起─再起

1翽▶初陣

風が柔らかく頬を撫でていく。昼前特有の、軽やかな水気と乾いた石の香りを含んだかぐわしいそよ風。ヒビの入ったアスファルトの地面からタンポポのつぼみが顔を出し、暖かな日差しと優しい風を受けて揺れる。冬を超えてまた葉を広げだしたツタは、まだ遠い夏を求めるかのごとく思いっきり背丈を伸ばしてビルの表面を覆い始めていた。


ポケットに突っ込んだお守りがカラカラと音を立てるのを聞きながら、ラクリマとクラウディオ、やる気のなさそうな表情をしたリベルの三人は人気の少ない街を歩いていく。はじめての革命行動おつかいだった。

ポケットの中で微かな音を立てるのは、クレイルの風切羽に赤い円盤型の石がついた簡素なお守り。赤い石の表面にはシャルトルーズイエローで「Féliciter mon compagnon bien-aimé」と、アルファベットが並べられていた。

リーダーは時折、鳥籠の中では一般的ではない言語を喋ったり使ったりする。ニンゲンの時代で言うなれば“ 日本語 ”と呼ばれた言語がこの鳥籠内での一般言語で、あとは微かに英語が残り、単語として別の言語がチラホラ残ると言ったふう。別言語を完璧に使いこなせるドールはいないでもないが、非常に稀有な個体だ。知っていたり使えたりしたとしても日常会話で使われることは滅多にないものだから、知っていることを知られていないドールも多い。ルァンだったりホルホルだったり、聡明なドール達は知っているかもしれないが。

かつて“ フランス語 ”と呼ばれた言語が刻まれる円盤付きの、きっかり人数分用意されたそれはあの活革命派の一員ならば皆が揃いで持っているもの。

文字を書いた記憶はあるが赤い石をつけた記憶が無いだとか、訳の分からないことをほざきながら配られたお守りに対する仲間たちの反応は三者三様だった。風切羽はドールにとって、鳥にとって大切なパーツ。欠け過ぎてしまえば空が飛べなくなる必需品で、ドール達の社会ではプロポーズに使われることもあるような代物。少々重すぎる気がしないでもない。



「ラクリマ、何でこんなとこ選んだんッスか?」



春風がそよそよと吹き抜ける滅びの街。鳥籠の中央北東に位置する“ 鶉の街 ”。昼下がりには保育所から遊びにでてきた子供ドールが沢山見受けられるこの地域は、争いも少なく街の荒れ具合も酷くない、優しい廃墟だった。



「困ってる電話!ここにあるんでしょー!」


「げ!!まさかソレ確かめる為に……」


「あー、ここ、ケイサツショ跡地の近くだもんね。お兄さん外で待ってるから2人だけで肝試しでも行ってきなよ」


「怖いンスか?」


「そうは言ってない」


「怖い?困ってる!?」


「困ってない」



ビビッドピンクの髪が揺れる。梔子くちなし色と若葉色のアホ毛が揺れる。はぁと呆れたように息をこぼし、首を横に振ったリベルの結髪が胡籙やなぐいに携えられた弓矢を撫でてカラカラと音を立てた。







みんなには“ 黒い卵 ”の探索をしてもらう!


リビングに集まった全員に向けて、ゴーグルをかけたクレイルが指示を出したのはつい今朝のこと。越冬直後の一週間は元アスリートのリーダー直々にメニューが課されるスパルタ飛行訓練大会だったせいか、皆が皆、ついにか!と言った表情で真剣な面持ちをしていたのをラクリマはよく覚えていた。



「まず最初に言っておく!黒い卵はめちゃくちゃ簡単に見つかるぜ!」


「は?」


「ちょっと待ってどういうこと?」


「ワケわかんないんだけどぉ」


「ええ!なんでー!?」


「落ち着け落ち着け」



仮面を外したガーディアンが眉間に皺を寄せ、檳榔子玉は頭が痛いとでも言うように額を抑えた。矢継ぎ早にアンドと青玉が不可解だと声を上げるのをなだめすかしてクレイルが続ける。



「多分、探索してるとそれっぽい所で卵を見つけられると思う。手のひらに収まるぐらいの黒いやつ。越冬前に何回も見つけたし、多分その卵をエサに革命行動を起こしてるドールを警邏隊が炙り出してるんだ」



卵を手に取れば一瞬で警邏隊のドールに囲まれるだろうと、真剣な顔付きで説く。普段の明るさがなりを潜めた穏やかなアルトボイスは聞き取りやすい。大きなガラスドームのような空間は十分な採光が可能な為、いつだって和やかな雰囲気であったが今日はほんのり厳格な気配を帯びている。

ゆらり、クレイルの背後で彼の尾羽が大きく揺れた。



「多分全部偽物。手に入れたら踏みつけて割ってくれ。簡単に割れて、中に機械みたいなのが入ってたら警邏隊の罠だ」



割れなかったら、その時はトランシーバーで連絡しろ__全員が持たされたトランシーバーは、マルクとクラウディオによって特別な改造がされている。よそのトランシーバーと違ってボタンがひとつ多いそれは、オレンジのボタンを押すと仲間全員のトランシーバーに一斉に通知と音声情報が送られるというものだった。助けを呼ぶ時、集合の号令をかける時に使うよう言い渡された特別なそれ。



「囲まれたらどうするんだい?」


「警邏隊はこっちから攻撃しない限り攻撃してこない。卵を割って確認したら、飛べる奴は空、ラクリマとシリルは近場のマンホールを予め開けておいて地下から大通りに迎ってくれ。カンテラと油は全箇所においてあっから」



ルァンの問に滞りなく答える。人の多い所では、警邏隊は大手を振って攻撃することを控えるのだと付け足した。あくまで秩序を守るための組織だ、生活を営むにあたって重要なスペース、かつ人通りが多く巻き込みしかねない大通りに紛れてしまえば目立った戦闘は行えない。いくらでも逃げ切れる。

そも、警邏隊というのは“ 秩序を守る ”という名目でこそあるが、一歩間違えばただの独裁政権にすりかわる。民衆からの反感を買ってしまえば袋叩きにあいかねない組織だ、一般ドールに対する対応はかなり神経質なもの。



