのものへ伸ばされるフォーク、スプーンの滑らかな曲面をなぞり皿の中へ戻り落ちるビーフシチュー。今日あったこと、明日のこと。明日を疑わぬその暮らしたるや、まるで遥か昔に滅んだニンゲンのよう。

身を割れば黄金でできた不可思議なつくりもの。けれどもニンゲンのいない今、パッと見で彼等をニンゲンでは無いと証明するものは、けものの翼だけだった。食事に関してはどんなものを出されようとほんの少し食べただけで満足してしまう梦猫が、他のドールのものよりもかなり小さな器に盛られたビーフシチューを3口飲み下す。

唐揚げひとつ、サラダに入っていたキャベツを1枚、ライスも一口。



「ご馳走様ぁ。僕もういい、お風呂入ろーっと。リーダーあげる」


「ん、いただきます」


「あ、ま、まんまおくん……ちょっと待って、あの、あのね」



オドオドとした振る舞いが目につくニアンが席を立つ。キッチンの方へホコリをたてぬようかけていき、一本のボトルを持って帰ってきた。コンディショナーと書かれたラベルが一枚、雑にはられただけの簡素なもの。



「こ、れ。なくなってた……から……」


「んー……それマオがいれるってこと?めんどくさぁい、僕やっぱり3番目くらいに入る、最初にはいる人いれてよ」


「貴様ァ!そのくらい自分でやらないか!!」


「ア゛……アイちゃん食事中に急に大声出さないでくんない!?鼓膜がさぁ!」


「あ、あいあんくん、大丈夫だよ……おれが足しておくから……」



怠惰、怠慢、己に甘い行動が許せないのだろうアイアンが声を張り上げる。やり取りを見ていれば明白なのだが、梦猫はとてもマイペースなドールだ。他に触れず、己に甘く。魅力的な毛並みをしているからと手を伸ばせば、するりと身をかわす猫のように生きている。

鳥籠の秩序を守る為に在る警邏隊のメンバーにしては、随分と奔放な振る舞いではあるが誰もそれを注意しない。梦猫に限らず、この部隊の全てのドールがそうだ。上司であるヴォルガも、ヴォルガの上司である誰かも、臨時特殊部隊をどう思っているかもよく分からない警邏隊の端くれも。誰も彼等に、“ 秩序を守るものとしての振る舞い ”を求めなかった。

警邏隊らしくない、と。未だに仲良く小競り合いをしている同僚達をアルファルドがぼんやり眺める。警邏隊とは、もっとお堅い物のはずなのだ。仕事を掛け持ちするにも複雑な手続きが必要なはずで、アルファルドのように、好きなように出勤してきて、掛け持ちの仕事を理由に好きなように欠勤しても構わないなんてことは本来ありえるはずがない。仕事を掛け持つという点だけに絞れば、アルファルドの他に、スティアも目立つイレギュラーに振り分けられるだろう。彼は図書館の司書という役割を、週一程度の頻度で受け持っている。

異様だ。集められたメンバー。特別扱いもいい所といった好待遇。きっと、なにか裏がある。聡明さ故に無謀なアクションは起こさないものの、好奇心旺盛な性質を持ったアルファルドはついつい胸奥で思考を巡らせてしまうのだった。



「おっと、デライア。袖がシチューについてしまうよ」


「わっ!?あ、ありがとうございます……ごめんなさい、アルクさん」


「私は気にしないよ。それよりデライアの服が汚れなくてよかったね」


「シエルさん、ぼくアレ飲みたーい」


「白ワイン?ロウには少し早いかな」


「キラキラしてるの欲しい!」


「ロウ、ワイン、ほどじゃないけど……金平糖はすき?ご飯の後に食べよう?」



アイアン達と反対側のお誕生日席周りにはアルクとデライア、挟まれるようにロウが席についている。綺麗なものが大好きなロウは、時折こうして綺麗なものをねだるのだ。グラスの中、光を受けてキラキラと輝く白ワインが欲しくてたまらなくなったのだろう、小さな手足を伸ばしてとってとってとアルクにせがむ。13になるかならないかと言った程度の歳だろう彼には流石に早いと、アルクが白ワインの入ったグラスを遠ざけた。

