13-4
炎は青い波を打っていた。赤くたゆたう絨毯の上に、弾ける青い炎が。それは高熱の現れというべきなのだが、僕にとっては別の意味もあった。それは、ある意味で迎え火のようなものでもあり、また送り火のようなものでもあった。
左手をだらんとぶら下げて、右手に銃をつかんだまま、僕は御堂に飛びかかった。僕は一発も銃弾を放たなかった。ただ殴りかかるようにして、駆けたのだ。
狙撃手は僕の後を追うようにして発砲したが、弾痕は床に穿たれるのみ。石灰質の煙が舞い散るだけだ。射手は、僕を捉えられていない。
「残弾尽きたか? それとも血迷ったか、守田ァ!」
手を振りかざし、炎を避けながら、御堂はグロックを僕に向ける。
「それを、待っていたァ!」
差し向けられた銃に、僕は銃を向ける。
銃口が、射線が交錯する。
引鉄を引く。僕も、御堂も、ほぼ同時に。弾けるような発砲音。爆発と、それによって押し出された金属の塊。ヒトを殺害するためにデザインされた機能美の完成形。ライフリングを通り抜けた鉛玉は、虚空でクロスカウンターがごとく交錯する。
そして互いの肉質に着弾した。
かたや、僕の左肩。
かたや、御堂の首筋へ。
銃声が反響する。パイプオルガンの旋律が教会全体を震わすように。バスドラムが鼓膜を破るように。いつまでも、いつまでも
僕は、そのリバーブの中で、御堂に覆い被さるようにして倒れた。彼は出血多量で動けず、また僕も意識がもうろうとしていたのだ。
祭壇の床には、僕と御堂の血が真っ赤なマーブル模様を描いていた。御堂の首はパックリと開いて、鮮やかな赤色を止めどなく溢れ出させている。頸動脈を貫いたのだった。
狙撃手はまだ残されていたが、しかし彼らとて雇い主に向けて撃つはずがない。御堂を盾にした僕に、彼らは困惑していた。
首から血を流す御堂と、左腕を完全に赤く染めた僕。倒れ込む二人の男の姿を、一人の少女は見下ろしていた。
「……どうして……?」
少女は僕を見下ろして、つぶやいた。
「どうして、助けてくれたの……?」
震える声で彼女は尋ねる。
僕は、その問いに対する答えを持ち合わせたけれど。でも、その答えが正しいという確証はなかった。それは、カンシロギクの花言葉が輪廻転生である理由を誰も知らないことと同じ。誰もその理由は知らないけれど、何となくそのことを肌で感じている。それだけのことだったから。
左腕は、もはや言うことを聞かなかった。完全に感覚は失せて、力を入れることすらできない。
しかなたく僕は右手で立ち上がると、僕は銃を構えなおした。だが、もうHK45CTには残弾は残されていない。ホールドオープンしたスライドがそれを物語っていた。
「約束したからだ」
僕はつぶやき、それから少女を抱き寄せた。銃火から逃れるため、物陰に隠れるために。直後、狙撃手が復讐と言わんばかりに七・五十六ミリの乱射を浴びせてきた。もっともその銃弾の多くは、皮肉にも御堂の遺体を貫き、彼を彼岸に送っただけだったが。
「逃げるよ」
「逃げるって、どこに?」
「安全な場所。キミが、本当のキミでいられるところだ」
予備弾倉を取り出す。左側の銃は使い物にならない。仕方なく、僕はリンの形見に装填。それから威嚇射撃を天井に向けて行うと、フラッシュバンを投げた。手榴弾は天窓をぶち破り、光を発した。ステンドグラスに後光が射し込む。
「行こう。走れるかい?」
少女は小さくうなずき、僕の左手をつかむ。感覚のなくなった、もはやつながっているだけのような手を。
「離れないで。ついてくるんだ」
心の中でカウント。狙撃はない。増援も見あたらない。すべては終わったのだと、僕はそう思いこんだ。
そうして、祭壇へと続くヴァージンロードを、僕は少女と二人で走り抜けた。ボロボロになった教会のベンチと、炎に飲み込まれつつある祭壇と、出入り口と。肌を焦がす熱風に耐えながら、僕らは焼け落ちた玄関を抜けた。
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