「今から向かってもらうとことメンバーを決める。ホルホルの助言参考にした俺の独断だけど……まぁ、お前らなら大丈夫だろ、頼りにしてるぜ Chérichou」


「しぇ……」


「Chérichou。しぇ、り、しゅ」


「しぇりしゅ?」


「しぇりしゅ……」


「シェリシュ?」


「可愛い〜!!」


「おい、クレイル!」



己の紡いだ愛称を反芻して見せた青玉、シアヴィスペム、ヘプタの姿についついクレイルが声を上げる。クレイルは子供が大好きなのだ、自分を慕うドールならば尚更に。リーダーリーダーと一心に自分を慕う子供らが、自分の真似をして舌足らずながらもなれない言語を紡ぎ出す姿のなんと愛らしいことか!ガーディアンにたしなめられて、はっとなり、脱線した話を元に戻すべく向き直る。尾羽はゆらゆらと嬉しそうに揺れっぱなしだが、至って真剣な話をするのだ、表情だけは意地でも大人らしい顔にして見せて。



「自分でここ怪しいって思うようなところがあったら言ってくれ。あ!孔雀の街は大人でもまじで危ねーからダメな!隼の谷……は、うーん、メンツによるかなぁ……」



とりあえず、と。グローブが嵌められた右手の人差し指が、リビングのローテーブルのへりをくるくると摩る。地図を指しながら組むメンバーを言い渡し、名前を呼ばれた皆が皆、深く強く頷いていた。



「ここ。閑古鳥の森だけど、クラウディオとリベル、ラクリマに頼む。リベル、二人のことよろしくな」


「えぇ、お兄さん子守りとか嫌いなんだけど!ちょっとは遠慮して欲しいって感じだよねぇ、面倒事押し付けられるのキライかもー」


「ははは、そんな謙遜するなよ!リベルだから任せるんだ。なんかあったら連絡してくれ!」


「どこをどう聞いてそうなる訳……?意味わかんない」



クレイルとリベルのやり取りはいつもこうだ。最終的にはうざったそうにリベルがため息をついて締め括られるのもテンプレート。

続々と、誰がどこに向かうか決められていく。そわそわと落ち着かない様子のラクリマが、鶉の街へ向かうように言い渡されたミュカレ、ルァン、アンドのグループのひとり、ルァンにそっと、そうっと耳打ちをした。















「それで俺ら閑古鳥の森じゃなくてここになったンスね、ラクリマが急に方向転換したからとんでもない方向音痴だなってびびったッスよ」



ということは、今頃閑古鳥の森にはミュカレ、ルァン、アンドの3人か、とクラウディオが独りごちた。

ケイサツショ跡地前。とうの昔にケイサツカンが開けることなどなくなった、閉じっぱなしの鉄製の門扉を乗り越える。件の電話機のすぐそばにはヒビの入った電信柱が立っており、電話機に繋がっていただろうケーブルがだらりと地面に伸びていた。

もとより古く脆かっただろうケーブルだ、此度の越冬中に激しく吹き荒んだ吹雪でやられてしまったらしい。



「電話機の前来たのに……ならない……!困ってないってこと!?せっかく助けに来たのに!?」


「いや電線切れてるじゃん、見えないの?」



門の向こうから見ていたリベルが鼻で笑いながら指摘する。ホントだ!と電線を掴みあげたラクリマが、電話機の上で風に揺られるちぎれたケーブルの方割れを見上げ、ううんと唸って首を傾げる。


ラクリマは空を飛べない。


ドールは鳥の翼を持つが、生まれつき、空を飛べない鳥の特徴を持った翼のドール達もいた。ラクリマの、背中から顔を見せる二対四翼についよんよくの翼はペンギンのソレに酷似したもので、到底空は飛べそうになかった。

空が飛べぬ代わりとでも言うように、厚みと重みがかなりしっかりした造りのため振るえば相当な力は出せるだろうが、いくら力が出せようとやはり空は飛べないまま。

飛べれば電話機の上へ行けたのに。いや、行けたとしてもこの断絶されたケーブルを直すすべをラクリマは持っていないのだが。ひょいと、握っていたケーブルを横から取られた。クラウディオがちぎれたケーブルを持ったまま、ふわりと上へ飛び上がる。黒い翼が頭上ではためいて、ラクリマの白い肌へ、象牙色の髪へ、大きな影を落として。腰にさげていたポーチを開けると、小さなテープ__絶縁テープを取り出し、ケーブルふたつをくっつけ始める。応急処置に過ぎないが、まぁこんなものでも何とかなるだろうと踏んでの行動だった。



「お兄さん、周り見てくるから。呼ばれたら行くけど、ワケわかんないことで呼び出すのはホンット迷惑だからやめてよね」



門扉の向こうからこちらを見ていたリベルが声を上げる。

わかった!!と大声で了承の意を返したラクリマをしっかり見留めると、やってらんないとでも言うように後ろ手を振りながらリベルがその場を離れていった。



「直せるー?っていうか、準備がいいねっ!!」


「んー?ああ、これッスか?マルクさんのッスけどね」


「借りてきた……ってことー!?先見の明、すごいっ!!」


「暖炉の上に置きっぱだったからパクってきただけッスよ」


「パクった!?」


「パクったッス」



仲間内には知れ渡っていることだが、クラウディオは少々手癖が悪い。どれもこれも可愛げがあるイタズラで済まされる程度だからと強いお咎めは無しだったが、困らされたことのない仲間はいないだろう。困っているとラクリマが寄ってきて、一緒に探してくれるまでがセットだ。

一枚かんでいるのか、かんでいないのかは謎であるが、困らせて、困らされていた人を助ける、そんな一連の流れを作っているクラウディオとラクリマは相棒のような仲。

クラウディオの前科をあげるなれば、クレイルのゴーグルをパクってそのまま遊びに行ったり。ホルホルの櫛をパクってどこかへ置いて、そのままどこへ置いたか忘れたり。シアヴィスペムの裁縫セットをパクって3日自室に置きっぱなしにし、ないないと騒ぐシアヴィスペムに「ちゃんと管理しないからッスよ!」だとか、いけしゃあしゃあと言い放ったり。最後の件はルァンにこってり叱られた。