幼子らしく感情の振れ幅が非常に大きいロウは、少しでも思い通りにいかないことがあるとついつい粗暴な言動になってしまう。ロウが機嫌を損ないすぎぬようにデライアが渡した助け舟。金平糖の甘美な響きに、ロウの顔色は一気に喜色を帯びた。

デザートのヨーグルトに金平糖を混ぜて食べよう。デザートを早く食べるためにはどうしようか?デライアの問いかけに答えるように、ロウのスプーンが先程よりも、速度を増して食事を進め始めた。









「皆さん、今日は大事なお話があります。」


皆が皆、九分九厘食事を終えた頃。ヴォルガがぱちんと手を叩き、個性豊かなメンバー達の視線をその身に集めた。

齢19にして、総勢13体の一癖も二癖もあるドール達を束ねる個体。上品な振る舞いも相まって、彼の口から年齢を告げられるまでは大体のドールから成年だとばかり思われていた。まぁ、この越冬期間の中で彼も年相応だと言うことがすっかりバレているが。



「まず最初に。越冬が終わったらの話です、我々が集められてしばらく経ちますからね、越冬が終わり次第研修期間は終了。本来の業務を執り行っていただきます」



ラフィネは食べる速度が他のドールたちよりも随分遅い。まだ皿の上に、3割程度料理が残っている。食べるのを止めるべきかとスプーンに視線をやれば、察したのだろうシルマーが食べながら聞けばいいですよと優しく諭した。若干安心したように肩の力を抜いたラフィネがその言葉に頷き、もくもくと、目線はヴォルガへ向けながらライスの咀嚼を再開する。

活革命派の抑制。

彼等が集められた意味。


1.活革命派ドールを前にしても、相手が現行で革命行動を起こしていない限りは我々から攻撃してはならない。


2.警邏隊による制圧は一方的であってはならない。仲間が怪我を負ったら怪我を負わせてよし、仲間が機能停止にさせられたら機能停止にしてよし、仲間がジャンクになったらジャンクにしてよし、仲間が殺されたら殺してよしとする。


3.指定された、特別なドールは決して殺してはならない。


4.指定された、特別なドールは発見次第必ず殺すこと。


5.鳥籠警邏隊臨時特殊部隊に配属されたドールのみ、2の条件を破棄できる。破棄した場合、1の条件を厳守の上、活革命派ドールを機能停止まで追い込むことをよしとする。



「以前お渡しした規約書に記載されていた五箇条は……前説明したので端折ります。次」


「端折るのか」


「端折ります。越冬前に最も行動が過激だった活革命派個体について情報をお渡ししておきます、バッジのついた手帳に挟んでおいてください。あと、アルク先生にはこちらも」



はしょる、なんて俗っぽい響きがあの見た目のドールから紡がれるのは酷い違和感がするものだ。ついつい口を挟んだカーラに、なんでもないような顔でもう一度はしょるとヴォルガが言い渡す。

特定のドールの身体的特徴がまとめられたB5サイズの紙は余白が随分と少なく、白いものが大好きなロウは文字の多い紙に少し残念そうな顔をした。アルクにのみ、赤い封蝋で閉じられた白い封筒も渡される。アルクには時折手紙が来ていた。普段ならば一通。多い時は二通。