しかしまぁいずれも、借りたものを返し忘れて、だとかそういった範疇に収まるレベルだ。



「これで、よしっ……借しひとつッスよ!」


「えー!俺が前助けてあげたんだからっ、これはおあいこでしょー!!」



ジリリリリリリリリ。


びくり、クラウディオとラクリマの肩がはねる。

電線を繋ぎ直した瞬間、本当に、かかってきた。まるで誰かがそばで監視でもしているのではと勘繰るほどに、見られていると錯覚してしまいそうな程に、ベストなタイミング。

周り見張ってて、と。クラウディオに言い渡し、ラクリマが電話機の入った電話ボックスへ。

甲高い、姦しい音を立てて震える草臥れた緑の受話器を。取った。



「……もしもしー?」



ふ、と。受話器の向こうで微かに呼吸の音。



『助けてくれ』



噂の真偽。



「…………いいよ、困ってるんでしょ?俺が助けてあげるね。んふふ、ホントウだったんだー!俺、ラクリマだよー!君、名前は?」



一度途絶えた電話の、向こう側。



『僕は…………僕は、レヴォ。レヴォルト……「反乱」の、レヴォだ』




















『しらない』


『しらない、見てない、わからない』


「そっかー……ま、そりゃそうかぁ。こんな簡単に行くはずもなし……簡単に行ってたらお兄さんはとっくに目的達成してるしねー」



ケイサツショ跡地の外周をぐるりと回るようにして動き回り、ようやっと、会話が出来そうなほどには成長しきった花々を見つけた。冬が終わったばかりでまだまだ寒さも厳しいせいか、春が来たとは知らず芽を出していない植物が多い。近場のツタなんかにも声をかけたが、黒い卵なんてしらないとばかり。初対面の植物には警戒されやすいのも相まって、情報収集の成果は雀の涙にもならなさそうだ。



『くろいたまご、探してどうするの?』


「マザーの所へ持ってくんだってさ、持ってったら鳥籠あけてくれるらしいよ」


『リベルが持っていくの?』


「お兄さんは雇われだからね、黒い卵を見つけたらリーダーに渡してあとはよろしくーじゃない?」


「え、えっと、黒い卵、探してるの……?」


「そうだよ、さっきからそう言って……」



植物の言葉。リベルにしか聞き取ることの出来ない、自然そのものの囁き。喉持たぬそれは声を発することが出来ず、故に念話のように、聞く耳を持った__耳というよりかはアビリティであるが__リベルへ語りかけてくる。頭の中に響くそれは、声、空気の振動ではないから耳を塞げど決して止むことは無い。近かれ遠かれ、どこかの植物の声が常に頭の中にあるのだ。

植物の言葉がリベルの鼓膜を揺らすことは無い。

だと言うのに、先程の声はどうだろう。やけにハッキリと右後方から、空気を伝って聞こえてきたその声。ハッとリベルが振り返る。



「こ、こんにちは……」



ふわふわの金色の髪。白く柔らかな羽毛で覆われた不思議な形の翼。髪と同じ色の睫毛で縁取られた青い瞳。無害そうな、眉尻の下げられた柔和な表情。



『けいらたいの』


『警邏隊の子だ』


『キンセンカのドール』



前言撤回。植物達の囁き曰く、最も有害な立場である。なんでもっと早く言わないんだと焦りの色が浮かぶが、植物達にとってドール達の思想、派閥なぞ大した問題ではない。警邏隊と、リベル達活革命派が争いあう関係だなんて知る由もないのだ、仕方の無いことだとすぐに思考を切り捨てて。



「革命行動……してた……よね?」


「はは、だったら何?どうしてくれるの?」



警邏隊はこちらから攻撃しない限り攻撃をしてこない__どことなくニヒルな笑みを浮かべたリベルの顔に影が落ちる。先程まで目の前のドールの背後で風に揺られていた翼が、いつのまにか視界の八割を占有するほどのサイズに変わって頭上に構えられていた。

警邏隊のドール。制服を着ていない。異様な状況。



『あぶないよ』


「ご、ごめんなさいっ!」



植物の声の方が僅かに早かった。リベルが翼を広げて一気に地面を蹴り飛ばす。ついさっきまでリベルが花々と話をしていたアスファルトは粉々になって八方へ散らばり、元は平らだったソコは緩やかなクレーターに変わっていた。

植物達は巻き込まれていなかったが、あのままだったならリベルは潰されていただろう。ひらひら、ふわふわ、辺りに白い羽が舞っていく。

コンポジットボウのハンドルを強く握り、背に携えた胡籙やなぐいから矢を引っ張り出して即座に番えると同時に、タイミングは最悪であったがホルホルとクレイルの采配の真意が読み取れた。

ケイサツショ跡地の周りはほとんどと言っていいほど植物、とくに狙撃手であるリベルが身を隠すのに最適な背の高い樹木が存在しない。当初の予定で向かわされるはずだった閑古鳥の森は、木々が生い茂っているためリベルが向かうに最適。あの森は川も近いから、ラクリマなんかは川伝いに撤退したり行動したりすることもできた。

適当に子守りを任されていた訳では無い、最初から戦闘の可能性を考慮した上で配置がされていたのだ。ならば組まされたメンツも、きっと。

求められるのは早急な合流だろうと、リベルの頭が答えをはじき出す。それとほぼ同じくして、疑問にも似た憤りが頭に浮かんだ。



警邏隊はこっちから攻撃しない限り攻撃できないんじゃなかったのか。



それに、この金髪の__植物いわく、警邏隊のドールは制服を着ていない。警邏隊とは皆制服を纏っているものなのだ、白いズボンに金縁の装飾が施された黒いベストやブレザーを。ところが目の前のドールは、淡く黄色を孕んだような白い服、茶色のタイツに特徴的な形をしたブーツと、到底警邏隊とは思えない容姿。

困ったように、小さな身体に白い大きな翼を持ったドールがリベルをもう一度見据える。



「う、一撃で機能停止にすればお互い辛くないと思ったのに……た、戦いたくないなぁ……」



警邏隊のドール__デライアが翼を元の大きさへ戻していく。悲しげな表情と声色からするに、戦いたくないというのは本音のようだ。しかし本音などこの場ではなんの意味もなさない。兎にも角にも迅速に、ラクリマとクラウディオのもとへ合流しなければ。



「……でも、お仕事、だから」



寂しそうな、どこか悲しげな顔をしていたはずのデライアの表情が研ぎ澄まされる。天使のような容貌からは優しさと慈しみすら感じられるというのに、どこか危うげな雰囲気はリベルの警戒心を煽るのに十分だった。


デライアのアビリティ、“ 殻破り ”。

おおよそ飛行には向いていない造りの翼の大きさや頑強性を操作し、盾としたり、槌としたりの攻守に優れた立ち回りを可能とする強化拡張型のもの。

蒲公英の綿毛のような羽毛は抜け落ちやすい為、羽が減りやすいことだけがネックだ。羽が抜けすぎれば抜けすぎるほどアビリティの行使が難しくなっていく。攻撃に使う回数は考えて行動しなければならない、シンプル故に頭の回転が要されるアビリティ。


マントの下に隠していたトランシーバーを乱暴に抜き取って、灰色のプレストークボタンを乱雑に押し込んだ。戦闘になる、伝えてさっさと合流しなければ。


途端、手のひらの内側で何かが弾け飛ぶ感覚。


視界の端、薄明光線の如く一直線に閃いた白がリベルの左頬を穿った。降りてくる巨大な白い翼、小さくなびく胸元のファー、モノクロの中に僅かな金糸を混ぜ込んだようなその容貌。



「あれ、外しちゃいました。頭を取ればすぐに終わると思ったんですけど」


「シルさんごめんなさい、ボクもはずしちゃった……」


「気にしないでください、お互い様ですよ」



目の前で繰り広げられる朗らかなやり取りにリベルが心内で悪態をつく。穏やかな笑みを浮かべる白いドールに、困ったように眉尻を下げるキンセンカのドール。

今一度真っ白な光の槍が宙に浮かび上がるのを合図に、リベルがぎゅっとコンポジットボウの柄を握りこんだ。















『だから!さっきからそう言ってるだろ!』


「うんっ!でもそれ、君が困ってるって言うよりはマザーが困ってるって感じじゃない?俺もうマザー助けるために色々やってるよー!!」


『母様が困ってたら僕も困るんだよ、ああクソめんどくさいなお前!』


「助けてあげるって言ってるのにー!!なんだよその……言い草っ!!」


『そっちこそ!わからず屋!絶対黒い卵が欲しいんだ、早くしないとアイツがいつ何をしでかすか……』


「ンー!!なんなのー!!」



電話越しに口喧嘩をするレヴォとラクリマを、電話機の上からちらりと覗く。クラウディオからはあまりはっきりレヴォの声を聞き取ることが出来ないが、なぜこの二体が喧嘩をしているのかという理由は大まかに理解が及んだ。原因はラクリマの、狂気的な、人助けに対する執念と信念。


レヴォの要求は、困っている母様マザーを助けるために黒い卵を手に入れたい、しかし手に入れることが出来ないから困っている。


ラクリマの言い分は、それはレヴォの人助けを助けろということだから納得がいかない。マザーもレヴォも自分が助けたい。マザーに関する助けを求めるのではなくて、自分に関する助けを求めろ、と。



『大体、おかしいでしょ、なんでそんなに助ける助けるって、しかも自分がーって……わけわかんない』


「どうして!?俺はねー、俺にしか助けられないドールがいるから、そういう子達のことを助けたいの!!俺にしか出来ないんだから当然のことでしょ?リーダーも言ってたよ、ラクリマにしかできないことがある、って!俺もそう思うから……ねっ!!」


『自己肯定感の化け物か!』



だから、と続けるラクリマの声。少年の、まだあどけなさの残る声が、受話器の向こうのレヴォへ届けられる。

マザーを助けるための活動はもう始めている。俺はレヴォを助けたい。



「レヴォサン、君はどうしたいのー?俺に、どう助けて欲しいの?俺はレヴォサンを助けるためにどうしたらいーい?マザーのためじゃなくて、レヴォサンのためねー!!」



母様マザーのためではない、レヴォの望みを。



『……僕自身がどうしたいか』



受話器の奥、レヴォが少しの間黙りこくる。にこにこ、にこにこ、ラクリマが受話器片手に言葉を待つそのほんの少しの数秒間。

僕が、紛れもない、今この受話器を取っているレヴォがどうしたいか。母様の望みは関係なく。



『…………結局は僕の目的も、母様を助けることに直結するから、今から言う内容で納得がいかないなら僕は諦める』


「えー!!諦めないでよー!」


『仕方ないだろ条件が面倒くさすぎるんだ!ラクリマ、僕はここから動けない。外に出られない僕の手足になって、マザーの目的達成なんかじゃない、僕を、僕の目的達成を助けろ!』



受話器の向こうからダァンッ!と大きな音が響いた。台パンである。

大きな音についつい目を見開いたラクリマが、ゆっくり、ふふんと満足そうな笑みを浮かべて、手元の受話器に視線をやった。

助けろとは随分上から目線だが、まぁ、問題ないだろう。及第点と言ったところか。



「……いーよ、困ってるなら助けるよー!」



受話器の向こう、ほっとしたような、心底安堵したとでも言うような息遣いが僅かに鼓膜を揺さぶった。

その反応たるや____ついついラクリマの口角があがる。



「で?手足になるってどうすればいーのー?俺人助けに忙しいからちょっと時間かかったりするけど、大丈夫……かなっ!?」


『忙し……まぁ沢山抱え込んでるだろうなとは思ってたけど……あ、そうだ。先に言っておかなきゃ。多分僕を助けるってなると、絶対、あるドールと接触すると思う』


「あるドール?」


『うん、いい?よく聞いて。赤い翼に長い尾羽のドールには注意して__』


「ラクリマ!ラクリマ!!」



ダンダンと、強い力で電話ボックスが叩かれる。激しい音のした方へ視線をやれば、ボックスの上から顔を覗かせているせいで上下が逆さまになったクラウディオの顔があった。ラクリマから見て左の方を人差し指で指し示し、酷く焦ったような顔色のままに怒鳴っている。放り投げた受話器は見事に定位置に着地したが、そんなことは誰も気にしない。視線でクラウディオの示すほうを咄嗟に追いかけて。



「善人クン!!ヘルプいれてくんないかなぁあっ!!」



革命派の、自称雇われガンナーが、全力でこちらへ向かって戻ってきていた。


背後に白い槍を連れて。



“ 襲槍 ”



ついコンマ1秒前までリベルの右脚があった座標に真っ白な光の槍が突き刺さる。間一髪で避けたリベルのその端正な顔は、左の頬に傷と、大きなヒビが入っていた。

先程トランシーバーで交信しようとした瞬間、左頬に走った熱さにも似た痛み。永朽派の、特別な警邏隊ドール__シルマーによってトランシーバーをぶち抜かれ、傷を負った頬からはぽたぽたと黄金が滴っている。放たれた槍はリベルの頬を削りながら、反対側の通りの向こう、古びたビルの壁にトランシーバーの残骸を叩きつける。とんでもない強アビリティと、未だよく得体の知れないアビリティのドールを前にしながら圧倒的に不利な状況のまま一人で弓を引けというのか?



「困ってるなら助けるよー!!」


「帯電完了、いつでもOKッス!」



自分は雇われの身だ、馴れ合う気は無いが__そこそこ有能な仲間を使うことの何が悪い?