「……四体?」



配られた資料に並ぶ文字列の一部をシルマーが読み上げる。紙には四体分のドールの特徴が纏められていて、うち三つにはブルーブラックのインクでバツ印がついている。


「バツのついた三体は越冬に入る前に一度、ヒラの警邏隊員が交戦していますが……ヒラではやられた分しかやり返せませんからいずれも取り逃しています」


「なるほど。コイツらは革命行動見つけ次第徹底的にぶちのめしていいってこと?」



見た目にそぐわず好戦的なコラールが、やや嬉しそうに声を上げる。機能停止までですからね、とスティアが念を押した。



「一番下の一体は、ヒラでは手が出せませんでした」


「……革命行動はするけど、攻撃はしてこないのかな?」



アルファルドの言葉に、その通りだと返すかの如くヴォルガが深いため息を着いた。

警邏隊の行動原則は穴だらけで、あちらが攻撃してこない限りこちらからは攻撃できない。秩序を守ることを謳いながらも、いじめをしているドールだって4度は口頭注意のみに留めて見逃さねばならない。血の気の多いヴォルガとしては満足がいかないのだろう、たった一度のため息からそんなような心の内を読み取ったアルファルドが眉をあげる。


オレンジの髪。暗い赤の翼に飾り羽と尾羽、額に赤で照準器のような紋様。


攻撃をしてこないだけで、革命行動はかなり大胆にやってのけているというその個体。必ず単独。手の内のわからないそのドールは、きっと越冬を終えた警邏隊の前に平然と姿を現すのだろう。



「長々と失礼しました。食器を片付けて順にお風呂に入りましょう。最初は誰にしますか?アイアンはいつも通り最後ですよ」


「あいあんくん、先に入ったら……おゆ、ぜんぶなくなる、もんね……」



順番が来るまで特訓でもするか、と席を立つアイアンにデライアがついていく。デライアはニアンの次くらいには気弱だが、飛べないというハンデをものともしない努力家だ。アイアンもそのひたむきな姿勢を買っているらしく、二人は共に訓練をする仲だった。どちらも地上戦向きな為、互いに得意陣地での訓練ができるというのも非常に大きなメリット。体格差の激しさもお互いに苦手な特性のドールを相手取る為のいい練習になるようで、抜ける羽の多さを理由に風呂の順番を後回しにするデライアと毎日最後に入浴するアイアンは、夕食後にこうして身体を動かしていた。


激しかった吹雪が落ち着き、しんしんと、物憂げで侘しい銀世界が窓の外に広がっていく。滅びゆく格子の中の世界。巡りゆく四季。外など望みはしない、ただ故郷を死ぬまで愛したい。愛の先に滅びがあると言うのならば喜んで享受しよう。



「おや、綺麗な満月だ」



アルクのアースアイが窓の向こう、曇り空の隙間から垣間見えた月を捉える。

紛れも無い正真正銘の満月は、鳥籠の格子が被って右端の方が欠けていた。














─​─────​───────












ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


規則的に、小さく小さく音を立てる機械音。

狭くはないが広くもない、至って普通の、窓がひとつだけの部屋。カーテンの開かれた窓の向こう、白い雪が静かに宙を落ちていく。

無機質な光がそのドールの、傷ひとつ無い頬を青白く照らした。



「機械音痴だなんて……嘘ばっかりだな」



ディスプレイの中央右には橙色の丸が群集している。目線をほんの少し上にやれば、今度は青い丸が一箇所に群集していた。


ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


ニンゲンがいたならば、これがレーダーの一種であるとひと目でわかるカラクリの群れ。



「青玉、ラフィネ、シリル、梦猫、ガーディアン、アルファルド……」



マルク、アルク、ミュカレ、ニアン、クラウディオ、シルマー、ラクリマ、アイアン、ホルホル、ルフト、シアヴィスペム、デライア、リベル、カーラ、ルァン、ワット、檳榔子玉、スティア、ヘプタ、コラール、アンド。

わだかまりひとつなく、薄い唇が27の名前を呼び起こす。名前。名前だ、作り物の名前。にせもののいきもののなまえ。



「ヴォルガ、クレイル」
















「一体足りないのは誤算だったけど、まぁいいだろ」



広げられていた白い紙、一番左端の文字列にバツがかぶる。

ニンゲンの血のように赤いインクがペンの先から跳ね飛んで、紙の上に小さな血飛沫が広がった。









​───────

Parasite Of Paradise

0翽─薄氷うすらいの上に春

(2021/11/19_______22:00)


修正更新

(2022/09/18_______22:00)

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