背後に、槍とはまた別の気配。デライアが走って追ってきたのだろうそれを認めるや否や、胡籙に入った矢を瞬時に構えて身を翻す。迎撃体制へ。

自身に向けられた鏃に気が付いたデライアも、走りながらアビリティを発動し、翼を広げて構えた。



“ 殻破り ”


“ 交換 ”


“ 帯電体質 ”




「ッ、あ゛ぁあ゛ああぅ!?!?」



来ると思っていた、鏃の鋭い痛みはやって来ず、変わりに熾烈な電撃がデライアの身体を貫いた。アビリティが解けて白い羽根が辺りに散らばり、パリパリと、静電気を帯びたそれが微かに電子の爆ぜる音を立てる。

眼前に構えていた己の翼が元の大きさに戻ったことで視界が開けた。

そこに狙っていた新緑のドールはおらず、まるで座標を入れ替えたかのように突然現れたドールが一体。ただただ目に影を残す、紫電のように鮮やかなピンク色。


クラウディオのアビリティ、“ 帯電体質 ”。

特異体質タイプのアビリティで、体内の電子をコアで操作し、自身の身体を臨時の蓄電池のように扱う。帯電状態にある自分の身体そのものをスタンガンのように武器へと変えて、相手の行動にも制限をかける、その戦闘スタイル。耐久近接戦メインのデライアにとって最悪そのものだった。


バランスを崩して地に伏せるデライアの身体。衣服の襟を誰かが掴んで、思いっきり引っ張り起こす。痺れる指先、明滅する視界がぐんと上がって、近かった地面が遠のいて。凛とした声色が降ってくる。



「しっかりしてくれ、君が欠けたら誰がタンカーになるんだ」


「ぅ、しびれへしびれて……る、るまふはなへらひう、うまくはなせない……」


「何?痺れ……聞いてた話と随分違うな。アビリティも、見る限り不一致だ」


「共通点は3人組ということくらいでしょうか?目的のグループはまだ来ていないパターンか、それとも単なる通達ミスか……」



痺れの引かないデライアを持ち上げて覗き込んだ、長身のドール__カーラが、少々不機嫌そうに鼻を鳴らす。翼をはためかせて隣に舞い降りた、これまた白い長身のドールはシルマー。先程リベルのトランシーバーをガラクタよろしくおじゃんにした白い光の主だ。

電撃タックルをお見舞して、電話ボックス付近に蜻蛉返りを果たしていたクラウディオがラクリマとリベルに目配せを。ラクリマは首を傾げたが、植物のざわめきから欲しい情報を拾う為に耳を、感覚を澄ませていたリベルには伝わったらしい。


どこかから情報が漏れている。


本来ここに来るはずだったのはミュカレ、アンド、ルァンの三体。警邏隊のドールだという三体を見る限り、ここでぶつかるはずだったあの3人組が予定通りにここへきて、戦闘になっていたならば。圧倒的にミュカレ達の方が相性が悪いだろう。

トラップ型のアビリティを持つミュカレと、超接近しなければアビリティを発動できないルァンを潰すのならば、あの白く大きいドールは適任だ。誰かが選んで配置したとしか思えない顔ぶれ。

ふわふわの翼を持った小柄なドールも、アビリティ発動に流血必須のアンドを牽制するための人員とみて間違いないだろう。リベルを襲ったその白い翼は、巨大な拳のように振るわれたのだ、斬ったり折ったりを狙うと言うよりは一息に潰すことを狙うようなそれ。

未だ手の内を明かしていない、淡い金の羽を交えた灰色の翼が美しいオリーブドラブの長い髪を持ったあのドールも、ミュカレや、ルァンや、アンドのいずれかにとってあまり良くない相性のアビリティと見て間違いない。

ぎちり、リベルのグローブの嵌められた手が、コンポジットボウの弓柄を強く握り直した。



「西に後退。川まで行ったらリーダーの言ってた抜け道直行。善人クンはアビリティどれくらいもつ?言っとくけどお兄さんのアビリティ頼んないでよね」


「わかった!でも俺のことは頼ってねー!!あと俺はね、ンーっと、アビリティ、ほとんど反動ないよ!!西ってどっちー!?」


「背後ッス。やれるだけやるッスよ、帯電からの即タッチアンドリターンならあと5発は余裕で持つ!」




「随分血気盛んなことだな……リーダーに言われて練習したアレは使えなさそうだが、問題はないか」


「ぅあ、か、カーラ、もうらいじょうぶ、おろひて……ぼくもう動けるよ、壁はまかせれ!」


「デライア、舌が回っていないですよ?無理はしないでくださいね」











​───────​───────













「ねぇコイツどうする?機能停止までにしたら後はどうすればいいの?晒し首?」


「大通りに晒すのか?そんなもの晒されても街往く人が困るだろう、それに機能停止のボディをそれ以上傷付けたら即ジャンクだ、私達にそこまでの権限はない!そして何より、規律違反は望ましくない!!」


「うわ、暑苦し。っていうかホントなんでジャンクにしちゃダメなわけ?鳥籠を滅茶苦茶にしようとする革命派なんて生かしてどーするの」



地に転がるそのドールのボディはヒビまみれで、確かに、これ以上傷を作ればコアを保持しきれずジャンクになってしまうだろうことが伺えた。少々オーバーキルな気がしないでもないが、機能停止までというルールは守っているのだ、そこに関してはアレコレ言われる筋合いはないだろうと言わんばかりに堂々とそう言ってのける。薄桃色の髪を揺らして不満そうな声を漏らしたコラールと、大きな身体で小さな__と言ってもA4サイズであるが、しっかりした作りのメモ帳に記録を残しているアイアンの、すぐ足元に転がっている傷まみれのドールを持ち上げて回収する。



「じゃ、邪魔になっちゃう……から、どけておくね……ボロボロにしてごめん、ね……」



粗暴な態度のコラールや、あまり気にしていなさげなアイアンとは正反対。物言わぬ金塊と化したドールへ謝罪し、優しく優しく、路地の端にその身体をよけてやったのはニアン。

そいつらをボロボロにするのがボクらの仕事なんだから、謝る必要性無いでしょとコラールがニアンをつつく。身体の大きなニアンはコラールのつっつきなど、物理的には1ミリもダメージにはならない。が、あぅあぅ言いながら弱々しく眉尻を下げていた。2人は友人関係である。刺々しく、認められるドール相手でなければロクな会話のキャッチボールをしないコラールの、数少ない友人。



「た、確かに……ボロボロにするのが仕事……、だけど、ちょっと可哀想、だし……そ、それに、約束……やぶったら、りぃだぁが怒るよ……」


「う……」



ニアンの言葉にコラールが顔を顰める。革命派なぞ生きている価値無しと、心の底から本気で思っているコラールが規則を守ってジャンクを大量に生み出さない理由は、一重にリーダーであるヴォルガ直々の言いつけであるからだった。そこに革命派への同情の余地はない。

ニアンはまるで優しすぎるのだ、今回班員として行動を共にしているアイアンも、革命派のことを微塵も思いやる素振りは見せないが、アレは革命派や何やらの前に“ 規律 ”に重きを置いている節がある。



「にしても、見回り中に例のリストのドールの革命行動を発見するとは。素晴らしいぞニアン」


「え、えへへ、2人の役に立てた……なら、嬉しい」



ニアンは猫背のせいでわかりにくいが、190cmを優に超える大柄なドールだ。手のひらでわしわしと頭を撫でようとしたアイアンだったが、アイアンの手のひらは少々大きすぎる。代わりに拳を差し出してグータッチをすることにした。



「ねぇ、さっさと次行こーよ、次はどこ?」


「北通りを見て回ってから鵞鳥の街だ」



ひらりひらり、薄桃色が先を往く。後に続いて黒鉄くろがねが。その後ひっそりついていく、蝶の残穢を纏う鳥。そっと振り返って、ボロボロのドールを見下ろした。



「…………みんなの鳥籠を、開けようとするから、君が悪いんだよ……」



僕は悪くない。やんわりやんわり、毒を孕むその胸奥。三体の高潔なドール達が去った広い路地、潜んでいたか細い呼吸が小さく震えた。

されど誰も気が付かぬ。



「永朽派なんてっ……永朽派なんて、警邏隊なんて大っ嫌い……!!!」


「しあちゃん……」



今にも泣きそうなほどに、翡翠色の瞳を潤ませたシアヴィスペムの身を青玉が案じる。ぎゅっと下唇を噛んで強く目元を拭ってしまえば、幼さとは裏腹に覚悟の決まっていたシアヴィスペムの双眸から、雨の欠片は失せてしまう。

シアヴィスペムは、あの拠点の仲間たちの中で最も永朽派を憎んでいると言っても過言ではない。過去に何があったのか知る由もないが、ただならぬ理由なのだろうことだけは青玉にだって伺えた。

リーダーから言い渡された、シアヴィスペムと青玉、そしてガーディアンの三体の班の役目は、燕の街付近の偵察。

他の活革命派達がどの辺りに潜伏しているのか。警邏隊の見回りルートはどのようなものか。メンバーを鑑みて、黒い卵の捜索はしないように言い付けられたこのグループは、つい先程別の活革命派グループの様子を偵察し終わり、ガーディアンの情報交換を終え次第撤退しようとしていた所だった。

よく通る声の端々に聞き覚えがあった青玉が駆け寄ろうとした所を、シアヴィスペムが咄嗟に止める。足元に転がる機能停止したドールと会話の内容から、今最も自分達が接してはいけないドール達だと悟ってしまった。

青玉は交友関係が非常に広い。あっちに知り合い、こっちに知り合い、東に西にお友達。幼く根明で明朗な青玉を拒む者はおらず、何も知らないままの友人関係は酷く暖かに、緩やかに広がって青玉のくらしをしあわせなものにしていた。その弊害が今突き刺さる。



「さっきの、にあにーにと、ししょうと、こーにーに……」


「うそ、全員知り合い?」


「うん……」



古びたビルの影からそっと顔を出して、ボロボロのドールのそばに寄っていく。大きな棍棒か何かで叩かれたような大きなヒビと、強烈な衝撃を受けたかのような広範囲に広がるヒビから、つつつと黄金が滲んでいる。



「目、さめる?」


「うん、そのうち黄金も止まると思うよ。ホルホルさんのおくすり置いていこうね」


「青玉、シアヴィスペム、どこ行って……」



そっと、ボロボロのドールの傍に、ホルホル特製の黄金が入った小さなケースを置いておく。濃度を高めた黄金をクリームケースに入れて置いて、ヒビや軽い傷ならばいつでも応急処置が出来るような塗り薬にしてあるものだ。市販でも安価に手に入るが、ホルホルが手を加えたそれは一味違う。ケースの中では固まらないのに、傷口に塗るとかなり手早く修復ができる優れ物。

連れ帰って修理してやるのが一番なのだろうが、残念なことにそれはできない。


アジトに知らないドールを決して入れてはいけない。


クレイルがさんざしつこく説いていた。特に夜中は、心当たりが無いのだったら絶対に開けて対応するなとも。あの拠点に出入りできるのは、自分を含めた15人の仲間達と、クレイルの後輩で、あのアジトを作るのを手伝ったという一体のレーサードールだけ。

シアヴィスペムはそのレーサードールを見たことが無い。いずれもタイミングが悪く一度も顔を見たことがなかったのだが、ホルホルやアンドが言うには「気さくでわけのわからないあんちゃん」と言った感じなのだそうだ。

とにもかくにも、あのアジトは仲間以外の立ち入りを徹底的に禁止している。誰かが玄関先を通っただけでも警戒するらしく、拠点の前に誰かがいると、必ずクレイルがリビングで落ち着かなさげにソワソワしているのだ。どうしてそこまでと思わないでもないが、心配性のリーダーだからとあまり誰も気にとめない。しかしこういった場面に遭遇してしまうと、あの決まり事は些か引っかかってしまうものがあった。

交渉を終えて迎えに来たガーディアンが、仮面の奥で眉間に皺を寄せる。不安気な表情の、一回りは年下である雛鳥達を呼び寄せてさっさと路地を出た。ガーディアンは基本余計なお喋りはしない。普段はそれが少し寂しく感じないでもなかったが、今だけはそれがありがたかった。青玉がくっとズボンの裾を引っ張って抱っこをせがむと、何も言わずに抱き上げる。いつもならば自分で歩けと呆れたように言い放つガーディアンも、あの光景を目にした子供らに、今、つっけんどんな態度を取ることはできなかった。常に飛行しているシアヴィスペムが、ガーディアンの肩にちょこんと右手を乗せてついていく。

部外者禁制の、革命を謳う暖かな根城へ。

お喋りなドールが二体いるにも関わらず、三体はほとんど喋ることなく、ただ静かに帰路をたどった。















​───────​───────











「そーれわっしょーい!!!!!」



はるか昔、田舎と呼ばれるような地域に暮らしていたニンゲンならばすぐさま理解が及ぶだろうが、山中駆けずり回って遊んだ逞しい子供の無邪気な残酷性は都会の子供らと一線を画すものがある。虫を入れた虫篭をシャカシャカ振り回して、中の虫が目を回すのを楽しむのだ。カマキリとトンボを同じ虫篭に突っ込んで、トンボが食われる様をマジマジと眺めて楽しむのだ。

バキンと、せとものが割れるような甲高い音を立てて、カーラの顔の右半分が思い切り欠けた。


ラクリマのアビリティ、“ 交換 ”。

ラクリマの視界に入ったドールの座標を完全任意で交換するもの。視界に一体でも入っていれば自身と“ 交換 ”することが出来るため、アビリティレスの状態に陥ることがほとんど無い。

その上ノーモーション、ノーリスク。

そしてシンプルが故の適応能力の高さは、一歩間違えれば最悪の巻き込みを起こしかねない超攻撃特化のシルマーにとって邪魔そのものだった。


クラウディオを狙えばその位置にデライアが現れ、リベルを狙えばその位置にカーラが現れる。ラクリマ本体を狙えど、いつのまにか自分が補足位置に立っている。文字通り、最悪そのものの相性だった。


シルマーのアビリティは“ 襲槍 ”。

光でできた5本の槍を操作するもので、そこらのドールとは訳が違う、特殊物理の最高峰とも呼べる攻撃力を誇るそれ。5本出したら5本使い切って、それからでなければ新しい槍を呼び出すことが出来ないが、こちらもノーモーションノーリスク。

明らかな強アビリティだった。まともに単騎同士で戦えば、リベルもクラウディオもほとんど勝ち目がない。しかしラクリマ、たった一体のペンギンの翼を持つドールにそれがひっくり返される。



「デライア!!」


ろ、ろめんらはいご、ごめんなさい……!!」


「あぁもうっ!」



シルマーは現在、絶賛ラクリマの玩具だ。普段であれば感情の起伏がそこまで大きくないシルマーも、流石に遊ばれ過ぎてアビリティの操作が雑になり始めている。

先程顔が割られてしまったカーラもラクリマの玩具になっていた。目の前にいたデライアがいきなりいなくなり、代わりにマンホールの蓋を持ったラクリマが。重厚なペンギンの翼を背負ったまま、人助けのために日々東奔西走しているその身体から振り抜かれる40キロの円盤鈍器。

カーラがアビリティで反撃しようと口を開けば、開かれたその唇が作る口腔を、なんの躊躇いもなく何かが一気に貫いて。



「あ゛、が」


「ごめんねぇ、お兄さんもバカじゃないからさ。喉のパーツから出してるんでしょ?だったら狙うよねぇ。お口チャックしとけばよかったのにね?」



加えて、このリベルとかいうドール。

クラウディオの帯電攻撃を警戒して距離を取れば、ちょうどいい距離になると同時にリベルが出てきて矢が撃ち込まれるのだ。

先程デライアの左手首から先が吹き飛ばされたのもこの弓矢によるもので、手首から先を失った上に度重なる電撃をくらったデライアはすっかり使い物にならなくなってしまっている。本人が泣きそうな声で地に伏せているものだから、責めようにも責められない。あちらに露骨な攻撃アビリティがいないというのも痛手だった。

デライアのアビリティは翼の変形や操作がメインでこそあるが、攻守どちらにも使える、ドール本人の素質によって大きく貢献度が変わるアビリティ。デライアの二対四翼の翼は空を飛ぶことには向いていないが、このアビリティさえあれば、盾にも槌にもなれた。それだけで十分だった。

タンクタイプであるデライアはその防御力と持久力が何よりの武器だったが、接触しただけで身体の自由を奪いにくるようなクラウディオのアビリティはそれらを完全に無視してくる。文字通りの天敵。


かわるがわる繰り出される、ただただ純粋な力、弓矢、電撃。


リベルが矢を構え終えると、シルマーの前にいたクラウディオと入れ替わる。至近距離で放たれた矢をシルマーが躱すも、回避にブレた身体の軸を崩さんとまたクラウディオが現れる。目の前からリベルがいなくなったからといって弓矢が止む訳では無い、背後から翼を狙うその鏃を躱して身構えて。



「これは、困りましたね」



言ってる場合ではない。白い槍が狙った位置に現れる仲間、ほんの一瞬で書き替わる戦場の座標。

シルマーの脳裏を、ほんのり、暗いものが掠った。いっそ____と。されど考える隙を与えない、また飛んできた弓矢がシルマーの頬をかっさばく。



「ほっぺのお返しだよ」



頬のヒビが揃いになったリベルが、光を照り返す川を背後にしながら意地悪く笑った。

弓矢の威力とは想像を遥かに絶するもので、総じてニンゲンよりもパワーのあるドールが扱えば更なる破壊力を持つこととなる。リベルの放つ矢は、厚さ5センチのコンクリート壁程度ならば容易く貫くほどの威力を誇っていた。そんなものを至近距離で喰らうだなんてたまったものではない、デライアに続いてカーラも、身体を、喉を、アビリティを封じられてしまい、武器が使い物にならなくなってしまう。



「貴方とお揃いはちょっと、嫌かもしれないね」



にっこり笑ったシルマーの顔。大きくヒビが走っても、顔の上半分が隠されていてもよくわかる端正な造り。布越しに見据えられて、リベルが飄々としたまま肩を竦めた。閃く白い槍、引き絞られたその淡い弦。

背後、ラクリマが右足を出す。左足を、右足を、左、右、また左。一直線に駆ける駆ける。

シルマーの槍がリベルのコンポジットボウを破壊するのとほぼ同時、思いっきり振り抜かれたラクリマの両腕。綺麗に真っ直ぐ飛んでいくマンホールの蓋は、無邪気な羅刹の思い通りに軌道を描いた。



「すとらーいくっ!!!」



シルマーの両脚が真っ二つに叩き割られて、ぐらりと視界が傾く。地に伏せる間もなく身体がふわりと浮く感覚がして、座標が一気に入れ替わって。クラウディオがいたのだろう場所にどさりと身体が落ち、川辺を走る三体のドールの姿がちらりと目に映った。



「ストライクは悪趣味ッスよ!!」


「でも助かったでしょー!?はい、いくよーっ」


「あっちゃー、お兄さん弓の替えあったっけな……リーダーに経費って言って請求すべき?」


「交換っ!!」



向こう岸の適当なドール三体と位置を交換したのだろう、さっきまで革命派のドールが立っていたところには何が起きたのかわかっていない、無関係のドールが三体並んで立っていた。



「ひ、ひびれる……」


「あはは、してやられてしまったね」


「………………」


「声も出ませんか?あ、今応援呼びますね」



喉に矢が突き刺さってるんだぞ、喋れてたまるかと、カーラが内心悪態をついた。リーダーが迎えに来るまで、あと15分。













​───────​───────












「身長差9センチってどう思うすっか」


「え、どうしたの急に」



革命派拠点、リビング。アジトをガラ空きにする訳にも行かないと、お留守番を言い渡されたマルクと檳榔子玉が思い思いに時間を過ごしていたその最中さなか

リーダーから配られたお守りを眺めてボケーッとしていたマルクが唐突に口を開き、檳榔子玉を戸惑わせる。



「リーダーとぼくの身長差すっ!」


「あぁ……えっと、おでこにキスしやすそう、だな」


「きゃーっ!!」



本人の前では言わない方がいいだろうと思ったが黙っておく。クレイルの身長にあまり触れてはならない。彼を低身長とするなれば檳榔子玉はどうなるのだ。自ずから自分が寂しい思いをする話題にするのは悪手であるし、誠に遺憾なのである。

檳榔子玉は145cm可愛いサイズであった。



「えへへ、風切羽…………これはもう、プロポーズすっね」



仲間全員に配られているが、それはいいのだろうか。



「時計直すのも任せてくれたし、頼りにしてるぜって言って貰えたすっ」



あの人、機械関係のことは大体仲間に頼りっぱなしだが、それはいいのだろうか。



「はっ!そうだ、修理室のケーブル断線しそうだから見ておくように言われたすっ、褒めて貰えるすっかね!?」



勢いよくソファから起き上がったマルクが暖炉の側へ。暖炉の上の、ガラス細工やら折り鶴やらが飾られたスペースを物色し始めるも、目当てのものが見当たら無いのか悩ましげな声を上げながら首を捻った。

マルクが探しているのは自分の工具ポーチだが、残念なことにそれは現在アジトの中には存在しない。クラウディオがパクっていったからである。

程なくして、絵を描き始めた檳榔子玉も、柔らかさの違う消しゴムがひとつ足りないことに気が付いた。クラウディオがパクったのだろうか。よくわからないが、自分が画材を適当な位置に置くことはほとんどない。ミュカレが知っているかもしれないと、些細な事で愛しい恋人のことを思い出して帰りを望む気持ちが大きくなった。

檳榔子玉が革命派に来ることで得た物は多い。生来、お世辞にもコミュニケーションをとるのが得意とは言えなかった自分が、こうして沢山の人と暮らしを共にしているのだと思い直すと感慨深いものがあった。



「み、見つからねーすっ……うう、リーダーが早く帰ってこないから……」



耳に入ったか細い声のその内容に、とんだとばっちりだな、と思った。ただ、ツッコむことはしない。

あまりに好きな人がいるとする。その人を待つ待ち時間が長く感じられて寂しくなってしまうことを、檳榔子玉は知っている。そして甘え故に、その寂しさの一因は相手のせいだと唇の先を尖らせたくなってしまうのも。




















「へっくし!!」


「風邪ひいたのか?もっと暖かい格好した方がいいんだぞ」


「んな格好してるホルホルに言われたくねーよ!誰かが噂してんのかもな」


「わぁ、リーダーこれ持ち帰っていいかい!?」


「なんじゃそりゃ」


「押しボタン式信号機の押しボタン部分なんだぞ」


「流石ホルホル!!物知りだねっ、持って帰ってもいいかな?」


「普通に考えてダメなんだぞ」


「ちゃんとお世話するよ!!」


「いやダメだろ」



クレイル、ホルホル、シリルの3人は隼の谷に赴いていた。倒壊しかけのビルが乱立する中、ぽっかり空いた薄暗い空間が見下ろせるビルの一室。

この先に黒い卵__クレイルが言うにはフェイクらしいが、目的のものがあるらしい。囲まれたら戦闘になるかもしれないと、予めシリルとホルホルは見晴らしのいい高所に待機させてクレイルだけが下に降りる。

ケチー!と大声をあげようとしたシリルのほっぺを、グローブのはめられたクレイルの右手が引っ掴んだ。



「余所見してんな、お前は俺だけ見てろ。ホルホルはシリルを頼む」


「あいわかったんだぞ」



シリルの頬が開放されると同時に、ふわり、窓辺から三本の錦が飛び立って、宙を舞うように高度を下げて、空き地の端に音もなく降り立つ。崩れた瓦礫の中に突っ込んだ手が黒い何かを掴んでいるのがはっきり見えた。

シリルはアビリティの関係上、視力がよくなければ不利になる。そういったものが関係しているのか関係していないのかは定かではないが、シリルの視力はその事実、人並外れた物だった。グローブのはめられた手が、卵をポンポンと投げて遊んでいる。中身を確認しているのだ。薄暗い空間、繋がる路地はどこも狭く入り組んで、迷宮遺跡の中にいるかのようにどんよりと沈む空気。


視界の端、閃く鋼。


勘で動いたのだろうクレイルが身をよじる。間違いなく頭を貫かんと投じられたその剣は、クレイルの__否、はるか高所から全てを見ていたシリルの頬を切り裂いた。鈍い痛みについつい表情が強ばる。


シリルのアビリティ、“ 代替 ”。

シリルの視界で起こった流血沙汰を、任意で自分の体に移すというもの。究極の身代わり戦術でこそあるが、位置さえ悟られなければ自身が限界を迎えるそのギリギリまで、対象の残基を増やすかの如く徹底的なサポートが可能。



「あれぇ、おかしいな、腕鈍っちゃったぁ?頭いったと思ったんだけどな……サボりに来たら革命行動見つけちゃうとか、運が悪いねぇ俺も」



鉄錆色の髪、長い尾羽、夜明け色の大きな翼が織り成す攻撃的なシルエット。

ヒュウ、と。クレイルが小さく口笛を吹いて飛び上がった。瓦礫の上に降りたって、正面切って相手を見据える。



「……あれ、こないだのリストの……何?ステージ1からラスボス?」


「お熱い挨拶をどうも」



クレイルが翼を広げる。相手のドール__ルフトも翼を広げた。大きな翼が二対広がるその様は、武器さえ飛ばねば美しい。

ゆるりと陽の差す、薄暗い、遺構に囲まれた寂れた空き地にけものが2匹。



「見つけちゃったからには機能停止にもってくまで頑張るけどぉ……おじさんだから優しくお願いね?」


「それはこっちのセリフだなー。男はちょっと乱暴なほうがモテるんだぜ Calinours♡」



派手な桃色と暗い空色が、相対になって睨み合った。












​───────

Parasite Of Paradise

1翽─初陣ういじん

(2021/11/26_______22:10)


修正更新

(2022/09/18_______22:00)

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